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第二章 悪夢の果てに

少しばかりの休息を

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 ログアウトをした諒太は夏美のベッドで寝ていた。疲労感もなければ身体に傷もない。とても不思議な感覚である。やはりアルカナをプレイしていたのだと実感していた。

「なあナツ……」
 分からないことだらけである。夏美に聞いたとして謎が解き明かされるはずもなかったが、諒太は問わずにいられない。

「俺さっきレベル上がったんだ……」
 出張データではあり得ないことだ。先ほどのプレイは確実にアルカナの枠組みを外れている。
「俺はベッドにいたか? グレートサンドワーム亜種との戦闘中に俺はここにいたのか?」
 確かにベッドへ寝転がる感覚があった。けれど、それは気のせいかもしれない。もし諒太がプレイ中に存在しないのであれば、ゲームでありながら諒太は生身で戦っていることになる。

「リョウちんはずっといたよ? 右隣が温かかったし……」
 それは諒太も同意見だ。プレイ中も夏美の体温を左側に感じていた。

「でもレベルが上がった。確かにゲームであったけれど、リョウには俺の精神が入り込んでるんじゃないか? 出張データであっても、リョウは俺の精神を介して元データと同期していたり……」
 完全な臆測でしかないが、どうしても妄想を止められない。そもそも諒太は出張データをダウンロードすらしていないというのに、召喚されただけでなく実際にレベルアップも成されている。よってゲームに存在したリョウがセイクリッド世界のリョウと同質であることに疑いはなかった。もし仮にリョウが失われた場合は、身体を残して精神だけが失われるような気がしてならない。

「リョウちん、考えすぎだと思うけど? 間違いなくリョウちんはいたよ。臭かったし」
「臭い言うな……。まあでも確かに考えすぎか。それにもし現実であったとしても、死ななければ問題はない。気をつけるのはどちらの世界も同じだ……」
 諒太は考え直していた。少しばかり恐怖を覚えていたけれど、よく考えればセイクリッド世界も同じなのだ。失われたら死ぬだけ。この先も諒太は一度の死ですら許されないだけである。

「さて帰るよ。おばさんたちが帰ってきたら面倒だし……」
「ええ? お母さんはリョウちんに会いたがってたよ? 同じ高校で同じクラスになったって話したら……」
「お前、そんなこと報告してんのかよ?」
 父親はともかく夏美の母親とは極力会いたくなかった。なぜなら彼女は夏美をそのまま大人にしたような人であるからだ。

「晩ご飯食べてけば良いじゃん?」
「まあ、それはそのうちに。今日のところは帰るよ……」
 そそくさと帰り支度をし、諒太は玄関を出る。どうにか母親との再会は免れていた。ただ、いずれは会うことになるだろう。遺伝子の九割以上を夏美に与えたあの人に会う日が必ず来るはずだ。

 自転車を走らせながら考える。自身も夏美の話を両親にするべきだろうかと。妙な話題になりかねないので話さずにいたけれど、諒太だけが伝えないのは違う気がする。
 どうしてか溜め息ばかりを漏らしながら、諒太は家路を急ぐのだった……。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 帰宅してから夕飯を食べ、諒太はベッドに潜り込む。ただし、ヘッドセットは装着していない。この度は睡眠目的でベッドに入っただけだ。
 セイクリッド世界がどうなったのか気になっていたものの、改変を起こそうとする世界に戻る気にはなれなかった。あの世界においてやるべきことは既に済ませたあとだ。今すべきことなど何も残っていない。

 気付けば諒太は朝を迎えている。
「今日はイベントか……」
 セイクリッド世界の命運を分ける戦争イベント。本日それが開催される予定である。
 学校が休みであるから存分にプレイできたというのに、何だか今日はそういう気分ではない。かといって諒太が勉強を始めるなんてことはなかった。

 朝食を食べてから漫画を読んでいる。だが、少しも頭に入ってこない。昼過ぎまでゴロゴロとするだけで、時間だけがただ経過していく。

 いつの間にか諒太は眠っていた。昨晩は十分に睡眠を取ったはずだが、身体が寝溜めを要求しているのか自然と意識が失われている。

 ピリピリピリ……

 アラームを設定したつもりはない。睡眠を邪魔しているのは明らかに着信コールだ。面倒にも思うが、コールは諒太が応答するまで鳴り止まなかった。
「もしもし……」
『あ、リョウちん? 今から来てくれない?』
 誰のコールなのか諒太は察していたけれど、やはり相手は夏美である。また彼女は詳しい用件を述べることなく家に来てくれという。

「今日はイベントだろ? もうやるべきことはやったはずだぞ?」
『イベントだからだよ。ちょっと不安なんだよね。リョウちんが指示してくれたら、あたしは上手くイベントをこなせると思う』
 どうしたものかと考える。諒太がいたとして夏美は襲い来る敵を倒せないのだ。防御しかできないのだから、諒太は何の指示も出せないだろう。

「んー。今日はおばさんいるだろ?」
『いるけど、リョウちんが来るならケーキを用意してくれるみたいだよ?』
 懸念しているのはそれだけだ。できれば顔を合わせたくなかった。待ち構えられてしまう状況こそ諒太が恐れているものである。

『お願いだから来てよ。あたしは不安でしょうがないの……』
 そういわれると断れない。そもそも戦うなと指示したことが原因である。夏美が不安を覚えているのなら、諒太は向かわざるを得ない。

「それで盾は用意できたのか?」
『盾は問題ないと思う。失敗する可能性があるって言われてるけど、上手くいけば夕方頃に出来上がるって越後屋さんが話してたから……』
 イベントは夜の九時であるから問題はない。さりとて盾に関しては心配していなかった。三百年後に残るレシピによって越後屋が夏美の盾を完成させるのは明らかなのだ。

「じゃあ、晩飯を食ってから行く。それまでは大人しくしておけ」
『よろしくね? こんなに緊張するなんて思わなかった……。それでリョウちんは夜まで向こうで戦うの?』
「ああいや、今日は休息を取ることにした。流石に徹夜したりしたから……」
 夏美に語ったのは嘘だ。
 なぜなら諒太がログインするとロークアットはそれを察知するから。あの世界線のロークアットはどうしてか積極的であり、気持ちを隠そうとしないのだ。きっと諒太は婚約の話についてまた聞かされてしまうはず。水泡が如く頼りない約束を喜々として語るロークアットに諒太は合わせる顔がなかった。

『それじゃあ、待ってるね……』
「ああ、必ず行くよ」
 準備に充てた時間は少なかったけれど、これ以上やることがないくらいに頑張った。あとは夏美が敵を倒すことなく生き残り、アーシェが生存する世界線へと戻るだけだ。

 諒太は何をするでもなくこの数日間を振り返っている。全てを元に戻そうというのは求めすぎかもしれない。けれど、最悪の未来から少しでも回復できたらと願わずにはいられなかった……。
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