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第一章 導かれし者
ボス部屋の大扉を前にして
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夏美からの通信は諒太を戸惑わせていた。けれど、何度か頭を振って諒太は思考をリセットする。今より不死王リッチに挑むのだ。余計な思考をする場合ではなかった。
眼下には魔道塔。ふと諒太は効率的な戦略を閃いている。ゲームであれば一階から挑むのは当然であるけれど、この世界であればズルをしたとしても構わないのではないかと。塔という作りを利用しない手はなかった。
「ロークアット、四階の天井部分に降ろしてくれ。一つ下の階層から始めないか?」
「そのつもりです。洞窟でしたら仕方ないですけど、塔であれば律儀に一階から戦う必要はありませんからね」
残念ながら特別なアイデアではなかったらしい。ロークアットも始めから五階層から始めるつもりだったようだ。彼女はワイバーンを上手く操り、四階層の天井部分に降ろしている。
「問題はどうやって侵入するかですけど。窓でもあればいいのですが……」
魔道塔には窓も扉もなかった。よって破壊するしか方法はない。まあしかし、それは問題ないだろう。強化された諒太であれば石造りの壁であっても何とかできるはず。
「ロークアット、後ろにいてくれ。壁を破壊する」
「リョウ様、そんなこと可能なのですか?」
驚くロークアットだが、恐らくはファイアーボールでも破壊可能だと思う。グレートサンドワームを焼き尽くした頃よりも随分と成長しているのだ。
「ロークアット、気をつけろ。いくぞ、ファイアーボール!」
十分だろうと考えていた威力は諒太の想定を完全に越えていた。まさかここまでの威力を発揮するなんて……。
まさかの大爆発である。謎の指輪の効力もあって、初級魔法が強大な威力を発揮。ロークアットをしっかりと抱き留めていないと小柄な彼女は瞬く間に吹き飛んでしまうだろう。
「あ、ありがとうございます……」
頬を染める彼女にまたも好感度を上げてしまったと後悔する。しかしながら、不可抗力であった。ロークアットを守ることまで、このミッションには含まれているのだから。
待望の大穴があき、二人は塔へと侵入していく。すると上手い具合に目の前が上階へと繋がる階段であった。
「記録によれば六階層に上がった広場にボス部屋があるはずです」
「了解。まさかとは思うが、ロークアットはそのまま挑むつもりか?」
ワイバーンを操っていたロークアットは鎧こそ身に纏っていたものの、武器も盾も持っていない。スキル持ちとはいえ、このままでは絶対に連れて行けないと思う。
「わたくしは父親譲りのアイテムボックス持ちですから。リョウ様もそうなのでしょう?」
その辺りは考えていた通りだ。諒太が剣を取り出すのと同時に、ロークアットもまた大盾を取り出している。
「わたくしは基本的に魔道士。けれど、今回は貴方様の盾になります。このマジックシールドであれば大抵の魔法は防げるはずですから」
どうやら杖は取り出さないらしい。リッチに魔法が効かないというのはロークアットも知っているようだ。
「さあ行こうか。不死王を討伐するぞ……」
ロークアットに真意は見抜かれていないはず。諒太は少しも妙な言動をしていないのだ。彼女を危険に晒さないためにも諒太は一人で戦うのみ。
階段を上り広場を進むと、突き当たりにボス部屋の大扉が二人を待っていた。
取っ手に手をやり、ロークアットに頷く。今でさえ彼女は少しですら不審に感じていないはず。
「ロークアット、しっかり防御してくれよ……」
言って諒太は彼女に向かって魔法を放つ。
「ウィンドカッター!!」
無詠唱で撃ち出したそれはロークアットを吹き飛ばすためのもの。ボス部屋に入り大扉を閉じてしまえば、諒太が死ぬかリッチが討伐されるかしない限り、それは二度と開かれない。諒太はロークアットをボス部屋の外に置き去りとするべく作戦を決行した。
「きゃぁぁぁぁっ!」
ロークアットの叫声が耳に届く。だが、気にしてはいけない。諒太は即座に大扉を開き、素早くそれを閉じた。
「っ!?」
ところが、どうしてか完全には閉じられない。なぜか鉄の板が挟まっていたのだ。
よく見るとそれは大盾である。見覚えのあるその盾はロークアットが装備していたものに他ならない。
「リョウ様、そうはいきませんよ?」
扉の向こうから声がして、直ぐさま手が伸びてきた。
もう無理矢理に扉を閉められない。ロークアットはそれを分かって手を伸ばしたのだ。しかし、ロークアットの防御力。的をずらしていたのは確かだが、吹き飛ばされもしないだなんて予想外だ。熟練度が劣る風魔法であったけれど、それでも諒太のINT値から放たれる威力は相当なものがあったはずなのに。
強引に扉が開かれていた。ロークアットは何事もなかったかのように平然とボス部屋に入っている。
「今のは流石に酷いです……。不敬罪ですよ?」
睨むようなロークアット。けれど、諒太は謝罪などしない。
「淑女ならば紳士の気遣いを素直に受け取るものだぜ? 跳ねっ返りの姫様……」
一拍おいて二人して笑ってしまう。今にもリッチがポップするという状況なのに。
諒太は嘆息しつつも現実を受け入れていた。何を言おうとロークアットは引かないだろう。彼女は己の信じるがまま、盾になろうとするはずだ。
どうやら、このボス部屋は扉を閉じない限りはポップしないらしい。恐らくは出現エフェクトが特殊だから。リッチは何もない空間から突如として現れるのだ。まるでプレイヤーの不安を煽るかのように……。
「なぁ、ロークアット。これを装備しておけ……」
ここで諒太はセシリィ女王から受け取った謎の指輪をロークアットへと手渡す。彼一人であれば諒太は迷わず謎の指輪を使っただろう。けれど、ロークアットの参戦が決定した今、諒太がそれを使うわけにはならなかった。
「これはお父様の……?」
「それは本来、君が持つべきものだ……」
ここにきて諒太はいちご大福の心情を理解していた。
夏美への返答は、きっと嘘である。これまで彼は普通にプレイをしてトッププレイヤーになった。簡単に死んでしまうようなプレイヤーではなかったはずであり、保身に走る必要はなかったはず。だとすれば不正に手を出した理由は他にある。
結婚後に始まったイベントは彼を苦しめただけだ。妻と子を危険に晒すようなイベントを楽しめなかったはず。だからこそ望まぬイベントを早期に終わらせるべく、彼は不正アイテムを装備した。本命である指輪を妻へと託し、自らを代償としたのだ。
三百年が経過した今も彼の思惑通りに指輪は残されたまま。いちご大福は指輪に姿を変え、まんまと二人を守り抜いたのだ。きっと彼のささやかな願いは叶ったことだろう。
「ロークアット、俺には時間がない。俺はリッチのドロップアイテムを狙っているんだ。無理をして挑むのはそれが理由。恐らく何十回と戦うことになる。だけど、君は今回だけの参戦にしてくれ……」
扉を閉める前に約束を取り付ける。諒太の幸運値を考えると、一度目の戦いでドロップするとは思えない。加えて強敵を相手に何度も彼女を守り切れる自信などなかった。従って約束できないというのなら、この度の戦闘も許可できない。
「君は死んじゃいけない……」
割と頑固なロークアットを説き伏せる術はない。彼女を納得させるには妥協案を提示するしかなかった。
一度目の戦いでリッチを圧倒する。盾役が必要ないことをロークアットに理解してもらうために。彼女の不安を一掃し、戦闘から離脱してもらうためにも。
指輪を眺めるように見ていたロークアットだが、小さく息を吐いてから頷く。
「分かりました……。ただし、わたくしは生まれつき強運なのです。よって不死王に挑むのは一度きり。わたくしがパーティーを外れるなんて未来は存在しませんから……」
ロークアットは見た目に反して本当に気が強い。口調は高貴なままであったけれど、返答には強い意志が込められていた。
「なら始めようか。俺は絶対に君を守るから……」
アーシェの二の舞だけは避けなくてはならない。ロークアットまで死の淵を彷徨うなんてあってはならぬこと。剣を握る手に自然と力が入っていた。
諒太は一抹の不安を覚えながらも大扉を閉じていく……。
眼下には魔道塔。ふと諒太は効率的な戦略を閃いている。ゲームであれば一階から挑むのは当然であるけれど、この世界であればズルをしたとしても構わないのではないかと。塔という作りを利用しない手はなかった。
「ロークアット、四階の天井部分に降ろしてくれ。一つ下の階層から始めないか?」
「そのつもりです。洞窟でしたら仕方ないですけど、塔であれば律儀に一階から戦う必要はありませんからね」
残念ながら特別なアイデアではなかったらしい。ロークアットも始めから五階層から始めるつもりだったようだ。彼女はワイバーンを上手く操り、四階層の天井部分に降ろしている。
「問題はどうやって侵入するかですけど。窓でもあればいいのですが……」
魔道塔には窓も扉もなかった。よって破壊するしか方法はない。まあしかし、それは問題ないだろう。強化された諒太であれば石造りの壁であっても何とかできるはず。
「ロークアット、後ろにいてくれ。壁を破壊する」
「リョウ様、そんなこと可能なのですか?」
驚くロークアットだが、恐らくはファイアーボールでも破壊可能だと思う。グレートサンドワームを焼き尽くした頃よりも随分と成長しているのだ。
「ロークアット、気をつけろ。いくぞ、ファイアーボール!」
十分だろうと考えていた威力は諒太の想定を完全に越えていた。まさかここまでの威力を発揮するなんて……。
まさかの大爆発である。謎の指輪の効力もあって、初級魔法が強大な威力を発揮。ロークアットをしっかりと抱き留めていないと小柄な彼女は瞬く間に吹き飛んでしまうだろう。
「あ、ありがとうございます……」
頬を染める彼女にまたも好感度を上げてしまったと後悔する。しかしながら、不可抗力であった。ロークアットを守ることまで、このミッションには含まれているのだから。
待望の大穴があき、二人は塔へと侵入していく。すると上手い具合に目の前が上階へと繋がる階段であった。
「記録によれば六階層に上がった広場にボス部屋があるはずです」
「了解。まさかとは思うが、ロークアットはそのまま挑むつもりか?」
ワイバーンを操っていたロークアットは鎧こそ身に纏っていたものの、武器も盾も持っていない。スキル持ちとはいえ、このままでは絶対に連れて行けないと思う。
「わたくしは父親譲りのアイテムボックス持ちですから。リョウ様もそうなのでしょう?」
その辺りは考えていた通りだ。諒太が剣を取り出すのと同時に、ロークアットもまた大盾を取り出している。
「わたくしは基本的に魔道士。けれど、今回は貴方様の盾になります。このマジックシールドであれば大抵の魔法は防げるはずですから」
どうやら杖は取り出さないらしい。リッチに魔法が効かないというのはロークアットも知っているようだ。
「さあ行こうか。不死王を討伐するぞ……」
ロークアットに真意は見抜かれていないはず。諒太は少しも妙な言動をしていないのだ。彼女を危険に晒さないためにも諒太は一人で戦うのみ。
階段を上り広場を進むと、突き当たりにボス部屋の大扉が二人を待っていた。
取っ手に手をやり、ロークアットに頷く。今でさえ彼女は少しですら不審に感じていないはず。
「ロークアット、しっかり防御してくれよ……」
言って諒太は彼女に向かって魔法を放つ。
「ウィンドカッター!!」
無詠唱で撃ち出したそれはロークアットを吹き飛ばすためのもの。ボス部屋に入り大扉を閉じてしまえば、諒太が死ぬかリッチが討伐されるかしない限り、それは二度と開かれない。諒太はロークアットをボス部屋の外に置き去りとするべく作戦を決行した。
「きゃぁぁぁぁっ!」
ロークアットの叫声が耳に届く。だが、気にしてはいけない。諒太は即座に大扉を開き、素早くそれを閉じた。
「っ!?」
ところが、どうしてか完全には閉じられない。なぜか鉄の板が挟まっていたのだ。
よく見るとそれは大盾である。見覚えのあるその盾はロークアットが装備していたものに他ならない。
「リョウ様、そうはいきませんよ?」
扉の向こうから声がして、直ぐさま手が伸びてきた。
もう無理矢理に扉を閉められない。ロークアットはそれを分かって手を伸ばしたのだ。しかし、ロークアットの防御力。的をずらしていたのは確かだが、吹き飛ばされもしないだなんて予想外だ。熟練度が劣る風魔法であったけれど、それでも諒太のINT値から放たれる威力は相当なものがあったはずなのに。
強引に扉が開かれていた。ロークアットは何事もなかったかのように平然とボス部屋に入っている。
「今のは流石に酷いです……。不敬罪ですよ?」
睨むようなロークアット。けれど、諒太は謝罪などしない。
「淑女ならば紳士の気遣いを素直に受け取るものだぜ? 跳ねっ返りの姫様……」
一拍おいて二人して笑ってしまう。今にもリッチがポップするという状況なのに。
諒太は嘆息しつつも現実を受け入れていた。何を言おうとロークアットは引かないだろう。彼女は己の信じるがまま、盾になろうとするはずだ。
どうやら、このボス部屋は扉を閉じない限りはポップしないらしい。恐らくは出現エフェクトが特殊だから。リッチは何もない空間から突如として現れるのだ。まるでプレイヤーの不安を煽るかのように……。
「なぁ、ロークアット。これを装備しておけ……」
ここで諒太はセシリィ女王から受け取った謎の指輪をロークアットへと手渡す。彼一人であれば諒太は迷わず謎の指輪を使っただろう。けれど、ロークアットの参戦が決定した今、諒太がそれを使うわけにはならなかった。
「これはお父様の……?」
「それは本来、君が持つべきものだ……」
ここにきて諒太はいちご大福の心情を理解していた。
夏美への返答は、きっと嘘である。これまで彼は普通にプレイをしてトッププレイヤーになった。簡単に死んでしまうようなプレイヤーではなかったはずであり、保身に走る必要はなかったはず。だとすれば不正に手を出した理由は他にある。
結婚後に始まったイベントは彼を苦しめただけだ。妻と子を危険に晒すようなイベントを楽しめなかったはず。だからこそ望まぬイベントを早期に終わらせるべく、彼は不正アイテムを装備した。本命である指輪を妻へと託し、自らを代償としたのだ。
三百年が経過した今も彼の思惑通りに指輪は残されたまま。いちご大福は指輪に姿を変え、まんまと二人を守り抜いたのだ。きっと彼のささやかな願いは叶ったことだろう。
「ロークアット、俺には時間がない。俺はリッチのドロップアイテムを狙っているんだ。無理をして挑むのはそれが理由。恐らく何十回と戦うことになる。だけど、君は今回だけの参戦にしてくれ……」
扉を閉める前に約束を取り付ける。諒太の幸運値を考えると、一度目の戦いでドロップするとは思えない。加えて強敵を相手に何度も彼女を守り切れる自信などなかった。従って約束できないというのなら、この度の戦闘も許可できない。
「君は死んじゃいけない……」
割と頑固なロークアットを説き伏せる術はない。彼女を納得させるには妥協案を提示するしかなかった。
一度目の戦いでリッチを圧倒する。盾役が必要ないことをロークアットに理解してもらうために。彼女の不安を一掃し、戦闘から離脱してもらうためにも。
指輪を眺めるように見ていたロークアットだが、小さく息を吐いてから頷く。
「分かりました……。ただし、わたくしは生まれつき強運なのです。よって不死王に挑むのは一度きり。わたくしがパーティーを外れるなんて未来は存在しませんから……」
ロークアットは見た目に反して本当に気が強い。口調は高貴なままであったけれど、返答には強い意志が込められていた。
「なら始めようか。俺は絶対に君を守るから……」
アーシェの二の舞だけは避けなくてはならない。ロークアットまで死の淵を彷徨うなんてあってはならぬこと。剣を握る手に自然と力が入っていた。
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