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第六章 揺れ動く世界線

炊き出し

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 翌日、作業で使用する木製のスコップを大量に購入してから、私は予告していた下水道へとやって来ました。

 視察したときから感じていましたが、スラム全体の臭いはこの下水道が大半の原因であるように思います。

 まあそれで本日は昨日よりも多くの人が集まっていました。口コミで拡がったのか、皆がやる気満々のよう。

「本日、男性は下水の汚泥を除去してもらいます! 女性と子供は昨日と同じゴミ拾い。最後にはお肉が入った炊き出しをするので頑張ってくださいね!」

 私が炊き出しを告げると、大歓声が巻き起こります。

 やはりお肉は美味しいですからね。パンよりもヤル気が充填されるはずです。

「ハイピュリフィケーション!!」

 まずは下水の浄化。一瞬にして濁り切った水が透明度を帯びています。けれど、流れがありますから、定期的にかけていく必要がありそうです。

「さあ、スコップを手に取って汚泥を下水から取り除きましょう!」

 私がパンと手を叩くや、男たちがこぞってスコップを手に取ります。

 報酬が確約されているのですから、それはもう奪うようにして。

「さてと、私は炊き出しの準備を始めますか」

 お昼ご飯と夕ご飯。二度の炊き出しを予定しています。

 野菜とお肉たっぷりの栄養満点スープをご馳走してあげましょうかね。

 巨大なコンロを取り出して、火を起こします。こんなときイセリナのように火属性魔法が使えたら良かったのですけれど、火起こしのスクロールがありますので問題はありません。

「すみません……」

 薪を並べ出したところで、私は背後から声をかけられています。

 振り返るとそこには知った顔がありました。

「エリカ……」

「私をご存知なのでしょうか?」

 現れたのはエリカでした。この時間は治療院で働いているはずなのに。

「ええ、治療院の治癒士でしょ? 私はルイ。よろしくね? それで今日は治療院って休みなの?」

「ルイ様、それが妙な活動をしているシスターがいるという噂が教会まで届いていまして、確認してくるようにと仰せつかっております。なので治療院のお仕事はお休みをいただきました」

 ああ、なるほど。私はアウローラ聖教会のシスターじゃないしね。

 きっと不審がられているのでしょう。

「妙な活動とはいただけないわね? 私は私財をはたいて、スラム街の清掃をしているだけよ?」

「ええ、先ほどのお話を聞かせていただきました。教会にも既に無害であることを伝えさせてもらっています」

「じゃあ、どうして戻ってきたの?」

 エリカは既に仕事を終えたあとみたい。

 報告を終えたあとなのに、どうして戻ってきたのでしょう。

「私もお手伝いさせてください! ルイ様のようにパンやお肉を用意できませんが、炊き出しは得意ですので……」

 そういうことか……。

 確かに何百人という食事を用意するのは大変ですから、有り難い申し出です。

「助かるわ。エリカは野菜を切ってくれる? これが作業台ね!」

「ギフトをお持ちなんですね! 凄いです!」

 ギフトとは女神の加護。アイテムボックスなどの先天的スキルをプロメティア世界では総じてギフトと呼んでいます。

「さあ、早く切って。こっちの鍋は頼んだわよ?」

 巨大な鍋が二つ。恐らくお昼分は足りると思うけど、足りなければまた炊くだけだわ。食材は大量に買い込んでいるのですから。

 二人してスープを作る。まさか早々にエリカと出会うなんて考えもしないことね。

「ルイ様はどうしてスラム街の清掃をしているのですか?」

 鍋を掻き混ぜながら、エリカが聞いた。

 なぜという疑問からして世間の認識が分かる。

 スラム街は放置されるものなのだと。

「汚いから掃除してる。綺麗になるまで掃除するの……」

 衛生について、この世界の人間に分かるはずもない。

 けれど、綺麗、汚いの感覚はどの世界でも普遍的です。それくらいはエリカにも理解できたことでしょう。

「それは分かりますけれど、炊き出しにもお金が必要です。それにルイ様はこの国のシスターではないはずですが……」

 修道服からして違うし、何よりラマティック正教会のロゴが入ってるもんね。特に私のは聖女用の特注品だし。

「スラム街を良くしたい。誰も死んで欲しくない。汚い街に住んでいたら、心まで淀んでいく。生きる希望や目標を立ててもらいたいの」

 前の世界線。私は守れなかった。

 貴方も街の人も全部。私は知っていたのに、まだ先のことだと考えていたから。

 そういう意味では私は一般的な人間だ。スラム街の問題を知りつつも、放置していたのですから。

「崇高なお考えでしたのですね。私は本日のお話を助祭様に伝えさせていただきます。疑いの目で見ていた教会に真実を伝えさせていただきます」

「それは助かるわ。異端審問とか面倒ごとは避けたいの。私の行動に他意はない。ラマティック正教会は関係なく、個人的に私は清掃をしている。彼らに働いてもらい対価として施しを行うことによって」

 エリカは頷いている。

 聖女たる彼女には分かってもらえるはず。常に彼女は弱者の味方なのですから。

「味付けは塩と胡椒だけだけど充分でしょ?」

「おおお、お塩ですか!? 胡椒って!?」

 驚くのも無理はありません。貧しい者たちは基本的に煮ただけのものを食べるからです。

 まして、ここはスラム街。食べられるだけでも喜びとなることでしょう。

「これからも働いてもらうのよ? 美味しいものを食べてもらいたいの」

「しかし、お塩だなんて……」

「心配しなくても良いわ。これでも、私はラマティック正教会から多額の報酬を受けています。塩や胡椒くらい無限に買えますわ!」

 無限にとは誇張しすぎですけど、今の私は生活費が必要ありません。

 皇太子の庇護下にある私は教会から支給される金額を丸々炊き出しに使えるのです。

「ルイ様、今日だけでなく、私にも手伝わせてください! 私もスラム街を綺麗にしたいです!」

 思わぬところで繋がったエリカ。彼女は期待通りの話をしてくれました。

 再び、私たちは生活を共にできるようです。
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