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第三章 死力を尽くして
ミハルの望み
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三ヶ月の出向期間を終え、ミハルは本日からセントラル基地へと戻ることになっていた。
出立の挨拶にミハルは司令室を訪れている。直ぐさま応接室へと通され、またもクェンティン司令と向かい合わせである。
「ミハル君、アイリス中尉から話は聞いた。あと私は君との約束を守るつもりだ……」
「約束? 何でしたっけ?」
ミハルはまるで覚えていなかった。クェンティン司令と会うのは、それこそ初めてイプシロン基地へと降り立った時以来である。三ヶ月前の約束なんて少しも頭にない。
「忘れたのか? 何ともアイリス中尉に似て欲がないな……。私は未来のエースに相応しい処遇を考えていると言ったのだ。果たして君は何を望む……?」
クェンティンはニヤリとして聞いた。その笑みは何でも叶えられる魔法使いのように、威厳と自信に溢れている。
ところが、ミハルに望みはなかった。今も彼女は昇進なんてどうでも良いと考えている。だから望みを問われてもミハルは口籠もるだけだ。
「ずっと私は悔しかった……」
ようやく口をついた言葉は質問とかけ離れていた。とても希望を伝える前振りであるとは思えないものである。
「一番になりたかった……。二番じゃ駄目なんです。この宇宙で誰よりも上手く飛びたい。だからこそ私は努力してきました……。でも、アイリス中尉は私を認めてくれません。トップシューターになったのに及第点って、いったい私はどうすれば良かったのですか!?」
ミハルは訴えていた。理不尽すぎるアイリスの話を。厳しすぎる評価に加え、土下座して謝るといった約束すら反故にされたことについて。
話を聞くクェンティンは眉根を寄せている。質問内容と異なる返答や思わぬ質問返し。予想外の内容に上手く言葉を選べなかった。
「ミハル君、もしかすると君の望みは変わっていないのか? 三ヶ月前、私に対して語ったように、君はまだアイリス中尉に勝つことだけを望むのだろうか? 君が希望するならば大抵のことは受け入れる用意があるのだぞ?」
「他には何も必要ありません。私はただアイリス・マックイーンに勝ちたいだけです!」
未だかつて、そのような報酬を望んだ者はいない。クェンティンは彼女の強さを垣間見た気がしている。天性のセンスに技術を加えたのは、この負けん気があってこそだと。
「あの負けず嫌いが他者を褒めるなんて万が一にもあり得ないことだ。負けを認めさせるのは困難だろう。まして直接対決でもない敗戦など受け入れるはずがない……」
命を賭して戦う理由が腐された相手に勝ちたいだけだなんて……。クェンティンは苦笑いを浮かべるしかなかった。金や名声であれば望むだけを与えられたというのに、ミハルの希望は彼の権力が及ぶ範囲にない。
「残念だが、私ではミハル君の望みは叶えられない。しかし、その機会であれば私にも与えられる。さりとて若い君には様々な選択肢があるだろう。現状の法律では君を縛り付けることなどできない。選択は自由であり、軍部はその選択を待つだけだ。アイリス中尉と正々堂々戦いたいのならば、私はミハル君に相応しい舞台を用意できる。君がこれからも戦ってくれるのであれば、我々は最大級の謝意を形にすると約束しよう……」
クェンティンが口にしたのは編成を考える上での必須項目だ。現状はほぼ全ての部隊が補充を希望している。従って木星へと戻るミハルを当てにできるかどうかは編成に少なからず影響を与えた。
「総撃墜数2972。この数値は人類史上最大の戦果である。時代時代を彩ったエースの系譜に君は名を刻んだ。我々は今後も君の活躍を期待している。よって木星へと戻るミハル君の意志を私は聞いておかねばならん……。我々はエースが帰還する時を待ち望むだろう。このイプシロン基地にエースが舞い戻る時をな……。果たして君の答えは我々と同じだろうか?」
最終確認のような話にミハルは目を泳がせている。進路を決めたときには軍部に骨を埋めるつもりなどなかった。だから、ここには戻ってこないという結論だってあるだろう。
問われて初めて異なる将来について考えてみる。色々と思い浮かべてみたけれど、変化を与えた仮定の自分はしっくりとこなかった。平和な競技場でレース機を乗り回す自分になぜだか魅力を感じない。
小さく息を吸って、ミハルはクェンティンと視線を合わせた。どうやら彼女は結論に至ったようである。
「私はまだ勝っていません……」
戦うことに疑問は覚えない。少なからず戦えると分かったミハルは他の選択が全て逃げ道のように感じてしまう。戦う以外にないとさえ思った。
「昔も今も、アイリス・マックイーンに勝つことだけが私の目標です……」
だから返答には、ずっと導かれていた光の話を選んだ。あの目映い光は今も強く輝いてミハルを誘っているままだ。
徐に頷くクェンティン。軍部として安心できる返答ではなかったものの、向けられた真っ直ぐな眼差しに彼女の決意を汲み取っていた。
「よし分かった……。ならば是非ともあの偏屈を叩きのめして欲しい。グレッグ大尉から事情は聞いている。段取りは任せてくれたまえ。然るべきときに君が戻ってこられるよう手配させてもらう。ミハル君もそれで構わないな?」
この意思確認に頷くだけで、ミハルはイプシロン基地へと戻ってこられるようだ。
訪れた平穏の裏側には人知れず死んでいった兵士たちがいる。軍部の門を叩き、大戦に参加しなければ絶対に気付いていないことだ。
ミハルが戦わずとも兵士たちは出撃するだろう。けれど、それは違う気がした。戦う術の有無は立場的な区別を明確なものにしている。
もう迷いはなかった。だからこそミハルは笑顔で返す。堂々と自信満々に彼女らしく。
「もちろんです!」
自信と期待が胸一杯に入り混じる。感情に不安は少しも込められなかった。
最後にクェンティンと握手をし、ミハルは笑みをたたえたまま司令室をあとにしていく。
シャトルライナーの発車時刻が迫っていたから、小走りにステーションへと向かうミハル。三ヶ月に亘り過ごしたイプシロン基地を去っていくのだ。
光輝く轍を宙域に刻みながら、シャトルライナーがイプシロン基地を発つ。軌跡に残された淡い光は程なく消えゆく。
まるで人類に与えられた束の間の休息であるかのように……。
出立の挨拶にミハルは司令室を訪れている。直ぐさま応接室へと通され、またもクェンティン司令と向かい合わせである。
「ミハル君、アイリス中尉から話は聞いた。あと私は君との約束を守るつもりだ……」
「約束? 何でしたっけ?」
ミハルはまるで覚えていなかった。クェンティン司令と会うのは、それこそ初めてイプシロン基地へと降り立った時以来である。三ヶ月前の約束なんて少しも頭にない。
「忘れたのか? 何ともアイリス中尉に似て欲がないな……。私は未来のエースに相応しい処遇を考えていると言ったのだ。果たして君は何を望む……?」
クェンティンはニヤリとして聞いた。その笑みは何でも叶えられる魔法使いのように、威厳と自信に溢れている。
ところが、ミハルに望みはなかった。今も彼女は昇進なんてどうでも良いと考えている。だから望みを問われてもミハルは口籠もるだけだ。
「ずっと私は悔しかった……」
ようやく口をついた言葉は質問とかけ離れていた。とても希望を伝える前振りであるとは思えないものである。
「一番になりたかった……。二番じゃ駄目なんです。この宇宙で誰よりも上手く飛びたい。だからこそ私は努力してきました……。でも、アイリス中尉は私を認めてくれません。トップシューターになったのに及第点って、いったい私はどうすれば良かったのですか!?」
ミハルは訴えていた。理不尽すぎるアイリスの話を。厳しすぎる評価に加え、土下座して謝るといった約束すら反故にされたことについて。
話を聞くクェンティンは眉根を寄せている。質問内容と異なる返答や思わぬ質問返し。予想外の内容に上手く言葉を選べなかった。
「ミハル君、もしかすると君の望みは変わっていないのか? 三ヶ月前、私に対して語ったように、君はまだアイリス中尉に勝つことだけを望むのだろうか? 君が希望するならば大抵のことは受け入れる用意があるのだぞ?」
「他には何も必要ありません。私はただアイリス・マックイーンに勝ちたいだけです!」
未だかつて、そのような報酬を望んだ者はいない。クェンティンは彼女の強さを垣間見た気がしている。天性のセンスに技術を加えたのは、この負けん気があってこそだと。
「あの負けず嫌いが他者を褒めるなんて万が一にもあり得ないことだ。負けを認めさせるのは困難だろう。まして直接対決でもない敗戦など受け入れるはずがない……」
命を賭して戦う理由が腐された相手に勝ちたいだけだなんて……。クェンティンは苦笑いを浮かべるしかなかった。金や名声であれば望むだけを与えられたというのに、ミハルの希望は彼の権力が及ぶ範囲にない。
「残念だが、私ではミハル君の望みは叶えられない。しかし、その機会であれば私にも与えられる。さりとて若い君には様々な選択肢があるだろう。現状の法律では君を縛り付けることなどできない。選択は自由であり、軍部はその選択を待つだけだ。アイリス中尉と正々堂々戦いたいのならば、私はミハル君に相応しい舞台を用意できる。君がこれからも戦ってくれるのであれば、我々は最大級の謝意を形にすると約束しよう……」
クェンティンが口にしたのは編成を考える上での必須項目だ。現状はほぼ全ての部隊が補充を希望している。従って木星へと戻るミハルを当てにできるかどうかは編成に少なからず影響を与えた。
「総撃墜数2972。この数値は人類史上最大の戦果である。時代時代を彩ったエースの系譜に君は名を刻んだ。我々は今後も君の活躍を期待している。よって木星へと戻るミハル君の意志を私は聞いておかねばならん……。我々はエースが帰還する時を待ち望むだろう。このイプシロン基地にエースが舞い戻る時をな……。果たして君の答えは我々と同じだろうか?」
最終確認のような話にミハルは目を泳がせている。進路を決めたときには軍部に骨を埋めるつもりなどなかった。だから、ここには戻ってこないという結論だってあるだろう。
問われて初めて異なる将来について考えてみる。色々と思い浮かべてみたけれど、変化を与えた仮定の自分はしっくりとこなかった。平和な競技場でレース機を乗り回す自分になぜだか魅力を感じない。
小さく息を吸って、ミハルはクェンティンと視線を合わせた。どうやら彼女は結論に至ったようである。
「私はまだ勝っていません……」
戦うことに疑問は覚えない。少なからず戦えると分かったミハルは他の選択が全て逃げ道のように感じてしまう。戦う以外にないとさえ思った。
「昔も今も、アイリス・マックイーンに勝つことだけが私の目標です……」
だから返答には、ずっと導かれていた光の話を選んだ。あの目映い光は今も強く輝いてミハルを誘っているままだ。
徐に頷くクェンティン。軍部として安心できる返答ではなかったものの、向けられた真っ直ぐな眼差しに彼女の決意を汲み取っていた。
「よし分かった……。ならば是非ともあの偏屈を叩きのめして欲しい。グレッグ大尉から事情は聞いている。段取りは任せてくれたまえ。然るべきときに君が戻ってこられるよう手配させてもらう。ミハル君もそれで構わないな?」
この意思確認に頷くだけで、ミハルはイプシロン基地へと戻ってこられるようだ。
訪れた平穏の裏側には人知れず死んでいった兵士たちがいる。軍部の門を叩き、大戦に参加しなければ絶対に気付いていないことだ。
ミハルが戦わずとも兵士たちは出撃するだろう。けれど、それは違う気がした。戦う術の有無は立場的な区別を明確なものにしている。
もう迷いはなかった。だからこそミハルは笑顔で返す。堂々と自信満々に彼女らしく。
「もちろんです!」
自信と期待が胸一杯に入り混じる。感情に不安は少しも込められなかった。
最後にクェンティンと握手をし、ミハルは笑みをたたえたまま司令室をあとにしていく。
シャトルライナーの発車時刻が迫っていたから、小走りにステーションへと向かうミハル。三ヶ月に亘り過ごしたイプシロン基地を去っていくのだ。
光輝く轍を宙域に刻みながら、シャトルライナーがイプシロン基地を発つ。軌跡に残された淡い光は程なく消えゆく。
まるで人類に与えられた束の間の休息であるかのように……。
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