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第四章 穏やかな生活の先に
結末
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21時から始まった緊急クエストも既に二時間が経過していた。かといってダレることなく、盛り上がりを見せている。
クエストの主役は突如として現れた廃人クラン。中でもいちご大福であったことを公表したタルトは誰よりも注目されていた。
彼はクエストボスであるアースドラゴンの攻撃を一手に引き受けていたのだ。ブレスなどの範囲攻撃は流石に漏れてしまうのだが、噛みつきや前足の攻撃では微動だにしない。
『タルトさん、やっべー! マジ不動王じゃん!』
『どうやったら、あんな完璧に止められるんだよ!?』
感嘆の声が漏れている。廃人プレイヤーで構成されるマヌカハニー戦闘狂旗団において、彼のレベルは低い。しかし、類い稀なるセンスは、かつての異名を見守る全員に思い出させていた。
「またチートじゃないんすか?」
「馬鹿か? ステを確認してみろ? 何も変わったものは装備してないし、彼はタンクのステに恵まれてるだけだ……」
「いやでも、おかしいっすよ!?」
「おかしくねぇよ。よく見てみろ? タルトさんのスキル使用タイミングは常に完璧だ。初見の魔物なのに、少しのズレもなく適切にスキルを繰り出している。純白のエフェクト以外を見たか? タルトさんが繰り出す金剛の盾は常に完全なスキル効果を引き出している。適当に技を出すお前らとは次元が違う……」
解説をする男はネオニートといった。彼は夏美が指揮を執る聖王騎士団の団員である。
「ネオニートさんは参加しないんすか!?」
「俺じゃ無理だ。あの連携に入れるわけねぇ。全員が一つのミスもしない。邪魔になるだけだよ……」
ネオニートの解説にプレイヤーたちは頷き、食い入るように戦いを見つめる。今も雑魚というべき魔物が押し寄せていたのだが、最前線が気になって仕方がない。
「ほら、集中しろ! せっかくタルトさんたちがボスを引き受けてくれたんだ! 俺たちは俺たちにできることをするぞ!」
「りょ、了解です!」
どうやら、ネオニートはそれなりに信頼されるプレイヤーであるようだ。後方の指揮を彼は買って出ていた。
彼も正直にマヌカハニー戦闘狂旗団が気になっていたものの、自身に与えられた役割を全うする。雑魚の掃討に尽力し、戦果を最大とするために剣を振っていた……。
最前線を預かるマヌカハニー戦闘狂旗団。その戦いも終盤に差し掛かっていた。恐らくはアースドラゴンを仕留めたら最後である。
既に雑魚クラスは新規に湧いていない。その事実はアースドラゴンがスタンピード最後の魔物であることを明確にしていた。
「ふんぬっ!」
今もまだタルトはターゲットとなり、最前線で陣取っている。彼が単体攻撃を引き受けてくれるため、夏美は自由に行動できた。それは彼女の持ち味である直感を存分に発揮できる状況を生み出している。
「タルトさん、ないす! よっしゃ、まぁたクリティカルヒット!!」
見守る者たちは呆然としていた。殆どのプレイヤーが勇者ナツの全力を初めて見るのだ。
度肝を抜かれたのは彼女のクリティカルヒット率。カウンター攻撃を合わせると、ほぼ毎回のように激しいエフェクトが画面に表示された。
感嘆の声を上げるしかない。チカの魔法により確率が引き上げられているのは分かっていたけれど、それでも異常だと思えてならなかった。
「ナッちゃん、ゾーン入ってんな? 既視感を覚えて仕方ねぇよ……」
「アハハ! ナツはここぞというとき豪運を発揮するからね?」
観衆同様にアアアアも呆れた様子だ。けれど、勇者ナツの姿は自身が知る通り。彼曰く神運が夏美にはあり、此度の戦闘でもそれが際立っていた。
「俺らも仕事すっぞ!」
「はいはい、サンダーカッター!!」
五人のパーティーであったけれど、少しも隙がない。レイド級のボスが現れたというのに、手助けをまるで必要としなかった。
次の瞬間、アースドラゴンが大きく咆吼する。どうやら大詰めのよう。それは最後の猛攻撃を繰り出す前兆であるはずだ。
「大司教チカ、回復を頼む! ディフェンスバフもだ!」
ここが山場であった。モーションの隙にタルトは回復とバフを願い、自身は繰り出されるだろうアースドラゴンの切り札を封じるつもりらしい。
一方で夏美はタルトの後方へと移動し、エクストラポーションを飲んだ。彼がアースドラゴンの最終攻撃を防ぎきると信頼しきっている様子。
「おい、ナッちゃん!?」
「ナツ、まだ倒せないって!」
ここに来てエクストラポーションを飲む理由は一つ。魔道士の二人には理解できた。あろうことか夏美が次の一撃で勝負を決めようとしていること。戦力的にはまだ余裕があったから、せっかちすぎる行動のように思えた。
だが、別に夏美は勝ちを急いだわけではない。決めに行く理由が彼女にはあった。
「何言ってんの? 残りタイム見てみ? ここで倒すっきゃないよ……」
言われて二人は画面の端に目をやる。
【残り時間】0:01:40
やはりレイド級ボスを五人で引き受けたからだろう。ここまでかなりの時間を要していた。一分を切ると警告音がなるけれど、今は淡々と残り時間が減っていくだけだ。
「マジか……」
「アアアアさん、私たちも魔法を撃ち込もう!」
「おうよ、タルトが防御した瞬間に合わせてな? 全員でカウンター判定をもぎ取るぞ!」
「わたしも僧兵召喚するんよ!」
残り時間に気付いた三人。再結成の初戦をタイムアップなどで終わらせるわけにはならない。明確な勝利を手にし、セイクリッドサーバーに復活するのだと。
全員がタイミングを見計らっている。咆吼のあと、アースドラゴンは尻尾をブンブンと振り回すモーションを始めていた。
初めて戦う魔物であり、タイミングはまるで分からなかったけれど、廃人プレイヤーとして全員がカウンターとなるように見計らっている。
「いけぇぇっ! メテオバスタァァァアアアア!!」
真っ先に夏美が大技を繰り出す。彼女のSランク剣技メテオバスターは巨大な隕石を落下させるというものだ。発動までの時間が長く、故に一番手での始動となったはず。
夏美の声に観衆はアッと声を上げた。それもそのはず、アースドラゴンはまだ尻尾を振り回しており、タイミングが早すぎたと感じたからだ。
「目覚めよ、大精霊……。怒りのままに大気を震わせ、集いし力を刃と化す……」
続いてアアアアの詠唱が始まる。彼の得意属性は水であったけれど、水は無効とのことで風魔法を選択。それも手に入れたばかりのSランク魔法であった。
アアアアの詠唱にプレイヤーたちはどよめいていた。その詠唱文を初めて聞いたからである。
つい先日、ガナンデル皇国での内政イベントにおいて、トッププレイヤーに配られたスクロール。風の最上位魔法シルヴェストルスピアであると分かったからだ。
「チッ、もってくなぁ……」
Sランク魔法を詠唱していくアアアアに彩葉は不満げである。死に戻った彼女はまだSランクスクロールを一つも持っていないのだ。
注目を浴びる勇者ナツと大魔道士アアアアを妬ましく思う。自身はAランク魔法を無詠唱で撃ち出すだけなので、少しも注目されるはずがないのだと。
「斬りさけぇぇっ! シルヴェストルスピアアア!!」
ここでアアアアの詠唱が終わる。すると四方から渦を巻くようにして視覚化された風が圧縮されていく。その渦は派手な斬り裂き音を奏でながら、次第に大きくなった。Sランク魔法に相応しい派手な発動エフェクトが用意されているらしい。
物々しい光景に見守る者は息を呑むだけ。前方には巨大な隕石だけでなく、まるでハリケーンのような風刃が出現していたのだ。
刹那にアースドラゴンの身体が発光。もの凄い土煙を上げながら、大地を駆っていた。
それは強大な突進攻撃。直線上の敵を一掃するかの如く激しい猛攻撃であった。
「金剛の盾!!」
迷いなくタルトが盾スキルを実行。使用と同時に身体が輝き始めた。効果が最大になる真っ白に輝く一瞬を狙って、タルトは金剛の盾を使用している。
刹那にタルトとアースドラゴンが接触し、画面には巨大なエフェクトが表示されていた。
「どうりゃぁぁあああぁっっ!!」
純白のエフェクトは最大効果の証し。この大一番でもタルトは完璧なタイミングでアースドラゴンの猛攻撃を食い止めてしまう。
時を移さず魔道士二人の魔法が炸裂。だが、タイミングが少しだけ早かったらしい。二人の魔法攻撃は防御硬直を外れてしまい敢えなく通常判定となった。
「やばっ!?」
「すまん! しくった!!」
残り時間が少ない。アースドラゴンはSランク魔法とAランク魔法の連打でも失われていなかった。
「タルトさん、避けてぇぇっ!」
ここで甲高い声が響く。それは勇者ナツの声だ。仲間をも巻き込むSランク攻撃を回避しろとの内容である。
しかし、タルトは言われるまでもなく理解していた。猛攻撃を受け止めた彼は既に回避を始めている。仲間たちが最大級の攻撃を繰り出すことなどお見通しであったのだ。
「アースドラゴン、覚悟ォォォッッ!!」
ここで夏美のメテオバスターが発動。猛攻撃を不発とされ、硬直モーションとなったアースドラゴンへと巨大な隕石が落下していく……。
目を覆いたくなるような派手な演出だった。幾重にも合わさる鮮やかなエフェクトはそれぞれに効果を発揮した証しに違いない。
夏美渾身の一撃はカウンター判定だけでなく、クリティカルヒット判定をも伴っていた……。
やがて判定エフェクトは巨大な爆発によって掻き消されている。どれだけの人数があの一瞬で見極めたことだろう。今はただ激しい攻撃が繰り出されたことを意味する爆発が起きているだけであった。
息を呑むプレイヤーたち。しかし、直ぐさま声を上げる者がいた。
「勇者ナツ、よくぞ仕留めた!」
まだ視界は回復しておらず、確定はしていないというのに、タルトが勇者ナツを担ぐ。Sランク剣技の使用硬直中である夏美をタルトは軽々と持ち上げていた。
「みんな、おつ!! 圧勝だよ!!」
夏美もまた声高に叫んだ。討伐したと確信している。何しろ猛攻撃のあと、Sランク攻撃を二度も浴びせたのだ。しかも、カウンターとクリティカルヒットのおまけ付きであるのだから、彼女は討伐を疑っていない。
次の瞬間、参加したプレイヤーの脳裏に通知音が響く。それは言わずもがなレベルアップの通知。経験値は生存者全員で割ることになり、低レベルプレイヤーでも十程度しか上がらぬものであったが、それは明確にクエスト完遂を知らせる調べであった。
一瞬のあと大歓声が木霊した。時間制限ギリギリの2時間59分。熱戦を終わらせた勇者ナツと最前線を守り切ったマヌカハニー戦闘狂旗団に惜しみない賛辞が飛び交っている。
アースドラゴンが徐に大地へ伏すと、再び全員に通知が届く。
『緊急クエスト【スタンピード】が達成されました』
長かったクエストがこれにて終わりを告げる。
公式なイベント終了通知は、再び歓声を誘っていた。誰しもが隣り合うプレイヤーとハイタッチをし、ここまで頑張った慰労と喜びを分かち合っている。
「ナッちゃん、いつも良いとこ持ってきやがって……」
「うひひ! アアアアさん、先にラストアタック取ろうとして焦ったね? アアアアさんのせいで私も先走っちゃったし!」
「るせぇ。俺はこういうとき駄目なんだ。どうして、いつもナッちゃんに持ってかれるんだよ……」
普段であれば冷静な対処ができただろう。ボス的なモンスターに最後の一撃を与えたプレイヤーには稀にボーナスが入るのだ。それを知っているプレイヤーは往々にして最後の最後に焦ってしまうものである。
嘆息するアアアアの背中をチカがポンと叩いた。
これも過去と同じような状況。いつも彩葉がからかったあと、チカが宥めるという構図。少し含み笑いをしながらも、チカはアアアアを諭すように話す。
「まあまあ、しょうがないやん。ナッちゃんはさあ……」
アアアアの愚痴はいつものこと。チカは宥めながらも笑っている。更にはアアアア自身も仕留め損ねた理由を分かっていると思う。だからチカは彼の口癖のような言葉をかけるだけでいい。
「神運なんよ」――――と。
クエストの主役は突如として現れた廃人クラン。中でもいちご大福であったことを公表したタルトは誰よりも注目されていた。
彼はクエストボスであるアースドラゴンの攻撃を一手に引き受けていたのだ。ブレスなどの範囲攻撃は流石に漏れてしまうのだが、噛みつきや前足の攻撃では微動だにしない。
『タルトさん、やっべー! マジ不動王じゃん!』
『どうやったら、あんな完璧に止められるんだよ!?』
感嘆の声が漏れている。廃人プレイヤーで構成されるマヌカハニー戦闘狂旗団において、彼のレベルは低い。しかし、類い稀なるセンスは、かつての異名を見守る全員に思い出させていた。
「またチートじゃないんすか?」
「馬鹿か? ステを確認してみろ? 何も変わったものは装備してないし、彼はタンクのステに恵まれてるだけだ……」
「いやでも、おかしいっすよ!?」
「おかしくねぇよ。よく見てみろ? タルトさんのスキル使用タイミングは常に完璧だ。初見の魔物なのに、少しのズレもなく適切にスキルを繰り出している。純白のエフェクト以外を見たか? タルトさんが繰り出す金剛の盾は常に完全なスキル効果を引き出している。適当に技を出すお前らとは次元が違う……」
解説をする男はネオニートといった。彼は夏美が指揮を執る聖王騎士団の団員である。
「ネオニートさんは参加しないんすか!?」
「俺じゃ無理だ。あの連携に入れるわけねぇ。全員が一つのミスもしない。邪魔になるだけだよ……」
ネオニートの解説にプレイヤーたちは頷き、食い入るように戦いを見つめる。今も雑魚というべき魔物が押し寄せていたのだが、最前線が気になって仕方がない。
「ほら、集中しろ! せっかくタルトさんたちがボスを引き受けてくれたんだ! 俺たちは俺たちにできることをするぞ!」
「りょ、了解です!」
どうやら、ネオニートはそれなりに信頼されるプレイヤーであるようだ。後方の指揮を彼は買って出ていた。
彼も正直にマヌカハニー戦闘狂旗団が気になっていたものの、自身に与えられた役割を全うする。雑魚の掃討に尽力し、戦果を最大とするために剣を振っていた……。
最前線を預かるマヌカハニー戦闘狂旗団。その戦いも終盤に差し掛かっていた。恐らくはアースドラゴンを仕留めたら最後である。
既に雑魚クラスは新規に湧いていない。その事実はアースドラゴンがスタンピード最後の魔物であることを明確にしていた。
「ふんぬっ!」
今もまだタルトはターゲットとなり、最前線で陣取っている。彼が単体攻撃を引き受けてくれるため、夏美は自由に行動できた。それは彼女の持ち味である直感を存分に発揮できる状況を生み出している。
「タルトさん、ないす! よっしゃ、まぁたクリティカルヒット!!」
見守る者たちは呆然としていた。殆どのプレイヤーが勇者ナツの全力を初めて見るのだ。
度肝を抜かれたのは彼女のクリティカルヒット率。カウンター攻撃を合わせると、ほぼ毎回のように激しいエフェクトが画面に表示された。
感嘆の声を上げるしかない。チカの魔法により確率が引き上げられているのは分かっていたけれど、それでも異常だと思えてならなかった。
「ナッちゃん、ゾーン入ってんな? 既視感を覚えて仕方ねぇよ……」
「アハハ! ナツはここぞというとき豪運を発揮するからね?」
観衆同様にアアアアも呆れた様子だ。けれど、勇者ナツの姿は自身が知る通り。彼曰く神運が夏美にはあり、此度の戦闘でもそれが際立っていた。
「俺らも仕事すっぞ!」
「はいはい、サンダーカッター!!」
五人のパーティーであったけれど、少しも隙がない。レイド級のボスが現れたというのに、手助けをまるで必要としなかった。
次の瞬間、アースドラゴンが大きく咆吼する。どうやら大詰めのよう。それは最後の猛攻撃を繰り出す前兆であるはずだ。
「大司教チカ、回復を頼む! ディフェンスバフもだ!」
ここが山場であった。モーションの隙にタルトは回復とバフを願い、自身は繰り出されるだろうアースドラゴンの切り札を封じるつもりらしい。
一方で夏美はタルトの後方へと移動し、エクストラポーションを飲んだ。彼がアースドラゴンの最終攻撃を防ぎきると信頼しきっている様子。
「おい、ナッちゃん!?」
「ナツ、まだ倒せないって!」
ここに来てエクストラポーションを飲む理由は一つ。魔道士の二人には理解できた。あろうことか夏美が次の一撃で勝負を決めようとしていること。戦力的にはまだ余裕があったから、せっかちすぎる行動のように思えた。
だが、別に夏美は勝ちを急いだわけではない。決めに行く理由が彼女にはあった。
「何言ってんの? 残りタイム見てみ? ここで倒すっきゃないよ……」
言われて二人は画面の端に目をやる。
【残り時間】0:01:40
やはりレイド級ボスを五人で引き受けたからだろう。ここまでかなりの時間を要していた。一分を切ると警告音がなるけれど、今は淡々と残り時間が減っていくだけだ。
「マジか……」
「アアアアさん、私たちも魔法を撃ち込もう!」
「おうよ、タルトが防御した瞬間に合わせてな? 全員でカウンター判定をもぎ取るぞ!」
「わたしも僧兵召喚するんよ!」
残り時間に気付いた三人。再結成の初戦をタイムアップなどで終わらせるわけにはならない。明確な勝利を手にし、セイクリッドサーバーに復活するのだと。
全員がタイミングを見計らっている。咆吼のあと、アースドラゴンは尻尾をブンブンと振り回すモーションを始めていた。
初めて戦う魔物であり、タイミングはまるで分からなかったけれど、廃人プレイヤーとして全員がカウンターとなるように見計らっている。
「いけぇぇっ! メテオバスタァァァアアアア!!」
真っ先に夏美が大技を繰り出す。彼女のSランク剣技メテオバスターは巨大な隕石を落下させるというものだ。発動までの時間が長く、故に一番手での始動となったはず。
夏美の声に観衆はアッと声を上げた。それもそのはず、アースドラゴンはまだ尻尾を振り回しており、タイミングが早すぎたと感じたからだ。
「目覚めよ、大精霊……。怒りのままに大気を震わせ、集いし力を刃と化す……」
続いてアアアアの詠唱が始まる。彼の得意属性は水であったけれど、水は無効とのことで風魔法を選択。それも手に入れたばかりのSランク魔法であった。
アアアアの詠唱にプレイヤーたちはどよめいていた。その詠唱文を初めて聞いたからである。
つい先日、ガナンデル皇国での内政イベントにおいて、トッププレイヤーに配られたスクロール。風の最上位魔法シルヴェストルスピアであると分かったからだ。
「チッ、もってくなぁ……」
Sランク魔法を詠唱していくアアアアに彩葉は不満げである。死に戻った彼女はまだSランクスクロールを一つも持っていないのだ。
注目を浴びる勇者ナツと大魔道士アアアアを妬ましく思う。自身はAランク魔法を無詠唱で撃ち出すだけなので、少しも注目されるはずがないのだと。
「斬りさけぇぇっ! シルヴェストルスピアアア!!」
ここでアアアアの詠唱が終わる。すると四方から渦を巻くようにして視覚化された風が圧縮されていく。その渦は派手な斬り裂き音を奏でながら、次第に大きくなった。Sランク魔法に相応しい派手な発動エフェクトが用意されているらしい。
物々しい光景に見守る者は息を呑むだけ。前方には巨大な隕石だけでなく、まるでハリケーンのような風刃が出現していたのだ。
刹那にアースドラゴンの身体が発光。もの凄い土煙を上げながら、大地を駆っていた。
それは強大な突進攻撃。直線上の敵を一掃するかの如く激しい猛攻撃であった。
「金剛の盾!!」
迷いなくタルトが盾スキルを実行。使用と同時に身体が輝き始めた。効果が最大になる真っ白に輝く一瞬を狙って、タルトは金剛の盾を使用している。
刹那にタルトとアースドラゴンが接触し、画面には巨大なエフェクトが表示されていた。
「どうりゃぁぁあああぁっっ!!」
純白のエフェクトは最大効果の証し。この大一番でもタルトは完璧なタイミングでアースドラゴンの猛攻撃を食い止めてしまう。
時を移さず魔道士二人の魔法が炸裂。だが、タイミングが少しだけ早かったらしい。二人の魔法攻撃は防御硬直を外れてしまい敢えなく通常判定となった。
「やばっ!?」
「すまん! しくった!!」
残り時間が少ない。アースドラゴンはSランク魔法とAランク魔法の連打でも失われていなかった。
「タルトさん、避けてぇぇっ!」
ここで甲高い声が響く。それは勇者ナツの声だ。仲間をも巻き込むSランク攻撃を回避しろとの内容である。
しかし、タルトは言われるまでもなく理解していた。猛攻撃を受け止めた彼は既に回避を始めている。仲間たちが最大級の攻撃を繰り出すことなどお見通しであったのだ。
「アースドラゴン、覚悟ォォォッッ!!」
ここで夏美のメテオバスターが発動。猛攻撃を不発とされ、硬直モーションとなったアースドラゴンへと巨大な隕石が落下していく……。
目を覆いたくなるような派手な演出だった。幾重にも合わさる鮮やかなエフェクトはそれぞれに効果を発揮した証しに違いない。
夏美渾身の一撃はカウンター判定だけでなく、クリティカルヒット判定をも伴っていた……。
やがて判定エフェクトは巨大な爆発によって掻き消されている。どれだけの人数があの一瞬で見極めたことだろう。今はただ激しい攻撃が繰り出されたことを意味する爆発が起きているだけであった。
息を呑むプレイヤーたち。しかし、直ぐさま声を上げる者がいた。
「勇者ナツ、よくぞ仕留めた!」
まだ視界は回復しておらず、確定はしていないというのに、タルトが勇者ナツを担ぐ。Sランク剣技の使用硬直中である夏美をタルトは軽々と持ち上げていた。
「みんな、おつ!! 圧勝だよ!!」
夏美もまた声高に叫んだ。討伐したと確信している。何しろ猛攻撃のあと、Sランク攻撃を二度も浴びせたのだ。しかも、カウンターとクリティカルヒットのおまけ付きであるのだから、彼女は討伐を疑っていない。
次の瞬間、参加したプレイヤーの脳裏に通知音が響く。それは言わずもがなレベルアップの通知。経験値は生存者全員で割ることになり、低レベルプレイヤーでも十程度しか上がらぬものであったが、それは明確にクエスト完遂を知らせる調べであった。
一瞬のあと大歓声が木霊した。時間制限ギリギリの2時間59分。熱戦を終わらせた勇者ナツと最前線を守り切ったマヌカハニー戦闘狂旗団に惜しみない賛辞が飛び交っている。
アースドラゴンが徐に大地へ伏すと、再び全員に通知が届く。
『緊急クエスト【スタンピード】が達成されました』
長かったクエストがこれにて終わりを告げる。
公式なイベント終了通知は、再び歓声を誘っていた。誰しもが隣り合うプレイヤーとハイタッチをし、ここまで頑張った慰労と喜びを分かち合っている。
「ナッちゃん、いつも良いとこ持ってきやがって……」
「うひひ! アアアアさん、先にラストアタック取ろうとして焦ったね? アアアアさんのせいで私も先走っちゃったし!」
「るせぇ。俺はこういうとき駄目なんだ。どうして、いつもナッちゃんに持ってかれるんだよ……」
普段であれば冷静な対処ができただろう。ボス的なモンスターに最後の一撃を与えたプレイヤーには稀にボーナスが入るのだ。それを知っているプレイヤーは往々にして最後の最後に焦ってしまうものである。
嘆息するアアアアの背中をチカがポンと叩いた。
これも過去と同じような状況。いつも彩葉がからかったあと、チカが宥めるという構図。少し含み笑いをしながらも、チカはアアアアを諭すように話す。
「まあまあ、しょうがないやん。ナッちゃんはさあ……」
アアアアの愚痴はいつものこと。チカは宥めながらも笑っている。更にはアアアア自身も仕留め損ねた理由を分かっていると思う。だからチカは彼の口癖のような言葉をかけるだけでいい。
「神運なんよ」――――と。
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