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第三章 存亡を懸けて

神託

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 ナゴヤ市への侵攻から一夜が明けていた。
 完全制圧したあと、昨晩は生存者の捜索に費やされている。不眠不休で捜索したにもかかわらず、一人の生存者も発見できていない。

 玲奈はまだ療養中であったけれど、飛竜討伐班や天主の対処をした一八たちも捜索に参加していた。

「奥田、もう自分を責めるな……」
 一八はずっと塞いだままであった。その理由はヒカリも推し量っている。更にはかけるべき言葉などあるはずもないと。

「伸吾は俺たちを庇って死んだ。どうすりゃ良かったんだよ!?」
 返答などあるはずもない。伸吾は騎士としての使命を全うしただけだ。捨て身の攻撃こそが適切であり、被害を最小限とできたのだから。

「伸吾のためにできることは少ない。残された我らは天軍を滅ぼすだけだ……」
 一八にだって分かっている。失われた魂を今さらどうにもできないこと。転生をした彼は伸吾の魂が次なる世界に旅立ったのだと知っていた。

「ちくしょう、俺さえもっと上手く戦えていたら……」
 どうしても自己犠牲なんて許せない。一八は全員が生き残って欲しかった。笑い合う仲間がそこにいてこその勝利だと思っている。

 ヒカリは思案していた。彼女としても伸吾の訃報はつらく感じていたけれど、ヒカリはもう何年も軍人をしているのだ。仲間を失うことに慣れてしまっている。

「奥田、貴様は伸吾の意を汲め。ずっと共にあれ。伸吾の判断を私は誇りに感じている。私はずっと価値ある行動をしろと教えてきた。昨日の行動はまさに教えたままだよ。共和国の未来をあいつは紡いだのだ」
 ポンと一八の肩を叩く。失意に暮れる者にかけられる言葉は少ない。死者に敬意を表し、肯定してあげることくらいしか。

「奥田にできること。伸吾に報いることは一つだけだ……」
 発破をかけていく。一八が力強く歩み始めるようにと。

「天を名乗る羽虫をこの世から消し去るのみ――――」

 同じ志の元で戦っていたのだ。伸吾に報いる方法があるとすれば、それは目的を遂げることであった。共和国だけでなく、チキュウ世界に平和をもたらせてこそ、伸吾の行為に意味合いを持たせることができる。

「わぁってるよ。そんなことは……」
 一八が返した。ふて腐れていたとして、伸吾のためにはならないこと。そんなことは明らかであったというのに思い悩んでしまう。一八は昨日まで普通に存在した伸吾を忘れるなんてできなかっただけだ。

「ぜってぇ許さねえよ。天軍は一人残らず地獄送りだ……」
 長い息を吐く一八。大いなる落胆と共に後悔を吐き出す。そこに残ったものは怒りだけだ。天軍を全滅させてやろうという気概だけがそこにあった……。

「一八、話がある……」
 ここで一八は不意に声をかけられている。予期せぬその声。さりとて誰であるのか一八には分かった。

「玲奈、お前大丈夫なのか?」
「浅村少佐、少し一八と話がしたいのですが……」
 一八の問いには答えず、玲奈はヒカリに聞く。二人だけで話がしたいのだと。
 元より杖をつく玲奈が無事であるはずはない。また、わざわざベッドから抜け出すほどの急用であるのは明らかであった。

「構わんが、私がいると邪魔な話か?」
「別に構わないですけど、少佐に理解できるとは思えません」
 男女の話かと思いきや、玲奈はそんな風に返している。流石に興味を覚えたのか、ヒカリは密談ともいえる話に同席することにした。

 一八は困惑している。個人的に話があるとすれば、女神関係に他ならない。ヒカリが側にいると転生者であることがバレてしまう可能性があった。

「一八、私も女神殿に会った……」
 初っぱなからヒカリは眉を顰める。今し方、玲奈が語ったことは神託のような話であるのだから。

「天軍について教えてもらった。天主は放っておいても絶滅する運命らしい」
 聞いていたようにヒカリには少しも理解できない。女神の神託が天主の悲運についてであるだなんて。

「天主は種を存続させるために、魔界門を開くつもりだ。原初の悪魔を喚び出そうとしている」
「いや待て、確かに起源は原初の悪魔だとかいうやつって習ったけど、どうしてもう一度喚び出すんだ? それに絶滅する運命って……」
 ヒカリは呆然として二人を眺めている。意味不明な話を始めた玲奈だけでなく、平然と受け入れたような一八の態度。明らかにおかしいと思う。

「それは現存する天主に繁殖能力がなくなっているからだ。再び原初の悪魔を喚び出し、彼らは人族と交配させようとしている。また原初の悪魔を喚び出すための魔界門は人族を生け贄にすることで開くと考えているらしい」

「岸野、貴様は気が触れたのではないだろうな?」
 堪らずヒカリが口を挟む。天主は世界統一を目論んでいるはず。しかし、玲奈が語る理由が真相だとすれば、統一などではなく虐殺するためだけに戦争を起こしたことになる。

「いえ、至って冷静であり、精神状態はまともです。女神マナリスは天軍の現状を教えてくれました。彼らに真実を伝えてやって欲しいと」
「マナリス様は人族の味方だろう? 女神が天主を救えというのか?」
 人族からすれば主神マナリスは絶対神であり、人族の守護者である。実状を知らぬ人族は概ねそう考えているはずだ。

「いえ、天軍の排除には賛成も反対もしない様子。ただ真実を伝えることが魂の浄化に繋がるだとか……」
「玲奈、お前まさか天軍と対話するつもりなのか!? 伸吾は殺されたんだぞ!?」
 ここで一八が聞いた。たった今、全滅を誓った相手だ。一八としては問答無用で叩き斬るべき存在である。

「いや、そうじゃない。私も天軍は許せない。女神殿には全滅させると言った。だが、彼らに真実を伝えることを女神殿は望んでいる……」
 どうにもよく分からない話であったが、マナリスはただ滅びるのではなく、真相を知った上でその道を辿ることが重要だと考えているらしい。

「つまりは私が復帰するまでに滅ぼすのはやめて欲しい。私は一応、女神の加護を持つものなのだから……」
 律儀にも玲奈はそれを伝えるために、ベッドから這い出て来たようだ。ヒカリの同席を拒まなかったのもそれが理由かもしれない。

「岸野、私は納得したわけではないが、殲滅が前提であれば許可しよう。貴様は早く身体を治せ。天主が力を取り戻しては厄介だ」
「ああ、それは問題ありません。既に運命は人族に傾いたようです。我らがスタンスを変えない限り、天軍は全滅となるでしょう」
 最後まで理解に悩む玲奈の話。元トウカイ王国ナゴヤを陥落したけれど、北にはまだギフという大都市が残っている。更には北の大地にあるという星形要塞都市ゴリョウカクまで。

「まあ、それは気休め程度に考えておく。どのような神託が下りようとも、我らがなすべきことは変わらんのだ」
 言ってヒカリは手を挙げて去って行く。今し方の話をどう解釈したのかは不明だが、一応は彼女も女神の意志を考慮するはずだ。川瀬少将や七条中将と話を詰めながらの進軍を予定するだろう。

 風向きは明確に変わっている。一八たちの使命も終わりへと近付いていた……。
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