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第二章 繰り返す時間軸

愛があるなら

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「まあでも、あと一つだけ俺には要求があるんだ……」

 眼前のルークが言った。記憶にあるがまま、耳打ちするように私へと近付いている。

(またキスされるんだ……)

 リプレイであったというのに、どうしてか胸が高鳴る。不意打ちであった先ほどよりも、確実に私は動揺していました。

 再び重なる唇。感触も匂いも同じ。

 私は静かに目を瞑って身を委ねています。

 状況の把握に努めることなく、どうしてかルークが望むままの反応をしていました。

(どうしてもルークルートを突き進めってこと?)

 結論はそんな感じです。何しろ女神アマンダはセーブしていたのですから。

 デバイスの故障も考えていたのだけど、キスをする直前にセーブしたことからも、ルークルートをアマンダが望んでいるのだと分かる。

 この保存によって、もう火竜の巣で起きたシーンには戻れないのですから。

「ルーク殿下、不意打ちはあまり好ましいものではありませんね……」

 今回は呆然とすることなく、毅然と返してみる。こんな今もリセットの意味合いを考えながら。

 どうしてキスをする直前でセーブされ、そこへ戻されたのかを。

「いいじゃないか? 俺は君を手に入れたい。今のは予約したってことだ」

 十二歳だというのに俺様系ですか? お手々繋いでキャッキャしてる年代でしょうに。

 しかし、このリスタートでもルークの想いは変わっていない。私を気に入った彼はアナスタシアを手に入れようとしています。

「私の気持ちも考えずにでしょうか?」

「き、君は溺れるほど愛されたいと話していただろう!?」

 同じような展開となったのはまだ結論が出ていないからです。

 このまま進めば再びリセットされるのは確実なのよね。

「私はルーク殿下にお願いしたつもりなどございません……」

「そのような戯れ言をっ!?」

 とりあえず冷たく当たってみるけれど、原因は恐らくルークじゃない。

 もしもルークルートが行き詰まったとすれば、セーブポイントではなくレジュームポイントまで戻されるはずなんですもの。

「用事が済んだのでしたらお引き取りを。私は忙しいのです」

 きっと、このあとの遣り取りが余計だったのでしょう。

 恐らくミスリルの売却がリセットされた原因。どうやらランカスタ公爵との取引がこの世界線には必要だったみたいね。

(ミスリルを大量に売り捌けば、髭は必ず出所を探るだろうし)

 スカーレット伯爵家が売り払ったなんて直ぐに突き止めることでしょう。

 つまりは掘り尽くされたミスリル鉱脈を欲しがるはずもありません。

「アナ、少しくらいお茶を……」

「お引き取りください!」

 まあ取引が重要と言うより、公爵家との繋がりがなくなること。ひいてはイセリナと面識を持たぬ世界線は許されないみたい。

(ゲーム時代からイセリナの取り巻きだもんね……)

 恐らく岩山の売買イベントはアナスタシアにとって必要不可欠なものであったのでしょう。

「殿下、どうもお姫様はご機嫌斜めなご様子。ここはプレゼントをお渡しして退散いたしましょう」

 レグス近衛騎士団長は雰囲気を推し量り、宥めるように言った。

 対するルークは涙目であったけれど、レグス団長が話した通りにマジックバックをぶっきらぼうに突き出している。

「アナ、君へのプレゼントが入っている。俺の気持ちだから、お返しとか気にすんな。君が気に入ってくれたら嬉しい」

 少しばかり胸が痛む。

 幼い王子殿下に悲しげな顔をさせてしまうなんて。

(前世で何度も見た表情だわ……)

 私は長い息を吐いていました。

 要するに前世から私は彼を困らせていたってわけね。別人に転生して、それに気付くなんて考えもしなかったわ。

「ルーク殿下、私は気難しいのです。プレゼントは有り難く頂戴いたしますけれど、殿下に相応しいお相手は私ではございません。成り上がりの令嬢ではなく、気高く美しい女性こそが求められるお方。身分相応のご令嬢がいらっしゃるかと存じます」

 私は改めてこのルートをクリアしようと思う。

 アマンダが何を考えているのか少しも分からなかったけれど、私が目指すクリア条件は転生時と何も変わっていないのです。

 ルークと結ばれるのはイセリナだけ。間違ってもファニーピッグのアナスタシアではないはずだと。

「青き薔薇はきっと貴方様の直ぐ側で咲き乱れますから……」

 これでいいはず。エリカが出しゃばらないためにはルークとイセリナがくっつくしかないの。

 私はセシルと結ばれて、プロメティア世界の停滞に終止符が打たれる。

 長きに亘って止まり続けた時間がそれにより動き出すことでしょう。

「それではセシル殿下によろしくお伝えくださいまし。お会いしとうございますと」

 最後にはセシルの名を口にする。死体蹴りとなりますけれど、それは悪役令嬢の様式美。不要な感情は断ち切っておくべきです。


 肩を落として去って行くルーク。

「はぁ……」

 どうしてか、私は寂しげな彼の後ろ姿に溜め息を零さずにはいられませんでした。

 息が詰まる。胸に痛みを覚える。

 燻るような感情が込み上げています。

 呼び止める言葉が喉元まで出かかっていましたが、生憎とそれは使命に含まれていない。

 私はその背中を眺めることしかできませんでした。
 
 ふと思う。脳裏に去来する過去の記憶に誘われながら。


 愛などなかったはずなのに――と。
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