上 下
372 / 377
最終章 世界に光を

幸せを手にして

しおりを挟む
 長い夏休みが終わって直ぐ、私はソレスティア王城へと赴いていました。

 というのも、婚姻に先立って両家の顔合わせやら、下賜される褒美についての摺り合わせが行われる予定であったからです。

「姫、私は貴方様に付き従った決断を誇りに感じています。登り詰める方だという直感は間違っておりませんでした」

 家族に混じってコンラッドも駆け付けてくれています。

 執事服が似合いますけれど、こう見えて凄腕の暗殺者なのよね。

「ありがとう。ま、それは過大評価よ……」

「ご謙遜を。そのうち王子から実権を奪うのでしょう?」

「冗談はやめなさい。私は真っ当な王太子妃になるつもりですわ」

 二人して笑っていると、リックもまた話に加わります。

「アナスタシア様は強欲ですからね……」

「リック、お母様呼びを強制されたいの?」

「ああいえ、そういうわけでは! しかし、本当に私が侯爵家の当主になっていいのですか?」

 リックが話すようにアナスタシア子爵家は二階級も陞爵し、侯爵家になる予定です。

 廃爵となったメルヴィス公爵家とダルハウジー侯爵の所領をほぼ全域授かることになっています。

「もう王家には確認を取っています。リーフメル周辺は王領のままだけど、実質的に施政を行うのはリックよ」

 色々と話し合った結果、セシルはリーフメル城に残ることになりました。

 彼が貴族院を卒業するまで、リックはリーフメルを含めた巨大な所領を持つ貴族となるのです。

「はぁ、何だか嬉しいやら恐ろしいやら……」

「私も手伝うし、気楽にね? 可愛い彼女を幸せにしてあげるのよ?」

 懸念であったリックとエリカですが、二人は互いを気に入ったみたい。

 お付き合いを始めたところのようですけど、エリカが休みの日には足繁く北の大地まで通っていると聞きました。

「頑張ります。アナスタシア様にお仕えできたことは私の誉れです。五年前のあの日からずっと……」

 真面目に返されると照れくさいものね。

 さりとて、感謝されるのは悪い気がしないわ。

「アナ姉ちゃん、おめでとう!」

 私たちの話が一段落したところで、弟のレクシルが近寄ってきました。

 私の家族が勢揃い。マリィはお留守番なので、たった五人だけでしたけど、全員が掛け替えのない人たちです。

「レクシル、貴族院ではちゃんと勉強するのよ? 良い成績で卒業できたなら、私の所領を少しわけてあげましょうか」

「姉ちゃんの所領とか無理! 領主が変わったら絶対に不満がでちゃうよ!」

「そうならないように頑張りなさい。間違ってもお父様のような脳筋になっちゃ駄目よ?」

「分かってるって!」

 本当に分かってるのかしら。

 私と同じ血を引いてはいるけれど、祖先にはノーキン・スカーレットとかいう怪物の血まで混じってる。

 勉強しないと、ダンツのようになってしまうのは明らかです。

「アナ、脳筋は酷いな?」

「貴方、正論に酷いはないと思いますよ?」

 父ダンツと母メイアも笑顔です。みんなこの日を楽しみにしてくれていました。

 正式な婚約発表は貴族院を卒業したあとだけど、事前段階の顔合わせですら祝賀ムードに満ちています。

「俺はアナがルーク殿下を捲し立てた場面が今でも忘れられん。不敬罪でもおかしくないほど、文句を言っていただろ? 貴族の娘だとは思えなかったぞ……」

「お父様、言っちゃなんですが、私は貴方の娘ですわ。貴族らしくないのはお互い様です」

「アナちゃん、ホントその通りよね。仕送りは私がちゃんと管理して所領の発展に使っているから安心して良いわよ」

 お母様、それはとても助かります。

 お金を送ってもダンツが管理してたんじゃ無駄になるだけだしね。

「いやでも、あのアナがルーク殿下をなぁ……」

 しみじみと語るダンツに私は少しばかり恥ずかしくなる。

 冗談しか口にしないような父だけど、失踪した折りにはとても心配をかけたと思います。

 ずっと家にいない娘で申し訳ございません。

「アナ、幸せになれ――」

 ちょっとやめてよ。

 涙腺が緩んじゃう。今日はまだ顔合わせでしかないというのに。

 本番はまだまだ先なのよ。涙はそれまで取っておかなくちゃ。

「あれ……?」

 だけど、私の頬を涙が伝っている。

 一つ二つと堰を切ったように。

「アナちゃん、貴方なら大丈夫。自慢の娘だもの。王家の婚約者だってアナちゃんなら立派に務められるわ」

「お姉ちゃん、頑張って!」

 ありがとう、みんな。

 思えばこうやって激励されるのは初めてだわ。

 髭は私に興味を示さなかったし、イセリナだった頃は誰も励ましてくれませんでした。

 やってやろうと思います。私にできることをして、ルークを支えていけたら。

 涙を流しつつも、私は全員に謝意と意気込みを込めた返答を済ませるのでした。


「私は幸せになるよ――――」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

処理中です...