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第三章 存亡を懸けて

一八とカイザー

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 一八は悩んでいた。莉子が戦えなくなった今、レイストームを使用すべきかどうかと。

 しかし、それは賭けである。一撃でカイザーを仕留められる保証はないし、何より使用後に昏倒してしまうのだ。莉子には魔力回復薬を飲ませるよう頼んでいるけれど、目覚めなければ彼女は一人となってしまう。利き腕を負傷した彼女がオークの大軍に対処できるはずもない。

「斬るっきゃねぇな……」
 今もなお一八たちを取り囲むオークたち。彼らはカイザーの勝利を疑っていないようだ。歓声にも似た声をかけ、ギャラリーに徹している。

 それは一八にとって光明を見出す希望であったけれど、幾重にも包囲されてしまうと帰路を塞ぐ蓋でしかない。今となっては撤退を選べない原因となっていた。

「タイマン上等っ!!」
 腕を斬り落とす作戦に切り替えた一八。以前と同じように持久戦を選んでいる。
 思えば最初からそうすべきであった。強者との戦いを早々に片付けようとしたことが過ちであり、地道な攻撃を繰り出し、無理な攻撃を仕掛けていなければ、今も莉子は戦えたかもしれない。

「ありったけの魔力を……」
 魔道士による一斉照射の時間が近づいていた。だからこそ、一八は防御魔法の段階を下げてまで斜陽へと魔力を注ぐ。いち早くカイザーの腕を斬り落としてやろうと。

「ぶった切れろぉぉっ!」
 渾身の一振りが放たれていた。強大な炎を纏ったその一撃はカイザーの左腕を的確に捕らえている。斬り落とすまでには至らないが、それはカイザーの皮膚を裂き、骨にまで届いた。

「よっしゃ!」
 連撃を加えようと思うも、刀が引き抜けない。斬撃が深く入ったまでは良かったのだが、強靭なカイザーの肉体は引き抜くことを許さなかった。

「クッソ!!」
 持っていかれまいと必死に柄を握る一八であるが、カイザーが腕を振り上げたことにより身体は意図せず宙に浮いた。そのまま振り回された一八は流石に掴んでいられなくなり、遂にはその手を離してしまう。

 包囲するオークの何体かに衝突した一八。直ぐさま立ち上がり、眼前にいたオークを蹴り飛ばしている。身体強化を施し、それはもう全力にて……。

「カズやん君!?」
「問題ねぇ! ジッとしてろ!」
 オークは完全に気圧されていた。一八が放つ殺気に強者の雰囲気を感じ取ったのかもしれない。一頭が蹴り殺された姿を目の当たりにしたオークたちは自然とカイザーへと繋がる道を開けていた。

「矮小なる人族、よくぞ俺様の肉体に傷をつけたな! 褒めてやろう……」
 カイザーにはまだ余裕があった。全力を以てしても腕が残っていること。それはもう一八が自身を倒せないと確信させるものであったに違いない。

「るせぇよ。俺の本領は柔術なんだ。残念だが、俺は武器を失ったわけじゃねぇ……」
「強がりとか惨めだな? さっさと拾え。俺様の前に跪き、剣を拾うがいい! 弱者らしく地に這いながらな!」
 言ってカイザーは左腕に刺さった斜陽を抜くと、足下に投げ捨てた。プライドなのか、或いは娯楽としてだろうか。武器を持たぬ人族の相手をするつもりはないようだ。

 一方で一八は考えていた。どう動くべきかと。カイザーが語った通りに斜陽を拾い上げるのか、それとも……。

「いけるか……?」
 直ぐさま結論を得ている。一八は駆け出し、猛然とカイザーに向かって突っ込んで行く。

「うおらぁあぁあああ!」
 一見すると斜陽を拾い上げるのだと思われた。何しろ一八は真っ直ぐに向かっていたのだ。
 その姿にカイザー自身も疑わない。矜持心もなく、施しを受けるように剣を拾うのだと。

「月下立杭!!――――――」

 カイザーの目の前。何を考えたのか、一八は天恵技を実行している。それは役に立たない血統スキルであったはず。強大な相手に対して有効だとは思えぬ柔術スキルであった。

 見守る莉子は声を失っていた。彼女もまた一八が斜陽を拾い上げるとばかり考えていたのだ。しかしながら、一八は直前で向きを変え、あろうとこか柔術スキルを実行している。

 カイザーの太股辺りに強烈な頭突きが入った。それは下腹部を狙う攻撃であったものの、身長差は歴然としており、一八は左足を狙っている。

 身体強化を最大にまで上げた一撃。無謀であると思われたその攻撃だが、意表をつかれたのかカイザーは前屈みになり怯んでいた。

「この豚野郎がぁぁっ!!」
 正直に月下立杭はカイザーの巨体に合っていない。奥襟と股ぐらを掴む技であったけれど、一八は下がった左腕を掴んでいる。左手でカイザーの手首辺りを握り、右手は先ほど斬り付けた傷跡をガッチリと掴んだ。

 目を疑う光景であった。あろうことか一八が繰り出した月下立杭は相手が巨躯であったことを考慮せず、スキルを実行していく。どう考えても担ぎ上げられるはずもなく、スキルのポイントであった場所とは異なる部分を掴んだというのに。

「うそ……?」
 莉子の眼前に拡がる炎。無謀な投げ技が成されようとしている。態勢を崩したカイザーは左腕ごと持ち上げられていたのだ。

「クソがぁぁあああっっ!!」
 一八の怒声が響き渡ったその瞬間、闇夜に月が昇る。
 血に染まったような不気味な月。莉子の視界に浮かび上がったのは紛れもなく紅月であった。燃え盛る赤い月が視界に焼き付いている。

 目撃したというのに、信じられないでいる。まさかカイザーの巨体が宙を舞うなんて。

「こんなの……」
 カイザーは勢いのまま取り囲んでいたオークの上に頭から落ちた。かといって一八が掴む手を離したわけではない。一八は今もカイザーの左腕を掴んだままだ。

 頭を振って莉子は目撃した全てを整理しようとしている。しかし、理解できるはずもない。
 一八は柔術スキルにてカイザーの左腕をもぎ取っていたのだから――――。
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