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第三章 希望を抱いて

借金奴隷オークション

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 連休の初日を勉強に費やした諒太。一日中頑張れたのは忍耐力がついた証しだと思う。恐らくは勇者業で集中力を養ったおかげ。諒太は意図せず、足りない時間を有効に使うスキルを身につけていた。

「そろそろログインするか……」
 あと一時間でオークションの開催時間となる。ゲーム内でログアウトが容認されているのだから、直前でも構わないだろうが、諒太は前もって牢獄へと戻ることにした。

 ログインをするといつもの石室。リバレーションを唱えようとした矢先、諒太は強制的に転移陣へと吸い込まれてしまう。

「マジかよ!?」
 そういえば夏美が言っていた。所属を変えると転移陣によって再び移動するのだと。恐らく現在の諒太にも同じことが起こっている。始めるべき場所まで転移させられてしまうはずだ。

 気がつくと諒太は牢獄にいた。やはりこれは世界の理なのだろう。諒太はどうあってもオークションから逃れられず、奴隷生活を始めなければならないようだ。
 しばらくするとグインがやって来た。丸一日いなかったというのに、彼は何も気にしていない様子である。

「夕飯は楽しめたか? 君には特別なメニューを用意したんだぞ?」
 正直にどう返答していいのか分からない。諒太は家でカップラーメンを食べて来たのだ。しかし、彼が話す夕飯がそれでないのは明白であった。

「ええまあ……」
「それは良かった。既にオークション会場は札止めとなっている。超満員だぞ? 借金奴隷オークションがこれ程までに盛り上がるのは稀だ。間違いなく高額落札されるだろう」
 食事に関しては何も問われない。それどころか、グインは既にオークションの結果を予想している。

「リョウのオークションは三番目だ。きっと会場には熱狂の渦が巻き起こるだろうな。本当に楽しみだよ」
 苦笑いを返すしかない。かといって諒太は他のことに気を取られていた。部屋の隅に配膳されただろう皿が並んでいたのだ。しかもそれは既に完食したあと。諒太が食べたわけではないというのに。

「ゲーム内の理は有効で、俺はここにいたという体で話が進んでいる?」
 オークションまでプレイヤーを縛り付ける決まりがアルカナの世界にはない。よって諒太はずっとここにいたことになっているようだ。まあしかし、そういう場面は多くないだろう。奴隷オークションなどの特殊な状況下でしかあり得ないはずだ。

「リョウ、会場へ行くぞ。お前の品定めをしたいお客様に顔見せだ……」
 言ってグインは諒太の手を引く。また諒太も素直に従っている。
 既に二人の思惑は一致しているのだ。高額で落札されることを二人共が願っているのだから。

 奴隷オークションはドーム型の会場で行われるようだ。裏手から歩いてゆき、壇上へと上がっていく。
 諒太がステージに現れると万雷の拍手が鳴り響いていた。想像していたよりも大規模な会場だ。見渡す限りに人で埋め尽くされている。

「どうだリョウ? 恐らく全員の目当てはお前だぞ?」
 拍手を見る限りは間違いないだろう。諒太が現れただけでヒートアップしているのだ。それだけで入札が期待できるというものである。

 しばらくすると、ステージに男性が現れた。拡声魔法が施されたマイクを手に男が声を張る。
「さあ、まだ定刻前でありますが、もう既にチケットは完売です! またオークション参加者は全員が入場済みとのことで、予定を早めて開始させて頂きます!」
 大歓声が巻き起こる。間違いなくこれはお祭りであった。入場も無料ではないため、落札を考えていない者が多くいるはずもない。早々のスタートは全員の総意であるはずだ。

「まず最初のオークションは執事の男です! 詳細はパンフレットをご確認ください!」
 諒太を壇上に残したまま、オークションが始まってしまう。
 まずは中年の男性である。しかし、会場の反応は悪い。先ほどまで沸き返っていたというのに、今や誰も口を開いていなかった。

 結局、執事の男性は誰にも落札されないまま、タイムアップとなってしまう。残念ながら彼は都市国家アルカナでの雑務に従事するしかないようだ。
 二人目もまた盛り上がりに欠けた。しかし、二人目の借金奴隷は最低金額の三十万ナールで落札となっている。

 いよいよ次が諒太の番だ。夜の九時にある奴隷オークションは三人のみであり、諒太が最後の競売であった。

「さあ、お待たせ致しました! 本日の目玉商品です! 既にデータは公開しておりますが、改めて説明させて頂きます!」
 司会の男が声を張る。中立都市国家アルカナの財政を賄うオークションなのだ。目玉商品には再度の説明をし、高額落札を煽っていた。

「まずはこちらを! 彼女は奴隷を落札すると付随することになります! 奴隷の従魔であり、回復魔法を使いこなすAランクモンスター! 当然のこと意思疎通が図れるだけでなく、性格も温厚で更には美人であります! お買い得度がご理解いただけますでしょうか!?」
 ずっと離れたままだったソラがここでステージへと連れられていた。彼女は笑顔であり、酷い扱いを受けたなんてことはなさそうである。オークションの目玉商品には丁重な扱いが保証されているらしい。

 主に男性陣の拍手が大きかった。しかし、司会の男が言葉を発すると、会場は嘘のように静まりかえっている。
「それでは目玉商品です! ずっとステージにいた彼こそが借金奴隷オークションの注目株! Bランク冒険者リョウ!!」
 諒太は大袈裟な紹介を受け、無理矢理に右手を挙げさせられている。
 借金奴隷であるというのに歓声を受けるだなんて。予想外の現状に諒太は居たたまれない気持ちになっている。

「戦闘力は折り紙付き。借金奴隷は戦闘を強要できませんが、彼は引き受けると話しておりますし、十分な強さを持っていますので保証金が減額されるような事態にはなりません。また錬金術を使いこなす器用さも持っております。テイマーでありながら、前衛職も生産職もこなすマルチぶりです! どうぞこぞってご入札くださいませ!」
 司会の説明に会場は熱狂している。それこそ集った者たちは諒太が目当てであった。これより始まるオークションに全員が期待している。

「当オークションは高額が予想されるため、五十万ナールからの入札となります! また単位は一万ナールとなりますのでご注意ください! それではご入札をお願いします!!」
 遂にオークションが始まってしまう。ただし、開始価格が五十万と設定されたために、我先にと声がかかることはなかった。

「51万!」
 真っ先に手を挙げたのは諒太も知る人物だ。真っ先に声を上げたのは悪徳商会代表のエチゴヤであった。

「52万ナール!」
 続いて手を挙げた人物も見知った顔である。それは諒太も世話になったカモミール店主のウルムであった。
 かといって世界線が戻ったこの世界において諒太と彼らは面識がない。つまり能力だけを見て入札していることになる。

「53万!!」
 負けじとエチゴヤが入札。やはり二人は諒太の素材収集能力を買っているのだろう。悪徳商会は繁盛店であるし、資金的には十分であるらしい。
 恐らく二人は戦闘可能との話に、レア素材の収集を期待しているはずだ。

 ガナンデル皇国生産者組合の二人が競り合うのかと思いきや、ここで予想だにしない人物が手を挙げた。

「500万ナール!――――」

 その入札額はこれまでの争いがままごとであるかのように思わせた。
 息を呑む観衆。一度に十倍の値が付けられるだなんて誰も予想していない。

「セリス……」
 思わず諒太は声に出してしまう。落札額を一気に引き上げた人物は公爵家のご令嬢セリス・アアアアであった。

 流石に会場がどよめいている。もう誰も追いかけられない。五百万ナールという金額は正直に現実離れしていたのだから。
 誰しもがガナンデル皇国の姫君が落札したと考えるも、その予想に反して入札者が現れてしまう。

「600万ナール!」
 一瞬の静寂を破って、会場に甲高い声が木霊した。100万単位という決まりなどなかったのだが、次の入札は600万ナールに達している。

 誰しもがセリスの落札を疑わなかったというのに。五百万という金額でさえ、馬鹿げていると考えていたのに……。

 会場はまたも騒々しくなっていた。それはそのはず手を挙げた人物が、これ以上ないほどに意外なVIPであったからだ。

「セリス様、ここは降りていただきたく存じます」
 入札者が言った。セリスは皇国の有力者であったというのに、まるで意に介す様子はない。

「いえいえ、リョウは我がアアアア公爵家の庇護下にあります。決して引けぬ戦いです。貴方様こそ横やりを控えていただければと……」
 セリスが答える。彼女も躊躇せず、嫌味っぽく入札者の名を告げていた。

「ねぇ、ロークアット王女殿下――――」

 この遣り取りには置いてけぼりを食った参加者も盛り上がりを見せる。
 一国の王女殿下と公爵令嬢の戦いなのだ。後にも先にもないような入札合戦が繰り広げられることを期待してしまう。誰しもが未知なる金額に到達する未来を予測していた。

「勝手に庇護されても困りますわ。わたくしは債権者。少なからず責任がございますの。よって、どこまでも競り合いにお付き合いいたします。しかし、結果は一つ。わたくしが競り落とすことだけは確定しておりますから」
 ロークアットも負けていない。元より彼女は負けず嫌いだ。セリスが強気であればあるほど、ロークアットも強く返す。

 既に落札者は絞られたと集まった者たちは考えている。従って前列に陣取る二人の遣り取りに見入るだけであった。

「700万ナール!」
 ロークアットの発言にも気後れすることなくセリスが手を挙げた。
 間違いなく徹底抗戦。先日は和平交渉の使者を務めた彼女だが、聖王国の姫君に対して一歩も引かぬ構えだ。

「800万ナール!」
 即座にロークアットが手を挙げた。会場には溜め息にも似た声が充満している。あり得ない入札額の応酬には言葉がなかった。

「ロークアットは本気なのか……?」
 諒太もまた驚愕している。これは借金奴隷のオークションなのだ。期限付きである奴隷にここまで出すなんて現実的とは思えない。

「きゅ、900万ナール!」
 ここでセリスに変化が見られた。明らかに苦い顔だ。もう彼女には入札する余力がないものと思われる。

「セリス様、もう無理をなさらなくても。わたくしには全財産を投じる覚悟がございます。全てを失ってでも、わたくしは落札する所存です」
 オークション参加者は事前にカードの残高チェックを受けている。受付で確認された金額以上は入札できない決まりだ。

「1000万ナール!!」
 ロークアットの声だけが会場に木霊すると、静まり返った会場は再び大歓声に包まれた。

 かつてない落札金額。四桁に乗るだなんて誰の記憶にもなかった。全員が落札しようと会場に足を運んだはずが、ここまで高騰してしまえば口惜しいとすら感じない。寧ろ清々しい顔をして、彼らはロークアットに拍手を送っている。まだ彼女が落札したわけではなかったというのに。

「さあ、一千万ナールがでました! 他にご入札はないでしょうか!?」
 司会が会場中に呼びかけるも、反応があるはずもない。競り合ったセリスでさえ下を向いているのだ。彼女の他に入札できる参加者がいるとは思えなかった。

「それでは目玉商品のB級冒険者リョウは一千万で落札です!! なお、ご来場いただきました方々には守秘義務が発生します。くれぐれもオークション内容について他言することのないように願います!」
 司会がこの度の注意事項を口にするや、ロークアットがスクっと立ち上がった。
 一瞬にして静まり返る会場。静寂の中、落札者として壇上へと向かうロークアットの姿を全員が目で追っていた。

 落札金額もさることながら、集まった者たちは彼女のご尊顔に見入っている。そもそも王女殿下が聖王国を離れることが稀であるのだから。

 透き通るほどに白い素肌や輝きを放つ長い銀髪。エルフ族の王女殿下という肩書きに恥じない美貌は会場にいた全員の視線を独り占めしていた。
 超高額入札にも冷静なまま。落札後の異常にも感じる落ち着きは来場者に品格の違いを知らしめている。彼女こそが聖王国の第一王女であることを周知させる結果となっていた。

 宣言通りに落札したロークアット。堂々と歩む彼女は何事もなかったかのように、美しい歩容を見せている。凛としたその表情を目に焼き付けるように、来場者は契約室へと彼女が消えていくまで視線を奪われたままだ。

 一方で諒太は困惑しており、まるで現状を把握しきれていない。
 意外な人物による競り合いから、衝撃の落札価格まで。落札されたのは明確に自分自身であったものの、第三者的にしか判断できないでいる。

 ロークアットの想いには気付いていた。しかし、彼女の思惑が少しも理解できない。
 諒太は同胞のエルフではなく人族なのだ。しかも彼女は王女殿下である。後々に起こり得る問題を自ら抱え込むロークアットの真意なんて、諒太に分かるはずもなかった。

 ロークアットの奴隷。想像もできない未来が始まろうとしている……。
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