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第二章 悪夢の果てに

ロークアットの寝室へ

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 言葉をなくす諒太。聞き違いでなかったとすれば、フェアリーティアは諒太が知っているものだ。そのアイテムは数時間前まで諒太が所有していたものに他ならない。
「あの……フェアリーティアって透明の宝石でしょうか……?」
 同じ名前のアイテムがあるとは考えられない。このセイクリッド世界はアルカナの世界と同質化しているのだ。同名のアイテムという紛らわしい名称が採用されるはずもなかった。

「よく知っているな。フェアリーティアは妖精が好んで水浴びをする淀みのない泉でのみ採取される。秘素の結晶体であり、武器や防具と錬成すればアイテムの潜在能力を飛躍的に上げられるんだ。つまりフェアリーティアで強化した刃物でなければ、この素材は加工できない。この硬度なら最低でもミスリルのナイフと錬成せねばならないだろう」
 諒太は頭を抱えた。彼は先ほどそれを売り払ったばかりだ。手元には五十万ナールしかなく、残りの百万ナールを工面しなければフェアリーティアは買い戻せない。

「ちなみに準備ができたとして制作費はどれくらいに……?」
「それなら五十万ナールは欲しい。ミスリルの道具も安くはない。フェアリーティアを錬成したとして、それはこの仕事だけで使えなくなるはずだ」
 予定外にも程があった。ウルムの見積もりによって、諒太は丸々150万ナールを工面しなければならなくなっている。

「ウルムさん、お金を工面してきます。まだお店は閉まらないですか?」
「そろそろ寝るが扉は開けておく。用意ができたら起こしてくれて構わない。俺としてもレア素材を早く加工したいし、リョウが希望する防具を作ってみたいからな」
 有り難い返答をもらい諒太は店をあとにする。しかしながら、フェアリーティア。先ほど売却したばかりのアイテムが必要となるだなんて考えもしないことであった。

 人気のない場所へと移動し、諒太は残金を確認しようとステータスを確認する。

【所持金】519,962ナール

 やはり元々の所持金は二万ナール弱。これには嘆息するしかない。けれど、諒太はそれ以上に溜め息が漏れるような項目を発見してしまう。

【借金】1,500,000ナール
【債権者】ロークアット・スバウメシア

「マジかよ……」
 確かに借してくれと頼んだけれど、本当に借金としてカウントされている。踏み倒すつもりであったから諒太は格好をつけただけなのに。
 絶望的な状況は諒太を開き直らせていた。どうせ膨大な借金を抱えるのだ。そこから導き出した結論を実行すべきだと思う。

『ロークアット、起きてるか?』
 かなり遅い時間である。早朝に散歩しているようなロークアットが起きている可能性は低い。けれど、諒太は話しかけずにいられなかった。

 しばらくは応答を待つ。だが、返事はなかった。就寝時には誓いのチョーカーを外しているのかもしれない。流石に諒太の念話を待ってはいないようだ。
『リョウ様……?』
 ところが、返答があった。本当に驚いたけれど、応答を望んだのは諒太である。寧ろこの状況は感謝して然るべきことだ。

『深夜にすまない。少し相談に乗って欲しい』
『はぁ、何でしょうか……? 夜中に連絡を頂けると言うことは、もしかしてそういうことでしょうか……?』
 ロークアットは良からぬ想像をしている。彼女が寝ぼけているのは明らか。ならば諒太ははっきりと要件を告げなければならない。

『ロークアット、金を貸してくれ……』

 プライドも何もない話だ。情けなくて自分に嫌気がさしてしまう。既に150万ナールを借りている彼女に更なる債務を願おうとしているのだから。
『如何ほどでしょうか……?』
 しかしながら、反応は悪くない。彼女は完全に寝ぼけていると思われる。正常なロークアットであれば少しくらいは咎めるような話をしたはずだ。
 だとすればここは一気呵成に攻め立てるのみ。極めて自然に違和感なく小遣いをせびるように諒太は伝えるだけだ。

『150万ナールだ……』
『分かりました……。ご用意します……。わたくしの寝室は貴賓室の真上です。どうぞいらしてください……』
 理想的な展開である。まだロークアットは本調子ではないらしい。ここは直ぐさま転移をし、光の速さで現金を受け取るべきだろう。

『直ぐに行く。頼む……』
 行ったことのない場所にいけるのか不安があったけれど、諒太は飛んでいくしかない。警備兵が彷徨いている中で貴賓室から歩いて行くのは困難である。できれば直接転移したいところだ。

「リバレーション!」
 不安いっぱいに唱えたけれど、呪文が発動している。知った場所の周囲内であれば何とか転移できるのかもしれない。

 諒太が転移した先は小さなランプが灯る薄暗い部屋であった。光が端まで届かないほどの大部屋に諒太は立っている。

「リョウ様……?」
 諒太の眼前には寝間着姿のロークアットがいた。彼女は今まさに現金を用意しようとベッドを抜け出したところであったらしい。
「や、やあ……。先ほどぶりだね……?」
「は、はい。お早いおつきで……」
 二人して困惑してしまう。だが、諒太は悠長にしていられない。早々に現金を受け取り、ガナンデル皇国へと戻らねばならなかった。

「早速で悪いけど、現金をもらえるかな?」
「少々お待ちください……」
 流石はお姫様である。自室に150万ナールもの大金を隠しているなんて普通では考えられない。

「ああそうだ! 別にフェアリーティアをもう一個でも構わないんだけど?」
 もしもロークアットがもう一つ同じ宝石を持っていたとしたら現金は必要なくなる。その場合はフェアリーティアをもらえばいいだけだ。
「申し訳ございません。フェアリーティアは稀少石なのです。妖精たちが好む泉にごく稀に生み出されるもの。滅多矢鱈と入手できる宝石ではありません……」
 確かにその通りだ。貴重なものでなければ150万ナールもの値はつかないはずである。

 大きなクローゼットを開き、ロークアットはその中にある金庫のような箱に魔力を注ぐ。すると立ち所にその扉は開かれていた。
「200万ナールまででしたら今すぐご用意できますけれど?」
「ああいや、150万でいい。金額はそれで足りるから……」
 踏み倒す計画であるけれど、それは世界線次第である。またステータス画面にある借金の項目が追加的な借り入れを躊躇させる原因であった。

「リョウ様、それで何を購入されるおつもりですか? てっきりわたくしはガナンデル皇国への通行証に利用されるものと考えておりましたが……」
 ロークアットが問う。やはり彼女は聡明であり察しが良い。諒太の目的などお見通しであるようだ。

「わたくしの私財ですので構いませんが、お金というものは計画的に使うものですよ? リョウ様もいずれは王族となられる身。わたくしは些か不安に感じております」
 続けられたのは金遣いの荒さについて咎めるような話だった。まるで駄目な夫を躾けているかのよう。流石に300万という金額を一夜にして散財するのはお姫様といえど看過できなかったらしい。

「防具の加工にフェアリーティアが必要となってしまった。だから売ったばかりのそれを俺は買い戻さなくてはならないんだ……」
 口にした理由にロークアットは頭を傾げている。防具の加工にどうしてフェアリーティアが必要なのか、或いはなぜ防具が必要なのかと。

「それはわたくしとの一騎討ちに使用する防具でしょうか?」
 何とも聡い女性である。もしも彼女が妻となるのなら、少しも隠し事はできそうにない。残念な幼馴染みとは明確に違っている。

「いやその……まあその通りだ……」
 気まずさを覚えて仕方がない。諒太は戦う相手に借金を願っているのだ。しかも戦いに使用する防具を加工するために。

「まったく呆れますわね? わたくしを頼って頂けるのは有り難いことですけれど、少しくらいお考えになってはいかがでしょう?」
 たっぷりと皮肉を含んだ返答がある。実にその通りであるけれど、現状の諒太が頼れる人はロークアットしかいない。特に問題が金銭面であれば……。

 正論を述べるロークアットに諒太は苦笑いを返すしかできなかった。
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