上 下
45 / 377
第二章 繰り返す時間軸

前倒しの交渉

しおりを挟む
 ルークからの手紙は翌日に届いた。

 長いキスの前払いが効いたのか、早速と約束を取り付けてくれたらしい。

 私はペガサスの操舵手から手紙を受け取るや、その場で開封する。

 ランカスタ公爵と面会する日取りがいつなのかを直ぐさま確認しています。

「えっ……?」

 しかし、瞬間的に固まってしまう。記されたあり得ない内容には愕然とさせられていました。

「今日って、急すぎるでしょ!?」

 何度、読み返したとして、本日と書いてある。

 急かしたのは私自身ですけれど、流石にまだ取り入る方法を何も考えていません。

 手紙によると、ペガサス便に乗せてもらえるみたい。

 だけど、ペガサスには二人までしか乗れないそうなので、私だけが向かうことになるようです。

 加えてランカスタ公爵はちょうどソレスティア王城にいるとのことで、今日を逃せば面会は何ヶ月も先になってしまうのだとか。

「ダンツは必要ないけれど、あの髭は十二歳の女児に会ってくれるの?」

 どうにも不可解でした。

 子供の遊びに髭が付き合ってくれるとは考えられないし、王家が適当な約束を取り付けるはずもありません。

 恐らく王家からの要請に渋々と同意し、面倒ごとを早々に済ませようといった感じでしょうかね。

「ま、会ってくれるのなら私はそれで構わない」

 仕事をしてくれたルークに感謝をし、私はペガサスに乗せてもらいます。

 ダンツには留守にする理由を話していないけれど、家に帰らないのは多々あること。

 幼女として相応しいとは思えない行動ですが、事情が事情なので仕方ありません。

「マリィは連れて行けないって!」

「がぁぁっ!」

 どうやら言いきかせても無駄のよう。

 言葉を理解している感じなのに、マリィは絶対についてくるつもりでしょうね。

 颯爽と大空へ飛び立つペガサス。スピードに乗ると、スカートが風を受けて広がってしまう。

 後ろに座ったとはいえ、流石に恥ずかしい。

 しかしまあ、ペガサス便に乗って来いだとか、ルークは伯爵令嬢を何だと思っているのかしら?

 普通の令嬢はペガサスに跨がったりしないというのに。

「でも、気持ちいいね!」

「がぁぁ!」

 日差しを受けた一面の緑が目に眩しい。

 マリィは隣を飛んでいましたが、美しい景色など気にする様子もなく、ドレスから棚引くリボンに興味津々です。

 馬車であれば二週間はかかるだろう王都への道のり。しかし、山脈を越えれば本当に近い。

 早く街道が通ってくれないかと考えてしまいますね。

 しばらくすると、ソレスティア王城が見えてきました。

 ルークからの手紙によると、ランカスタ公爵は王城で職務中であるみたいです。

「仕事で来ているのだから、イセリナはいないよね」

 前世の記憶通りであれば、イセリナは同行していない。

 彼女が王城へと呼ばれるのは茶会が開かれる時くらいですから。

(あれ……?)

 王城へ到着すると、どうしてかガゼル王と側近たちの姿がありました。

 まさか伯爵令嬢のお出迎えなんてことはないでしょうけれど……。

(ヤバ……!)

 ここで私はやらかしに気付きました。

 なぜなら王家のご厚意でドレスを頂戴しておったのですが、なんと私は汚いドレスのままです。

 少し考えたら着替えておくべきなのは分かったというのに。

「おおお、王様、作業中でしたので、汚らしい格好のままで申し訳ございません!」

 とりあえず平身低頭謝罪するだけです。

 十二歳の女児ではあるけれど、ここは王城ですからね。ど田舎の伯爵領とは違います。

「よい。ちょうど其方が登城すると聞いてな。火竜の幼体とやらを見てみたいと思うたのだ」

 ガゼル王は私の肩を指さしている。

 まあ報告は受けているでしょうね。

 王国の懸念であった火竜の卵を羽化させてしまったんだもの。

「重ねて申し訳ございません。聞き分けは良い子なのですけれど、私の側を離れようとしませんので……」

 髭が気にしないのはもう分かっている。

 まさか王様と会うなんて考えもしていなかったから、私はマリィを連れてきてしまった。

「良く懐いているようだな。まさしく火竜の聖女伝説そのもの……」

 王様はやはり脅威かどうかを確認しようとしていたのでしょう。

 近衛兵まで引き連れて待っていたのは直にマリィを見極めるため。

「それで髭……ああいえ、ランカスタ公爵様はどちらにいらっしゃるのでしょう?」

 思わず髭と口走ってしまった。

 ランカスタ公爵とは面識がないという設定なのに。

 どうしてか全員が吹き出しています。私の無礼な物言いに対して。

「ああ、その髭公爵は貴賓室で待たせておるぞ?」

「ガ、ガゼル王陛下! わた、私は別に髭だなんて!?」

「まあよい。其方は面白い令嬢だな? エバートン、アナスタシア嬢を貴賓室までお連れしろ」

 着替えることも許されず、みすぼらしい格好のまま王城を歩くことに。

 すれ違うメイドの方が上等な服を着てるとか恥ずかしすぎ。

 エバートンという近衛兵に連れられてきた貴賓室。

 応答のあと私が踏み入れると、偉そうな態度でふんぞり返った髭がいました。

「ランカスタ公爵様、お初にお目にかかります。私はスカーレット伯爵家が長女アナスタシア・スカーレットでございますわ」

 身なりはともかく、礼儀だけはしっかりと。礼節をわきまえない田舎令嬢だと思われないためにもね。

「ああ、座れ。それで儂に何の用だ? ガゼル王の命でなかったなら、このような場は設けていない。さっさと要件を述べろ」

 何て横柄なんでしょうか。

 こんなだから敵だらけになるのよ。ホント呆れちゃうわ。

 二年後には自ら私を呼び寄せるランカスタ公爵ですけれど、この時間帯の髭はまだミスリル鉱脈について知らないみたいね。知っていたら、このような態度は絶対にしないのだから。

「私の要件は商談と言いましょうか……」

「商談だと? 伯爵領には何もないだろうが?」

 不機嫌さが増すランカスタ公爵。けれど、日和ってなどいられません。

 私は要件を突きつけるだけです。

「ええ、その通りですが、売れるものもございますの。実はランカスタ公爵領に隣接する岩山を買っていただきたいのですわ」

 私がそういうと無言で髭は席を立つ。

 私に視線すら合わせず、荷物を纏めようとしています。

「いいのですか? 別にランカスタ公爵家でなくても構わないのです。隣接しているからこそ、先にお声をおかけしただけ」

 こんな今も髭は帰り支度をし、貴賓室をあとにしようと歩き始めました。

「それならば、リッチモンド公爵家にお話を持ち掛けましょうか……」

 ここで敵対するリッチモンド公爵家の名を出してみます。

 しかし、髭は気にせず歩き、扉の前まで到着していました。

「ミスリル鉱脈がある岩山の取引を――――」

 扉に手をかけた髭がピタリと動きを止めます。

 座ったままの私を振り返っては不適な笑みを浮かべていました。

「クック、要件を先に言えといったであろう?」

 やはり興味を示した模様です。

 守銭奴である彼が聞き逃すはずもない。ましてリッチモンド公爵家の名を私は口にしていたのですから。

「あら? 私は要件を述べましたけれど? ご興味がないのでしたら、さっさとお帰りくださいな?」

 立場逆転かしらね。

 私は嫌味を返しています。これくらいで彼がミスリル鉱脈を諦めるはずもないのだからと。

「口の悪い令嬢だな? まあいい、交渉とは立場をどう有利に持っていくかだ。貴殿は間違っていない」

「私は別に有利不利など考えておりませんわ。それに口の悪さはお互い様では?」

 私の返答にカッカと笑う髭。まあこの辺りは彼を熟知している私ならではでしょう。

「クック……、面白いな。田舎令嬢にしておくのは惜しいくらいだ。それでミスリル鉱脈の話は事実なのか?」

「もちろんですわ。既に白金貨三枚分程度は採掘しております。残りは白金貨二枚分程度でしょうかね。何なら採掘済みのミスリルも格安でお譲りいたしますわ」

 私の説明に髭は頷きを返しています。

 恐らく私という令嬢がどういった人物なのかは既に知っていることでしょう。

「なるほど、貴殿は火竜を二頭も屠る魔法使いだったな。岩盤を貫く魔法くらい容易いか」

「買うのか買わないのかどっちです? 私は結論を先に聞きとうございます」

 あくまで強気に。主導権は絶対渡すもんか。

 髭は足下を見る。だからこそ、私は他にも交渉できるかのように振る舞うだけだわ。

 頷く髭を見る限り、この交渉は成功したと思える。

「良いだろう。採掘済みと合わせて白金貨三枚でどうだ? 残りが本当にニ枚分あるのか分からんのだしな」

「白金貨四枚。これが最低限ですわ。既に採掘済みのミスリルはどこへ売っても白金貨三枚以上になるはずです。市場価値で考えるなら二倍の白金貨六枚に達します。残りを合わせると市場価値で白金貨十枚分もあるのですから」

 私の主張に髭は再び邪悪な笑い声を上げる。

 しかし、それは機嫌が良い証拠。長年娘をしてきた私には分かります。

「良いだろう。早速と案内せよ。支払いは残りの鉱脈を実際に見てからだ」

 やはり乗ってきた。しかし、今からとか本気なの?

 馬車で向かったら二週間以上はかかるのだけど。

「お忙しいのではなかったので?」

「ふはは! そんなものは後回しだ。白金貨単位の取引より優先すべき事項など存在せぬわ!」

 髭は大笑いしたあと、ペガサスを用意すると言う。

 私がリッチモンド公爵家の名を出したからか、いち早い契約を望んでいるみたい。

「良いでしょう。ですが、一つだけ条件がございますの。私、採掘する魔法を唱えると、魔力切れで三日三晩寝込んでしまうのです。申し訳ございませんが、鉱脈を確認されたあと公爵家で休ませてくださいな?」

「容易いこと。それでは向かうとしようか」

 私は元父であるランカスタ公爵に連れられ、王城に隣接したペガサスの馬房へとやってきた。

 ライセンスを提示し、待つこと五分。私は立派なゴンドラへと案内されています。

 またもやペガサスに跨がるのかと思いきや、何と四頭もペガサスを借りたようで、ゴンドラを運ぶみたいです。

 上位貴族なのは分かっておりますが、やはり半端ないね。ランカスタ公爵家は……。

 私たちを乗せたゴンドラが宙に舞います。

 何度目かのミスリル鉱脈へと向かって旅立つのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

処理中です...