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第三章 希望を抱いて

納得の回答

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「どうして私が承認してるの……?」
 まあそうなるだろう。記憶にない承認。確かギルド長が不在とのことで、彼女がランクアップを提案してくれたのだ。よって書類には間違いなくセリス・アアアアのサインが残っている。

「手枷を外してもらっていいですか? 俺は急いでいますので……」
「ああいや、その……」
 困惑するセリス。どれだけ頭を悩ませようとも、絶対に答えなど導けないはずだ。記憶にないサインは彼女を戸惑わせるだけであった。

「俺は正規のルートで入国したと話したでしょう? 貴族様とはいえ横暴です」
 諒太は畳み掛ける。予想通りに書類が揃っていたのだ。ならば落ち度はない。強気に返すくらいが解放への近道であろう。

「いやでも、庇護印まで押したというのに記憶がないのです! 本当に正規ルートで入国されたのですか!?」
「そんなの知りませんよ……。ギルド長が不在であったから、貴方がしゃしゃり出てきたのでしょう? それともガナンデル皇国の管理態勢は簡単に偽装できてしまうものでしょうか?」
 諒太が矢継ぎ早に問いを投げると流石に黙り込んでしまう。きっと彼女には身に覚えがあるはずだ。稀にギルドへやって来ては、こういった対応をしているはず。加えて出入りするだけでなく、書類の管理くらいは口を挟んでいるだろう。

「っ……しかし……」
 記憶にないものはない。けれど、それが解放に繋がるわけでもないようだ。まだ諒太を疑ったままであり、セリスは手枷すら外そうとしなかった。

『セリスや、あまり婿殿を疑うでない!』
 諒太が溜め息を吐いていると、右手の痣が疼き出し、またもや声を発する。それは記憶のままに輝きを放ち、遂にはヌポンと妙な音を立てながら妖精を吐き出していた。

 流石にセリスは面食らっている。手の甲から妖精が飛び出すなど、セイクリッド世界においても異常なことらしい。
「リ、リナンシー様……でしょうか?」
 どうも二人は面識があるようだ。これには助かったと思う。残念妖精リナンシーは面倒なことこの上ない存在であるけれど、セイクリッド世界ではかなり崇拝される存在でもあった。先日の戦争を止められたのも彼女がいたおかげである。

「いかにも! セリスよ、婿殿を疑うでない! 何しろ婿殿は勇者なのだからな!」
「おい、リナンシー!?」
 隠しておこうとしていた話をリナンシーは口にしてしまう。取り繕わなければならないところだが、生憎と彼女はセイクリッド世界において神に次ぐ存在である。

「本当ですか!? だとすれば、リョウは人族に伝わる秘術によって……?」
「うむ……。じゃが、婿殿は別にアクラスフィア王家と何の関わりもないから安心するのじゃ。セイクリッド世界の平穏のために日々戦っておるだけじゃて。害があるとすれば、あちらこちらで女をたらし込むくらいじゃからの!」
 最悪だと思った。セリスの疑惑を解いてくれるだけで良かったというのに、諒太は女性関係まで暴かれてしまう。

「たらし込むですか……」
 どうしてかリナンシーが現れる前よりも冷たい視線である。こうなると改善したとは思えない。寧ろ監視の目がきつくなるような気さえする。

「妾は婿殿に加護を与えておる! セリスよ、その意味は分かっているな?」
「リナンシー様が直々にですか!?」
 諒太を放置し、二人の会話が続く。驚くセリスを見る限り、やはりリナンシーが直接加護を与えるのは非常に珍しいことのようだ。

「む、こ、ど、の、と妾は呼んでおる! ここが重要じゃ! セリスや、察せよ!」
「リナンシーの戯れ言は気にしないでくれ! こんな残念妖精を嫁にもらうつもりはない!」
 ここは会話に割り込むしかない。誤解されたままだと諒太まで崇められてしまうはずだ。

「婿殿、殺生じゃよ! 先日は妾を良いように扱ったではないか! それはもう好き放題、自分勝手にっ!」
「誤解を招くようなことをいうな! お前が自発的に魔力を注いだだけだろ!」
 リナンシーの登場により追求はなくなったけれど、諒太は色々と弁明しなければならなくなっている。結果として余計な手間となっていた。

「しかし、リョウは本当に勇者なのですか?」
「妾が嘘をいってどうする? 信じないのであれば、皇国との契約はここまでじゃ!」
「ちょちょちょ、待ってください! 別にリナンシー様を疑っているわけでは……」
 やはりリナンシーが相手ではセリスとて交渉相手にもならない。リナンシーが脅迫紛いの話をするだけで彼女は同意するしかなくなってしまう。

「早く手枷を外してくれないか? 壊してもいいのなら構わないけれど……」
「ああいえ、直ぐに外させていただきます!」
 セリスの態度が一変していた。こんな今も残念妖精と縁を切りたいと思うけれど、交渉事には本当に役立ってもいる。

 直ぐさま手枷が外されていた。これにより諒太はようやく自由を得ている。
「しかし、リナンシー様、腑に落ちないことがございます。私にはまるで記憶にないことなのです。承認のサインから庇護印に至るまで……」
「うむ。それはそうじゃろうて。何しろ妾たちは異なる世界線から戻ってきたのじゃからな……」
 諒太が話したとして信じてもらえなかっただろう話。リナンシーが口にするとセリスは疑うことなく頷きを返している。

「そういう話があり得るのでしょうか?」
「婿殿は特殊じゃからの。妾も加護を与えていなければ、世界の動きについて行けんかったじゃろう。何にせよそのサインは本物じゃて。加えて婿殿の強さを認めたが故に、貴様は庇護印を押したのじゃろう? これでも婿殿は苦労しておるのじゃ。貴様も協力してやれい」
 リナンシーの命令には静かに頭を下げている。疑問は残っていたとしても、セイクリッド三種族はリナンシーに逆らえないらしい。

「しかし、リョウも一言いってくだされば……」
「いや、俺が勇者だと言って信じる人間がどれだけいると思う? リナンシーが話したように、少しばかり面倒なことになっていてな。説明のしようがなかった。あと俺は勇者だが、アクラスフィア王国に属しているわけではない。それは世界線が異なる君も分かってくれていたと思う。何しろ俺に黙って勝手に庇護印を押したのだから……」
 状況が飲み込めたのか、セリスは諒太の話にも頷きを返す。
 肌身離さず持っている庇護印を誰かに奪われることなどあり得なかったし、それこそ何の根拠もなく庇護印を押すわけがなかった。

「とにかく俺はどの勢力にも属していない。アクラスフィア王国は元より、聖王国や皇国にも。それは別に何かを企んでいるわけじゃなく、暗黒竜ルイナーを再封印するためには三国が手を結ぶべきと考えているからだ」
 もう誤魔化すつもりはない。諒太は本心を告げるだけ。幸いにも馬車にはセリスしかいないのだし、口止めしておけば何の問題もないだろうと。

「そうでしたか。疑って申し訳ございませんでした……」
「んん? やけに素直だな? もう俺は信用されたのか?」
 何を言っても訝しげに見ていたセリスが反論すらしないだなんて驚きだ。諒太的にはリナンシーが騒ぎ立てただけだと思えたのに。

「リナンシー様の加護を受けた者だなんて、歴史上一人もいないのですよ? 勇者ナツでさえも受けていないのですから……」
 それは諒太も知っている。勇者ナツは現状で残念妖精を連れていないのだ。
 しかし、ここで疑問が沸き立つ。歴史上一人もいないという話に。セイクリッド世界は明確にアルカナのゲーム世界を元にして成りたっているのだ。その頃からリナンシーは登場しているし、彼女もまたゲームの設定に縛られているはず。

「ひょっとしてアルカナでもリナンシーの加護を受けられる?――――」
 一人もいない現状から、誰もが好感度を上げていない可能性。実際に諒太はリナンシーを攻略し、粘着されてしまったのだ。リナンシーがゲームの理に縛られているとすれば、アルカナの世界でも加護を受けられるように思う。

「リナンシーの好感度上げは、フェアリーティアをもらった時点で完結したと考えられているのか……?」
 確かに諒太は夏美から聞いていた。諒太でも一つはもらえると。それはもちろんフェアリーティアのことであり、一つはということは二つもらえる場合もあるということだ。
 考えるに、プレイヤーは二個までしかもらった者がいないのではと思われる。だからこそ、その上の三個を手に入れた諒太しか加護を得られなかったという推論だった。

「まあ【リョウ】の魅力値は出鱈目だしな……」
 設定上あり得るというだけで、最初の場面で三個もらうまで好感度を上げられるとは思えない。
「婿殿、何をぶつくさ言っとるのじゃ!」
「ああいや、こっちの話だ……」
 ゲーム内でも同じような感じであれば必要ないかと思い直す。セシリィ女王陛下もゲームのままらしいし、恐らくはリナンシーも変わらないのだろう。特に魔力供給は夏美に必要なかったし、勇者ナツにとっては邪魔なだけであった。

「ん?」
 しかしながら、諒太はふと思いついてしまう。ハエのように付きまとうリナンシーの駆除方法を。
「おいリナンシー、お前の加護は何人でも与えられるのか?」
 返答が諒太の考える通りであれば、現状の加護を消去できるはず。
「いんや、妾は一人しか加護を与えられん。まあそれは妾だけの話じゃなく、全ての妖精は一生のうちに一人しか加護を与えられんのじゃ!」
 なるほどと諒太。やはり考えていた通りである。だとすれば害虫駆除ができるかもしれない。

「過去であるアルカナの世界で誰かが加護を授かれば、俺の加護は無効になるんじゃ……」
 元よりセイクリッド世界とセイクリッドサーバーの時系列は曖昧だが、アルカナの世界において誰かがリナンシーの加護を授かれば可能性はあるように思う。

「でもなぁ……」
 ただし、問題があった。諒太にはなすり付けるべきプレイヤー仲間がいない。勇者ナツは脳筋戦士であるし、夏美の友人である彩葉もまた戦士系だった。つまり魔力を求めるような知り合いはおらず、リナンシーを引き受けてもらえるはずもない。

 クソッと独り言をもらしつつ、諒太はジッとリナンシーを見つめている。
「な、なんじゃ婿殿! 欲情したかぇ!?」
 本当に残念すぎる。やはりプレイヤーになすり付けるのは駄目だと思う。責任を持って最後まで諒太が面倒を見るべきだ。

「ゴミ妖精に誰が欲情するってんだよ……」
 はぁっと嘆息する諒太にリナンシーが続ける。まるで雰囲気を汲み取っていない返答を。

「嫌よ嫌よも好きのうちじゃぞ!――――」
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