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第一章 導かれし者
プロローグ
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むせ返るような暑い夏の日。その記憶はおかしくも切ない最後の思い出だった。水無月諒太は高校入学を前にその記憶を思い出している。
「リョウちん、今日こそクリアするから! ちゃんと見ててよ?」
リョウちんとは諒太のあだ名である。また彼を睨むようにして息巻いているのは幼馴染みの九重夏美だ。
「ナツ、張り切るのは良いが、お前こそちゃんと文章を読めよ? ロールプレイングゲームはボタン連打じゃクリアできんからな」
ナツとは夏美のこと。彼女は諒太と同い年であり、同じ団地の隣室に住んでいる。二人はいわゆる幼馴染みという関係であった。
「ふっ……。遂にレベル50へ到達したのよ! 今日こそは魔王を倒してみせる! そしてリョウちんに勝つ!」
夏美がプレイしているのは諒太のソフトで勇者爆誕というオーソドックスなロールプレイングゲーム。目立った特徴のない古いゲームであったけれど、特売品を買ってもらった諒太は割と楽しんでプレイしていた。また諒太が簡単にクリアしたものだから、夏美は彼よりも早くクリアしてやろうと昼夜を問わず頑張っているらしい。
「お前はチートアイテムを途中で拾ったからなぁ。それだけでゲームの難易度はイージーだろうよ……」
「リョウちん、負け惜しみはそこまでよ! 運も実力のうちだから!」
夏美はやたらと運が良かった。それこそドロップに一ヶ月はかかるとされたアイテムを一発で入手するほどに。またそれは勇者爆誕だけの話ではなく、アクションゲームでもバトルゲームでも夏美の幸運は変わらない。逆にドロップ運がまるでない諒太からすると夏美の幸運は神が関与しているとしか思えなかった。
「見てよ、この強さ! あたし圧倒的じゃん! 勇者ナツは絶対に負けないんだから!」
既に勇者ナツのレベルは最大である。諒太がクリアしたときと同じレベル50だ。これで負けようものなら夏美のコマンド選択が最悪であると言わざるを得ない。
「ほら、魔王の間に到着したよ!」
ゲームのセーブデータを見ると、諒太と夏美のプレイ時間は一時間差である。この度の挑戦で夏美が魔王を倒せたのなら、諒太の屈辱的な敗北が決定してしまう。
先日、レベル43で挑むも返り討ちに遭った夏美は諒太がレベル50であると確認し、同じようにレベルを上げてきたようだ。
「よし、倒した! 魔王を倒した! これであたしの勝ちだよ!」
「うるせぇ。これからが本当の戦いだっての……」
キョトンとする夏美。彼女は魔王を倒したとばかり考えている。しかしながら、勇者爆誕のラスボスはお約束とばかりに二度倒さねばクリアとならない。
『ゲフ……。勇者ナツ、流石だな……。強者であるお前にチャンスをくれてやろう。もしも儂の配下となるのなら、世界の半分をお前にくれてやる。どうだ? 悪くない提案であろう?』
このとき諒太は夏美を甘く見ていた。そこまで馬鹿じゃないと考えていたというのに、諒太の微妙な信頼を夏美は軽く裏切って思いもしない選択をしてしまう。
[ ○はい いいえ ]
その刹那、ピッという選択音が鳴った。勇者であるというのに、あろうことか夏美は魔王の軍門に降る選択をしている。
「おい、ナツ!?」
咄嗟に声をかけるも時既に遅し。画面は既に切り替わっており、BGMのない真っ暗な画面に魔王の声だけが虚しく響いている。
『では世界の半分を与えよう! お前には闇の世界をくれてやる! 決して明けることのない暗黒の中で生き続けるがいい!』
残念ながら勇者ナツは暗黒世界に封じ込められてしまう。これはいわゆるバッドエンド。実際に見るのは諒太も初めてである。だから諒太は割と感動していたけれど、対称的に夏美はガクリと肩を落とした。
「嘘っ!? どうして!?」
「お前な……。どうせ選択肢を見ないでボタンを押したんだろ?」
「ちゃんと見たって! だって世界の半分がもらえるんだよ!?」
今もまだ夏美は選択ミスに気付いていないようだ。この非常に残念な幼馴染みに諒太は言葉がない。クライマックスで勇者が世界を裏切るなんてあってはならないことだというのに。
「やり直すとしたら俺の時間を軽く超えるな……。ナツ、十番勝負の最終戦は誰が勝者だ?」
「くっそぉ! リョウちんに負けるなんて悔しい!」
それは茹だるような暑い夏であり、同時にとても熱い夏だった。毎日のように続く白熱した勝負。諒太はあの夏ほど、はしゃいだ経験がない。諒太と夏美は日々繰り返すだけのゲームライフを満喫していたのだ。留守番なんて二人にはあっという間に過ぎていく時間でしかなかった。
今も懐かしむ。あの頃が一番面白かったと。しかし、楽しかった毎日はある日突然に終わりを告げてしまう。しばらく夏美の姿を見なかったかと思えば、あとになって九重家が転居したという話を諒太は母親から知らされていた。
中一の夏に夏美が引っ越してからというもの、大好きなゲームをしていたとしてもどこか抜け殻のよう。学校の帰りに幼馴染みの家でしたゲームこそが今でも至高の時間だと思う。
十五歳になった諒太は相変わらずゲーマーであったけれど、一人でプレイするゲームをあの頃のようには楽しめていなかった……。
「リョウちん、今日こそクリアするから! ちゃんと見ててよ?」
リョウちんとは諒太のあだ名である。また彼を睨むようにして息巻いているのは幼馴染みの九重夏美だ。
「ナツ、張り切るのは良いが、お前こそちゃんと文章を読めよ? ロールプレイングゲームはボタン連打じゃクリアできんからな」
ナツとは夏美のこと。彼女は諒太と同い年であり、同じ団地の隣室に住んでいる。二人はいわゆる幼馴染みという関係であった。
「ふっ……。遂にレベル50へ到達したのよ! 今日こそは魔王を倒してみせる! そしてリョウちんに勝つ!」
夏美がプレイしているのは諒太のソフトで勇者爆誕というオーソドックスなロールプレイングゲーム。目立った特徴のない古いゲームであったけれど、特売品を買ってもらった諒太は割と楽しんでプレイしていた。また諒太が簡単にクリアしたものだから、夏美は彼よりも早くクリアしてやろうと昼夜を問わず頑張っているらしい。
「お前はチートアイテムを途中で拾ったからなぁ。それだけでゲームの難易度はイージーだろうよ……」
「リョウちん、負け惜しみはそこまでよ! 運も実力のうちだから!」
夏美はやたらと運が良かった。それこそドロップに一ヶ月はかかるとされたアイテムを一発で入手するほどに。またそれは勇者爆誕だけの話ではなく、アクションゲームでもバトルゲームでも夏美の幸運は変わらない。逆にドロップ運がまるでない諒太からすると夏美の幸運は神が関与しているとしか思えなかった。
「見てよ、この強さ! あたし圧倒的じゃん! 勇者ナツは絶対に負けないんだから!」
既に勇者ナツのレベルは最大である。諒太がクリアしたときと同じレベル50だ。これで負けようものなら夏美のコマンド選択が最悪であると言わざるを得ない。
「ほら、魔王の間に到着したよ!」
ゲームのセーブデータを見ると、諒太と夏美のプレイ時間は一時間差である。この度の挑戦で夏美が魔王を倒せたのなら、諒太の屈辱的な敗北が決定してしまう。
先日、レベル43で挑むも返り討ちに遭った夏美は諒太がレベル50であると確認し、同じようにレベルを上げてきたようだ。
「よし、倒した! 魔王を倒した! これであたしの勝ちだよ!」
「うるせぇ。これからが本当の戦いだっての……」
キョトンとする夏美。彼女は魔王を倒したとばかり考えている。しかしながら、勇者爆誕のラスボスはお約束とばかりに二度倒さねばクリアとならない。
『ゲフ……。勇者ナツ、流石だな……。強者であるお前にチャンスをくれてやろう。もしも儂の配下となるのなら、世界の半分をお前にくれてやる。どうだ? 悪くない提案であろう?』
このとき諒太は夏美を甘く見ていた。そこまで馬鹿じゃないと考えていたというのに、諒太の微妙な信頼を夏美は軽く裏切って思いもしない選択をしてしまう。
[ ○はい いいえ ]
その刹那、ピッという選択音が鳴った。勇者であるというのに、あろうことか夏美は魔王の軍門に降る選択をしている。
「おい、ナツ!?」
咄嗟に声をかけるも時既に遅し。画面は既に切り替わっており、BGMのない真っ暗な画面に魔王の声だけが虚しく響いている。
『では世界の半分を与えよう! お前には闇の世界をくれてやる! 決して明けることのない暗黒の中で生き続けるがいい!』
残念ながら勇者ナツは暗黒世界に封じ込められてしまう。これはいわゆるバッドエンド。実際に見るのは諒太も初めてである。だから諒太は割と感動していたけれど、対称的に夏美はガクリと肩を落とした。
「嘘っ!? どうして!?」
「お前な……。どうせ選択肢を見ないでボタンを押したんだろ?」
「ちゃんと見たって! だって世界の半分がもらえるんだよ!?」
今もまだ夏美は選択ミスに気付いていないようだ。この非常に残念な幼馴染みに諒太は言葉がない。クライマックスで勇者が世界を裏切るなんてあってはならないことだというのに。
「やり直すとしたら俺の時間を軽く超えるな……。ナツ、十番勝負の最終戦は誰が勝者だ?」
「くっそぉ! リョウちんに負けるなんて悔しい!」
それは茹だるような暑い夏であり、同時にとても熱い夏だった。毎日のように続く白熱した勝負。諒太はあの夏ほど、はしゃいだ経験がない。諒太と夏美は日々繰り返すだけのゲームライフを満喫していたのだ。留守番なんて二人にはあっという間に過ぎていく時間でしかなかった。
今も懐かしむ。あの頃が一番面白かったと。しかし、楽しかった毎日はある日突然に終わりを告げてしまう。しばらく夏美の姿を見なかったかと思えば、あとになって九重家が転居したという話を諒太は母親から知らされていた。
中一の夏に夏美が引っ越してからというもの、大好きなゲームをしていたとしてもどこか抜け殻のよう。学校の帰りに幼馴染みの家でしたゲームこそが今でも至高の時間だと思う。
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