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第四章 穏やかな生活の先に

予期せぬ来訪者

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 アクセサリーの包装を済ませた諒太。会場の設営は手伝わなくてもいいとのことで、一人ロークアットの部屋にいる。

「ロークアットは着付けとかあるしな……」
 広すぎる部屋に一人きりだ。何だか落ち着かないし、うろうろするのも気が引ける。従って彼は定位置であるソファに腰を下ろしていた。

 呼ばれるまで寝ておこうと思うも、不意に部屋の扉がノックされてしまう。主人であるロークアットは部屋にいないというのに。

「えっと、姫殿下は留守ですけど……」
 諒太はノックに対してそう答える。ともすれば不審者となるかもしれないが、返事をしないのも悪いと思って。

「いえ、リョウ様にご来客です。よろしいでしょうか?」
 メイドはどうしてか諒太に来客だと伝えている。諒太は奴隷であり、知り合いも限られていたというのに。

「ええ、構いません……」
 断る理由はなく、諒太は許可を出した。さりとて緊張もしている。誰が来たのか少しも予想できないのだ。
 諒太の返事を受けて、大きな二枚扉の片方がゆっくりと開かれていく。

「リョウさま、先日はどうも……」
 頭を下げてから入室してきたのは面識のある女性だった。また二人の神職者が背後に見えたが、彼らは入室を許可されなかったのか、部屋に入った女性は直ぐさま扉を閉めてしまう。

「ミーナ枢機卿……?」
「覚えていただき恐縮です。本日は貴方様にお話があって訪問させていただきました……」
 ミーナが現れた理由には思い当たる節があった。先日、彼女は諒太を正教会へと誘っていたのだ。

 ところが、どうも諒太の予想は外れたらしい。彼女は移籍を勧めることなく、包み紙からアクセサリーを取り出している。

「リョウさま、この指輪なのですけれど……」
 それは見覚えがあるものだ。何しろ諒太は製作者である。錬金術にて生み出した三枚の木の葉がデザインされたリングに他ならない。

「それがどうかしたのですか? 俺が錬成したリングですけど……」
「ええまあ……。もしかして貴方様は何も知ることなく、このデザインを考えられたのでしょうか?」
 話が噛み合わない。高級品や焔のリングならばまだしも、ミーナが取り出した指輪は真鍮にガラス玉で色づけをしただけの安物である。しかし、デザインは値段の割に凝っているし、文句を言われる筋合いなどないと思う。

「三枚の木の葉。森の民をイメージしたデザインなんですが……」
 諒太の説明にミーナはハァっと息を吐く。
 木の葉が中心から三方向へと等間隔に開いている。またそれぞれの葉は赤と緑、黄色のガラス玉で着色されていた。

「ご存じないようですので、お伝えさせていただきます。この意匠はかつて大賢者様がその身に纏っていた紋章なのです。一般的に知られていないもの。勇者ナツ様の意匠とは異なり、我々にも分かりやすい具象的なデザイン……」
 そういえば夏美のサインは勇者の紋章として伝わっている。かつていた大賢者も独自のデザインを施していたらしい。

 またミーナの話は諒太の疑念を肯定している。自身がイメージしたデザインを大賢者が使用していたというのなら……。

「赤い葉は正義を表し、緑は知恵。青い葉は勇気であると伝わっております。正教会に残る資料にはそう記されていました……」
 明確な資料が残っているという。ロークアットの創作本とは意味合いが異なる。それは歴史の一部であり、過去にあった事実を証明していた。

 諒太もまた溜め息にも似た息を吐く。どうしたものかと考えるも、自身の中で思考したとして物事は進まない。

「なあ、ミーナ……」
「は、は、は、はい!? よ、呼び捨てですか!?」
「おっと、失礼。考え事をしていたから……」

「いえ、構いません! 妄想が捗りますので、是非ともそのまま呼び捨てになさってください!」
 どうにも掴み所がないミーナであるが、彼女は正教会の権力者であり、神の声を聞く巫女でもある。ミーナには諒太の予想を話しておくべきだと思った。

「俺が大賢者かもしれない――――」

 自身は勇者である。ステータスにある称号を見てもそれは明らかだ。しかし、現状で諒太と大賢者を繋ぐ糸は少なくない。考えるほどに大賢者ベノンの代理が自分ではないかと考えてしまう。

「はい……?」
 流石にミーナは眉根を寄せている。彼女は諒太が勇者であると知っているのだ。従って大賢者であると自己申告されたとしても、にわかに信じられる話ではない。

「その意匠が大賢者のものであるならば、俺が大賢者だろう。正教会には大賢者の資料が残っているんだろ? だったら見てみると良い……」
 言って諒太は装備品をアイテムボックスから取り出した。現在はロークアットが用意してくれた執事服を着ているし、ミーナと会った頃は収監着であったのだ。

 彼女が思い出せるように。諒太は特徴的な大槌と黒い盾を取り出して見せた。

「こ、これはまさしく土竜叩きではございませんか!? それにこちらは王者の盾でしょうか!?」
 やはり正教会にはちゃんと伝わっていた。
 諒太の装備は過去に存在していたことになる。その反応だけで、もう十分だ。どうしてか諒太はルイナーとの最終決戦に参加するらしい。再び運命のアルカナへとログインするようだ。

「リョウさま、これは一体どういうことなのでしょう!? 三百年前に突如として現れた大賢者様の装備をどこで手に入れられたのです!? 正教会はずっと彼の痕跡を探していたのですけれど、何一つ手がかりがありませんでした!」
 まあそうだろうと思う。諒太は望む未来のために出張しただけだろう。ゲーム世界が何かしらの問題を抱えて、参加する羽目になったはず。また大賢者はセイクリッドサーバー内に存在する架空のアカウント【リョウ】に他ならない。

「ミーナが困惑する理由は分かる。勇者というジョブは少し複雑でな。時空の繋がりを無視する存在でもあるんだ。俺は実際に過去へと行ったことがある」
 小首を傾げるミーナ。経過する時間が直線的ではないだなんて、今を生きる彼女に理解できるはずもない。

「時空の繋がりを無視……?」
「信じられないだろうが、君たちが三百年前だという歴史は現在進行形で動いている。俺がいた世界はセイクリッド世界の三百年前と繋がっているんだ」
 何度も頭を振るミーナは理解が及ばぬ話を消化できずにいた。とはいえ説明したとして分かるはずもない。過去とは過ぎ去った時間であるのだから。

「俺がいた世界基準ではルイナーはまだ封印されていない。こんな今も勇者ナツが戦っていることだろう。セイクリッド世界では封印により完結した話であるけれど、実をいうと並行して世界線は動いている……」

「リョウさまは本気でそのような話を口にしておられるのですか? 私をからかっているだけではないのでしょうか?」
「そう思うのは仕方がない。俺だって過去の決戦に参加するだなんて少しも考えていなかった。でもな、俺は実際に勇者ナツと幼馴染みだし、彼女の手伝いを三百年前の世界で務めたこともある。俺たち勇者はセイクリッド世界の時間軸に縛られていない。勇者ナツもまたこの現在に来たことがあるし、彼女との交流は今も続いている……」
 どこまで通じただろう。一度に説明したとして、頭がパンクするだけかもしれない。かといって、まずは世界間の関係から伝えなくては何も理解できないはずだ。

「この鎧を見てくれ。俺が装備品に困っていたとき、勇者ナツからもらったものだ。それに手書きのメモもある」
 信頼を得るために諒太は夏美の所持品であったオルフェウスの鎧を取り出した。更には手書きのメモ。基本的にそれは所持品の交換に関する約束であった。

 先ほどよりも大袈裟に頭を振るミーナ。メモ書きに目を通す彼女は真実を突きつけられている。過去と現在が入り混じるだなんて考えられないことだというのに。

「本当に勇者ナツ様と幼馴染みなのでしょうか……?」
 小さな問いが返されるも、諒太は頷くだけ。嘘など含まれない。相関関係も時間軸に関しても曖昧な世界間で、それだけは揺るぎない事実であった。

「もちろん。こんな今だって連絡を取ることができる。念話的なものでな。仮に俺が三百年前の歴史に登場していたのなら、勇者であることを隠さねばならない。勇者はどの時代にも一人しか存在しないからだ。よって俺は大賢者として三百年前に行き、勇者ナツの手助けをしたのだと思う」
 まだ先の未来である。けれども、今に残る歴史がそれを証明している。勇者というジョブの偽装は謎であったけれど、諒太が堂々とイベントに参加したのは明らかであった。

「そんな……。私はずっと世界を飛びまわっていたのですよ? 大賢者様を探して……」
 往々にして探し物は近くにあったりする。ミーナの場合はようやく見つけた勇者と捜し人が同じであっただけだ。

「ま、これも恐らく証拠になるんじゃないか?」
 諒太は懸念の一つであった焔のリングを取り出して見せた。
 ロークアットの絵にも確かに赤い指輪があったのだ。彼女曰く強大な火力で以てルイナーを弱体化させたという。神聖力を持つ諒太であるから、間違いなくダメージを与えたことだろう。

「これはまさしく焔のリングではありませんか!? 風のリングと対を成すもの。リョウさまは精霊王イフリートを従えたのですか!?」
 ミーナが語ったことは諒太の疑問を解消している。現状の焔のリングはイフリートの召喚が使用不可となっているのだ。使用するにはイフリートを従える必要があるのだろう。

「いいや、現状のそれはただのリングだ。厳密にいうとイフリートは宿っていない。イフリートがどこにいるのか知っているか?」
 諒太はイフリートを従える必要があった。歴史に残る自身がその力を使ったというのだから、合わせておかねば矛盾が生まれる。帰結すべき未来に到達するにはそれが必須であると思われた。

「イフリート様は火山帯に眠っておられるかと。ただし、そこには明確な脅威が存在しております」
 やはり時間軸は捻れている。三百年前にイフリートの力を解放したというのであれば、諒太はイフリートの力を有しておかねばならないというのに。

 ミーナの話は続く。続けられた内容は揺れ動く世界情勢を感じさせるものであった。
「悪魔王アスモデウスが存在し、イフリート様を封印しております……」
 それは確かロークアットが想像した英雄譚であったはず。どうしてか創作であるはずの悪魔王アスモデウスが世界に生み出されていた。

 諒太にとって、あまり良くない話である。奴隷契約を結んだせいであるとしか思えない。奴隷契約によって徐々に魂の繋がりが強化されているのだろうか。ロークアットの想像は歴史と現在に影響を及ぼし始めていた。

 諒太は彷彿と思い出している。ロークアットの物語に記されたこと。イフリートと関連する内容が彼女の妄想に含まれていたことを。

『ジン様と同じ精霊王。赤き王の力――――』

 赤き精霊王こそがイフリートに違いない。ロークアットの創作では悪魔王アスモデウスとの戦いに大賢者は含まれていない。大賢者が登場するのはルイナーとの決戦のみ。つまりルイナーとの決戦までに、諒太はセイクリッド世界にてイフリートを解放せねばならないことになる。

「ミーナ、よく分かったよ。俺が成すべきことについて……」
 朧気だったエンディングへの道のり。諒太は抗えぬ運命にあると知り、課せられた使命を全うしようと思う。

「俺はアスモデウスを倒す――――」

 覚悟は決まった。必ずしも決定事項でないのはこれまでの事象からも分かる。しかし、現状のフィナーレは目指すべきものであって、セイクリッド神も間違いなくそれを望んでいるだろう。

 戦うしかないはずだ。たとえ悪魔王と呼ばれる強大な敵であっても……。
 精霊王イフリートを解き放つことこそが、歩むべき道程に他ならない。

 呆気にとられていたミーナであるが、諒太の決意表明には遅れて頷きを返している。
「ならばリョウさま、奴隷契約が満了した暁には正教会本部までお越しください……」
 ここで彼女は再び勧誘とも取れる話を持ち出す。中央への移籍を促すつもりかもしれない。

「正教会の本部に? 俺はまだ聖王国に借りがあるからな……」
「いえ、移籍を勧めているのではございません。正教会にはセイクリッド神様の声を聞く聖域があるのです。仮にリョウさまが大賢者であるのなら、神の声が聞こえるはず……」
 ミーナの話は想像した勧誘などではないらしい。どうやらセイクリッド神が世界に声を発信する聖域というものが都市国家アルカナにはあるようだ。

「それは本当か? 俺に神の声が聞こえるとでも?」
「可能だと思います。リョウさまが大賢者であるのなら……」
 疑問を返した諒太であったが、それは彼も望んでいたことである。自身の願いを聞き入れ、勇者に指名したセイクリッド神。その時々で時空を歪めた神の言葉を知りたいと考えていた。

「分かった。奴隷契約が満了したとき、俺は正教会に行くよ。これから先、俺がどうすべきなのかを聞いてみたいし」
「そうしてください。ちなみに私の部屋は聖域の直ぐ近くですので、お気軽にお越しくださいね。食事でもご一緒しましょう」
 ミーナのお誘いには笑って誤魔化す。ただでさえリナンシーという害虫を引き連れているのだ。今以上に女性を魅了し、同行者を増やすような真似はできない。

「それでリョウさまはパーティーに出席なさらないのでしょうか?」
 ここで話題が転換する。正教会の枢機卿であるミーナは間違いなくパーティーの出席者であろう。諒太に会うためだけに聖王国までやって来たとは思えない。

「見ての通り奴隷執事だからな。特設のアクセサリー販売所にいるだけだし、俺はパーティーに参加する立場じゃない」
「そうでしたか。ではその折にお店の方へと顔を出させていただきますね?」
 言ってミーナは正教会のカードを取り出して見せた。

 諒太の冒険者ギルドカードとはまるで異なるもの。金色に輝くそのカードには一体いくら入金されていることやら。

 部屋をあとにするミーナを諒太は期待するような顔をして見送っていた……。
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