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第一章 導かれし者
窮地に立つ諒太
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夜のセイクリッド世界。時間帯は常に同期しており、いつログインしようとも戸惑うことはない。
時間は夜の九時である。よってフレアはもう本部にいないかもしれない。かといって魔石はちゃんと渡しておこうと思う。治癒士の手間が省けるのであれば、早く届けた方が良いに決まっているのだ。
「リョウ、どうした?」
予想とは異なりフレアが対応してくれる。てっきり帰宅したものと考えていたのに。
「いえ、大きな魔石が手に入ったので届けに来たのです」
「それは有り難いな。で、君はその鎧を新調したのか?」
どうしてか魔石にはあまり興味を示してもらえない。必要なかったのかと考えてしまうほど軽い扱いである。
「これは新調したというより、発掘ですかね……」
「発掘だと? まあダンジョンには装備品も眠っていたりするけれど……」
諒太は借りていた騎士団の装備をアイテムボックスから取り出してフレアに手渡す。続いて魔石を取り出そうかというとき、
「おい、リョウ!?」
フレアの大きな声が響く。諒太はまだ魔石を取り出していない。驚くのはこれからだというのに、彼女は目を剥いて驚きを露わにしていた。
「その鎧を何処で手に入れた!?」
聞き流されたのかと思いきや、フレアは鎧について問い質す。確かに壊れ装備であるけれど、ここまで食いついてくるとは予想外だ。
「ペナムから西に行ったところにある倉……ダンジョンです」
夏美の倉庫から拝借したことは黙っておく。ならばペンダム遺跡で見つけたことにしておくべきだ。
「ああ、ペンダム遺跡か。というか君はもうあんなダンジョンに挑んでいるのか?」
アップデートの内容はフレアにも反映されているようだ。ペンダム遺跡が存在し、高難度ダンジョンであることを彼女は分かっているらしい。
「ええまあ。俺はLv69ですし……」
「何だとぅ!?」
上階では多くの患者が寝ているというのに。加えて彼女は女性だというのに……。
遠慮することも恥じらうこともなく大きな声を上げていた。
「信じられん……。Lv50より先は限られた人間しか到達できないというのに。昨日まで私よりずっと低かったではないか?」
「つい先ほどまでフレアさんより弱かったのですけど、グレートサンドワームを討伐したらレベルが20も上がりました……」
「グレートサンドワームだとぅ!?」
またもや大袈裟に返すフレア。かといって彼女の反応は理解できるものだ。
Lv100の魔物はセイクリッド世界において災厄にも等しい。諒太であっても夏美の装備を拝借したチート状態でなければ倒せなかったはず。
「運良く仕留められました。この装備のおかげです」
「ああそうだ! 脱線してしまったが、私はその鎧にある紋章について聞きたかったのだ」
紋章と聞いて思い当たるものはない。灼熱王オルフェウスの鎧は派手な赤色をしていたけれど、紋章的な模様は一つとしてなかった。
だが、諒太は察知している。ひょっとしてフレアにはこれが読めなかったのではないかと。
「肩にある……紋章ですか?」
紋章とは言ったが、それは夏美が持ち物に名前を書いただけのこと。ただし、格好良く書こうとした【なつみ】の文字は崩されており、一つに纏まっているようにも見える。
アルカナの影響下にあるフレアは日本語が読めたに違いないけれど、彼女が紋章だと言った理由はそんなところであろう。
「それは勇者ナツの紋章であるはず。彼女の鎧はペンダム遺跡に眠っていたのか?」
もしかすると騎士団には夏美のサインが残っているのかもしれない。書き換えられた記憶かもしれないが、サインを見て紋章だというのだから既知のものであるようだ。
「それでこれがグレートサンドワームの魔石です。アーシェの魔法陣に使えませんか?」
脱線話を中断し、諒太は本題に入る。騎士団には魔石を届けに来ただけだ。諒太は直ぐさまレベリングを再開せねばならなかった。
「これは凄いな。治癒士も喜ぶだろう。とはいえグレートサンドワームは運良く倒せる魔物ではないはずだぞ? 存在自体が伝説であり、勇者ナツでさえ苦戦したと伝わっている」
ここでもまた夏美の名がでてくる。三百年前の勇者はアップデート間もない歴史にもその名が刻み込まれているらしい。
「それで今からまた戦いに行くのか?」
「もちろんです。明日明後日と俺は戦いに明け暮れる予定ですから……」
「すまない。私も同行できれば良かったのだが……」
言葉を濁すフレアだが、諒太は彼女の心情を理解しているつもり。本来なら同行くらいできるはずで、彼女が躊躇うのはアーシェの側についていたいと考えているからだろう。
「それは構いません。ですが少しお聞きしたいことがあります。魔道塔へはどうやって行けば良いのでしょうかね? 近くにアクラスフィア王国の街はないと仰ってましたけど」
明確な目標を諒太は設定している。従ってその過程にある魔道塔への移動問題を解決したいと考えていた。
「ああ、それならワイバーンを用意しよう。乗った経験は?」
「いやあ、ないですよ! 見たこともないですし!」
ゲームならばともかく諒太の世界にワイバーンはいない。人が乗り、空を飛ぶものといえば飛行機やヘリコプターくらいしか存在しないのだ。
「であれば、その決戦には私も参加すると約束しよう」
凛々しい顔をしてフレアが言った。恐らく彼女は諒太ばかりに押し付けている現状を心苦しく感じているのだろう。
「有り難うございます。この三日で俺はLv95にまで上げるつもりです。ペンダム遺跡でレベルを上げて、必ずやアーシェを死の淵より救い出しますから」
決意を語る以外にかける言葉はない。不死王リッチがどれほど強いか分からないけれど、剣術を始めたばかりの諒太には間違いなく脅威である。何しろリッチには魔法攻撃が効かないだけでなく明確な弱点がない。グレートサンドワームのように一属性特化なんて技は通用しないのだ。
フレアと別れ、諒太は城下にある道具屋へと向かう。夏美の倉庫から拝借したポーションが残っているけれど、それだけでは間に合わない。MP用の回復ポーションは四本しかなかったし、グレートサンドワームに再度エンカウントしないとは言い切れないのだ。
「レベルがかなり上がったし、消費魔力半減がなくても発動できるだろうか?」
これより諒太は剣のみで戦う。剣術の熟練度を上げておかねばリッチには勝てない。しかし、剣を装備すると杖にある魔力半減がなくなってしまうのだ。四分の一であった消費量は鎧にある半減分だけとなった。
「試しておかないと……」
いざという時にはインフェルノ頼みである。よって危機が訪れるよりも前に試しておく必要があった。剣を装備した状態でも、きちんと発動するのかどうかを。
「すみません。ポーションをください」
「ああ、いらっしゃい。そこにあるのを好きなだけどうぞ」
ギルドの依頼をかなりこなした諒太に資金の問題はない。とりあえずHPとMPの回復ポーションをそれぞれ三十個ずつ買っておこうと思う。
「じゃあ、ギルドカードの提示をお願いします」
この世界は基本的にキャッシュレスだ。現金も幾分か持っていたけれど、依頼の報酬はほぼ全てギルドカードに入金している。だから支払いはカードを提示するだけでいい。
スッとギルドカードを提示したのだが、店主はなぜか眉根を寄せる。ポーションくらいで尽きる残高ではなかったというのにもかかわらず……。
「悪いが、犯罪歴がある者への販売はできない」
言われて諒太は気付く。そういえば盗人であったことを。犯罪行為はギルドカードに反映され、罪の重さによりペナルティが発生する。盗人も例外ではなく、商店の利用や売買行為に規制が入るようだ。
「俺は別に悪いことなどしていません!」
「とはいってもなぁ。お前さん、ケチな盗みでもしたんだろう? ギルドカードには犯罪歴ありと表示されている。主神様が決めた事だからウチでは扱えないよ。素直に罪を償うか、ギルドに訂正申請するしかないだろうね。あと暴れるのは御免だよ? その場合は騎士団に通報するからね」
店主は聞く耳を持たない。職業までは分からないらしいが、実際に盗人行為を犯していたことは筒抜けであるようだ。しかし、困ったことになった。レベリングにポーションは不可欠。一日経過すれば体力等は回復するけれど、現実時間とリンクするセイクリッド世界において、その方法では時間がかかりすぎる。
「闇ギルドに入るしかねぇってのか……」
現時点で諒太の選択肢は三つある。まずは闇ギルドへの登録。これは悪落ちしたプレイヤーに対する公式な救済処置であり、通常の流通よりも高めではあるが闇市を利用したり、依頼を受けたりできた。
次に善行値が貯まるクエストの消化。悪落ちした場合、罪の重さにより元へ戻るために必要となる善行値が設定されている。しかし、ドブさらいなどを地道にこなす必要があり、時間のない諒太には選べない。
最後は相手がいる場合に和解することだ。諒太の場合は夏美。盗んだものの対価を支払うか、相手との和解が成立したのなら犯罪歴は解除された。
夏美は親友であるし、彼女なら諒太が持ち去ったとして許してくれるはず。もし夏美が了承してくれたのなら、諒太の犯罪歴は消去されるだろう。だが、生憎と彼女は異なる時間軸にいるし、世界線すら違うのだ。勇者ナツの了承を取り付けるなど諒太には不可能である。
「通報はマズい……」
ここで騎士団と問題を起こしてはならない。良くしてもらっているフレアや入院中のアーシェにまで迷惑をかけられなかった。
渋々と諒太は店をあとにし、リバレーションにてペンダム遺跡へ戻ろうとする。
「えっ……あれっ!?」
間違いなく詠唱したはずなのに諒太は王都センフィスから移動できない。今もまだ道具屋の店先に立ったままだ。
「そういえば……」
諒太はとんでもない過ちを犯したのかもしれない。
夏美はリバレーションが勇者専用の呪文だと話していた。確か諒太は勇者となる前に発動させていたけれど、やはりあの発動はセイクリッド神との取引であったのかもしれない。世界を救うという対価によって。
現状の諒太はジョブが盗人であり、もう勇者専用魔法を使えなくなっている。盗人である彼は世界の理に従い移動魔法を発動できなかった。
「これじゃ……間に合わない……?」
それは絶望を覚えるのに十分すぎる現実だった。レベリングに移動時間は少しも考慮していない。それでも厳しいと考えていたのに、ログアウトするたび諒太はペナムまでの移動時間を無駄にしてしまう。
「どうすりゃいいんだ……」
一度に強くなろうとズルをした結果、諒太は商店での売買禁止どころか移動魔法までもを失っていた。本当にもどかしい。馬鹿らしくて悔しくて思わず唇を噛んでしまう。
「ちくしょう……」
だが、諒太は気持ちを切り替える。彼に残された道は一つ。こうなってしまえば徹底的に無茶をするしかない。
こんな今も諦めてはいないのだ。アーシェを助けるってことだけは……。
「もうログアウトはしない……」
ログアウトのたびにアクラスフィア王城まで戻ってしまうのなら、できる限りペンダム遺跡に留まるべきだ。月曜の朝まで一度も戻らないというのは不可能にしても、ログアウトは最小限にして戦えるだけ戦うのみである。
「そういや、食事や生理現象もこっちで済ませられるんじゃ……?」
肉体が元の世界にないのであれば、セイクリッド世界で全てを賄うことができるはず。ただし、両親の目がある以上は、それなりに生活の痕跡を残さねばならない。
「徹底的に戦うだけだ。魔法は最小限にしてソニックスラッシュも温存。剣技の熟練度を上げるだけなら、体力消費がつきまとうスキルは使うべきじゃない」
計画通りに進めば手持ちのポーションで何とかなりそうだ。グレートサンドワームがそうそう出てくるとは思わないし、雑魚であればLv69となった今ならスキルを使用しなくとも戦えるだろう。
かなり遅い時間であるが馬車はきっとある。ゲームの設定が生きているならば、街道を行き来する馬車は夜中だろうと存在するはずだ。
やはり乗り場には幾つもの馬車が停車していた。問題は利用できるか否かであったけれど、ゲームでは罪人であったとしても馬車を利用できる。移動手段にまでペナルティは課せられていないし、現金支払いである馬車では犯罪歴を追求されることもないだろう。
「移動魔法ならひとっ飛びなのに……」
よもや再び馬車に乗るとは考えもしなかった。御者に運賃を支払い、諒太は荷台へと乗り込んでいく。
「お前さんは冒険者だろ? ひょっとして巨大な火柱についての調査かい? ペナムから戻った仲間がとんでもない火柱を見たと話していたんだ……」
ふと御者はそんな話を口にする。その内容は身に覚えがありすぎた。恐らく巨大な火柱とはインフェルノのことだろう。ペナムでも確認できるほど巨大であったらしい。
「ええ、冒険者です。現地調査ですね……」
ここは御者を不安にさせてはならない。どうしても欠便となってはならないのだ。明日まで立ち往生しないためにも、諒太は冒険者であると伝えた方が良い。
移動時間は睡眠に当てることにした。実体であるのなら、どちらで寝ようが回復できるはず。ペンダム遺跡に到着したのなら、それこそ不眠不休となるのだから……。
時間は夜の九時である。よってフレアはもう本部にいないかもしれない。かといって魔石はちゃんと渡しておこうと思う。治癒士の手間が省けるのであれば、早く届けた方が良いに決まっているのだ。
「リョウ、どうした?」
予想とは異なりフレアが対応してくれる。てっきり帰宅したものと考えていたのに。
「いえ、大きな魔石が手に入ったので届けに来たのです」
「それは有り難いな。で、君はその鎧を新調したのか?」
どうしてか魔石にはあまり興味を示してもらえない。必要なかったのかと考えてしまうほど軽い扱いである。
「これは新調したというより、発掘ですかね……」
「発掘だと? まあダンジョンには装備品も眠っていたりするけれど……」
諒太は借りていた騎士団の装備をアイテムボックスから取り出してフレアに手渡す。続いて魔石を取り出そうかというとき、
「おい、リョウ!?」
フレアの大きな声が響く。諒太はまだ魔石を取り出していない。驚くのはこれからだというのに、彼女は目を剥いて驚きを露わにしていた。
「その鎧を何処で手に入れた!?」
聞き流されたのかと思いきや、フレアは鎧について問い質す。確かに壊れ装備であるけれど、ここまで食いついてくるとは予想外だ。
「ペナムから西に行ったところにある倉……ダンジョンです」
夏美の倉庫から拝借したことは黙っておく。ならばペンダム遺跡で見つけたことにしておくべきだ。
「ああ、ペンダム遺跡か。というか君はもうあんなダンジョンに挑んでいるのか?」
アップデートの内容はフレアにも反映されているようだ。ペンダム遺跡が存在し、高難度ダンジョンであることを彼女は分かっているらしい。
「ええまあ。俺はLv69ですし……」
「何だとぅ!?」
上階では多くの患者が寝ているというのに。加えて彼女は女性だというのに……。
遠慮することも恥じらうこともなく大きな声を上げていた。
「信じられん……。Lv50より先は限られた人間しか到達できないというのに。昨日まで私よりずっと低かったではないか?」
「つい先ほどまでフレアさんより弱かったのですけど、グレートサンドワームを討伐したらレベルが20も上がりました……」
「グレートサンドワームだとぅ!?」
またもや大袈裟に返すフレア。かといって彼女の反応は理解できるものだ。
Lv100の魔物はセイクリッド世界において災厄にも等しい。諒太であっても夏美の装備を拝借したチート状態でなければ倒せなかったはず。
「運良く仕留められました。この装備のおかげです」
「ああそうだ! 脱線してしまったが、私はその鎧にある紋章について聞きたかったのだ」
紋章と聞いて思い当たるものはない。灼熱王オルフェウスの鎧は派手な赤色をしていたけれど、紋章的な模様は一つとしてなかった。
だが、諒太は察知している。ひょっとしてフレアにはこれが読めなかったのではないかと。
「肩にある……紋章ですか?」
紋章とは言ったが、それは夏美が持ち物に名前を書いただけのこと。ただし、格好良く書こうとした【なつみ】の文字は崩されており、一つに纏まっているようにも見える。
アルカナの影響下にあるフレアは日本語が読めたに違いないけれど、彼女が紋章だと言った理由はそんなところであろう。
「それは勇者ナツの紋章であるはず。彼女の鎧はペンダム遺跡に眠っていたのか?」
もしかすると騎士団には夏美のサインが残っているのかもしれない。書き換えられた記憶かもしれないが、サインを見て紋章だというのだから既知のものであるようだ。
「それでこれがグレートサンドワームの魔石です。アーシェの魔法陣に使えませんか?」
脱線話を中断し、諒太は本題に入る。騎士団には魔石を届けに来ただけだ。諒太は直ぐさまレベリングを再開せねばならなかった。
「これは凄いな。治癒士も喜ぶだろう。とはいえグレートサンドワームは運良く倒せる魔物ではないはずだぞ? 存在自体が伝説であり、勇者ナツでさえ苦戦したと伝わっている」
ここでもまた夏美の名がでてくる。三百年前の勇者はアップデート間もない歴史にもその名が刻み込まれているらしい。
「それで今からまた戦いに行くのか?」
「もちろんです。明日明後日と俺は戦いに明け暮れる予定ですから……」
「すまない。私も同行できれば良かったのだが……」
言葉を濁すフレアだが、諒太は彼女の心情を理解しているつもり。本来なら同行くらいできるはずで、彼女が躊躇うのはアーシェの側についていたいと考えているからだろう。
「それは構いません。ですが少しお聞きしたいことがあります。魔道塔へはどうやって行けば良いのでしょうかね? 近くにアクラスフィア王国の街はないと仰ってましたけど」
明確な目標を諒太は設定している。従ってその過程にある魔道塔への移動問題を解決したいと考えていた。
「ああ、それならワイバーンを用意しよう。乗った経験は?」
「いやあ、ないですよ! 見たこともないですし!」
ゲームならばともかく諒太の世界にワイバーンはいない。人が乗り、空を飛ぶものといえば飛行機やヘリコプターくらいしか存在しないのだ。
「であれば、その決戦には私も参加すると約束しよう」
凛々しい顔をしてフレアが言った。恐らく彼女は諒太ばかりに押し付けている現状を心苦しく感じているのだろう。
「有り難うございます。この三日で俺はLv95にまで上げるつもりです。ペンダム遺跡でレベルを上げて、必ずやアーシェを死の淵より救い出しますから」
決意を語る以外にかける言葉はない。不死王リッチがどれほど強いか分からないけれど、剣術を始めたばかりの諒太には間違いなく脅威である。何しろリッチには魔法攻撃が効かないだけでなく明確な弱点がない。グレートサンドワームのように一属性特化なんて技は通用しないのだ。
フレアと別れ、諒太は城下にある道具屋へと向かう。夏美の倉庫から拝借したポーションが残っているけれど、それだけでは間に合わない。MP用の回復ポーションは四本しかなかったし、グレートサンドワームに再度エンカウントしないとは言い切れないのだ。
「レベルがかなり上がったし、消費魔力半減がなくても発動できるだろうか?」
これより諒太は剣のみで戦う。剣術の熟練度を上げておかねばリッチには勝てない。しかし、剣を装備すると杖にある魔力半減がなくなってしまうのだ。四分の一であった消費量は鎧にある半減分だけとなった。
「試しておかないと……」
いざという時にはインフェルノ頼みである。よって危機が訪れるよりも前に試しておく必要があった。剣を装備した状態でも、きちんと発動するのかどうかを。
「すみません。ポーションをください」
「ああ、いらっしゃい。そこにあるのを好きなだけどうぞ」
ギルドの依頼をかなりこなした諒太に資金の問題はない。とりあえずHPとMPの回復ポーションをそれぞれ三十個ずつ買っておこうと思う。
「じゃあ、ギルドカードの提示をお願いします」
この世界は基本的にキャッシュレスだ。現金も幾分か持っていたけれど、依頼の報酬はほぼ全てギルドカードに入金している。だから支払いはカードを提示するだけでいい。
スッとギルドカードを提示したのだが、店主はなぜか眉根を寄せる。ポーションくらいで尽きる残高ではなかったというのにもかかわらず……。
「悪いが、犯罪歴がある者への販売はできない」
言われて諒太は気付く。そういえば盗人であったことを。犯罪行為はギルドカードに反映され、罪の重さによりペナルティが発生する。盗人も例外ではなく、商店の利用や売買行為に規制が入るようだ。
「俺は別に悪いことなどしていません!」
「とはいってもなぁ。お前さん、ケチな盗みでもしたんだろう? ギルドカードには犯罪歴ありと表示されている。主神様が決めた事だからウチでは扱えないよ。素直に罪を償うか、ギルドに訂正申請するしかないだろうね。あと暴れるのは御免だよ? その場合は騎士団に通報するからね」
店主は聞く耳を持たない。職業までは分からないらしいが、実際に盗人行為を犯していたことは筒抜けであるようだ。しかし、困ったことになった。レベリングにポーションは不可欠。一日経過すれば体力等は回復するけれど、現実時間とリンクするセイクリッド世界において、その方法では時間がかかりすぎる。
「闇ギルドに入るしかねぇってのか……」
現時点で諒太の選択肢は三つある。まずは闇ギルドへの登録。これは悪落ちしたプレイヤーに対する公式な救済処置であり、通常の流通よりも高めではあるが闇市を利用したり、依頼を受けたりできた。
次に善行値が貯まるクエストの消化。悪落ちした場合、罪の重さにより元へ戻るために必要となる善行値が設定されている。しかし、ドブさらいなどを地道にこなす必要があり、時間のない諒太には選べない。
最後は相手がいる場合に和解することだ。諒太の場合は夏美。盗んだものの対価を支払うか、相手との和解が成立したのなら犯罪歴は解除された。
夏美は親友であるし、彼女なら諒太が持ち去ったとして許してくれるはず。もし夏美が了承してくれたのなら、諒太の犯罪歴は消去されるだろう。だが、生憎と彼女は異なる時間軸にいるし、世界線すら違うのだ。勇者ナツの了承を取り付けるなど諒太には不可能である。
「通報はマズい……」
ここで騎士団と問題を起こしてはならない。良くしてもらっているフレアや入院中のアーシェにまで迷惑をかけられなかった。
渋々と諒太は店をあとにし、リバレーションにてペンダム遺跡へ戻ろうとする。
「えっ……あれっ!?」
間違いなく詠唱したはずなのに諒太は王都センフィスから移動できない。今もまだ道具屋の店先に立ったままだ。
「そういえば……」
諒太はとんでもない過ちを犯したのかもしれない。
夏美はリバレーションが勇者専用の呪文だと話していた。確か諒太は勇者となる前に発動させていたけれど、やはりあの発動はセイクリッド神との取引であったのかもしれない。世界を救うという対価によって。
現状の諒太はジョブが盗人であり、もう勇者専用魔法を使えなくなっている。盗人である彼は世界の理に従い移動魔法を発動できなかった。
「これじゃ……間に合わない……?」
それは絶望を覚えるのに十分すぎる現実だった。レベリングに移動時間は少しも考慮していない。それでも厳しいと考えていたのに、ログアウトするたび諒太はペナムまでの移動時間を無駄にしてしまう。
「どうすりゃいいんだ……」
一度に強くなろうとズルをした結果、諒太は商店での売買禁止どころか移動魔法までもを失っていた。本当にもどかしい。馬鹿らしくて悔しくて思わず唇を噛んでしまう。
「ちくしょう……」
だが、諒太は気持ちを切り替える。彼に残された道は一つ。こうなってしまえば徹底的に無茶をするしかない。
こんな今も諦めてはいないのだ。アーシェを助けるってことだけは……。
「もうログアウトはしない……」
ログアウトのたびにアクラスフィア王城まで戻ってしまうのなら、できる限りペンダム遺跡に留まるべきだ。月曜の朝まで一度も戻らないというのは不可能にしても、ログアウトは最小限にして戦えるだけ戦うのみである。
「そういや、食事や生理現象もこっちで済ませられるんじゃ……?」
肉体が元の世界にないのであれば、セイクリッド世界で全てを賄うことができるはず。ただし、両親の目がある以上は、それなりに生活の痕跡を残さねばならない。
「徹底的に戦うだけだ。魔法は最小限にしてソニックスラッシュも温存。剣技の熟練度を上げるだけなら、体力消費がつきまとうスキルは使うべきじゃない」
計画通りに進めば手持ちのポーションで何とかなりそうだ。グレートサンドワームがそうそう出てくるとは思わないし、雑魚であればLv69となった今ならスキルを使用しなくとも戦えるだろう。
かなり遅い時間であるが馬車はきっとある。ゲームの設定が生きているならば、街道を行き来する馬車は夜中だろうと存在するはずだ。
やはり乗り場には幾つもの馬車が停車していた。問題は利用できるか否かであったけれど、ゲームでは罪人であったとしても馬車を利用できる。移動手段にまでペナルティは課せられていないし、現金支払いである馬車では犯罪歴を追求されることもないだろう。
「移動魔法ならひとっ飛びなのに……」
よもや再び馬車に乗るとは考えもしなかった。御者に運賃を支払い、諒太は荷台へと乗り込んでいく。
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ふと御者はそんな話を口にする。その内容は身に覚えがありすぎた。恐らく巨大な火柱とはインフェルノのことだろう。ペナムでも確認できるほど巨大であったらしい。
「ええ、冒険者です。現地調査ですね……」
ここは御者を不安にさせてはならない。どうしても欠便となってはならないのだ。明日まで立ち往生しないためにも、諒太は冒険者であると伝えた方が良い。
移動時間は睡眠に当てることにした。実体であるのなら、どちらで寝ようが回復できるはず。ペンダム遺跡に到着したのなら、それこそ不眠不休となるのだから……。
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