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第二章 悪夢の果てに

D級冒険者

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 夕飯を掻き込み、シャワーも浴びた。部屋の電気を消して就寝中という工作もしている。
 どれだけ時間がかかろうと諒太は今日中にガナンデル皇国へと入り、防具の製作依頼を済まさねばならない。
 再び諒太はログインし、リバレーションにて荒野にある岩山へと戻っていた。

「イバーニは城下に戻ったのか?」
 割とダメージを受けていたようだが、馬に乗って帰ったのであれば、問題ないだろう。
 早速と諒太は歩き出す。もう辺りは真っ暗であったけれど、視界の彼方に見える濃い影が元々の国境線であるダリア山脈だと思う。

「今日中に製作を依頼しないと……」
 製作期間は二日しかない。だからこそ諒太は急いでいる。ロークアットとの一騎討ちには間に合わなくとも、せめて夏美のイベントまでには完成するようにと。

 一時間程歩くと、視界の先に砂漠を縦断するようなバリケードが見えてきた。恐らくはそれが現在の国境線。諒太はようやく関所へと到着したらしい。
「すみません。通行証を買いたいのですが……」
 仮設の関所ではあるが一応は関所番がいた。声をかけると面倒臭そうに小屋から顔を出している。
「お前さん、訳ありか? 通行証を発行するのは構わんが、このご時世だ。入国できたとして出国できるか分からんぞ?」
 初めて見るドワーフ。背は低く、それでいて恰幅が良い。関所番の彼はゲームに見るような髭面をしている。

 関所番は諒太が何らかの問題を抱えていると勘違いしているようだ。夜に入国しようとするなんて不審者に違いないと。また出国できないという話も理解できた。イバーニが辺鄙な荒野にまで偵察にやって来るほどだ。両国間の緊張が高まっているのは明らかである。
「ただの冒険者ですよ。ギルドカードを確認してください。あと出国に関しては問題ありません」
「ふむ、亡命者か……。まあ懸命な判断だ。皇国には一定数の人族コミュニティがあるから問題ないだろう。儂らは長引く耳長族との戦争で疲弊している。腕が立つなら歓迎してもらえるはずだ」
 既にアクラスフィア王国は絶体絶命である。亡命者だと勘違いされたのは同じ理由で関所を訪れる者が大勢いるからだろう。

「確かに100万ナールを受け取った。ギルドカードは紛失するんじゃないぞ? 通行証はギルドカードに登録されておるからな。紛失すると入出国にかなりの日数が必要となる」
「了解です。先を急ぎますのでこれで失礼しますね」
「まあ待て……」
 話を切り諒太が出発しようとすると、どうしてか関所番は呼び止めた。まだ何か注意事項があるのかもしれない。

「お前さん、馬を持ってないだろ? ちょうど関所を閉めようとしていたんだ。良ければ馬車に乗せてやるぞ?」
 意外にも好ましい話が続けられた。亡命しようとする諒太を見定めようとしているのか、或いは単に哀れんでいるのか。真意は分からなかったけれど、馬車に乗せてもらえるなら好都合である。

「助かります。一刻も早く城下に向かいたかったのです」
「それほどアクラスフィアは悲惨な状況なのか? まあでもお前さんはついておる。勇気を持って関所まで来たことを儂は評価したい。歓迎するぞ」
 関所を閉め、彼は馬車の用意を始めた。関所番のドワーフはゴンスというらしい。諒太も軽く自己紹介をし、彼に勧められるがまま馬車へと飛び乗っていた。

「リョウ、少し飛ばすぞ? しっかり掴まっておけ」
「そんなに無理してもらわなくても構わないですよ?」
「馬鹿言うな。儂のためだ。早く帰らんと酒を呑む時間がなくなるだろうが?」
 そういえばドワーフは酒豪という設定であった。諒太もよく知る種族設定は実際に聞くと何だか面白い。

「ドワーフは酒のために働き、酒によって生かされておる。水を飲んで暮らすなど死んでいるのと変わらん。さあ行くぞ!」
 言ってゴンスは鞭を打つ。二頭引きの小さな馬車がグングンと加速していく。
「ちょ、速すぎませんか!?」
「酒が呼んでおる! 一時間で戻るぞ!」
 ガナンデル皇国の首都クラフタットは山脈越えであるため徒歩で二日程度、普通の馬車でも半日以上かかるようだ。それを一時間で進むというのだから、非常に荒っぽい運転だったのは語るまでもない。

 かなり気持ち悪かった。穀倉地帯であるグレハ周辺は問題なかったものの、山越えは考えていたより過酷なルートである。
 流石に一時間というのは無茶であったらしく、馬車がクラフタットに到着したのは出発から二時間が経過した頃であった。

 もう夜の十一時だ。しかし、街は活気に溢れていた。酒を呑み大騒ぎしているドワーフがそこかしこに散見している。
「ゴンスさん、ありがとうございました。徒歩で二日もかかるだなんて考えもしませんでしたよ」
「何も問題はない。先に冒険者ギルドへ行ってギルドカードの更新をしておけ。そうしなければ金が使えない」
 最後まで諒太を助けてくれるゴンス。聞けばギルドカードは各国共通らしいが、ガナンデル皇国だけは登録情報を更新しないと使えないとのこと。

 ゴンスと別れ、諒太は聞いた通りに冒険者ギルドへと向かう。夜も遅い時間であったというのに、ギルド内も繁華街同様に賑わっていた。
「えっと、すみません。ギルドカードの更新をしたいのですけど……」
 受付のドワーフは諒太のカードを受け取ると、無言で奥の部屋へと行ってしまう。無愛想というか恐らくは不審がられている感じだ。やはり人族は警戒されているのかもしれない。

 ギルドにいたドワーフたちは殆どが小太りで背は低い。しかし、中には髭もじゃであるのに背が高い人もいる。純血とは異なる容姿の彼らは恐らくプレイヤーたちの子孫であるはずだ。
 しばらく待っていると、受付のドワーフが戻ってきた。しかし、何やら様子がおかしい。受付はどうしてか人族らしき女性を連れて来たのだ。

 上品な水色の髪が華やかな印象を与えるけれど、同時に冷たさも感じさせた。更には悪役令状にありがちな緩めの縦巻きロール。彼女の見た目は明らかにモブキャラと異なっている。
「リョウさん、貴方様は何の目的があってガナンデルに?」
 女性が先に問いかける。やはり疑われているのかもしれない。だが、諒太は目的を素直に伝えるわけにはならなかった。何しろ戦争に使用する防具製作を依頼する予定なのだ。敵となるのはスバウメシアであったけれど、ガナンデルもアクラスフィア王国と戦争をしている間柄。嘘を見抜く魔道具を警戒しつつ、諒太は目的を伏せて返答を終えなければならない。

「生きるのもなかなか大変で……」
 嘘は言っていない。これならば亡命を仄めかしているように聞こえるはず。
 諒太は誰一人殺めることなく戦争を乗り切ろうとしているのだ。これが大変でなければ世の中に困難な事象などなくなってしまうはず。

「なるほど、最近多いのですよ。ただ知っての通り、我が国は通行料をかなり高く設定しております。商人の亡命者は多いのですが、冒険者で通行証を買えるような人はあまりいません」
 女性は訝しむように話す。確かにそうだろう。夏美でさえポンと支払えない金額なのだ。Dランク冒険者がやって来るなんて想定していないはず。

 中級とされるCランクに上げるだけのクエストはこなしていたけれど、試験を面倒がって先送りにしたのは失態であったらしい。
「ギルドランクは低級ですけど、俺は割と戦えます。中級昇格試験を受けていないだけでダンジョンの攻略はしていましたし。基本的に素材を売って報酬を得ていましたから」
 彼女はチラリと手に持つ水晶に目をやる。恐らくはそれが魔道具だ。けれど、反応するはずがない。諒太は嘘など口にしていないのだから。
「良いでしょう。ならば昇級試験を受けてもらいます。流石に下級冒険者が入国したとあっては問題になりかねませんので……」
 彼女曰く違法ではないらしいが、下級冒険者の入国は間違いなく不審に思われるとのこと。本来なら通行証代金を工面できないはずの冒険者が正規ルートで入国するなんて、間者として送り込まれたとしか考えられないようだ。

「こちらへどうぞ。予めお伝えしておきますと、我が国の試験は恐らくアクラスフィア王国よりも厳しいものとなるでしょう。実力不足と思われるなら辞退された方がよろしいかと存じます。あと魔法士とのことですが、ジョブによって試験内容が変更されることはありません」
 ジョブはギルド登録したときのままだ。現在は勇者であるし、面倒な検査をするつもりもない。良い具合に妖精女王のローブを着ているし、ここは初期ジョブのまま押し通すだけである。

 しかし、Dランク冒険者が見下されるとは想定外であった。人族であることも能力が割り引かれる原因に違いない。
 予定していない昇級試験であったけれど、諒太は挑むしかなかった。不法滞在とされてしまっては防具の製作依頼などできないのだから。

 小さく息を吐きつつも、諒太は意気込んでいる……。
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