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第二章 悪夢の果てに
サンテクトにて……
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開戦時間を知ろうと諒太は誓いのチョーカーによって念話を送っていた。
『ロークアット、返事をしてくれ』
夏美が頼りにするのは諒太らしいが、その諒太はロークアットに頼りきりだ。彼女がいなければ、この度の彼は何もできなかったことだろう。
『リョウ様、こんにちは。どうなされたのでしょうか?』
『ちょっと話があってな。今どこにいる?』
礼儀として直接会って話をすべきだ。諒太はまたも無茶を頼むつもりでいるのだし。
『進軍中です。かといって、わたくしはまだサンテクトの宿ですけれど……』
サンテクトといえばオツの洞窟に程近い街だ。
まだロークアットはスバウメシア聖王国にいるらしい。
『それって道具屋に近い宿か? 大通りから少し入った薄緑の屋根をした世界樹亭とかいう宿……』
『よくご存じで。その宿の二階に部屋を取り明日の作戦について考えていたのです』
恐らくそこは知っている部屋だ。これは正直に助かった。土下座をしてまで頼みたい用事なのだから、やはり念話より直接会うべきである。
『今から行く。構わないか?』
『ええ、それは結構ですけど……』
了承を得た諒太は直ちにリバレーションを詠唱する。もし宿や部屋が間違っておれば大事になりそうではあるけれど、捕まったとしてログアウトをすれば問題はない。
立ち所にかつて通された部屋へと転移。すると予想通りにロークアットの姿があった。
「よう、悪いな……」
ロークアットは部屋着である。だが、昨日が寝間着であったことを考えると怯むことなどない。
「本当にリョウ様は聖王国について色々とご存じなのですね?」
「別に多くは知らない。サンテクトは初めて君と出会った場所なだけだ……」
あの邂逅から二週間あまり。諒太は再びサンテクトでロークアットと対面していた。状況はまるで異なったが、少しばかり懐かしく感じられている。
「そのような思い出の場所を覚えていないだなんて、わたくしは悲しく思います……」
「気にするな。どの世界線にあろうとロークアットは君だけだ。あの君も今の君も俺は覚えているから……」
軟派士に昇格したからだろうか。現実では躊躇ってしまうような歯の浮く台詞も自然と口を衝いてしまう。
「ありがとうございます。もし仮にわたくしたちの行動で平和な世界線に戻ったとしても、今度こそわたくしは覚えていたい。昨日のことや今このときを忘れたくないように思っています」
ロークアットは諒太の行動が意味するところをどうしてか理解している。まるで諒太が裏で何をしているのか監視しているかのようだ。もしかすると彼女は諒太よりも世界線が移行する未来を予感しているのかもしれない。
「それでリョウ様のご要件は何でしょうか? わたくしに会いたいといったわけでもないのでしょう?」
「それを言われるとつらいな。まあでもその通りだ……」
ロークアットに隠し事はできない。彼女の察知能力の前では赤子のように気持ちを晒すしかないだろう。頭の良さも年齢的な経験もまるで及んでいないのだから。
開き直った諒太はただ尋ねている。
「ロークアット、ウォーロックへの侵攻は何時を予定している?」
「まさか怖じ気付かれたのですか?」
質問返しには首を振った。別に怖がっていると思われても構わないけれど、諒太だって一応は男である。
「わたくしが早朝にここを発ち、現地に到着するのは昼頃です。わたくしの到着をもってスバウメシア南方制圧部隊はウォーロックへと攻め入る予定ですね」
やはり昼であった。それは非常にマズイ事態だ。諒太は学校があるから急いで帰ったとして夕方になる。また諒太はウルムの工房で盾を受け取る必要があるし、加えてウォーロックにはまだ行ったことがない。アクラスフィア王都からワイバーンで向かわねばならなかった。
「夜まで待ってくれないか?」
諒太の話にロークアットは薄い目をしている。事情を知らない彼女は諒太が策を講じているとでも考えているようだ。
「リョウ様、流石にそれは……。この進軍は思いつきではなく前々から計画されたスケジュールに基づいております。日が落ちるまでに制圧し、スバウメシアの前線基地を設営するという計画なのです」
「分かっている。けれど、俺はどれだけ急いでも夕方以降になってしまう。早くて四時くらいになるだろう」
今からウォーロックに行っておけば、明日はリバレーションにて転移可能だ。しかし、学校だけはどうすることもできない。授業態度が褒められたものではない諒太は出席だけでもしておかねばならなかった。何とか無事に卒業するためにも。
「夕方ですか……。まあそれなら何とか……」
「どうか頼む。ワイバーンでの移動を考えていたけれど、俺は転移魔法にて戦場へ行く。そのため今からウォーロックの下見をしておくよ」
「ああ、リョウ様はウォーロックをご存じないのですか? まあ転移魔法でリョウ様が現れた方が勇者様であると分かりよいですね?」
何とかロークアットを説得できた感じだ。転移魔法で現れるという作戦を彼女は支持してくれた。
「じゃあ今からウォーロックに行ってくる。本当に悪いけど俺が現れるまで戦争を始めないでくれよ?」
頷くロークアットを見る限りは安心である。彼女が諒太を謀るとは思えないし、諒太だってロークアットを信頼しているのだ。
「でしたらリョウ様、わたくしもご一緒します」
ところが、思うようには進まない。どうしてかロークアットはウォーロックへ同行すると言い出した。向かう先は敵国であるアクラスフィア王国であったというのに。
「絶対に許可できない。やめとけって……」
了承など無理だ。戦争前から問題を起こしたくはない。敵軍の大将が現れたとあっては大混乱必至である。
「リョウ様はたっぷりとわたくしに要求したというのに、わたくしのささやかな要望すら聞き遂げてくれないのですか?」
痛いところを突いてくる。既に借金は300万ナールにまで膨らんでいた。その上に諒太は無理な要求を重ねている。それらを快く引き受けてくれたロークアットには頭が上がらない。
「しゃーねぇな……。ちゃんと顔は隠せよ?」
「もちろん素顔は隠します。さあ着替えますから後ろを向いていてください」
大胆にも着替えを始めるロークアット。不法侵入している諒太はこの部屋から出られない。言われるがまま背を向けて固まるだけであった。
諒太も無骨な鎧は脱いでおくべきだと思う。妖精女王のローブであれば溶け込めるに違いない。装備を変更し、布でも被っておれば人族だとバレることもないはずだ。
「リョウ様、そんなに緊張なさらなくても。もし世界がこのままであれば、わたくしたちは婚約者となるのですよ?」
「いや、そう言われてもな……」
横目で見たい気もしたけれど、頼みごとをした以上は邪な感情を消し去っていた。彼女を裏切るような真似は絶対にできないのだと。
「早く着替えろ。俺は断腸の思いでこの好機を逃しているんだぞ?」
クスリと笑い声が聞こえたあと、諒太は背中をポンと小突かれていた。どうやらロークアットの着替えが終わったらしい。
「リョウ様にはこれを……」
ロークアットが差し出したものは上質なシルクのスカーフであった。それにはロークアットの名前が刺繍されている。
手渡されたスカーフは変装用に違いない。諒太的にはボロ布でも良かったのだが、彼女は気を利かせてくれたようだ。
「竜舎にワイバーンを繋いでおります。さあ行きましょう」
まったく堂々としている。諒太は敵国の主力だというのに兵を気にすることなく手を引いて宿を出て行く。
「俺が操縦するよ。ロークアットは後ろに……」
久しぶりのワイバーンである。以前はロークアットに抱きついていたけれど、今回は自分がエスコートしようと思った。孤独な長旅になるところを話し相手となってくれるのだ。それだけでも感謝すべきことである。
「飛べ! ワイバーン!」
これより束の間のデートが始まる。
ここまでの労力に対するささやかな報酬というべき至福の時間となるだろう。
麗しい姫君との旅が諒太を待ち受けていた……。
『ロークアット、返事をしてくれ』
夏美が頼りにするのは諒太らしいが、その諒太はロークアットに頼りきりだ。彼女がいなければ、この度の彼は何もできなかったことだろう。
『リョウ様、こんにちは。どうなされたのでしょうか?』
『ちょっと話があってな。今どこにいる?』
礼儀として直接会って話をすべきだ。諒太はまたも無茶を頼むつもりでいるのだし。
『進軍中です。かといって、わたくしはまだサンテクトの宿ですけれど……』
サンテクトといえばオツの洞窟に程近い街だ。
まだロークアットはスバウメシア聖王国にいるらしい。
『それって道具屋に近い宿か? 大通りから少し入った薄緑の屋根をした世界樹亭とかいう宿……』
『よくご存じで。その宿の二階に部屋を取り明日の作戦について考えていたのです』
恐らくそこは知っている部屋だ。これは正直に助かった。土下座をしてまで頼みたい用事なのだから、やはり念話より直接会うべきである。
『今から行く。構わないか?』
『ええ、それは結構ですけど……』
了承を得た諒太は直ちにリバレーションを詠唱する。もし宿や部屋が間違っておれば大事になりそうではあるけれど、捕まったとしてログアウトをすれば問題はない。
立ち所にかつて通された部屋へと転移。すると予想通りにロークアットの姿があった。
「よう、悪いな……」
ロークアットは部屋着である。だが、昨日が寝間着であったことを考えると怯むことなどない。
「本当にリョウ様は聖王国について色々とご存じなのですね?」
「別に多くは知らない。サンテクトは初めて君と出会った場所なだけだ……」
あの邂逅から二週間あまり。諒太は再びサンテクトでロークアットと対面していた。状況はまるで異なったが、少しばかり懐かしく感じられている。
「そのような思い出の場所を覚えていないだなんて、わたくしは悲しく思います……」
「気にするな。どの世界線にあろうとロークアットは君だけだ。あの君も今の君も俺は覚えているから……」
軟派士に昇格したからだろうか。現実では躊躇ってしまうような歯の浮く台詞も自然と口を衝いてしまう。
「ありがとうございます。もし仮にわたくしたちの行動で平和な世界線に戻ったとしても、今度こそわたくしは覚えていたい。昨日のことや今このときを忘れたくないように思っています」
ロークアットは諒太の行動が意味するところをどうしてか理解している。まるで諒太が裏で何をしているのか監視しているかのようだ。もしかすると彼女は諒太よりも世界線が移行する未来を予感しているのかもしれない。
「それでリョウ様のご要件は何でしょうか? わたくしに会いたいといったわけでもないのでしょう?」
「それを言われるとつらいな。まあでもその通りだ……」
ロークアットに隠し事はできない。彼女の察知能力の前では赤子のように気持ちを晒すしかないだろう。頭の良さも年齢的な経験もまるで及んでいないのだから。
開き直った諒太はただ尋ねている。
「ロークアット、ウォーロックへの侵攻は何時を予定している?」
「まさか怖じ気付かれたのですか?」
質問返しには首を振った。別に怖がっていると思われても構わないけれど、諒太だって一応は男である。
「わたくしが早朝にここを発ち、現地に到着するのは昼頃です。わたくしの到着をもってスバウメシア南方制圧部隊はウォーロックへと攻め入る予定ですね」
やはり昼であった。それは非常にマズイ事態だ。諒太は学校があるから急いで帰ったとして夕方になる。また諒太はウルムの工房で盾を受け取る必要があるし、加えてウォーロックにはまだ行ったことがない。アクラスフィア王都からワイバーンで向かわねばならなかった。
「夜まで待ってくれないか?」
諒太の話にロークアットは薄い目をしている。事情を知らない彼女は諒太が策を講じているとでも考えているようだ。
「リョウ様、流石にそれは……。この進軍は思いつきではなく前々から計画されたスケジュールに基づいております。日が落ちるまでに制圧し、スバウメシアの前線基地を設営するという計画なのです」
「分かっている。けれど、俺はどれだけ急いでも夕方以降になってしまう。早くて四時くらいになるだろう」
今からウォーロックに行っておけば、明日はリバレーションにて転移可能だ。しかし、学校だけはどうすることもできない。授業態度が褒められたものではない諒太は出席だけでもしておかねばならなかった。何とか無事に卒業するためにも。
「夕方ですか……。まあそれなら何とか……」
「どうか頼む。ワイバーンでの移動を考えていたけれど、俺は転移魔法にて戦場へ行く。そのため今からウォーロックの下見をしておくよ」
「ああ、リョウ様はウォーロックをご存じないのですか? まあ転移魔法でリョウ様が現れた方が勇者様であると分かりよいですね?」
何とかロークアットを説得できた感じだ。転移魔法で現れるという作戦を彼女は支持してくれた。
「じゃあ今からウォーロックに行ってくる。本当に悪いけど俺が現れるまで戦争を始めないでくれよ?」
頷くロークアットを見る限りは安心である。彼女が諒太を謀るとは思えないし、諒太だってロークアットを信頼しているのだ。
「でしたらリョウ様、わたくしもご一緒します」
ところが、思うようには進まない。どうしてかロークアットはウォーロックへ同行すると言い出した。向かう先は敵国であるアクラスフィア王国であったというのに。
「絶対に許可できない。やめとけって……」
了承など無理だ。戦争前から問題を起こしたくはない。敵軍の大将が現れたとあっては大混乱必至である。
「リョウ様はたっぷりとわたくしに要求したというのに、わたくしのささやかな要望すら聞き遂げてくれないのですか?」
痛いところを突いてくる。既に借金は300万ナールにまで膨らんでいた。その上に諒太は無理な要求を重ねている。それらを快く引き受けてくれたロークアットには頭が上がらない。
「しゃーねぇな……。ちゃんと顔は隠せよ?」
「もちろん素顔は隠します。さあ着替えますから後ろを向いていてください」
大胆にも着替えを始めるロークアット。不法侵入している諒太はこの部屋から出られない。言われるがまま背を向けて固まるだけであった。
諒太も無骨な鎧は脱いでおくべきだと思う。妖精女王のローブであれば溶け込めるに違いない。装備を変更し、布でも被っておれば人族だとバレることもないはずだ。
「リョウ様、そんなに緊張なさらなくても。もし世界がこのままであれば、わたくしたちは婚約者となるのですよ?」
「いや、そう言われてもな……」
横目で見たい気もしたけれど、頼みごとをした以上は邪な感情を消し去っていた。彼女を裏切るような真似は絶対にできないのだと。
「早く着替えろ。俺は断腸の思いでこの好機を逃しているんだぞ?」
クスリと笑い声が聞こえたあと、諒太は背中をポンと小突かれていた。どうやらロークアットの着替えが終わったらしい。
「リョウ様にはこれを……」
ロークアットが差し出したものは上質なシルクのスカーフであった。それにはロークアットの名前が刺繍されている。
手渡されたスカーフは変装用に違いない。諒太的にはボロ布でも良かったのだが、彼女は気を利かせてくれたようだ。
「竜舎にワイバーンを繋いでおります。さあ行きましょう」
まったく堂々としている。諒太は敵国の主力だというのに兵を気にすることなく手を引いて宿を出て行く。
「俺が操縦するよ。ロークアットは後ろに……」
久しぶりのワイバーンである。以前はロークアットに抱きついていたけれど、今回は自分がエスコートしようと思った。孤独な長旅になるところを話し相手となってくれるのだ。それだけでも感謝すべきことである。
「飛べ! ワイバーン!」
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