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第二章 悪夢の果てに

聖王国での歓迎会

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 このあと諒太たちは女王陛下との食事に誘われている。食べ過ぎてしまうと現実世界で食べられなくなってしまうけれど、豪華な料理を前にしては食欲を抑えきれない。
 人払いをした結果、四人だけでテーブルを囲む。ここでロークアットはようやく夏美が勇者ナツであることを知った。

「ナツ様がご健在だったなんて驚きました……」
「あたしは天使でもあるから!」
「おい、ナツ!」
 夏美の冗談は笑い飛ばされることなく、どうしてか真実であるかのように受け取られてしまう。当時と変わらぬ容姿は彼女たちがそう考えるに十分だったらしい。

「ナツ様は今まで何をしておられたのでしょう? こちらに伝わっておる話では忽然と姿を消されたと伺っておりますが……」
 恐らくプレイヤーだった者は全員が同時期に姿を消したと思われる。死亡報告がなかったことも天使との話を受け入れた理由であるはずだ。

「あたしは修行してるのよ。ルイナーを討伐しようと思って!」
 夏美の返答には二人して言葉をなくす。封印しか手がないと考えるセイクリッド世界の人々にとって、夏美の目標設定は高すぎたようだ。

「もしかして三百年前の封印を気にされているのでしょうか?」
「そうじゃないよ。先週、ルイナーがノースベンドって町を襲ったの。リョウちんと二人で追い払ったんだけど、そのときに倒せるんじゃないかと思った。リョウちんと一緒だったら……」
 諒太は夏美の返答を受けて適切な回答をしなければならない。だからこそ夏美が自身の名を話に混ぜ込んだことには頭を悩ませてしまう。

「リョウ、それは今回と同じでお忍びだったのか? アクラスフィア王国はナツ様の存在を把握しておらんのだろう? 何しろ人族に伝わる秘術によって新たにお前を呼び寄せたのだ。ナツ様がご存命だと知るはずがない」
 食後の歓談が何やら政治的な話になってしまう。
 どう答えるべきだろうかと諒太は思案していた。アクラスフィア王国が夏美の存在を把握していないのはセシリィ女王の推測通りである。それは本来なら誰にも知られてはならぬことだ。世界に勇者が二人存在している現状はゲーム世界の理に反しているのだから。

「アクラスフィア王国にはナツの存在を隠しています。今の俺ではルイナーに太刀打ちできなかったので、彼女の協力を仰いだというわけです」
「なるほどな。しかし、ルイナーを封印した勇者様をぞんざいに扱うとはアクラスフィア王国はどうなっている? 仮にナツ様を扱いきれなくなったというのなら、スバウメシアはずっと好待遇で迎える用意があるぞ?」

 三百年前の恩義だろうか。セシリィ女王は勇者ナツの扱いに不満げである。勇者ナツの消息が不明であったことはアクラスフィア王国の責任ではなかったというのに。
「アクラスフィア王国は知りようがなかっただけです。別に冷遇されているわけではありません。俺は両国が敵対するなんて状況を望んでいませんし、静観して頂けると助かります」
 歴史的には現状が最善であろう。ガナンデル皇国とスバウメシア聖王国間の問題があるにしても、アクラスフィア王国とスバウメシア聖王国は良好な関係を築いており、ガナンデル皇国とアクラスフィア王国間も差し迫った状況ではなかったのだ。

「まあ我らもアクラスフィア王国との関係は続けていきたい。ガナンデル皇国を牽制するためにもな。それでリョウは完全にアクラスフィア王国の所属なのか? お前はスバウメシアに度々足を運んでいるが……」
「確かに俺はアクラスフィア王国によって召喚されました。しかし、騎士団の独断で呼び出されておりますので、王様は召喚に関与していません。それに俺はアクラスフィア王国に助力するというより、セイクリッド世界を救うと決めたのです。だから俺自身はどこにも所属していないという考えですね……」

「おお! リョウちんカッケー!!」
 黙っててくれないだろうかと思う。口を開くたびに余計なことをいう夏美を諒太は睨み付けている。
「リョウ様とナツ様はとても親しい間柄に感じます。お二人のご関係はどういったものなのでしょうか?」
 近すぎる二人の関係にロークアットが疑問を投げた。召喚されたばかりのリョウと三百年前の存在である勇者ナツ。その難解な関係性について諒太は回答を用意しなければならなくなった。

「幼馴染みだよ!」
「ちょ、ナツ!?」
 諒太が返答するよりも早く夏美が答えてしまった。自身の年齢を316歳くらいと言った夏美。その彼女と幼馴染みだなんて諒太もまた300歳以上が確定してしまう。

「リョウ様、わたくしたち年齢が近かったのですね! そこだけが問題でしたので凄く嬉しいです!」
 既に弁明の機会はなくなった。歓喜するロークアットに諒太は冗談だと言い出せない。
「もしかして勇者様は天界から召喚されているのでしょうか!?」
 もう天界人でも構わないと思う。否定するとまた一から考え直さなくてはならないのだ。だとすれば諒太と夏美は天界人となり敬われてしまった方が楽である。

「まあ、そんなところだ……」
 どうせ証明はできない。元は夏美の冗談であるが、セイクリッド世界の住人にとって諒太たちの存在はその嘘よりも異常なのだ。本を正せば諒太たちはゲームキャラであり、ゲーム内の設定に依存しているなんて説明できるはずもなかった。

「俺たちは天界のような世界から来ています。しかも自由に行き来できる。勇者ナツの消息が不明であったのは、彼女がセイクリッド世界にいなかっただけです」
 真相を告げるしかなくなっていた。かといって天界との誤解が生まれたおかげで超常的な話にも真実味が増している。

「そういうことなら納得だ。ひょっとして我が夫であるいちご大福も天界人だったのだろうか?」
 ここで話題は話しづらい内容へと移っていく。それを認めるかどうかは判断に困るところだ。ある朝、突然に姿を消したといういちご大福。天界人だと認めてしまっては彼が戻ってこない理由が必要となるし、仮にいちご大福が存命とするならばロークアットたちを見捨てたことになってしまうのだ。

「彼は天界で罰せられました。禁忌を犯したせいでセイクリッド世界に戻れなくなったのです。貴方たちを守ろうと人知を超えた指輪をこの世界に生み出してしまったから……」
 諒太の返答にはセシリィ女王だけでなく、夏美も驚いている。いちご大福がBANされたのは夏美も知る事実であるけれど、セイクリッド世界がその影響を受けていたとは考えていなかったらしい。

「あれは優しい男だった。まあ、だからこそか……。聖王国で最強の大魔道士である私を守ろうと考えるなんてな……。いちご大福は愚かすぎるほどに優しい男だ……」
 言ってセシリィ女王は目頭を押さえた。ロークアットもまた俯いている。
「しかし、いちご大福は存命なのだろう? まさか神の怒りに触れ、処刑されたのではないだろうな?」
「詳しくは分かりませんが、存命であるはず。また彼は二度と世界間を行き来できません。閣下の状況をお汲み頂ければと存じます……」
 流石に夏美も口を挟まない。いちご大福のアカウント凍結が、悲しい現実をもたらせていたなんて想像していなかったことだろう。

「私としては生きていると知れただけで嬉しい。大福には言いたいこともあるが、優しさ故ならば仕方がない。それは私が最も愛したところだからな……」
 セシリィ女王は溜め息を吐いた。生存を知れたとして、二度と会えないと通告されてしまったのだ。彼女の悲しみが癒えることなどないはずである。

「リョウ、人族の秘術なら彼を呼び出せないか? 一度だけでも構わん。大福にロークアットが成長した姿を見せてやりたい……」
「女王陛下、世界の理をねじ曲げた彼は罪人です。神の怒りに触れた彼にはもう権利がないのです。残念ですが閣下はどうあっても呼び出せません……」
 非常に辛い宣告である。セシリィ女王に期待をもたせてはいけない。彼女は夫と会うためならば手段を問わぬ目をしていたのだから。

 またもやセシリィ女王は長い息を吐く。ずっと想い続けた人が生きていると知れた。従って会いたいと考えてしまうのは自明の理である。
「ならば、せめて我らは無事だと伝えて欲しい。今もまだ幸せであると。この先も私は貴方と共にあるのだと……」
 頷くしかできない諒太に代わって返事をしたのは夏美だ。少なからず事情を知る彼女は口を挟まずにいられなかったらしい。

「大福さんはあたしの友達だから! 必ず伝えるよ!」
 しんみりしていた晩餐は最後にようやく笑顔が戻っていた。勇者ナツによる確約によって。いちご大福に女王陛下たちの気持ちが伝わることで……。

 食事のあとは直ぐに解散となった。諒太と夏美は貴賓室でログアウトし、再び諒太の部屋へと戻っている。
 しばしベッドに寝転がったまま。諒太と夏美はヘッドセットを外しただけで二人共が動かない。
「ナツ、泣くな。お前は最善の返答をしたと思う。嘘であっても、あれは良い嘘だ……」
 夏美は泣いていた。実行不可能な約束が彼女を苦しめている。女王と交わした約束は決して果たされることなどない。異世界には妻と子がいるなんて話ができるはずもないのだ。

「リョウちん、あんな未来はないよ……」
「でもナツの返答によって二人は救われたと思う。俺は躊躇してしまって言葉がなかったんだ。本当に助かったよ……」
 リアルタイムのプレイが異界に及ぼす影響を夏美は理解した。後日談的に語られた現状。今も継続して残る悲しみは夏美にとっても辛いものであった。

 一つ息を吐いてから諒太は話題を変える。ここで夏美が抱える問題も一緒に解決してしまおうと。
「ナツ、お前はスバウメシア聖王国に移籍しろ。阿藤の話は全て断れ……」
 突然の移籍指示に夏美は驚いて諒太を見ていた。夏美の移籍希望に反対していた諒太。手のひらを返した彼が信じられなかったのだろう。

「構わないの? 世界が変わっちゃうんじゃないの?」
 夏美は危惧していた。自身のデータが及ぼす影響を見たばかりだ。だからこそ今は諒太が否定した理由を察している。

「色々と考えたが、それがベストだろう。お前がプレイをやめてしまうことがセイクリッド世界にとって最大の懸念となっている。それを回避するためであれば、どのような決断も些細なこと。歴史に与える影響はプレイをやめるよりもずっと少ない……」
 ルイナーを封印した勇者がいなくなれば、セイクリッド世界の改変は凄まじいものになってしまう。それこそまるで異なってしまうのだ。移籍による影響など問題ないと考えられるほどに。

「リョウちん、やっぱ焼いてたんだ?」
「そういうことにしといてくれ。俺だって今後もナツと一緒にプレイしたいし」
 ようやくと笑顔を戻す夏美。語られた理由に彼女も納得したようだ。この三年に亘り諒太がずっと望んでいたことは夏美にとっても同じ価値があったらしい。

「あたしもずっとリョウちんとプレイしたいよ。始めから阿藤君の話を受けるつもりなんてないから安心して……」
 元々の形が一番いい。阿藤とかいう乱入者は救世譚に必要なかった。ボッチ回避に淡い期待を持っていた諒太であるけれど、彼を迎え入れる可能性はもう残っていない。キャストに含まれない阿藤は夏美にフラれ、諒太の友達になるという未来さえもなくなっている。

「断るなら完膚なきまでにフッてやれ。期待を持たせてはいけない。阿藤との決着はセイクリッド世界史にも多大な影響を与えるだろうし……」
「リョウちんはアーシェちゃんやローアちゃんとの関係を有耶無耶にしているのに、あたしに対しては言うよね?」
 苦笑いを返すしかないけれど、諒太は最善を述べているだけだ。アーシェとロークアットに関してはセイクリッド世界史に影響を与えない。諒太さえ自制していたのなら何も問題はなかった。

「ギルドの受付嬢に王女殿下だぞ? 無下に扱えんだろう? 悪いけど、ナツの方だけは引き摺らないような格好で頼む」
「貸し一つだからね? 週一回はこっちに呼ぶことを義務付けるよ!」
 夏美がアルカナをやめてしまうのだけは回避しなければならない。諒太は渋々と夏美の要求を呑み、これにて突然に舞い込んだ難題は解答を得ている。

 このとき諒太には全てが解決したかのように思えていた……。
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