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第六章 揺れ動く世界線

スラム街にて

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 私は再びサルバディール皇家所有の豪邸に戻っていました。

 少しも懐かしくない。それどころか忌々しい記憶が蘇っています。

 最後の場面。私にはどうにもできませんでした。スカーレット子爵家に置いていた特効薬を一本でも持っていたら、エリカは助かった可能性があるのです。

 もっとも彼女は末期症状であり、確実に助かるとはいえないのですけれど。

 宛がわれた自室に戻っては決意を新たにしています。

「この時間軸はこれで最後だ……」

 もう二度と戻らない。今回で終わりにする。

 キャサリン・デンバーの誕生パーティーだけでなく、飢饉や赤斑病といった難題に対しても。

「やるべきことは変わらない。治水や飢饉に関しては髭に任せてるし」

 ランカスタ公爵家での治水工事だけでなく、髭にはガゼル王に進言する役目を請け負ってもらった。

 その方が後々の評価に繋がるし、少しでも治水の意義が伝わると思って。

「実際に工事が始まるかどうかは分からないけどね……」

 長雨の規模は半年に亘っています。

 日照不足により作物は育たないし、挙げ句の果て各地で川が氾濫するなんて話をガゼル王が信じてくれるのかどうか。

 そもそも髭がそこまで大袈裟に伝えていない可能性は高いです。彼は災害での一儲けを企んでいるのですし。

「まあでも、少しでも工事が始まれば、それだけ被害が少なくなる」

 やらないよりはマシ。一人でも多く救うためには動いていく必要があるだけよ。

「とりあえず、スラムを見て回ろう」

 赤斑病が広まったのは確実にスラム街です。

 誰かが持ち込んだのでしょうけれど、放置されていたのはスラムの住民が軽視されているからだ。

 私は屋敷を飛び出して、スラム街へと赴く。

 修道服を着ていると襲われるなんてことはありません。彼らとて神に救いを求める人たちであったりするのですから。

「やはり衛生的とは言えないわね……」

 どこもゴミが散乱しているし、腐臭が漂っている。

 加えて汚いストリートには生きているのか死んでいるのかも分からない者が多く横たわっていました。

 これでは疫病が拡散しないはずがありません。

「しょうがないな……」

 私は動き始めようと決めました。

 初夏の長雨辺りを考えていたのですが、スラム街の衛生を向上させねばならないと。

「皆さん、聞いてください! これより街の清掃を行います! ゴミを拾ってこの広場に集めましょう!」

 私は声を張っています。

 当然のこと無視されておりますが、私には切り札がある。彼らが率先して動くための燃料がね。

「手伝ってくれた方にはパンを差し上げますわ。大量にありますから、たくさんゴミを拾ってくださいね?」

 私はアイテムボックスからカゴを出し、更には大量のパンをカゴの中へ放り込んでいます。

 しばらくは遠巻きに見ていた彼らでしたが、

「お姉ちゃん、パンくれるの?」

 少年が声をかけてくれました。盗んで行っても構わなかったというのに。

 とはいえ、シスターを襲う者はいません。教会は定期的に炊き出しをしておりますので、彼らも私たちに危害を加えようとしないのです。

「ゴミを拾ってここまで持ってきて。たくさん拾うのよ?」

 少年は大きく頷いて、駆け出していく。彼は私の話を聞き入れてくれたみたい。

 そのあとは一人二人と立ち上がっています。少年の行動が彼らを触発したのかもしれません。

「お姉ちゃん!」

 少年が真っ先に戻ってきました。両手にゴミを抱えて戻っています。

 流石に早い。かといって、周辺はゴミだらけなのよね。

「この桶で手を洗ってからね?」

 水属性を持つ私は幾らでも飲み水を出すことができます。

 衛生管理をするならば、パンを与える前に手を洗ってもらわないとね。

「はい、どうぞ。もっと食べたかったら、どんどんゴミを拾ってくるのよ?」

「うん、頑張るよ!」

 このあと、次から次へとゴミが集まりました。

 パンは一万個単位でアイテムボックスに入ってるので幾らでも対応できます。物が腐らないアイテムボックスは貯蔵に最適なのです。

 このあと日が暮れるまで、私はパンを配り続けました。

 広場の周辺はすっかりゴミがなくなり、効果のほどは充分すぎるほど。

「皆さん、よく頑張ってくれました。明日も清掃を行いますが、場所は南の下水周辺としましょう。ハイピュリフィケーション!!」

 最後に上位の浄化魔法を施し、広場周辺の清掃は終わりです。

 過度に躊躇われるのですが、ゴミは全てアイテムボックスへと収納し、のちに外壁の外で焼き払いたいと思います。

 この分だと明日も沢山の人が集まってくれるでしょう。

 やはり下水の処理は避けて通れません。浄化魔法をかけるだけでなく、汚泥を取り除かなくてはならないのです。

「スコップを用意しなきゃね。百本くらいあれば良いかしら? カルロに頼まなきゃ」

 疫病対策はできることから始めていくしかない。

 一人も失われて欲しくないんだもの。

「明日はお肉を入れた炊き出しにしよう。頑張ってもらわなきゃね」

 スラムの南側を流れている下水は王都の生活排水やらが流れ込んでいる。

 川のようでもありますが、暇をしている人員は星の数ほどいるのです。上手く働いてもらって汚泥を取り除くことにしましょう。

 私は炊き出しのためのお肉を買いに行きます。

 何となく未来が見えたような気がするのは恐らく気のせいではない。

 一生懸命に働いてくれた彼らが朧げなビジョンを明確な期待に変えてくれたのですから。
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