上 下
82 / 226
第二章 悪夢の果てに

大戦を明日に控えて

しおりを挟む
 以前と同じように諒太が考えるだけでワイバーンは操れた。この爽快感は現実でしか味わえないだろう。加えて背中に押し付けられた柔らかいもの。昨日から苦労続きであった諒太へのご褒美である。

「リョウ様、くっつきすぎでしょうか?」
「是非とも密着してくれ。装備をローブに変えて良かったと思ってる!」
 ウフフと笑い声が聞こえた。冗談であり本気でもある。ウォーロックまで四時間近くかかるらしいが、寧ろもっと長くても良いくらいだった。

 何時間が経過しただろうか。話題も尽きて二人共が景色を眺めているだけ。とはいえ別に雰囲気は悪くない。二人はずっと親密になっていたし、沈黙も気にならなくなっていた。
 無言でしがみついていたロークアットだが、不意に口を開く。

「リョウ様、わたくしはこの景色をずっと覚えていますから……」

 どこまでも続く地平線。茜色に色付く大地は平穏そのものである。明日には戦争が始まるだなんて想像もできない。
 口にした内容はもしかすると先ほども話した世界線のことかもしれない。ロークアットは現在の記憶を失ってしまうと考えているのだろう。目に映る景色も二人で過ごした時間さえも……。

「大丈夫だよ……。俺には世界がどうなってしまうのか分からないけれど、どのような世界にあろうと君は君だ。世界線を越えたとして、俺はまた君と仲良くなれただろ? 俺たちは敵対勢力に属していたというのに……」
「そうですね……。確かにその通りです。何となく全てが失われるような気がして怖かったのですけど、わたくしとリョウ様の関係は変わらないのですね?」

「絶対に変わらないよ。君は俺が知るロークアットのままだ。だからどのような結末になろうとも本質的な部分は同じ。失われるものなんて存在しない……」
 別に説得する必要はなかったはず。しかし、諒太は弁明するように言葉を繋げている。彼女が少しでも安らぎを得られるようにと。

「リョウ様、ならば明日は思い出に残る戦いとしましょう。決して忘れることのない強烈な記憶を刻み込むのです」
「望むところだ。万全を期してロークアットと戦う。トラウマになるほどのものを見せてやるよ……」
 何だか煽り合うような会話である。二人は不安を感じつつも、明日の戦いに期待してもいた。

 完全に日が落ちた頃、二人は目的地であるウォーロックへと到着している。既にアクラスフィア王国は兵を配置し、警戒にあたっていた。恐らくはフレアの部隊とは別働隊だろう。元々配備されていた者や各地からかき集められた兵であるはず。

「リョウ様、アクラスフィア王国はこれだけの兵士しかいないのでしょうか?」
「いや、明日には別の部隊が到着するはずだ。しかし、数はそれほど増えないと思う」
 敵軍の大将に話すことでもないのだが、信頼関係を重視すると誤魔化すなんて無理だ。包み隠さず話すことが協力してくれるロークアットへの礼儀であるはず。

「街に活気がありませんね? ここは交易都市なのでしょう?」
「敗者なんてこんなものだよ。騎士団員ですら何の希望も持っていない……」
 戦争がもたらす影響を目の当たりにしたロークアット。彼女は俯いたまま考え込んでいる。勝者と敗者の区別が明確に感じられたことだろう。

「ロークアット、転移魔法で送っていくよ。兵に見つかったら面倒だ……」
「ええ、お願いします……」
 ワイバーンに乗り、ロークアットの手を握る。即座にリバレーションを詠唱し、二人はサンテクトに近いオツの洞窟へと転移した。

 ここも懐かしく感じる場所だ。アーシェを助けるためにレベリングをしたダンジョンであり、ロークアットと初めて出会った場所でもある。

「とても美しいお月様ですね……」

 別れを告げようとする諒太にロークアットが一言。その様子はまさに記憶にあるままだった。
 まるで絵画のようである。昇り始めた朧月。弱々しい月明かりがロークアットの銀髪や白い肌を照らしている。その光景はこの世のものとは思えないほど幻想的なものであった。

 しばし眺める諒太だが、小さく頷いてからロークアットに声をかける。
「ここでお別れだ。ロークアット、念のためこれを渡しておく」
 アイテムボックスから取り出し、諒太はそれをロークアットへと手渡す。

「これは……?」
「それは一度だけ死を回避できる精霊石。場合によって俺は君に向かって最大級の魔法を撃ち放つだろう。その魔法の威力は極大だ。いちご大福閣下の指輪を装備していたとしても防げるかどうか分からない。君が失われては戦いを止めるどころじゃなくなるからな」
 兵を黙らせるにはロークアットを瀕死に追い込むしかないだろう。大将でさえ敵わないならば、彼らも諒太の力に気付くはずだ。

「明日はよろしく頼む。必ず大盾を持ってくるんだぞ?」
「承知致しました。わたくしは夕方に到着するだけで良いのですよね?」
 最終確認が取られる。やはり一通りの流れをもう一度話しておくべきかもしれない。

「それで十分だ。俺は両軍に勇者であると宣言し、双方に戦いをやめさせる」
 最大目標は被害を出さぬこと。諒太は圧倒的な力を誇示し、彼らの衝突を未然に防ぐだけ。平和なセイクリッド世界を取り戻すだけである。

「それは生半可なことではありませんよ?」
「突如として空中に転移する予定だぞ? 俺はワイバーンごと戦場に現れる。転移魔法は勇者専用魔法。かつての勇者ナツを知るスバウメシア兵に理解できぬ者はいないはず。格好良すぎて惚れ直してもしらんぞ?」
 フフフと笑うロークアット。諒太的には滅茶苦茶格好いいと思える登場なのだが、過剰演出とでも感じたのだろうか。

「もう既に十分です。今以上に惚れさせてどうするおつもりですか?」
「そこまでは考えてなかったな。まあ男冥利に尽きるよ……」
 ちょっとした脱線話に諒太も自然と笑ってしまう。明日には笑顔などなくなるのだ。だとすれば今のうちに目一杯に笑っておくべきかもしれない。

「そのあと、わたくしと一騎討ちという流れでしょうか?」
「ああいや、一応は兵が動かぬようにSランク魔法を見せつける。両軍が微動だにできなくなるほどの魔法をな……」
「Sランク魔法? それは伝説的なものでしょう?」
 プレイヤーがいないセイクリッド世界にSランク魔法を唱えられる者などいない。使えたとしてAランクの魔法までだろう。だからこそ諒太は効果があると考えている。

「まあ見てろって。だから俺が現れるまで絶対に接近するな。両軍の中央を焼け野原にする。焼け焦げたそこが俺たちの戦場だ……」
 諒太が中立であり、諒太の力が神にも等しいと理解できれば両軍の衝突は避けられるだろう。アクラスフィア王国は既に戦う気力すら失われているし、戦いが回避できるのなら大人しくしてくれるはず。

「分かりました。是非とも全力でお願いします。手を抜いていると思われてはいけませんし」
「了解した。じゃあ明日な……」
 諒太は手を抜いても問題などない。ただロークアットには全力で来てもらわねば兵が納得しないだろう。

 諒太はここでログアウトを選択。両親が帰宅する前に戻らねばならない。かといって、やり残したことはなかった。十分な準備をしたと断言できる。

 万全を期して決戦に挑めるはずだ……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

戦闘職をしたくてVRMMOを始めましたが、意図せずユニークテイマーという職業になったので全力でスローライフを目指します

地球
ファンタジー
「え?何この職業?」 初めてVRMMOを始めようとしていた主人公滝沢賢治。 やろうと決めた瞬間、戦闘職を選んでいた矢先に突然出てきた職業は【ユニークテイマー】だった。 そのゲームの名はFree Infinity Online 世界初であるフルダイブ型のVRゲームであり、AIがプレイヤーの様子や行動を把握しイベントなどを考えられるゲームであった。 そこで出会った職業【ユニークテイマー】 この職業で、戦闘ではなくてスローライフを!! しかし、スローライフをすぐにはできるわけもなく…?

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...