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第七章 光が射す方角

空を舞う羽

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「昨夜の貴方様はまさに蝶でしたわ。群がる男性たちを見て、思わず笑ってしまいましたもの。しかも解散させてしまった。とても愉快に感じましたわよ?」

 まさか私が男性たちを良いように扱ったとでも考えているのかしら?

 ちゃんと理由は話したし、納得してもらったはず。あのあと私は一度もダンスをしていないのだし、問題はないと思います。

「別に惑わすつもりはなかったのです。ダンスに関しては貴方様のお兄様が強引に手を取ったせいですわ。ダンスに付き合わねばならなくなったのはアルバート貴院長のせいですから」

「分からないの? 蝶は舞ってこそ存在を示すことができる。お兄様は羽ばたく準備を手伝っただけ。恐らく貴方様はもう蛹に戻れない。甘い蜜の味を知った貴方様は舞い続けることでしょう」

 知ったように語るエレオノーラに苛立ちを覚えますが、短気を起こしてはなりません。

 それこそ大貴族を怒らせてしまえば、所有者であるカルロに何を言われるか分からないのですから。

「今はまた蛹に戻っておりますが?」

 再び修道服を身に纏っています。なので私はこの問答が長く続かないと考えていました。

 ところが、エレオノーラはどうしてかクスクスと笑い声を上げています。

「それが蛹ですって? おかしいですわ。どうみても蝶でしてよ?」

「この姿がでしょうか?」

「本日、一日を過ごして何も感じませんでしたか? 殿方は隙あらば貴方様を見ておられましたよ?」

 視線は確かに感じていました。

 しかし、それは昨日の今日であったから。悪目立ちしたせいであったはず。

「ドレス姿が物珍しかっただけですわ。だからこそ、誰も声をかけてきませんもの……」

「そうでしょうか? 今の貴方様は羽化した蝶。しかし、籠に閉じ込められていますわ。誰も近寄れない檻があるのです」

「分かってるじゃないですか? 先ほども申しましたように、私は殿下の所有物。檻があるのですから、飛び立つことなどできません」

 意味のない会話でした。私は苛立ちを募らせています。

 けれど、エレオノーラは私の心情を汲み取っていないのか、屁理屈のような話を続けました。

「その檻には扉などありませんわよ?」

 この人にはどう見えているのだろう。

 修道服での出席を義務付けられている私は明確に施錠された檻の中であったというのに。

「どういう意味でしょう?」

「分からないの? 貴族院では身分など関係ないとお話ししたではありませんか?」

 私は顔を振る。やはり、この問答に意味はない。

 私を惑わすような話を聞く必要はありません。

「カルロ殿下が何を命じようと、貴方様は聞き入れる必要などありませんわ。何しろ公平な学び舎ですもの。所有者という関係性もここでは意味を持ちません」

「それは極論です! そもそも有名無実化しているじゃありませんか!」

 遂には声を荒らげてしまう。

 確実に身分は存在する。でもなければ、私やエリカが絡まれる事態など起きないのですから。

「じゃあ、試されてみません? 来月、貴族院にて茶会が開かれますの。来年度に入学を希望されるご子息様向けの茶会ですけれど、在校生は誰でも参加できますわ」

 どうしたらいいのでしょうか。

 エレオノーラは私を誘導したいみたいです。単に兄のためなのか、或いは自身が本質的に有するカルロへの依存心なのか。

 返事をしない私にエレオノーラは続けます。

「わたくしは一年生の代表なのです。もちろん参加しますのでお待ちしております。茶会にはセシル殿下もお見えになるそうですし、多くのご令嬢が足を運ぶことになるでしょう。貴方様はきっと来てくれる。わたくしは確信を持っておりますから」

 それではとエレオノーラは去って行く。私の返事を聞くことなく。

 とはいえ、出席することなどないと思う。セシルの攻略は第三者に委ねようと決めたんだもの。

 私は蛹のままでいい。

 空高く舞う羽など持っていないのだから。
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