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第二章 繰り返す時間軸

想定外

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 イセリナの祝辞が終わり、彼女はシャンパンが注がれたグラスを高々と掲げます。

 刹那に天井にある照明魔法が効果を失いました。

「きたわね!?」

 私は駆け出しています。

 シャンパンボトルを振り回し、暗殺者たちを殴りつけてやろうと。

 記憶の通りであれば、イセリナは左右から刃物を突きつけられるはず。

 練習通りに三歩下がってくれていたらいいのだけど。

「いっけぇぇっ!」

 私は手に持ったボトルを勢いよく振り下ろした。

 けれども、シャンパンが飛び散っただけであり、何と手応えなし。

 確実に暗殺者がいると考えていたというのに、ボトルは空を裂くだけ。私は勢い余って舞台へと転がっています。

「うそ!? パターンが変わったことなんて今まで一度もないよ!?」

 戸惑う私を余所に、イベントは進行していく。

 刹那に届いた叫声にて、このイベントは終止符を打ったからです。

「きゃぁぁああああぁぁっ!!」

 それはイセリナの声でした。

 やはり暗殺計画はこの世界線でも実行されていたようです。

 自信満々だった私を嘲笑うかのように、粛々と事を成しています。

「バレてる……」

 控え室でイセリナに話したこと。盗聴された可能性が少なからずありました。

 三歩下がった位置を的確に初手で仕留めるなんてそうとしか思えません。

 何しろイセリナの周囲は暗視魔法が効かないのですから。

 イセリナが息を引き取ればリセットが確定します。僅かな時間に私は思考していく。

(落ち着こう。コンラッドは刺客で間違いないんだ。シャンパンが全てを物語っている)

 手に持つボトル。ようやくと私は気付きました。

 振り回したせいで、吹きこぼれたシャンパン。私の手が毒によって蝕まれていたのです。

 恐らくコンラッドの仕業。アドルフの代わりが普通の執事だなんて思えません。

 彼こそがイセリナ殺害における暗殺者のリーダー格であるはずだわ。

(やられたわね……)

 コンラッドはかなり優秀な暗殺者でしょう。

 彼もまた毒の使い手であり、イセリナへと注ぐ瞬間に毒を仕込んだはず。

 だけど彼は新米執事が注ぐ様子を見ていただけでした。

(アドルフよりも確実に手練れ。アンチマジックはユニークスキルにまで効果が及ばないし、何らかの固有スキルを持っているはず。でも、どうして暗殺者は変更になったの?)

 生まれ落ちた瞬間に神より与えられるギフトの力は防ぎようがありません。

 もしも遠隔にて毒化するユニークスキルがあるとすれば、毒の混入は防ぎようがないことになる。

(鍵を握るのはルークか……)

 この世界線で異なる行動をしたのは、ルークのキスを拒んだことだけです。しかも、助け船を出してくれるはずだったセシルによろしくと伝えていなかったのです。

 もし仮に世界線が動いたとすれば、リセット時の遣り取りしかないと思う。

(執事の変更によって分かることもある。暗殺者は長く仕えていた者じゃない。有能なお抱え暗部であるのなら、変更されるはずがないもの。だから、このイベントに際して新規に雇った暗殺者だ……)

 イベントの裏で暗躍しているのはリッチモンド公爵です。

 ただリッチモンド公爵をあぶり出すまでの証拠がありません。イベントの最後にデンバー侯爵が少しばかり口を滑らせただけなのですから。

 間違いなく刺客はリッチモンド公爵が送り込んでいる。

 お抱えの暗部を送り込まなかったのは万が一の場合に足がつかないように。前世でも罪の全てをデンバー侯爵へとなすり付けて、リッチモンド公爵は知らぬ顔をしていたのですから。

(よし、決めた。正攻法で突破するなんて無駄だわ。あの爺さんが暗殺者を雇うというのなら、私にも考えがある)

 照明魔法が回復すると同時に、私の視界はブラックアウトしていきます。

 イセリナが息絶えたのか、はたまた毒の混ざったシャンパンに触れた私の身体が限界なのか。

 どちらにせよ完敗だわ。でも、次こそは必ず私が勝利するから。

 会場のどよめきを身体に受けながら、私はこの時間軸から退場していく。

 今のうち、せいぜい驚いていなさい。

 次は声にならない衝撃を与えてあげるわ……。
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