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第七章 光が射す方角

強い女性

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「俺は幸せになるべきじゃない……」

 意外な話だったのか、イセリナは目を丸くしていた。かといって、彼女は納得したわけではない。

「ワタクシを道連れにするのですか……。殿下の立場は理解しますけれど、ワタクシも女ですわ。一応は希望というものがございますの」

「希望? 何でも言ってくれ。俺は君の希望を叶えるくらいしかできない」

 美しいドレスや煌びやかな宝石。何でも買ってあげられる。

 この申し出さえ受けてもらえるのならば、ルークはどのような望みでも叶えてあげようと考えていた。

 しかし、イセリナが語った希望はとても叶えられない内容であった。

「ワタクシは王太子妃などになりたくありませんの」

 絶望的な返答であった。

 王太子妃として迎えるための話なのだ。根本を否定するイセリナには返す言葉がない。

「どうしても……駄目か?」

 かつては自分が声をかけたなら、どのようなご令嬢も振り向くと考えていた。

 だが、それは幻想である。下位貴族のご令嬢に断られただけでなく、家格も相応しい人にさえ通用していない。

「殿下はまだ諦めていないのではありませんか? もう少し抗ってみるべきですわ」

「諦めたから君に声をかけている! 知った風にいうな!」

 図星を突かれたからか、ルークは声を荒らげた。しかし、それくらいで言葉を呑み込むイセリナではない。

「知ってますわ! 殿下は少しも苦しんでいない! あの子の苦悩は殿下の比ではなくてよ!?」

 ルークは息を呑む。

 初恋の人に関して名前を口にした覚えはない。けれど、イセリナは分かった上で話をしている。

「知っているのか……?」

「もちろんですわ! 寧ろ、貴族界で知らぬ者の方が少ないかと。十三歳にして他国へ亡命したあの子がどれだけ苦労したと考えているのです!?」

 詳しい話はルークも知らなかった。しかし、他国へ渡って枢機卿という立場を得ることが簡単ではないことくらい分かる。

「あの子は自分自身よりも他者の幸せを選んだ。ワタクシの暗殺を予知しただけなのです。放っておけば良いというのに、自らを人質として皇国の力を借りたのですわ!」

 捲し立てられる事実には顔を振るしかない。人質なんて言葉は受け入れられなかった。

「ワタクシはルイに生かしてもらいましたの……」

 イセリナは告げる。どうしても引き受けられない理由があるのだと。

「よって幸せにならなければなりません」

 助けてくれた彼女に報いること。それは幸せになることであり、決して当て馬として婚約することではないのだと。

 一方でルークは溜め息を吐いていた。

 聞いた話が事実であるとすれば、王国を去ったあとも苦難の連続であったに違いない。

 王太子候補として返り咲く切っ掛けをくれただけでなく、彼女はイセリナをも救っている。自らを犠牲にすることで……。

「アナはどうして無茶ばかりするんだ……」

「ですわね? そんじょそこらの聖女とは違いますわ。あの子は目的のためならば、手段を選ばない。とても強い信念をもっておりますの。だからこそ、ワタクシはルイに応えなければなりません。たとえ殿下の申し出を断ることになっても」

 どうにもイセリナに頼み込む状況ではなくなった。

 アナスタシアが自由を失ってまで救ったイセリナを不幸にするなんて。自身が犯した罪でさえ、ルークは償っていないというのに。

「すまない。俺は自分のことしか考えていなかった。俺との婚約なんて無理な話だよな……」

 どうあってもイセリナとの婚約は成されないのだと分かった。

 なぜなら、二人は幸せになってはならない者と幸せにならなければいけない者だ。相反する者同士が結ばれるはずがない。

 ところが、返答は拒否するようなものではなかった。

「よろしくてよ?――」

 ルークは目が点になっている。

 聞き間違いかと思う。イセリナはどうしてか受諾するように答えているのだから。

「いや、構わないのか? 君は幸せにならなきゃいけないのだろ?」

「気が変わりましたの。聞けば殿下は混乱を生じさせない相手ならば、誰でも良いというお考えのよう。ワタクシが断れば、エレオノーラに話を持っていくだけ。最悪の場合はミランダであったり、侯爵家のご令嬢にまでお話を持っていくでしょう」

 イセリナはこの先を予測していた。

 自身が断ったあとの話。公爵令嬢として考えた末の結論であるらしい。

「評判ガタ落ちのメルヴィス公爵家はともかく、西のクレアフィール公爵家が王家と結びつくことを父は良しとしないはず。その場合、父は公となる前にワタクシを殿下の婚約者としてねじ込むことでしょう」

 イセリナは予想される結末を語る。ここで断ったとして意味はないのだと。

「ここで引き受けた方が賢明ですわ。実をいうとルイもワタクシが王家に嫁ぐことを望んでいるのです。だからワタクシは精一杯に幸せを演じましょう。よって、そのお話を受諾いたしますわ」

 確かにクレアフィール公爵家へ話を持っていくと、ランカスタ公爵は面白くないだろう。

 国務大臣の席を狙う彼は是が非でもイセリナをその位置に据えようとするはずだ。

「君は本当に構わないのか? 俺はアナのお膳立てに報いるためだけに、婚約しようとしているんだぞ?」

「くどいですわ。それこそルイのためであれば、ワタクシは受諾する用意がございますの。お互いあの子に助けられた者同士。どうか表面上だけでも、よろしくお願いしますわ」

 呆然とルークは首を振っていた。

 まさかお妃候補を捜し始めて一日で決まってしまうなんてと。

 加えて、目的は完全に見透かされており、成功する可能性は少しもなかったというのに。


 イセリナは凛々しく笑っていた。その堂々たる姿は過去にも見たことがある。

 かつて、好きになった人をルークは強制的に思い出していた。

「君も強い女性か……」

 気高き笑みがルークの心を揺さぶる。

 明確に当て馬であったというのに、しばしルークは見惚れていた。

 過去と重なる強く美しい女性の姿に……。
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