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第十四章 迫る闇の中で

青薔薇の毒を

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「契約する。どうかエレオノーラを助けてやってくれ……」

 ここで初めてクレアフィール公爵が頭を下げました。

 だけど、もう遅いのよ。貴方はタイミングを見誤った。

 着火するだけの爆薬にしたのは貴方自身なのだから。

「嫌よ。せめて断頭台には花を贈るわ」

「助けてくれ! 何でもする!」

 二言はない? その言葉に命をかけられる?

 貴方はもう選択を誤ることができない。それ以上は下がれないほど、崖下が近付いているのよ。

「ならば白金貨二千枚。話はそれからよ……」

「アナスタシア様!?」

 寧ろ、それくらいで許してあげるのだからヌルいくらいよ。

 温厚な私は一度血が上ったら、とことん突っ走っていくだけなの。譲歩なんてあり得ないことだわ。

「支払おう。何とか用意する」

「別に借款でも構わないわ。ただし、契約はしてもらう。正直に今さら否決に回ってくれと言って回るのは骨が折れるし、準備にかなりの金額を使ってしまったから」

 アナスタシア・スカーレットという悪役令嬢の恐ろしさを知るがいい。

 敵対してしまった事実を嘆くがいいわ。

「これにサインと血判を。言っておきますが、この契約にサインを終えると、私に反発できなくなる。モルディン様は既にご存じでしょうけれど」

 私が取り出した契約書にクレアフィール公爵はサインを終え、ナイフで人差し指から血を滴らせる。

 ゆっくりと視線を上げたクレアフィール公爵。代償を支払ったのだからと、口を開いています。

「どうやってエレオノーラを救う? 根回ししたとして、否決を狙うのは不確定すぎる。誰かが罪を背負わなければ、査問会は終わらん」

 圧倒的に私が優位に立っています。

 本来ならある程度の内容を口にしたあとにしか契約など成っていないでしょうし。

「もちろん、罪を背負わせるつもりですわ。ご心配なく。エレオノーラ様は無実ですから」

 言って私は告げる。禁書庫から始まった不祥事の後始末。

 一身に罪を背負うことになる者の名を。

「ダルハウジー侯爵家を廃爵とします」

 二人して絶句しています。

 基本的に提出された議案は断罪。盗み出した者に対する罰でした。

 しかし、私が口にしたことは大がかりなもの。流石に頷きを返すことなどできなかったようです。

「アナスタシア様、どういった理由で廃爵にするというのです? いや、そもそもダルハウジー侯爵はこの件に一枚噛んでいるのでしょうか?」

「その件に関してはクレアフィール公爵の方が良く知っておられるかと。私はそう考えておりますが……」

 絶対に二人は繋がっている。

 シルヴィアを匿っていたのがダルハウジー侯爵なら、ダルハウジー侯爵が計画を実行したはず。

 更にはメルヴィス公爵家という後ろ盾を失ったダルハウジー侯爵がクレアフィール公爵家にすり寄ろうと情報を流したのだと。

「卿はなんでも知っているのだな……」

 小さく返答したのはクレアフィール公爵です。

 それも肯定を意味する言葉でした。

「私はダルハウジーに嵌められたのだ。ランカスタを恐れた奴が私にすり寄ってきたのだと考えていた。しかし、蓋を開けばエレオノーラを貶めている。議案を提出したあと発覚するように仕組まれていたのだ」

 その推論は間違っていますわ。

 何しろダルハウジー侯爵もまた今頃は震え上がっているでしょうし。

「ご愁傷様です。まあしかし、ダルハウジー侯爵はミスを犯していますの。未来予知が可能な私という存在を彼は考えておりませんでした」

「未来予知? それがダルハウジーに罪を着せる切り札になるのか?」

「もちろん。何しろ私は早朝にダルハウジー侯爵が放った間者を捕らえております。今も監禁中ですわ」

 親子して視線を合わせています。

 夜通し張り込んだなんて言えないのですから、未来予知にしておくしかありません。

「その間者は何をしたというのだ?」

「端的に言うと王家の婚約者名簿をエレオノーラ様の机に隠したのですわ」

 再び二人は声を失っていました。

 やはりエレオノーラは無実だと知って。加えて私が最強の手札を持っていると気付いて。

「卿はそれだけの情報を持っていながら、今まで動かなかったのか?」

 決定的証拠だもんね。

 エレオノーラの無罪を訴えるなら、捕らえたその足で近衛兵に突き出すべきでしょう。

「どうして動くのです? 私はイセリナの冤罪を予知していたのですよ? まだ謀略の一部分であるかもしれないじゃないですか? それに上位貴族同士のいざこざに首を突っ込む下位貴族がいますか? 双方とも無関係ですのに」

 正論を述べるとクレアフィール公爵は頷くだけ。

 反論はできないでしょう。私は別にどちらの寄子でもないのですし。

「ならばその間者を引き渡してもらえるか?」

 その問いには首を振る。

 かといって、困らせるつもりはありませんでした。

「言ったではないですか? 貴族たちが大喜びする茶番。その間者は侯爵家の廃爵に使うのですよ……」

 他人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、まさに貴族界を言い表しています。

 自分に火の粉が降りかからないのであれば、査問会も余興にすぎません。

「公爵令嬢の断罪から年老いた侯爵の断罪では納得させられませんわ。よって廃爵。同等以上に盛り上がることでしょう」

「しかし、どうやって? 貴殿は他にも悪事を掴んでいるのか?」

 禁書庫での窃盗に加え、罪をなすり付けたこと。確かに侯爵家を廃爵に追い込むには足りないような気がします。

 でもね、ダルハウジー侯爵は重大な罪を犯している。

「当然。何しろダルハウジー侯爵が間者として送り込んだのはシルヴィア・ガイア・リッチモンド。死罪を言い渡された罪人です」

 もう分かったことでしょう。

 リッチモンドの妾であり、子供まで産んだ彼女はリッチモンド公爵家が受けた断罪に含まれています。

 逃げ出した今も彼女は罪人のままでした。

「いや、確かに罪人を匿っていたのなら罪になりますが、シルヴィア・ガイア・リッチモンドは証言しないでしょう!? 死なば諸共と証言するのを期待するのですか!?」

 問題はその一点ですけれど、私を甘く見ないで欲しいな。

 既に話は付けてあるの。彼女は確実にダルハウジー侯爵を切り捨てるわ。

「取引と申しましょうか。私は彼女と同意しております。そのときには全てを話すと。交換条件として、彼女の減刑を了承しております」

「死罪なのですよ!? 貴族たちが納得しますか!?」

 モルディン大臣は心配性ですね。

 既にシルヴィアは私と契約をしているのだし、真実を語るしかない。

「貴族たちは更なる余興を楽しみにされております。前置きとして減刑を伝えておれば、異議など上がりませんよ。それに無罪とするわけではありません。市中引き回しか、鞭打ち。公爵家の男を二人も籠絡させた女の罰は死罪よりも彼らの興味を惹くでしょう」

 もうモルディン大臣は何も反論されません。

 ま、受け入れるしかないのですよ。それが腐りきった貴族界の有りようなのですし。

「ランカスタ公爵家から新たに議事の提出をさせていただきます。申し訳ございませんが、ダルハウジー侯爵家は廃爵とさせてもらいますわ」

 しばらくは何の返答もない。せめて拍手くらい欲しいものね。

 結果的にダルハウジー侯爵家の罪が明るみになれば、先に提出された内容を否定するのですから。

「貴殿は何という女性だ……」

 小さく漏らすように、クレアフィール公爵が言った。

 褒め言葉として受け取っておきましょう。私は悪役令嬢。巨悪で以て悪を裁く女なのよ。

 だから私は忠告としての言葉をクレアフィール公爵へと返している。

「美しい花に毒がないとは限りませんわよ?」
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