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第二章 繰り返す時間軸
訪問者
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イセリナの侍女として暮らし始めて一ヶ月。
週に一度はペガサスを借りて、伯爵領の様子を見に行っておりましたが、基本的に私はランカスタ公爵家で生活しています。
今日も今日とて寝ぼすけなイセリナを叩き起こし、朝食を済ませていました。
「イセリナ様、ルーク殿下がお見えです」
ふと執事がイセリナに声をかけています。
それは意外な訪問者。あろうことかルークはランカスタ公爵家に来てしまったらしい。
サービスしたキスが効果を発揮しすぎたのかもしれません。
(まいったな。イセリナをその気にさせたところなのに……)
アマンダの計画によると、ルークとイセリナがくっついて私がセシルと結ばれる。
それ以外に停滞する時間軸を動かす術はないのです。
兎にも角にもランカスタ公爵家まで来てしまったのなら、追い返すこともできません。
相手は王族なのです。公爵家といえども無下には扱えないことでしょう。
「アナ、ルルル、ルーク殿下がお見えになったみたい! ワタ、ワタクシの髪型はおかしくありませんか!?」
あーあ、取り乱しちゃって。
ルークはそこまで見た目を重視していませんわ。
何しろ作業着ともいうべきドレスを身に纏う私に入れ込んでいるのですから。
「ですから、早く起きろと……」
「ちょっと、見てください! アナ、命令ですわ!」
とりあえず私はイセリナが話す通りに身だしなみを整えてあげる。
かといって、私の思考はルークの取り扱い方法だけに集中しています。
(キッパリと断るのは問題があるね……)
ルークとキスしなかった世界線を思い出し、この場所で彼の想いを断つのは悪手だと気付いた。
どうしてか分かりませんけれど、ルークの心を繋ぎ止めていないとイベント難易度が跳ね上がるように思います。
嘆息しながらも私は席を立つ。
イセリナを貴賓室へと放り込んでから、ルークを出迎えに行く。
王城と比べても遜色のない豪華なエントランスにルークはいました。
私が現れると、ルークは直ぐさま駆け寄って来ます。
「アナ、会いたかった!」
やはり釘を刺しておかねばなりません。
王子としては割とまともなんですけれど、彼は真っ直ぐな愛を語る人です。
生涯を連れ添った経験のある私は熟知していました。
「ルーク殿下、不意打ちの話はしないよう願います。私は現在、イセリナ様の侍女なのです」
「君も望んでいたように記憶しているが? 俺が調子に乗っただけだろ?」
やはりサービスしすぎたようです。ルークは完全に勘違いしていますね。
「あれは色々とご助力いただいたお礼ですわ。私に特別な感情はございません。今のところは……」
考えた結果、含みを持たせつつも否定する感じに。
期待感マックスである現状から、少し削ぎ落とさない限りはイセリナに会わせられないのだから。
「とにかく、イセリナ様の前で余計な事を口走らないように願いますわ。それでなくても、私は伯爵令嬢。殿下とは身分の差がありすぎます」
「アナ、身分なら気にするな!」
一ヶ月も貯め込んだ想いの強さを私は知らされています。
ルークの中で成長を遂げた感情は、身分という理由くらいで折れることなどなかったのです。
まあ確かに彼は平民出身のエリカとも結ばれる可能性があります。その言葉に嘘などないのでしょう。
「俺は君がいい――――」
決定的な台詞には嘆息するしかない。
生憎と今の私は彼の想いに応えられません。そうですかと聞き流すくらいしか。
「ありがとうございます……」
ところが、意に反して私は謝意を口にしていました。
肯定にも取れるそれは明らかに失言。
取り繕う言葉を探しますけれど、真っ直ぐに私を見るルークへ適切な台詞があるとも思えませんでした。
「イセリナ様がお待ちです……」
どうにも計画通りに進まない。
私は心にモヤモヤを抱えながら、次なる段階へと歩むことにしました。
イセリナとルークの間を取り持つこと。ルークの感情が私から一方的に離れていくことを願って。
「アナ、俺は君に会いに来たんだぞ?」
私は首を振るだけです。口を開けば再び言ってはならない言葉まで口にしてしまいそうで。
ルークを放置して、私は貴賓室へと向かいます。
私との面会が目的であれば、彼はついてくるだろうと。
「イセリナ様、ルーク殿下をお連れしました」
言って私は扉を開く。
今やメイド服ではありませんでしたが、立場は侍女に他なりません。
主人の元へ王子殿下を連れていくだけです。
「ああ、イセリナ嬢、お久しぶり」
やはり面識はあるみたい。
公式な社交界デビューは共にまだですが、春立祭にはイセリナも参加しているのです。またルークが公爵令嬢を知らないはずがありませんね。
「おおお、お久しぶりでございます……」
少し焚き付けすぎたのかしら。
横柄なイセリナは影をひそめ、雨に濡れた小動物のようです。
「本日は何用でいらしたので……?」
「ああいや、君に用事があったわけじゃ……痛えぇぇっ!!」
とりあえずヒールキックを喰らわせておきます。迂闊なことをルークが口走らないようにと。
「何するんだ?」
「足が滑りましたわ! オホホ!」
笑いながらもルークを睨み付ける。加えて耳元で囁く。
「くれぐれもイセリナ様を落胆させませんように。その場合、私は金輪際ルーク殿下と口を利きませんから」
私の意図は伝わったことだろう。
王子殿下と公爵令嬢との面会なのだ。
少なからず政治的な意味合いがあり、公爵家を訪れたという事実が余計な憶測を生むのだと彼にも推し量れたことでしょう。
「実は近くまで来る用事があったんだ。だからイセリナ嬢が元気かと思ってね」
まあ及第点を差し上げます。
再びヒールキックの構えをしていましたが、杞憂に終わったようですわね。
近くに来た用事さえ明らかにしなければ、イセリナには分からないのですから。
「そうでしたか。ワタクシはこの通り、元気にしておりますわ」
まるで会話が弾まない。
どうしようかしら。この二人を本当にくっつけることができるのか不安を覚えてしまいます。
「ところで、アナはいつまでランカスタ公爵家に? 君はシャルロットの教育係を任命されたはずだけど?」
ここでルークが話題を転換する。
確かに私は王命でシャルロット殿下の教育係を請け負っています。かといって、それは十五歳になってからの話です。
「あと二年は公爵家にいるつもりですわ。少しばかり込み入った事情がございまして」
「二年も? 込み入った事情って何だ?」
しつこい男は嫌われるというのに。嘆息しながらも、私はルークに嘘の説明をする。
王家が処理してくれるはずもありません。現状で証拠は何もないのだから。
「いえ、イセリナ様のお転婆が過ぎるもので、淑女教育を施さねばなりませんの」
「アアア、アナ!? ワタクシがお転婆ですって!?」
流石にイセリナは声を張っていたけれど、私の鋭い視線に黙り込む。
彼女にも私が嘘を口にしていると伝わったことでしょう。
「そうなのか? イセリナ嬢は落ち着いて見えるのにな……」
「イセリナ様こそが王家に相応しい女性です。私は彼女を磨ききるだけ。どこに出しても恥ずかしくないご令嬢にして見せますわ」
長話はボロが出かねない。よって強制的にルークを退場させるだけです。
視線だけで彼を操ります。これは前世で習得したルークの操舵方法なのよ。
無言でエントランスまで誘導し、あとは付き人にバトンタッチ。
王子様をさっさと安全確実に連れ帰ってくださいな。
見送ろうと屋敷の入り口まで付き添った私は付き添いのレグス近衛騎士団長様に礼をします。
王子の我が侭に付き合わされたのは明らかなので、癒やしとなるような笑みを向けながら。
「それで私は殿下に言っておくことがあります。もう二度とランカスタ公爵家には来ないでくださいまし」
ルークには釘を刺しておかねばならない。
前世の記憶によるとルークは貴族院に入るまで、あまり女性に興味を持っておりませんでした。
公爵領にまで来てしまうなんて、この世界線のルークは少しばかりおかしくなっている。
しばらく距離を置けば、きっと元に戻るはずだと。
「どうしてもか?」
「どうしてもです。もう口を利いてあげませんよ?」
伝家の宝刀を抜いた私にルークは引き下がっている。
どれだけ私に惚れてしまったのか分からないけれど、口を利かないという話は効果てきめんであるみたい。
とりあえずはお見送り。しかしながら、朝から疲れ果てていました。何だか昔を思い出してしまって。
前世で何度も見た表情。私が機嫌を損ねるだけで彼は沈み込んでしまう。
肩を落としたルーク。悲しげなその目には溜め息が零れてしまうわ……。
本当にどうしてだろう。
こんなにも胸が苦しいわけは……。
週に一度はペガサスを借りて、伯爵領の様子を見に行っておりましたが、基本的に私はランカスタ公爵家で生活しています。
今日も今日とて寝ぼすけなイセリナを叩き起こし、朝食を済ませていました。
「イセリナ様、ルーク殿下がお見えです」
ふと執事がイセリナに声をかけています。
それは意外な訪問者。あろうことかルークはランカスタ公爵家に来てしまったらしい。
サービスしたキスが効果を発揮しすぎたのかもしれません。
(まいったな。イセリナをその気にさせたところなのに……)
アマンダの計画によると、ルークとイセリナがくっついて私がセシルと結ばれる。
それ以外に停滞する時間軸を動かす術はないのです。
兎にも角にもランカスタ公爵家まで来てしまったのなら、追い返すこともできません。
相手は王族なのです。公爵家といえども無下には扱えないことでしょう。
「アナ、ルルル、ルーク殿下がお見えになったみたい! ワタ、ワタクシの髪型はおかしくありませんか!?」
あーあ、取り乱しちゃって。
ルークはそこまで見た目を重視していませんわ。
何しろ作業着ともいうべきドレスを身に纏う私に入れ込んでいるのですから。
「ですから、早く起きろと……」
「ちょっと、見てください! アナ、命令ですわ!」
とりあえず私はイセリナが話す通りに身だしなみを整えてあげる。
かといって、私の思考はルークの取り扱い方法だけに集中しています。
(キッパリと断るのは問題があるね……)
ルークとキスしなかった世界線を思い出し、この場所で彼の想いを断つのは悪手だと気付いた。
どうしてか分かりませんけれど、ルークの心を繋ぎ止めていないとイベント難易度が跳ね上がるように思います。
嘆息しながらも私は席を立つ。
イセリナを貴賓室へと放り込んでから、ルークを出迎えに行く。
王城と比べても遜色のない豪華なエントランスにルークはいました。
私が現れると、ルークは直ぐさま駆け寄って来ます。
「アナ、会いたかった!」
やはり釘を刺しておかねばなりません。
王子としては割とまともなんですけれど、彼は真っ直ぐな愛を語る人です。
生涯を連れ添った経験のある私は熟知していました。
「ルーク殿下、不意打ちの話はしないよう願います。私は現在、イセリナ様の侍女なのです」
「君も望んでいたように記憶しているが? 俺が調子に乗っただけだろ?」
やはりサービスしすぎたようです。ルークは完全に勘違いしていますね。
「あれは色々とご助力いただいたお礼ですわ。私に特別な感情はございません。今のところは……」
考えた結果、含みを持たせつつも否定する感じに。
期待感マックスである現状から、少し削ぎ落とさない限りはイセリナに会わせられないのだから。
「とにかく、イセリナ様の前で余計な事を口走らないように願いますわ。それでなくても、私は伯爵令嬢。殿下とは身分の差がありすぎます」
「アナ、身分なら気にするな!」
一ヶ月も貯め込んだ想いの強さを私は知らされています。
ルークの中で成長を遂げた感情は、身分という理由くらいで折れることなどなかったのです。
まあ確かに彼は平民出身のエリカとも結ばれる可能性があります。その言葉に嘘などないのでしょう。
「俺は君がいい――――」
決定的な台詞には嘆息するしかない。
生憎と今の私は彼の想いに応えられません。そうですかと聞き流すくらいしか。
「ありがとうございます……」
ところが、意に反して私は謝意を口にしていました。
肯定にも取れるそれは明らかに失言。
取り繕う言葉を探しますけれど、真っ直ぐに私を見るルークへ適切な台詞があるとも思えませんでした。
「イセリナ様がお待ちです……」
どうにも計画通りに進まない。
私は心にモヤモヤを抱えながら、次なる段階へと歩むことにしました。
イセリナとルークの間を取り持つこと。ルークの感情が私から一方的に離れていくことを願って。
「アナ、俺は君に会いに来たんだぞ?」
私は首を振るだけです。口を開けば再び言ってはならない言葉まで口にしてしまいそうで。
ルークを放置して、私は貴賓室へと向かいます。
私との面会が目的であれば、彼はついてくるだろうと。
「イセリナ様、ルーク殿下をお連れしました」
言って私は扉を開く。
今やメイド服ではありませんでしたが、立場は侍女に他なりません。
主人の元へ王子殿下を連れていくだけです。
「ああ、イセリナ嬢、お久しぶり」
やはり面識はあるみたい。
公式な社交界デビューは共にまだですが、春立祭にはイセリナも参加しているのです。またルークが公爵令嬢を知らないはずがありませんね。
「おおお、お久しぶりでございます……」
少し焚き付けすぎたのかしら。
横柄なイセリナは影をひそめ、雨に濡れた小動物のようです。
「本日は何用でいらしたので……?」
「ああいや、君に用事があったわけじゃ……痛えぇぇっ!!」
とりあえずヒールキックを喰らわせておきます。迂闊なことをルークが口走らないようにと。
「何するんだ?」
「足が滑りましたわ! オホホ!」
笑いながらもルークを睨み付ける。加えて耳元で囁く。
「くれぐれもイセリナ様を落胆させませんように。その場合、私は金輪際ルーク殿下と口を利きませんから」
私の意図は伝わったことだろう。
王子殿下と公爵令嬢との面会なのだ。
少なからず政治的な意味合いがあり、公爵家を訪れたという事実が余計な憶測を生むのだと彼にも推し量れたことでしょう。
「実は近くまで来る用事があったんだ。だからイセリナ嬢が元気かと思ってね」
まあ及第点を差し上げます。
再びヒールキックの構えをしていましたが、杞憂に終わったようですわね。
近くに来た用事さえ明らかにしなければ、イセリナには分からないのですから。
「そうでしたか。ワタクシはこの通り、元気にしておりますわ」
まるで会話が弾まない。
どうしようかしら。この二人を本当にくっつけることができるのか不安を覚えてしまいます。
「ところで、アナはいつまでランカスタ公爵家に? 君はシャルロットの教育係を任命されたはずだけど?」
ここでルークが話題を転換する。
確かに私は王命でシャルロット殿下の教育係を請け負っています。かといって、それは十五歳になってからの話です。
「あと二年は公爵家にいるつもりですわ。少しばかり込み入った事情がございまして」
「二年も? 込み入った事情って何だ?」
しつこい男は嫌われるというのに。嘆息しながらも、私はルークに嘘の説明をする。
王家が処理してくれるはずもありません。現状で証拠は何もないのだから。
「いえ、イセリナ様のお転婆が過ぎるもので、淑女教育を施さねばなりませんの」
「アアア、アナ!? ワタクシがお転婆ですって!?」
流石にイセリナは声を張っていたけれど、私の鋭い視線に黙り込む。
彼女にも私が嘘を口にしていると伝わったことでしょう。
「そうなのか? イセリナ嬢は落ち着いて見えるのにな……」
「イセリナ様こそが王家に相応しい女性です。私は彼女を磨ききるだけ。どこに出しても恥ずかしくないご令嬢にして見せますわ」
長話はボロが出かねない。よって強制的にルークを退場させるだけです。
視線だけで彼を操ります。これは前世で習得したルークの操舵方法なのよ。
無言でエントランスまで誘導し、あとは付き人にバトンタッチ。
王子様をさっさと安全確実に連れ帰ってくださいな。
見送ろうと屋敷の入り口まで付き添った私は付き添いのレグス近衛騎士団長様に礼をします。
王子の我が侭に付き合わされたのは明らかなので、癒やしとなるような笑みを向けながら。
「それで私は殿下に言っておくことがあります。もう二度とランカスタ公爵家には来ないでくださいまし」
ルークには釘を刺しておかねばならない。
前世の記憶によるとルークは貴族院に入るまで、あまり女性に興味を持っておりませんでした。
公爵領にまで来てしまうなんて、この世界線のルークは少しばかりおかしくなっている。
しばらく距離を置けば、きっと元に戻るはずだと。
「どうしてもか?」
「どうしてもです。もう口を利いてあげませんよ?」
伝家の宝刀を抜いた私にルークは引き下がっている。
どれだけ私に惚れてしまったのか分からないけれど、口を利かないという話は効果てきめんであるみたい。
とりあえずはお見送り。しかしながら、朝から疲れ果てていました。何だか昔を思い出してしまって。
前世で何度も見た表情。私が機嫌を損ねるだけで彼は沈み込んでしまう。
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