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第八章 絶望の連鎖に

慈悲

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 ペガサスにて向かった国境付近。夕暮であったというのに、激しい戦闘が繰り広げられていました。

 兵士たちはグロムシェイド城が陥落した事実を知らない。よって、まずは砦にいるだろう指揮官に会わなければいけません。

 ペガサスを降下させ、飛び降りるや兵士たちに向けて声を張る。

「帝国兵たちよ、私は火竜の聖女ルイ・ローズマリー。既に帝国は滅びています。今し方、グロムシェイド城は陥落したのです。武器を収めなさい」

 流石に戸惑っている兵たちですが、槍を私の方に向けていることから、信じたわけではないみたいです。

「死にたいのならかかってきなさい。魔道通話にて確認を取れば直ぐに分かること。既に私は元帝国民にも受け入れられております」

 雑兵が幾ら襲ってこようと怖くはない。

 ここまで突き進んで来たんだ。もし仮に殺されたとしても、ここまで戻ってくるだけよ。

 しばらくすると、砦から立派な鎧を身に纏った老兵が出てきました。

「ルイ・ローズマリーと言ったな? 確かにグロムシェイド城には連絡がつかなかった。城下にある騎士団の詰め所はその限りでなかったが……」

 街は破壊していないので、どこかに連絡が取れると分かっていました。ならば私の行動は全て聞いていただけたことでしょう。

「グロムシェイド城は見せしめに破壊させていただきましたわ。今はただの大穴となっております。西側でも戦争をしていると聞きましたので、参上した次第です。貴方、お名前は?」

「私はネイサン・グレイハートという。前線基地の隊長を仰せつかっている」

「ならばネイサン、貴方様は兵を引くように指示しなさい。この戦闘は私が預かります」

 首を振るネイサン。まあ、そうでしょうね。突然現れた小娘の命令を聞くはずもありません。

「マリィ、少し脅かしてあげてくれる?」

「がぁぁっ!」

 私の声かけに返事をしたマリィは巨大な火球を口元で成長させていました。

「おっ……ぉぅ……」

 流石に驚いています。しかし、驚愕するのはこれからよ。

「マリィ、撃ち放って!」

 私が指さす大木に向かって、マリィは火球を吐く。

 グロムシェイド城をも破壊し尽くした火球が大木に防げるはずもありません。一瞬にして巨木は消し炭となってしまいました。

「どうでしょう? 火竜を従えるだけでなく、私は強大な魔法をも操る。サルバディール皇国軍の相手はお任せあれ。罰を与えることにより、無意味な戦争は終わります。帝国も皇国も共に罰を受けたことになりますから」

 どうあっても私には逆らえない。マリィの火球だけで声を失うくらいであれば。

「我らはグロムシェイド城を失ったのだぞ? 同等の罰というならば、皇国も皇城を破壊されるべきだ!」

 ネイサンは不平等を訴えています。罰の差がどうして生じるのか、彼は知らないみたいね。

「同等ではありませんよ? なぜなら、帝国は二つの罪を犯しました。よって二重の罰を受けておるのです。一つはこの地でサルバディール皇国と戦争を始めたこと。もう一つはノヴァ聖教国へと攻め入ったことです。よって帝国には重い罰としてグロムシェイド城を破壊させていただきましたの」

 ずっと前線にいた彼には分からなかったはず。しかし、直ぐさま側近と思われる者が耳打ちをし、事態を把握したようです。どうしてか帝国が聖教国へと攻め入ったという事実を。

 しばらくして、ネイサンは長い息を吐きました。恐らく聖教国まで敵に回したことが、良策だとは思えなかったのでしょう。

「火竜の聖女ルイ・ローズマリー様、どうか兵は見逃してやってくれませんか? 私めは帝の命令に従っただけ。兵たちは何も悪くないのです」

 部下からどのような報告を受けたのかは分かりません。

 一転した態度はグロムシェイド城への罰が、どれ程苛烈であったのかを聞いたからでしょう。

 私はニコリと微笑んで答えます。慈悲深き聖女を演じるかのように。

「もちろんですわ。愛の女神アマンダに誓って――」


 異教徒であったとして崇めるのは同じ女神。だとすれば、女神の名を借りるだけで、私は信頼を得られることでしょう。

「貴方たちは速やかに帝都へと帰還し、のちに到着するノヴァ聖教軍に投降しなさい。そして、以前よりも住みよい国を作り上げていくのです」

 ここでも私は神の使いであることを知らしめる。

 畏怖心を植え付け、従順な民となってくれるように。

「罪深き兵たちよ、もう剣を収めなさい。戦争は終わりです。あとは火竜の聖女たる私が請け負います。全能なる神アマンダの名において、祝福を授けましょう!」

 罰を受けた者たちにも慈悲を。私は例によって神聖魔法にて求心力を高めることに。

「ホーリー・ブレス!!」

 誰もが息を呑み、降り注ぐ神秘的な煌めきを呆然と眺めていました。

 実際の効果よりも過度に盛られた演出。その輝きは全て私への信奉へと転換されていく。

「ルイ様、私どもは忠誠を誓います。慈悲深き貴方は使徒様に違いありません。我ら帝国民も同じ愛の女神を信奉する者。よって女神様が使わせた貴方様に付き従うと誓いましょう」

 言ってネイサンは狼煙を上げる。それは前線で戦う兵たちに戦線後退を告げるものでした。

「ネイサン、これより私は最前線へと赴きます。あとのことは頼みましたよ?」

「承知いたしました。どうか我らをお救いくださいまし」

 考えていたよりも帝国民は信心深い人たちのようです。女神の使徒だと認められた私はもう敵対勢力ではなくなっていました。

「ようやく、この無意味な戦いが終わるのね……」

 私とマリィは最前線へと赴いていく。

 皇国を裏切ることで全てが終わる。忌々しいシナリオの結末を書き換えることができる。

「私は檻から出るんだ……」

 カルロへの恩返しが済んだのなら、私は自由を得よう。彼の元を去り、新しい生き方を模索できるはずよ……。


 最前線へと歩む私でしたが、帝国軍が引いたせいで、サルバディール皇国軍と直ぐさま差し向かう形となっています。

 私は声を張るべき。今もまだ侵略戦争を続ける皇国の議員たちに対して。

 リックの工作により前線へと赴いた守銭奴たちに知らしめるべきだ。

「サルバディール皇国軍に告ぐ。私は火竜の聖女ルイ・ローズマリー。武器を収めなさい。既にヴァリアント帝国は私の庇護下にある。よってこれ以上の侵攻は許しません」

 一応は警告をする。しかしながら、皇国軍はジリジリと戦線を上げていまして、私の警告など聞いてはいない。

「ロナ・メテオ・バァァスト!!」

 躊躇うことなく私は古代魔法を撃ち込んでいます。

 見せしめのように。私の覚悟を理解できるように。

 最前線の兵士たちは巨大な爆発に巻き込まれ、余すことなく天へと還っていきました。

 流石に進軍が止まる。だとすれば私は命じるだけよ。

「指揮官よ、出てきなさい!」

 いよいよ、この茶番も終幕を迎える。私も知る高慢ちきな貴族たちが現れることでしょう。

「えっ……?」

 兵の列が割れて現れた人物。私は愕然としていました。

 なぜなら現れた人物は少しも予想していない人だったのです。

「ルイ、お前は戦場で何をしている?」

 時系列的に現れるはずのない彼がそこにいました。

 呆然と頭を振るしかありません。私は彼の為だけに動いていたのだから。

 どうして? なぜ貴方は現れてしまったの?

 これより私は罰として前線にいるサルバディール皇国兵を殲滅しなければならない。

 なのに、指揮官として現れたのは恩義に感じていた人でした。

「カルロ殿下……」
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