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第二章 繰り返す時間軸

意中の人

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 サマンサだけでなく私までもが動揺していました。

 てっきりセシルがやって来ると考えていたのに、どうしてかルークが現れてしまったのです。

「ルーク殿下、お久しぶりでございます。本日は何用で?」

 焦りはしましたが、冷静に対処するだけです。

 王族が現れないよりもずっと良い。

 計画は続行であることを、コンラッドに示すためにも私は平然と事を運ぶだけでした。

「いや、ランカスタ公爵に話を聞いてな。アナも参加するっていうから、俺も祝いに駆け付けようと考えただけだよ」

 溜め息しかでないわ。

 私に愛を誓ったセシルではなく、ルークが現れるなんて。

 それとなく情報を流してもらった理由はセシルを呼び出すためであったというのに。

「セシル殿下はいらっしゃるので?」

 サマンサの腕を掴んだまま、問いを続ける。

 セシルがいるならば、計画に変更はない。コンラッドと意思の疎通を図る必要もなくなるはずよ。

「いや、セシルは公務に就いている。侯爵令嬢の誕生パーティーに二人して出かけるなんて異常だからな」

 ああ、なるほどね。

 セシルが向かおうとしたところを無理矢理にその立場を奪ったってわけか。

 ルークらしいといえば、らしいのだけど……。

「ならば殿下、サマンサ様の手袋を調べていただきたく存じます。猛毒が塗られた手でイセリナ様と抱擁を交わすおつもりだったみたいですわ」

 とりあえずこの騒動を収束させるしかありません。

 問題はサマンサを片付けたあと。イセリナが何者かに命を狙われていると明確にしておくべきです。

 ルークが近衛兵に指示を出すと、近衛騎士が薬品を取り出し、サマンサの手袋を調べます。

 まあ結果は分かっている。

 サマンサはいつも遅効性の毒を使っていたのですから。

 今回は彼女の罪もリッチモンド公爵に請け負ってもらうつもりです。

「猛毒です。皮膚に触れるや徐々に浸透し、やがて死に至るかと思われます」

 仕事ができる近衛騎士に感謝を。これによりようやく戦いの火蓋が切られました。もう後には引けません。

「アナ、君は一目で見抜いたのか? 相変わらず規格外な令嬢だな?」

 乾いた声で笑うルーク。私の気も知らないで暢気なものです。

 無言でルークが手を挙げると、騎士がサマンサを連行していきます。

 明確に殺人未遂である彼女は囚われてしまうことでしょう。

「いえ、わざわざ侯爵令嬢様の誕生パーティーに参列してしまう王子殿下ほどではございませんわ」

 公爵家ならばまだしも、侯爵家なのです。

 確かに王家と繋がりがあったりするのですけれど、当主ならばともかくご息女の誕生パーティーにまで顔を出していたのではキリがありません。

「俺は別にノリで来たわけじゃない。ちゃんと理由があって足を運んだまでだ」

 どうしてかルークは鋭い目をして私を見ています。

 まあ私に用があったのは間違いないことでしょう。

 加えて私は彼の要件を推し量ってもいました。

「アナ、セシルをそそのかしたのは君か?」

 そうでしょうね。

 一年前のパーティー。セシルの様子だとルークに突っかかっていったと容易に察知できます。

 何しろ彼は私に愛を語ったのですから。

「そそのかしたつもりはございません。私はダンスパートナーに指名され、それを受けただけでございますわ」

 セシルとは大した会話もなかった。

 恐らく、一目惚れに近い何か。だから私に非はない。

 別にルークのものになったつもりもないのだし。

「セシルは王太子の座を狙っていると話していたぞ?」

「知りませんよ。私は偶然セシル殿下と出会っただけですし、焚き付けた覚えなどございません」

 どうやらセシルは本気みたいね。

 王太子妃になりたいなど一言も口にしていないというのに。

「ルーク殿下、ワタクシに挨拶はございませんの?」

 ここでイセリナが割り込んできた。

 正直に助かるわね。

 イセリナは割と本気になっているのだし、ルークには彼女を選んでもらわねばなりませんから。

「ああ、申し訳ない。イセリナ嬢、聖浄式のパーティー以来だね?」

「わ、分かればよろしいのよ。アナはワタクシの侍女。その辺りをよくお考えくださいな」

 やはりイセリナが言うと迫力がある。お気に入りのディープブルーの衣装も相まって、存在感が半端ないわ。

 とりあえず、近くにルークがいるのなら安全でしょう。

 まあしかし、問題は他にあります。

(私はルークを暗殺しなければならない――――)

 これより私は前世界線の夫を暗殺しようとしている。

 未遂で終わらせるつもりですけれど、リッチモンド公爵家を陰謀によって廃爵させるという理由で、彼を毒牙にかけなければいけない。

(はぁ……)

 やはり胸が痛む。

 誰よりも知っている彼を殺めようとしていること。意図せず前世の記憶が脳裏に蘇っている。

(セシルでも同じ感情になったはず……)

 そう思うことで心の平穏を保つ。その場面で私は同じように動揺するはずと。

 ルークだからじゃない。この感情は特別なものじゃないのよ。

 ただ過去の記憶に惑わされているだけ。

 そう言いきかせることで、私は覚悟を決めていた。

 各々が目的を秘めている。

 向けられる悪意に対抗できる悪意を持つ者しか血塗られたパーティーに相応しくない。

 他者を陥れようとする悪で満ちているの。間違っても善良な王子殿下がいる場所ではありません。

 少しばかりギクシャクしてしまうのは、やはり個々の想いがすれ違うだけだからでしょう。

 何とも言い難い雰囲気の中で、キャサリン・デンバーの誕生パーティーが始まっていく。
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