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第三章 存亡を懸けて
斥候の情報
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侵攻部隊がマイバラ基地を発ってから十日が経過していた。斥候が使用するルートであったけれど、整備された道はなく残雪があったりと困難を極めている。
「天軍がオークだけを送ってくる理由は明らかだな……」
ヒカリが漏らした。何しろ行軍は徒歩とエアパレットとを使い分けながらとなっているのだ。魔力量が十分ではない一般兵に合わせて、ヒカリたちも徒歩を選択しなければならない。行軍時に魔力回復薬を飲むだなんて贅沢はできなかった。
「確かに生命力の強い魔物しか無理だったでしょうね。恐らく食事は共食いが前提だったと思いますし……」
優子が答えた。現在は徒歩の区間である。候補生時代にも経験したことがない険しい山脈越えの行軍は一般兵だけでなく騎士たちも疲労困憊であった。
「ようやく頂上か……」
十日をかけて登り切った。かといって山頂という実感はない。周囲に現在地よりも高い稜線がないだけであって、この先が下り坂というわけではなかった。
「吹雪いてなくて良かったです。年間を通して悪天候だと聞いてましたし」
「まあそうだな。余計な体力を使わずに済んだ。我らには女神マナリスの加護があるのかもしれん」
斥候であれば十日もあれば往復できる距離だ。しかし、行軍となればその限りではない。平坦な場所を選んで徒歩となっているけれど、やはり体力的にも精神的にも厳しいものである。
「浅村少佐!」
先頭を歩くヒカリに声かけがあった。だが、それは背後からではない。前方から現れた二人によるものであった。
「ご苦労。歩きながら報告してくれ」
どうやら二人は斥候のよう。本隊に先んじてナゴヤの偵察を行っていたらしい。
「巨大な都市ですので大凡になりますが、オークの数は三万から五万といったところでしょうか」
「んん? 以前の報告より少ないではないか? ひょっとして連合国への侵攻はナゴヤから戦力を割いていたのか?」
以前は十万以上いるだろうと考えられていた。だからこそ兵を掻き集め、四個師団十万という行軍となっていたのだ。
「ですが、懸念もございます……」
オークの数だけならば、マイバラ基地の奇襲作戦よりも少ない。けれど、斥候は不安要素があるように話す。
「幹部級天主を二体確認しております……」
実をいうと天主の実体は良く分かっていない。高度な魔法を繰り出すことくらいしか判明していないのだ。
「幹部級といえば、マイバラに現れた天主か?」
「恐らくそうかと。膨大な魔力反応を検知しましたし、戦闘系の幹部かと思われます」
これは作戦の根幹に関わる問題だ。敵が魔法攻撃を繰り出すならば、支援士を最後方に配置できなくなる。最前線の騎士は防御魔法をステージ4にまで展開できないのだ。従って騎士を治療する支援士もまた必然と最前線へと近付かねばならない。
「これは編成を考え直す必要があるな……」
現状の編成では魔法攻撃に対処できない。まあしかし、戦闘前に知れたことは有意義であった。
それだけかと思えば、斥候は溜め息を漏らしながら話を続ける。如何にも懸念事項がまだあるといった風に。
「あと飛竜を目撃しました――――」
斥候の報告にヒカリは顔色を曇らせる。仮に飛竜がナゴヤを襲っているのでなければ、使役していることになるのだ。
「種別は何だ? 何頭いる?」
「上空にいたのは一頭だけですね。恐らく水竜種だろうと。上位種である氷竜種の可能性もございます。共和国に現れた個体よりもずっと大型です」
斥候の報告は色好いものではなかった。上空を飛んでいるだけだなんて、使役されているとしか思えない。普通であれば飛竜は無視して飛んでいくか、或いは破壊行動を取るかの二つなのだ。
「むぅ、ならば奥田は戦力外だな。氷竜であれば私の雪花斬もイマイチか……」
水竜であれば火属性である一八は戦力外だ。ヒカリは相性が悪すぎる一八を討伐班から排除するようにいう。
「ババァ、俺は不利とか関係なく戦えるぞ? レイストームで撃ち抜いてやる」
一八が背後から話に割り込む。強大な相手を前に戦力外という話は不服であるかのように。
「バカを言うな。アレを撃つと昏倒するだろう? 先日は上手く目覚めたから良かったものの、昏倒は強制的に復帰させられない場合が多い。空になった魔力が身体中に行き渡るスピードは体調や薬の当たり外れによって異なるのだからな。それに我々は奥田が目覚めるまで守りながら戦う余裕などない。貴様には相応しい仕事を用意している」
ヒカリの返答は斥候の情報から考えた編成であった。相性が悪い騎士を宛がう余裕などないのだと。
「相応しい仕事だと?」
「詳しくいうと魔道士と支援士の露払いだな。今回は天主を撃ち落とすため、魔道士たちも前に出なければならん。しっかり護衛してやってくれ。サポートには伸吾を付ける」
告げられた編成は意外なものであった。実をいうと一八は伸吾と組んだ経験がない。かといって一八は奥深くに隠された意味合いを察している。
「そういうことか?」
「ああ、そういうことだ……」
頷くヒカリを見て確信する。伸吾もまた外されたのだと。天主が二体いるという状況。光属性である伸吾は天主に対して有効であるが、同時に酷く脆い。幹部級天主が広域魔法を撃ち放ってしまえば伸吾は一溜まりもないはずだ。だからこそ支援士の近くに配置されるのだと。魔道士たちの守護なんて話は体の良い話である。
「それで飛竜討伐班はアタッカーを岸野とする。私と優子、それに莉子は彼女のサポート。いち早く地面に叩き落とすぞ?」
飛竜は空を飛ぶというのにヒカリは四人の騎士を討伐班に選ぶ。魔道士によって撃ち落とすという手段を選択しなかった。
「少佐、どういうことです? 我らが上空で戦うのは不利ですが?」
「理由は水系であることだ。上位の魔道士に有効な属性持ちがいない。数合わせの魔道士には傷も付けられんだろう。よって岸野の雷属性を頼ることにした」
無駄を排除した結果、常識的でない編成となってしまう。なぜなら空を飛ぶということはエアパレットの出力ステージを3程度まで引き上げる必要があるからだ。残りの魔力で飛竜と戦うのは無謀だと思える。
「戦えるのですか?」
「無論だ。戦法は落下傘。聞いたことはないか?」
ヒカリの話には首を振る玲奈。戦術論でも学んだ記憶はない。
「落下傘は極めて異例な戦術でな。魔道士がいない局面で女性剣士が行う最終的な戦法だ。飛来する対象よりも高く飛び、そこでエアパレットへの出力を止める。落下の勢いと合わせ最大魔力で対象を斬るという捨て身の作戦なんだよ」
聞けば納得の戦法であった。まさに捨て身といったところだ。エアパレットの出力を切ると、当然のこと落下するだけだ。それどころか全力で叩き斬れというのだから、捨て身というに相応しい。
「確かにそれならば……。男が編成されないのも理解できます」
やはりエアパレットで高く飛ぶならば体重は軽い方がいい。恐らく一八ではその高度にまで到達できないはずだ。よって女性剣士限定の戦い方なのだと。
「不服か? 何ならアタッカーを代わってやってもいいぞ?」
「いいえ、やります。私が適任であるのなら……」
玲奈が同意したことにより、緊急的な再編成が完了する。
飛竜はヒカリと優子、それに玲奈と莉子が担当し、魔道士部隊の守護に一八と伸吾が編成された。
全員、異論はなかった。危険度の違いはあったけれど、ヒカリの判断は適切であり、仮に勝利があるとすれば、それしかないように思う。
編成変更について川瀬への伝達を斥候に依頼し、再び行軍が始まる。全ては共和国のため。戦争に勝つしか人族の未来はなかった……。
「天軍がオークだけを送ってくる理由は明らかだな……」
ヒカリが漏らした。何しろ行軍は徒歩とエアパレットとを使い分けながらとなっているのだ。魔力量が十分ではない一般兵に合わせて、ヒカリたちも徒歩を選択しなければならない。行軍時に魔力回復薬を飲むだなんて贅沢はできなかった。
「確かに生命力の強い魔物しか無理だったでしょうね。恐らく食事は共食いが前提だったと思いますし……」
優子が答えた。現在は徒歩の区間である。候補生時代にも経験したことがない険しい山脈越えの行軍は一般兵だけでなく騎士たちも疲労困憊であった。
「ようやく頂上か……」
十日をかけて登り切った。かといって山頂という実感はない。周囲に現在地よりも高い稜線がないだけであって、この先が下り坂というわけではなかった。
「吹雪いてなくて良かったです。年間を通して悪天候だと聞いてましたし」
「まあそうだな。余計な体力を使わずに済んだ。我らには女神マナリスの加護があるのかもしれん」
斥候であれば十日もあれば往復できる距離だ。しかし、行軍となればその限りではない。平坦な場所を選んで徒歩となっているけれど、やはり体力的にも精神的にも厳しいものである。
「浅村少佐!」
先頭を歩くヒカリに声かけがあった。だが、それは背後からではない。前方から現れた二人によるものであった。
「ご苦労。歩きながら報告してくれ」
どうやら二人は斥候のよう。本隊に先んじてナゴヤの偵察を行っていたらしい。
「巨大な都市ですので大凡になりますが、オークの数は三万から五万といったところでしょうか」
「んん? 以前の報告より少ないではないか? ひょっとして連合国への侵攻はナゴヤから戦力を割いていたのか?」
以前は十万以上いるだろうと考えられていた。だからこそ兵を掻き集め、四個師団十万という行軍となっていたのだ。
「ですが、懸念もございます……」
オークの数だけならば、マイバラ基地の奇襲作戦よりも少ない。けれど、斥候は不安要素があるように話す。
「幹部級天主を二体確認しております……」
実をいうと天主の実体は良く分かっていない。高度な魔法を繰り出すことくらいしか判明していないのだ。
「幹部級といえば、マイバラに現れた天主か?」
「恐らくそうかと。膨大な魔力反応を検知しましたし、戦闘系の幹部かと思われます」
これは作戦の根幹に関わる問題だ。敵が魔法攻撃を繰り出すならば、支援士を最後方に配置できなくなる。最前線の騎士は防御魔法をステージ4にまで展開できないのだ。従って騎士を治療する支援士もまた必然と最前線へと近付かねばならない。
「これは編成を考え直す必要があるな……」
現状の編成では魔法攻撃に対処できない。まあしかし、戦闘前に知れたことは有意義であった。
それだけかと思えば、斥候は溜め息を漏らしながら話を続ける。如何にも懸念事項がまだあるといった風に。
「あと飛竜を目撃しました――――」
斥候の報告にヒカリは顔色を曇らせる。仮に飛竜がナゴヤを襲っているのでなければ、使役していることになるのだ。
「種別は何だ? 何頭いる?」
「上空にいたのは一頭だけですね。恐らく水竜種だろうと。上位種である氷竜種の可能性もございます。共和国に現れた個体よりもずっと大型です」
斥候の報告は色好いものではなかった。上空を飛んでいるだけだなんて、使役されているとしか思えない。普通であれば飛竜は無視して飛んでいくか、或いは破壊行動を取るかの二つなのだ。
「むぅ、ならば奥田は戦力外だな。氷竜であれば私の雪花斬もイマイチか……」
水竜であれば火属性である一八は戦力外だ。ヒカリは相性が悪すぎる一八を討伐班から排除するようにいう。
「ババァ、俺は不利とか関係なく戦えるぞ? レイストームで撃ち抜いてやる」
一八が背後から話に割り込む。強大な相手を前に戦力外という話は不服であるかのように。
「バカを言うな。アレを撃つと昏倒するだろう? 先日は上手く目覚めたから良かったものの、昏倒は強制的に復帰させられない場合が多い。空になった魔力が身体中に行き渡るスピードは体調や薬の当たり外れによって異なるのだからな。それに我々は奥田が目覚めるまで守りながら戦う余裕などない。貴様には相応しい仕事を用意している」
ヒカリの返答は斥候の情報から考えた編成であった。相性が悪い騎士を宛がう余裕などないのだと。
「相応しい仕事だと?」
「詳しくいうと魔道士と支援士の露払いだな。今回は天主を撃ち落とすため、魔道士たちも前に出なければならん。しっかり護衛してやってくれ。サポートには伸吾を付ける」
告げられた編成は意外なものであった。実をいうと一八は伸吾と組んだ経験がない。かといって一八は奥深くに隠された意味合いを察している。
「そういうことか?」
「ああ、そういうことだ……」
頷くヒカリを見て確信する。伸吾もまた外されたのだと。天主が二体いるという状況。光属性である伸吾は天主に対して有効であるが、同時に酷く脆い。幹部級天主が広域魔法を撃ち放ってしまえば伸吾は一溜まりもないはずだ。だからこそ支援士の近くに配置されるのだと。魔道士たちの守護なんて話は体の良い話である。
「それで飛竜討伐班はアタッカーを岸野とする。私と優子、それに莉子は彼女のサポート。いち早く地面に叩き落とすぞ?」
飛竜は空を飛ぶというのにヒカリは四人の騎士を討伐班に選ぶ。魔道士によって撃ち落とすという手段を選択しなかった。
「少佐、どういうことです? 我らが上空で戦うのは不利ですが?」
「理由は水系であることだ。上位の魔道士に有効な属性持ちがいない。数合わせの魔道士には傷も付けられんだろう。よって岸野の雷属性を頼ることにした」
無駄を排除した結果、常識的でない編成となってしまう。なぜなら空を飛ぶということはエアパレットの出力ステージを3程度まで引き上げる必要があるからだ。残りの魔力で飛竜と戦うのは無謀だと思える。
「戦えるのですか?」
「無論だ。戦法は落下傘。聞いたことはないか?」
ヒカリの話には首を振る玲奈。戦術論でも学んだ記憶はない。
「落下傘は極めて異例な戦術でな。魔道士がいない局面で女性剣士が行う最終的な戦法だ。飛来する対象よりも高く飛び、そこでエアパレットへの出力を止める。落下の勢いと合わせ最大魔力で対象を斬るという捨て身の作戦なんだよ」
聞けば納得の戦法であった。まさに捨て身といったところだ。エアパレットの出力を切ると、当然のこと落下するだけだ。それどころか全力で叩き斬れというのだから、捨て身というに相応しい。
「確かにそれならば……。男が編成されないのも理解できます」
やはりエアパレットで高く飛ぶならば体重は軽い方がいい。恐らく一八ではその高度にまで到達できないはずだ。よって女性剣士限定の戦い方なのだと。
「不服か? 何ならアタッカーを代わってやってもいいぞ?」
「いいえ、やります。私が適任であるのなら……」
玲奈が同意したことにより、緊急的な再編成が完了する。
飛竜はヒカリと優子、それに玲奈と莉子が担当し、魔道士部隊の守護に一八と伸吾が編成された。
全員、異論はなかった。危険度の違いはあったけれど、ヒカリの判断は適切であり、仮に勝利があるとすれば、それしかないように思う。
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