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第三章 存亡を懸けて

次なる任務

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 川瀬との作戦会議を終えた一八と玲奈。二人は親書を連合国へと運ぶ役目を請け負っている。

「浅村少佐、私たちはいつ頃出発すればいいのでしょう?」
 玲奈が聞く。いつでも出発できるけれど、生憎と親書が届くのを待たねばならない。

「親書は少将が手配してくれるだろうから、恐らく今晩には出発できるはず。気を付けていくのだぞ?」
 考えていたよりも早い。恐らくは兵団で文書を用意し、議長に承認印をもらうだけの仕事なのだろう。

「玲奈ちん、貧乏くじ引くの得意だね?」
「貧乏くじいうな……。莉子、貴様はちゃんと日課の筋トレを消化しておけよ?」
「分かってるよ。やっぱ力は正義だと痛感したし! カズやん君ってネームドエンペラーを投げ飛ばしちゃったんだよ?」
 予期せぬ話になる。昨晩は色々と忙しく、果てには疲れ果てて眠ったのだ。戦果については聞いていたけれど、どのようにしてネームドオークエンペラーを討伐したのか玲奈は知らなかった。

「一八、それは一体どういう状況なのだ? 私も死骸を確認したが、首を刎ねていただろう?」
 玲奈たちは基地に残る残党排除に尽力したのだ。その際に一八が討伐したオークエンペラーの死骸を見たらしい。

「んん? まあ、ああするしかなかった。ババァもいってたけど、なり振り構っていられる状況じゃなかったんだ。俺はエンペラーの腕を斬り付けたが、切り落とせなくてな。奈落太刀が腕に挟まって奪われたんだよ……」
 聞けば剣を失った状態とのこと。かといって玲奈は眉根を寄せた。剣を奪われたからといって柔術に切り替えるなど馬鹿だとしか思えない。

「柔術で殺せるはずもないだろうが?」
「いや玲奈ちん、投げ飛ばしただけじゃなくて火がでたの! ボウッと! ビックリした!」
 莉子は目撃したままを伝える。過度に語彙力のない説明であったけれど、一八が繰り出した技は属性発現していたのだと分かった。

「一八、貴様いつの間に柔術でも属性発現できるようになった?」
「ああいや、属性発現じゃねぇんだ。それは俺の血統スキル。どうにも使えねぇ天恵技なんだが、あの場面は血統スキルに頼るしかなかった……」
「ほう、奥田家の血統スキルはやはり柔術なのだな……」
 月下立杭は玲奈との一戦に際して習得した技だ。かといって、それが日の目を見ることなどなかった。スキルを使用する前に一八は脳震盪を起こしてしまったのだから。

「して、あの巨体を投げ飛ばしたのか? にわかに信じられんが……」
 玲奈は直にエンペラーの亡骸を見ている。だからこそ投げ飛ばしただなんて考えられない。家ほどもある巨大な魔物が宙に舞うなんて。

「身体強化全振りだ。防御魔法のステージをゼロにしたんだ。クッソ重かったけどな」
「やはり一八の方も際どい戦いだったのだな? 浅村少佐も無理をしたと話していたし」
 ネームド討伐の話が続いている。玲奈は少しばかり悔しかった。次々と実績を積み上げていく一八に。兵団を見渡してもオークエンペラーを二体狩った者など一八しかいないのだ。

「玲奈ちん、本当に凄かったのはエンペラーの首を切り落としたあとだよ! バーンって撃ち出されて、ドガーンって破壊しちゃってさ!」
 興奮気味に語る莉子。先ほどにも増して語彙力が不足している。
 けれども、当人である一八には十分であった。莉子がレイストームについて説明しているのは明らかである。

「実は解除班が全滅したらしくてな。俺のレイストームで術式を破壊したんだ……」
 少しばかり誇らしげに一八が語る。作戦を成功へと導いたのだ。術式の破壊は胸を張っても構わない戦果であった。

「レイストームか。強襲部隊の待機場所からでは見えなかったな。残念だ……」
「まあ、そのうちまた使うだろう。てか、確実に昏倒するからよ。周囲に仲間が複数いなきゃ使えねぇんだ。昨日はババァがいたから安心して撃てた……」
「昏倒? 貴様は自力で脱出したのだろう?」
 おかしな話である。確かヒカリからの連絡を川瀬が受けていたのだ。魔道士と合流したこと。一八の巨体を運び出すなんてできなかったはず。

「それね! 倒れたカズやん君にヒカリが魔力回復薬を流し込んで、バッシバシ叩いて起こしたんだよ! 超マジウケる!」
 そういえば目覚めたあと顔がヒリヒリしていたことを一八は思い出していた。更には作戦中にした莉子との約束も。

「てめぇ、俺が意識を失ったら、目覚めのキスをしてくれんじゃなかったのか?」
 平手打ちを受ける様を笑って語る莉子に、一八は薄い目をして聞いた。

「そいやそんな話したね! 今度はチューしてあげるよ!」
「おい莉子、一八は真に受けるからからかうな。妊娠してもしらんぞ?」
「ええ? チューで妊娠するはずないじゃん!」
 ケタケタと笑う莉子に玲奈もまた薄い目を向けた。玲奈が語ったのはそのあとのこと。ふとオークキングであった一八を思い出してしまったからだ。

「じゃあ、玲奈ちんも気を付けないとね! カズやん君としばらく一緒に行動すんだし!」
「私は慣れているから問題ない。仮にも隣家に住む幼馴染みだぞ?」
「イシシ! ま、そゆことにしとこう。本来なら、あたしもついて行きたいけど、腕を怪我しちゃったからね。色々な意味で気を付けていってきなよ?」
 からかうような目は無性に腹が立つ。わけもなく玲奈は莉子の頭をはたく。彼女は五歳も年上であったというのに。

「いったぁ!」
「莉子のくせに生意気だぞ?」
「あたしは年上じゃん!?」
 とりあえずはいつものように笑い話となった。
 しかしながら、莉子が話すように道中は気を付けるべきだ。連合国の首都トウキョウまではエアパレットで急いだとして五日はかかるはずであり、道中には魔物も多く現れるだろう。玲奈は気を引き締めて向かう必要があった。

 二人が請け負ったのは遊びではなく、歴とした外交であり、人族の未来に関わることであるのだから……。
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