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第一章 前世と今世と

岩山の鉱山

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 鉱山を跡形もなく吹き飛ばした私は再び十二年間の研鑽を強いられていました。

 やはりレジュームポイントからの復帰。反省を踏まえながら、赤子から十二年を過ごしています。

 さりとて、女神アマンダには不満しかない。レジュームポイントはなくなることがないのだし、適当なところで保存してくれても良くない?

「アマンダは期待できない……」

 あの駄女神はロマンスが絡む場面でしかセーブしようとしないのよね。

 従って、この片田舎から脱出するまでは赤子からのやり直しが決定しています。

「今回はちゃんと調べたわ。複合魔法ハイドロクラッシャーであれば、岩盤だけを撃ち抜けるはずよ」

 再び戻って来た岩山にトラウマが蘇っていく。

 しかし、日和ってはいられない。今度は必ず鉱山の扉を開くんだ。

 きっとアナスタシアの未来がここから始まるはずよ。

「ハイドロクラッシャァァッ!!」

 些か不安を覚えていたけれど、現れた魔法陣はロナ・メテオ・バーストと比較してかなり小さい。

 ならば魔力調節をし、適切な威力を導き出すだけだわ。

「悪役令嬢で鍛えた魔法技術を舐めんじゃないわよ!」

 魔法陣からは水流と共に岩つぶてが吹き出されていく。

 魔法名の通りに強力な水流。とんでもない轟音を響かせながら、注ぎ込んだ魔力が尽きるまで岩盤を削り続けています。

「やった……」

 仄かに光り輝く岩肌を見て、思わずガッツポーズ。輝く鉱石は恐らくミスリルでしょう。

 なぜならミスリルは鉄鉱石と魔素が強く結びついた金属で魔晄石とも呼ばれているんだもの。

 レジューム前と合わせて苦節二十四年。忌々しい岩盤を遂に私は貫いていました。

「とりま採掘を始めますか。私には時間がないのだし……」

 いち早くお金を作って王都へと向かわねばならないのです。

 ちょっとしたロマンスでも始めない限りは、再び強敵【岩盤】との戦闘を強いられてしまうのよ。

「えっ?」

 採掘魔法ロックブレイクを使用して直ぐのこと。

 私は気付いてしまった。それはイセリナ時代の記憶を持つ私でも予想できないことです。

「これ全部ミスリルじゃん……?」

 一般的な鉱山とは明らかに異なっていました。足下に転がる鉱石全てが光を発しているなんて。

「あの髭はミスリル鉱脈と知って、金貨五百枚で買い叩いたっての……?」

 髭とは前世の父であるランカスタ公爵のこと。立派な口髭を貯えていたから、私は嫌味を込めて心の中で髭と呼んでいます。

「いやでも、これは……?」

 ここで思い出されるのは前世の場面です。

 髭とスカーレット子爵の売買契約には私も同行していたし、ファニーピッグのアナスタシアもそこにいました。

 間違いなく岩山の売買契約であったはず。側耳を立てていた私は金貨五百枚という話を確かに聞いたのです。

「元父親ながら阿漕な商売をしているわね……」

 流石は悪役令嬢の父親だわ。

 ミスリル鉱脈なら白金貨単位での取引が最低ラインです。それを金貨五百枚だなんて馬鹿にしてるじゃないの。

 公爵家は魔素の通り道である竜脈を調べていただろうし、ここがミスリル鉱脈だと分かって交渉したことでしょう。

「よく調べもせず即決した現在の父も問題ね……」

 現父親ダンツはランカスタ公爵に提示された金貨五百枚に飛びついてしまいました。

 金貨五百枚あれば、アナスタシアと弟のレクシルを貴族院に預けられると。

「これは確信犯だわ。最低でも白金貨まで上積みがあったはず……」

 貴族院への寄付金は姉と弟の二人で金貨四百枚。

 五百枚を提示したのは学費を差し引いても百枚も余ると思考させるためじゃないかしらね。

 ちなみに白金貨一枚は金貨千枚の価値となっています。

「あれは確か十四歳になった頃だったわ……」

 今より二年後、間違いなくランカスタ公爵家はスカーレット子爵に領地の売買を持ち掛けてくる。

 長期休暇の暇つぶしに同行した悪役令嬢イセリナを引き連れて……。

「元自分に会うとか、わけ分かんないな。あのとき私はアナスタシアに何を言ったっけ?」

 子供が一緒であれば、談笑の中での交渉となる。恐らく髭は策として私を引き連れていた。

「あまりに小汚い子豚が現れたものだから、ドレスを買ってあげると話したのよね。あの頃は敵だらけだったし、ゲーム内でも取り巻きだったアナスタシアを味方につけようとして……」

 徐々に記憶が蘇る。

 セーブポイントでもなかったから記憶は薄れていたけれど、アナスタシアと出会った第一声を私は彷彿と思い出していました。

「可愛い子……お名前は?」――だったよね。第一声は確か……。

 うん、間違いない。

 私は初対面であるというのに、ゲームの知識である【可愛い子豚】と言いかけて躊躇ったのよ。

 仲良くなることを考えていた私は言い淀み、取り繕うためにドレスをプレゼントするとアナスタシアに言ったはず。

「アナスタシア、滅茶苦茶喜んでたよね……。ま、その気持ちは既に痛いほど理解できるのだけど」

 現在の私はみすぼらしい服しか持っていない。とても貴族だとは思えないくらいに。

 前世のアナスタシアは私の申し出に飛び跳ねて喜んでいたのよ。

「そんなこんなで、ゲームと同じく私の取り巻きになったのよね……」

 イセリナの取り巻きはあと一人いる。

 アナスタシアとの交流は基本的に貴族院へ入ってからだったけど、オリビアという伯爵令嬢だけは幼い頃からイセリナの味方でした。

 ゲームの取り巻きだからかもしれないけれど、オリビアに命を救われたこともあるくらい。

 オリビアはイセリナが心を許せる数少ない人物の一人でした。

「てことは、アナスタシアとしてイセリナに付き従うべき?」

 ふと考える。やり直しの人生で私が誰に付くべきかと。

 駄女神アマンダ曰く、放っておいてもイセリナは第一王子ルークと婚約し、結ばれるという。

「アマンダが話すように、この世界線のイセリナは信頼できるのかしら……」

 ルークとイセリナの婚約はとある夜会が切っ掛けでした。

 ブルーローズの愛称。それはディープブルーのドレスで会場に現れた私へ向けられた称賛の言葉です。

 イセリナが最も輝いていた夜会。息を呑むほどの美貌を振りまき、男性の視線を釘付けにした快感は今も忘れない。

 思い出される懐かしい記憶に、私の決心は固まりました。

「やはり私はイセリナに付くべきだ……」

 前世補正もあるだろうけど、私はやはりイセリナが好き。

 断罪に処される場面ですら高貴な笑みを浮かべていたイセリナ。気高き悪役令嬢はプレイヤーの印象に強く残っています。

「この世界線において青き薔薇はどんな風に咲くのかしらね……」

 廃プレイしていたゲームの裏側を覗くような感覚です。さりとて思い出補正だけでイセリナに付くと決めたわけじゃないの。

「今回はエリカにも対応していかなきゃだし……」

 主人公エリカは無意識に男性を虜にしていく。けれど、私は一歩も引くつもりがありません。

 だからこそ、青き薔薇につく。此度もイセリナは私が望む通りに咲き乱れてくれるはずと。

「この世界線もイセリナは聖女と呼ばれるのかしら……?」

 イセリナだった私は悪い噂一つない生き方に務めていました。

 悪役令嬢成分を封印した私は聖女とまで称される存在になっています。

 結果としてルークだけでなく、第三王子セシルにも婚約を申し込まれることに。

「とりあえずイセリナの様子を見てからだね。二年後にはこの土地の買収に乗り出すはずだし……」

 ここで私は閃いていた。

 青き薔薇イセリナに与することは決めたけれど、別に公爵家を出し抜いても構わないのではないかと。

「アナスタシアが成り上がれるんじゃ……?」

 思いついた計画は二年後までにミスリル鉱脈を掘り尽くしておくことです。

 空っぽの鉱脈をそのまま売りさばけば、二重で軍資金が得られるんじゃないかと。

「あはは、何だか面白くなってきたよ!」

 前世の自分に会うことは憂鬱であったけれど、あの髭が苦い顔をするかもしれない。

 全てを思い通りにできると考える髭に、一泡吹かせてやるのも面白いでしょ?

「交渉は白金貨からスタートね。前世で稼いだ分を今世で全て吐き出してもらいましょうか!」

 魅惑的な贅沢三昧の生活が現実味を帯びてきました。

 公爵家から頂戴したお金で充実の貴族院ライフを送ってやろうじゃないの。

 何だか前世で封印していた悪役令嬢成分が疼いてしょうがないね。

 誰もいない鉱山。思わず悪い声が漏れてしまうのはご愛敬ってことで。

「アハハハハハ!!」

 邪悪で不適な笑い声が誰もいない岩山に木霊していました。

 自分で言うのもなんだけどね……。
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