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第七章 光が射す方角
この愛の行方
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屋敷に戻ってから、私はずっと自室に引き籠もっていました。
何時間泣いたことでしょう。恐らくは目が腫れているはずで、見せられた顔ではなかったと思います。
不意に部屋がノックされましたが、応答などできません。
「ルイ、セシル王子殿下がお見えだ……」
声の主はカルロでした。
扉越しにかけられた話によると、セシルが屋敷まで来てしまったらしい。
「お帰り願って……」
「駄目だ。直ぐに支度しろ。貴賓室で待っているぞ」
長い息を吐く。どうしてこんなにも辛い思いばかりを強いられるのか。
自分で選択した世界線でしたけれど、納得いく人生とはかけ離れすぎています。
しかしながら、我が主人のご命令であり、大国の王子殿下がお待ちになっている。そのような状況で断る名分を私は持っていませんでした。
渋々とベッドから這い出て、ドレスに着替えます。
非常にゆっくりとしていたのは会いたくなかったからでした。
◇ ◇ ◇
カルロがルイを呼びに向かうより三十分前。
セシルとカルロは話し込んでいた。
「セシル殿下、生憎とルイは我が国の重要な役職に就いております。せっかくのお話ですけれど、お断りさせていただく」
セシルはルイを怒らせてしまった謝罪だけでなく、カルロにも用事があったらしい。
当然のこと、突きつけたのはルイの引き渡し要求。彼女をセントローゼス王国に復帰させるという話であった。
「重要な役職の割に、長く我が国へ滞在されているじゃないですか? それに皇国ではなく、教会のでしょう? 彼女は元々王国民です。上位貴族のいざこざに巻き込まれただけ。相応の対価を支払う用意があります。それで手を打っていただけませんか?」
セシルは食い下がっている。
どうしても手に入れたくなってしまった。彼女の涙。それらが全て兄に対するものであろうと、セシルはルイを愛したいと思う。
対するカルロは困っていた。
譲りたくないのは本心だし、何よりカルロはルイの気持ちを分かっていたから。
「申し訳ございません。セシル殿下のお願いであったとしても、それだけは認められません。彼女が恩義を感じているかどうかとは無関係に許可できないことです」
現状は危惧したままであった。
ルイが素顔を晒せばこうなることは自明の理。男が群がって来るのは予想していた通りであって、果てには懸念である王族もそこに加わってしまうだろうと。
カルロもまた心を痛める者の一人である。
日を追うごとにルイへの感情が昂ぶっていた。だが、踏み込めない背景には理由がある。
カルロはルイが二世代に亘って、同じ人を愛していると知っていたからだ。
「カルロ殿下は別にルイの想い人ではないでしょう? 彼女は所有物だと話していただけですし。奴隷のようなものであれば、金銭的に遣り取りさせていただいてもよろしいのではないですか?」
「奴隷ではない。所有物だと口にしているのは誤魔化すため。私だって彼女を想っている。一歩引いた関係を続けているのは自戒しているからにすぎません」
カルロは秘めたる気持ちを伝えている。
過去から引き摺る想いが消えてなくなるまで踏み込まないでいただけであると。
「それでも僕はルイを手に入れる。ルーク兄様がお相手を決めたのでね。僕は自由に動くことができるのです。サルバディール皇国にとって悪いようにはいたしません」
どうしても引き下がってくれない。
カルロは顔を振りながらも、次なる言葉を投げる。
「俺はルイと口づけを交わしました……」
最後の手段だと考えていたこと。
既に少しばかり手を付けたと知れば、引いてくれるんじゃないかと期待を込めて。
「キスくらいで僕の気持ちは揺るがない。僕は彼女が如何なる経験を積んでいようとも、彼女を愛したい。誰よりも欲しています」
もうどうにもならないような気がする。
過度に躊躇われていたけれど、カルロにはまだ奥の手があった。禁じ手とも言える最後の手段が。
「ルイは今もルーク殿下のことを愛しているのです……」
これで手を引いてくれなければ、もうカルロが口を挟めることはない。
強要するのであれば、サルバディール皇国は受け入れるしかなくなってしまう。
「知ってます。それはルイ自身から聞きました。だからこそ、僕は彼女を救ってあげたい。僕であれば彼女を幸せにできると感じたから、ここに来させてもらったのです」
「何を根拠にそのようなことを……」
カルロには分からない。ルイを幸せにできるかどうかは彼女自身の問題であった。
彼女が前世から続く愛を忘れない限り、不可能であるように感じる。
「分かりませんか? ルーク兄様とイセリナ様がいる環境こそ、ルイが新しい生き方を模索できるはず。離れて暮らしたとして燻るだけです。現にセントローゼス王国を離れた四年間を見ても、彼女はまだルーク兄様を忘れられないでいます」
もっともな話であった。離れて暮らして忘れられるのなら、とっくの昔に吹っ切れているだろう。
だが、それとこれとは別の話であった。
「でも、それならルイが傷つく……」
カルロは反対だった。大切な彼女が心を痛めるのは違うと思う。
できれば自然と忘れられるまで離れていた方がいいのだと。
「カルロ殿下はお優しいのですね? 彼女に心痛を与えるのは僕も本意ではありません。第三王子でもありますし、彼女が戻ってきた場合に副都リーフメルの居城へと引き籠もるのも案としては持っております」
セシルの本気を感じ取っていた。
もうカルロでは彼を引き下がらせることなどできない。
最悪の場合はルイが傷つかぬ方法を取ってくれることを祈るだけだ。
「承知しました。あとはルイに選ばせてあげてください。私も彼女の意志を尊重するつもりです」
礼をしてから席を立つ。
カルロはこの蜜月ともいえる期間が終わることを予感している。
ルイを想うが故に縛り付けていたこと。少なからず彼女は生きづらかったと思う。
だからこそ、檻から出そうとする者がいるのなら、迷わずその手を取るだろうと。
重い足取りでカルロは貴賓室から出て行った。
何時間泣いたことでしょう。恐らくは目が腫れているはずで、見せられた顔ではなかったと思います。
不意に部屋がノックされましたが、応答などできません。
「ルイ、セシル王子殿下がお見えだ……」
声の主はカルロでした。
扉越しにかけられた話によると、セシルが屋敷まで来てしまったらしい。
「お帰り願って……」
「駄目だ。直ぐに支度しろ。貴賓室で待っているぞ」
長い息を吐く。どうしてこんなにも辛い思いばかりを強いられるのか。
自分で選択した世界線でしたけれど、納得いく人生とはかけ離れすぎています。
しかしながら、我が主人のご命令であり、大国の王子殿下がお待ちになっている。そのような状況で断る名分を私は持っていませんでした。
渋々とベッドから這い出て、ドレスに着替えます。
非常にゆっくりとしていたのは会いたくなかったからでした。
◇ ◇ ◇
カルロがルイを呼びに向かうより三十分前。
セシルとカルロは話し込んでいた。
「セシル殿下、生憎とルイは我が国の重要な役職に就いております。せっかくのお話ですけれど、お断りさせていただく」
セシルはルイを怒らせてしまった謝罪だけでなく、カルロにも用事があったらしい。
当然のこと、突きつけたのはルイの引き渡し要求。彼女をセントローゼス王国に復帰させるという話であった。
「重要な役職の割に、長く我が国へ滞在されているじゃないですか? それに皇国ではなく、教会のでしょう? 彼女は元々王国民です。上位貴族のいざこざに巻き込まれただけ。相応の対価を支払う用意があります。それで手を打っていただけませんか?」
セシルは食い下がっている。
どうしても手に入れたくなってしまった。彼女の涙。それらが全て兄に対するものであろうと、セシルはルイを愛したいと思う。
対するカルロは困っていた。
譲りたくないのは本心だし、何よりカルロはルイの気持ちを分かっていたから。
「申し訳ございません。セシル殿下のお願いであったとしても、それだけは認められません。彼女が恩義を感じているかどうかとは無関係に許可できないことです」
現状は危惧したままであった。
ルイが素顔を晒せばこうなることは自明の理。男が群がって来るのは予想していた通りであって、果てには懸念である王族もそこに加わってしまうだろうと。
カルロもまた心を痛める者の一人である。
日を追うごとにルイへの感情が昂ぶっていた。だが、踏み込めない背景には理由がある。
カルロはルイが二世代に亘って、同じ人を愛していると知っていたからだ。
「カルロ殿下は別にルイの想い人ではないでしょう? 彼女は所有物だと話していただけですし。奴隷のようなものであれば、金銭的に遣り取りさせていただいてもよろしいのではないですか?」
「奴隷ではない。所有物だと口にしているのは誤魔化すため。私だって彼女を想っている。一歩引いた関係を続けているのは自戒しているからにすぎません」
カルロは秘めたる気持ちを伝えている。
過去から引き摺る想いが消えてなくなるまで踏み込まないでいただけであると。
「それでも僕はルイを手に入れる。ルーク兄様がお相手を決めたのでね。僕は自由に動くことができるのです。サルバディール皇国にとって悪いようにはいたしません」
どうしても引き下がってくれない。
カルロは顔を振りながらも、次なる言葉を投げる。
「俺はルイと口づけを交わしました……」
最後の手段だと考えていたこと。
既に少しばかり手を付けたと知れば、引いてくれるんじゃないかと期待を込めて。
「キスくらいで僕の気持ちは揺るがない。僕は彼女が如何なる経験を積んでいようとも、彼女を愛したい。誰よりも欲しています」
もうどうにもならないような気がする。
過度に躊躇われていたけれど、カルロにはまだ奥の手があった。禁じ手とも言える最後の手段が。
「ルイは今もルーク殿下のことを愛しているのです……」
これで手を引いてくれなければ、もうカルロが口を挟めることはない。
強要するのであれば、サルバディール皇国は受け入れるしかなくなってしまう。
「知ってます。それはルイ自身から聞きました。だからこそ、僕は彼女を救ってあげたい。僕であれば彼女を幸せにできると感じたから、ここに来させてもらったのです」
「何を根拠にそのようなことを……」
カルロには分からない。ルイを幸せにできるかどうかは彼女自身の問題であった。
彼女が前世から続く愛を忘れない限り、不可能であるように感じる。
「分かりませんか? ルーク兄様とイセリナ様がいる環境こそ、ルイが新しい生き方を模索できるはず。離れて暮らしたとして燻るだけです。現にセントローゼス王国を離れた四年間を見ても、彼女はまだルーク兄様を忘れられないでいます」
もっともな話であった。離れて暮らして忘れられるのなら、とっくの昔に吹っ切れているだろう。
だが、それとこれとは別の話であった。
「でも、それならルイが傷つく……」
カルロは反対だった。大切な彼女が心を痛めるのは違うと思う。
できれば自然と忘れられるまで離れていた方がいいのだと。
「カルロ殿下はお優しいのですね? 彼女に心痛を与えるのは僕も本意ではありません。第三王子でもありますし、彼女が戻ってきた場合に副都リーフメルの居城へと引き籠もるのも案としては持っております」
セシルの本気を感じ取っていた。
もうカルロでは彼を引き下がらせることなどできない。
最悪の場合はルイが傷つかぬ方法を取ってくれることを祈るだけだ。
「承知しました。あとはルイに選ばせてあげてください。私も彼女の意志を尊重するつもりです」
礼をしてから席を立つ。
カルロはこの蜜月ともいえる期間が終わることを予感している。
ルイを想うが故に縛り付けていたこと。少なからず彼女は生きづらかったと思う。
だからこそ、檻から出そうとする者がいるのなら、迷わずその手を取るだろうと。
重い足取りでカルロは貴賓室から出て行った。
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