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第六章 揺れ動く世界線
すべきことは何か
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「アナスタシア様でしょうか?」
えっと、どう返せばいいの? 私はエリカじゃなくルイでもないって……。
アナスタシアはルーク第一王子が王太子候補から退いた原因です。
少なからず悪い印象を持っていることでしょう。自身が支える王子殿下から権力を奪った張本人なのですから。
「そう呼ばれていたこともございますわ……」
今さら誤魔化しなど効かない。よって私は認める方向で話をします。
かつて、その名で呼ばれていたことを。
「やはり……。ご無事だったのですね?」
「レグス様はルイがアナスタシアだと知ってこられたのでしょうか?」
彼の問いには答えず、私は質問を返しています。
どうして分かったのかと。
「いえ、半信半疑でした。あれからずっと、貴方様を探していました。遺体すら見つかっていないのですから。ランカスタ公爵領に謎の冒険者がいると聞きつけ向かったのですけれど、もうそこに冒険者はいなかったのです」
どうやら有能な近衛騎士団長は行方不明になったアナスタシアを探していたようです。
Cランク冒険者の内に国外逃亡できたのは正解だったようですね。
「最近になって、スラム街に光をもたらす聖女が現れたと聞きつけたのです。しかも、その者はアウローラ聖教会のシスターではないという。ラマティック正教会のシスターがどうしてか無償で施しをしているとの噂に、貴方ではないかと考えたのです。あれから一年以上が経過しています。国外へと向かわれた貴方様が戻ってきたのかもしれないと」
なかなか鋭い近衛騎士だね。
サルバディール皇国へ落ち延びることが遅れていたら、きっとまたあの世界線に戻っていたことでしょう。
「どうして、私が生きていると?」
「貴方様は強いお方です。どうしてか最後にお会いした時、無理をしておられるように感じました。明確な違和感。もしかすると、旅立たれる覚悟をあの折りには決められていたのではないかと……」
まあその通りです。
かといって、私はこの世界線へと来る前に決めていたのですけれど。
「訳がございます。決して王子殿下を王太子候補から除外するつもりはなかったのです。とても辛かった。その話を聞いたときには……」
「ならば証言してもらえませんか? 我が主人、ルーク様は今や公務も任されておりません。遺憾ながら、王太子となる目はなくなったままなのです」
レグス近衛騎士団長の話には首を振る。
私は私なりの方法でハッピーエンドを目指すつもりなのだから。
「しばし、お待ちください。私は既に動き始めております。ルーク王子殿下には必ずや王太子となっていただきます」
「可能なのですか? 諸侯たちはもう誰もルーク殿下に近寄っておりませんよ? 腫れ物に触るように、遠巻きな挨拶くらいしかしてくれません」
私だって分かっている。ルークがどれだけ辛い目に遭っているのか。
でも、もう少し待って欲しい。私が必ず光の当たる場所へと誘ってあげるから。
「味方はおりますわ。既に約束を取り付けておりますから……」
「どこの貴族様でしょうか? 生憎と国外の貴族様では意味などありませんよ?」
そんなことは百も承知です。だからこそ、私はその名を口にする。
「ランカスタ公爵様……」
現状は髭だけが頼りだ。
強大な力を持つ彼が味方であれば、追従する貴族も少なからずあるでしょう。
「ランカスタ公爵が殿下の味方をしてくれるのですか!?」
「ええ、その手筈となっておりますわ。私も支援されております。もしも、王城で公爵様を見掛けられましたら、お話ししてみてくださいな」
「それは助かりますけれど、ランカスタ公爵の後ろ盾だけでは、どうしようもない。北の名士メルヴィス公爵もまたセシル殿下を指名されております……」
あら? それは初耳だわ。北のご老人もまたセシルに鞍替えしたみたいね。
しかし、大っぴらに宣言してしまうとか愚かだわ。自らを縛り付けるようなものなのに。
まあレグス近衛騎士団長の懸念も分かります。何しろ、ルークは火竜の聖女を王国が失った原因とされているのですから。
「放っておけばいいわ。甘美な薔薇の匂いに誘われているだけよ。もう既に棘が刺さって動けなくなっているのにも気付かない」
どうせならメルヴィス公爵家にも罰を与えましょうか。
此度の私はまるで違う。全てを守り、全てを裁くと決めたのだから。
「アナスタシア、表舞台に戻ってください! 大事なときにスラムで清掃活動などあり得ない! 貴方様が真意を口にしていただければ、ルーク殿下は味方を得られます!」
向けられる要請に私は嘆息している。言うに事欠いて、スラムを否定するなんて。
私だってルークのことを考えているわ。でも、それは今じゃないの。今私が現れたら、全てが台無しになってしまう。
だからこそ私は優先順位を告げるだけだ。
非情にも思えるでしょうけれど、私はこの先の未来を確信しているのですから。
「今すべきは王太子選の準備ではありません……」
えっと、どう返せばいいの? 私はエリカじゃなくルイでもないって……。
アナスタシアはルーク第一王子が王太子候補から退いた原因です。
少なからず悪い印象を持っていることでしょう。自身が支える王子殿下から権力を奪った張本人なのですから。
「そう呼ばれていたこともございますわ……」
今さら誤魔化しなど効かない。よって私は認める方向で話をします。
かつて、その名で呼ばれていたことを。
「やはり……。ご無事だったのですね?」
「レグス様はルイがアナスタシアだと知ってこられたのでしょうか?」
彼の問いには答えず、私は質問を返しています。
どうして分かったのかと。
「いえ、半信半疑でした。あれからずっと、貴方様を探していました。遺体すら見つかっていないのですから。ランカスタ公爵領に謎の冒険者がいると聞きつけ向かったのですけれど、もうそこに冒険者はいなかったのです」
どうやら有能な近衛騎士団長は行方不明になったアナスタシアを探していたようです。
Cランク冒険者の内に国外逃亡できたのは正解だったようですね。
「最近になって、スラム街に光をもたらす聖女が現れたと聞きつけたのです。しかも、その者はアウローラ聖教会のシスターではないという。ラマティック正教会のシスターがどうしてか無償で施しをしているとの噂に、貴方ではないかと考えたのです。あれから一年以上が経過しています。国外へと向かわれた貴方様が戻ってきたのかもしれないと」
なかなか鋭い近衛騎士だね。
サルバディール皇国へ落ち延びることが遅れていたら、きっとまたあの世界線に戻っていたことでしょう。
「どうして、私が生きていると?」
「貴方様は強いお方です。どうしてか最後にお会いした時、無理をしておられるように感じました。明確な違和感。もしかすると、旅立たれる覚悟をあの折りには決められていたのではないかと……」
まあその通りです。
かといって、私はこの世界線へと来る前に決めていたのですけれど。
「訳がございます。決して王子殿下を王太子候補から除外するつもりはなかったのです。とても辛かった。その話を聞いたときには……」
「ならば証言してもらえませんか? 我が主人、ルーク様は今や公務も任されておりません。遺憾ながら、王太子となる目はなくなったままなのです」
レグス近衛騎士団長の話には首を振る。
私は私なりの方法でハッピーエンドを目指すつもりなのだから。
「しばし、お待ちください。私は既に動き始めております。ルーク王子殿下には必ずや王太子となっていただきます」
「可能なのですか? 諸侯たちはもう誰もルーク殿下に近寄っておりませんよ? 腫れ物に触るように、遠巻きな挨拶くらいしかしてくれません」
私だって分かっている。ルークがどれだけ辛い目に遭っているのか。
でも、もう少し待って欲しい。私が必ず光の当たる場所へと誘ってあげるから。
「味方はおりますわ。既に約束を取り付けておりますから……」
「どこの貴族様でしょうか? 生憎と国外の貴族様では意味などありませんよ?」
そんなことは百も承知です。だからこそ、私はその名を口にする。
「ランカスタ公爵様……」
現状は髭だけが頼りだ。
強大な力を持つ彼が味方であれば、追従する貴族も少なからずあるでしょう。
「ランカスタ公爵が殿下の味方をしてくれるのですか!?」
「ええ、その手筈となっておりますわ。私も支援されております。もしも、王城で公爵様を見掛けられましたら、お話ししてみてくださいな」
「それは助かりますけれど、ランカスタ公爵の後ろ盾だけでは、どうしようもない。北の名士メルヴィス公爵もまたセシル殿下を指名されております……」
あら? それは初耳だわ。北のご老人もまたセシルに鞍替えしたみたいね。
しかし、大っぴらに宣言してしまうとか愚かだわ。自らを縛り付けるようなものなのに。
まあレグス近衛騎士団長の懸念も分かります。何しろ、ルークは火竜の聖女を王国が失った原因とされているのですから。
「放っておけばいいわ。甘美な薔薇の匂いに誘われているだけよ。もう既に棘が刺さって動けなくなっているのにも気付かない」
どうせならメルヴィス公爵家にも罰を与えましょうか。
此度の私はまるで違う。全てを守り、全てを裁くと決めたのだから。
「アナスタシア、表舞台に戻ってください! 大事なときにスラムで清掃活動などあり得ない! 貴方様が真意を口にしていただければ、ルーク殿下は味方を得られます!」
向けられる要請に私は嘆息している。言うに事欠いて、スラムを否定するなんて。
私だってルークのことを考えているわ。でも、それは今じゃないの。今私が現れたら、全てが台無しになってしまう。
だからこそ私は優先順位を告げるだけだ。
非情にも思えるでしょうけれど、私はこの先の未来を確信しているのですから。
「今すべきは王太子選の準備ではありません……」
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