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第二章 繰り返す時間軸

閃き

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 目が覚めたとき、私は再びあの台詞を聞いていました。

 前回とは異なり、割と落ち着いている。

 完全敗北した私は負けん気を出すよりも、現実を真摯に受け止めていたのです。

「まあでも、あと一つだけ俺には要求があるんだ……」

 何度目だろうね? 私の気も知らず、暢気な顔をしてさ……。

 不意打ちキスはもうお腹一杯だったりするけれど、ここは受け入れるしかないね。

 まるで知らない世界線へと向かうくらいなら、ルークと口づけを交わすだけよ。

 不意打ちを待つ私でしたが、ふと妙案を閃いています。

(ルークを利用すればいいのよ……)

 前世においてルークは次期王が確約された王太子に指名されています。

 此度の計画に彼の力を使わせてもらえたのなら、グッと楽になるんじゃないかって思うわけです。

(キスは手間賃の前払いだね……)

 近付くルークの顔。口づけを前払いと決めた私は静かに目を瞑ります。

 今回は少しくらいサービスしてあげようと。

 ルークとは絶対に結ばれてはならないのだけど、ここは戦略なのだから仕方ありません。

(焦れったい……)

 何だかキスを待っていると妙に落ち着かない。

 早くしてよと焦れるだけでなく、考えさせられてしまう。なぜ私は彼のキスを待っているのかと。

(あっ……)

 不意に唇が重なりました。

 以前と同じ匂いがする。心が落ち着く懐かしい香り。

 妙な安堵感を覚えた私はルークの背中に手を回す。
 
(これが前払いで支払える最大限よ)

 拒絶も文句も口にしないのだから、きっとルークは喜んでくれるよね。

 口づけを交わす私たち二人の側を爽やかな風が吹き抜けていきます。

 木々のざわめき。草葉を撫でていく風がどうしてか私の心をもざわつかせていました。

 まるで時が止まったかのよう。

 この瞬間を待ち望んだわけではなかったというのに、どうしてか意に反して鼓動が高鳴っている。

(焦れていたから?)

 僅かな時間を焦れったく感じていたこと。まるで私がルークにキスをせがんだみたいに。

 その願いが叶った今、私は満たされているのかな。

 懐かしい記憶に思いを馳せ、私は酔いしれているのかもしれません。

(いや、気の迷いだわ……)

 ルークと結ばれてはならない。

 世界が望む結末ではないから。

 私が目指すべき道は明らかであったというのに、このキスはどうしてか安らぎを私に与えています。

 抵抗しなかったからか、ルークは私を解放してくれません。

 それどころか調子に乗って、舌を絡め始めています。

(ちょちょ、そこまで! なんてマセガキなの!?)

 咄嗟に突き放していました。

 まだ十二歳だというのに、今のはおかしいって。

 身を委ねたからって、調子に乗りすぎ。素敵な雰囲気も台無しになってしまったわ。

 ルークには純粋な第三王子殿下を見習って欲しいところです。

「殿下、不意打ちを許可しただけなのに、調子に乗らないでくださるかしら? 私は殿下に頼みごとがあったから口づけを許しただけ。勘違いなさらぬようにお願いいたします」

 一応は釘を刺しておかなきゃ。ルークに惚れられたままだと計画に支障を来すもの。

「ええ? 俺を受け入れてくれたんじゃなかったのか?」

「出会って間もないのに、あるはずがありませんわ!」

「しかし、俺は第一王子だぞ? 嬉しいだろ?」

 とりあえずルークの意見は放っておいて、私は自身の要求をぶつけるだけよ。

 敵が策を練るのなら、こちらも動いていくだけなのだと。

「ルーク殿下、私の要求は一つだけでございます。またルーク殿下であれば、労せずして遂げられる内容ですわ」

 正解かどうかは分かりません。

 でもね、まんまとしてやられた先ほどの結末には少なからず苛立ちを覚えているの。

 イセリナを殺害され、私まで毒に冒されるなんて。だから、此度は打って出ようと思います。

「ランカスタ公爵と引き合わせてくださいまし……」

 私にできること。それは事前に権力者を組み込んでおくことです。

 それも可能な限り早く。岩山イベントを待っていたのでは遅すぎるのよ。

「ランカスタ公爵だと? どうしてだ?」

「殿下もご存じかと思いますけれど、我が所領はランカスタ公爵家とも隣接しているのです。不要な岩山を買っていただけないかと考えているのですよ」

 ここは簡潔に。岩山にミスリル鉱脈があるかどうかは別の話。向こうから話が来るのを待つのではなく、今回の私は攻めに転じるんだ。

「何なら王家が買ってやるぞ? 伯爵領と王都を結ぶ街道を整備するし」

「殿下、何もお金だけではないでしょう? 王家の庇護があったとしても、スカーレット家は与する派閥がありません。それは危うい状況なのです。今までなら無視されるだけかもしれませんが、王家という後ろ盾があれば、お話を聞いていただくくらいはできるでしょう?」

 私の説明にレグス近衛騎士団長が大きく相槌を打った。

 それは表向きの理由でしかなかったけれど、彼はスカーレット家にとって必要なことだと理解してくれたみたいね。

「ルーク殿下、ここはアナスタシア様の話を快諾すべきでしょう。確かにスカーレット家は貴族界において、どこの寄子でもなく孤立した状態です。此度の厚遇に反発が起きる可能性も考えられます。ランカスタ公爵ならば風よけとして最適かと」

 レグス団長の後押しによって、ルークも必要性とやらを分かってくれたみたい。

「いつが良い? 俺もついて行こうか?」

「いいえ、私は王家の力によって友誼を結ぶつもりなどございませんわ。よって父と私が出向くつもりです。公爵様の都合がつく、なるべく早い時期に」

 ルークは私の願いを断らない。

 前世でもあらゆる我が儘を聞いてもらったのよ。

 今はアナスタシアだけど、彼の想いが私に向いているのなら、願い事を聞いてくれるはず。

「分かった。直ぐにペガサス便で知らせるよ」

 流石は元旦那です。持ち帰ることなく即決だなんて、元嫁は嬉しゅうございますわ。

 意図せぬやり直しであったけれど、今度こそは誕生パーティーイベントをクリアできると思う。

 髭を手玉に取り、私はイベントを突破してやるの。

 ミスリル鉱脈は髭にあげるわ。でも、しっかりと仕事してもらうわよ。

 四大公爵家の一つを叩き潰すくらいにはね……。

 容姿に似合わぬ不適な笑み。私は再びランカスタ公爵に会える日を心待ちにしております。
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