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第三章 存亡を懸けて
行軍
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一足早くオオツ砦へと到着した一八たち奇襲部隊。どうやらここからはエアパレットにて移動するらしい。やはり基本は奇襲であるようで、トラックでの移動は隠密さに欠けるということだろう。
奇襲班は一八と莉子、キョウトで合流した優子に班長であるヒカリの四人。奇襲班である四人は夕暮前にオオツを出立している。どうも彼らは事前の偵察も兼ねているようだ。
「こんなに魔力回復薬もらっていいのかよ?」
一八が聞いた。魔力回復薬は大量の魔石から抽出される貴重品だ。二十本も手渡された一八は流石に驚いている。
「問題ない。我らの戦果が作戦を左右するのだ。温存などで失敗してはならない。よって最初から全力で行け」
全員が二十本という過剰にも思える回復薬が与えられていた。それはやはり奇襲が成功するかどうかで戦局が大きく変わってしまうからだ。
「んでよ、ババァは何頭狩る? 確か五体は確認されているのだったな?」
一八が問いを重ねた。情報としてあるのは五体のオークキング。それが敵方の主力であるとのことだ。
「お姉さんと呼べと言っただろう?」
「少佐、その指摘は間違っているかと……」
騎士となった一八は今も階級でヒカリを呼んでいない。かといって奇襲班で礼儀をわきまえているのは優子だけである。
「ヒカリ、あんた偉くなったね?」
莉子もまた敬語すら使っていない。ずっと話しかけなかった彼女だが、奇襲班の四人に選ばれた今、初めてヒカリに声をかけている。
「ふむ、やはり莉子だったのだな。同姓同名かと思ったぞ……」
ヒカリも気にしていない。フクチヤマという地域の同級生である二人はやはり顔見知りであった。
「落第したしね……。まさかヒカリの隊に入るとは考えてなかったよ」
「実は迷った。昨年まで部下であった鷹山伸吾と……」
「ああ、やっぱ伸吾っちはヒカリの部下だったんだ?」
既に聞いていた話であるけれど、ヒカリから真相が伝えられている。さりとて疑問が生じていた。どうして実力を知る部下を選ばなかったのかと。
「なんで伸吾っちにしなかったの?」
「まあ理由は二つある。まず一つは莉子が奥田一八とペアになっていたこと。その次は単に莉子の実力を買っただけだ。飛竜を叩き落としたのだろう?」
どうやらヒカリは莉子についても調べていたようだ。彼女が一八のパートナーをしていたこと。更には飛竜の翼を無効化したことについても。
「やっぱカズやん君を買ってるんだ?」
「当たり前だろう? ピクニックならば、むさ苦しい大男など選ばん。更には無謀な作戦に少将を連れていけるはずもない。この作戦において選ぶべきはこの大男だ。逆に莉子は奥田一八を認めていないのか?」
「んなわけないっしょ? あたしは間近に見てる。一言でカズやん君は……」
一八が隣にいたというのに、ヒカリたちは一八の話を始めている。
「最強の刀士だ――――」
ヒカリだけでなく一八もまた莉子の方を向いた。以前は素直になれなかった彼女だが、今は否定することなく本心を口にしている。
「最強? それは私と比べてのことか?」
「あんたは曲刀使いじゃないっしょ? あたしたちは刀士。伝統を受け継ぐ者。カズやん君はその中でも一番の才能がある。体格的なことから、身体に宿る精神さえも……」
どうやらヒカリは比較対象とならなかったらしい。刀士という括りにおいて一八が最強だと莉子は話している。
一方でヒカリも一番の才能であることに疑いはない。体格に優れているだけでなく、背中を見せることのない戦闘スタイルは特に評価していた。
「まあそれな。最後は精神力がものを言う。奥田一八を選んだ理由の一つだ。きっとお前のパートナーは死の直前まで剣を振るだろう。だから莉子……」
ヒカリが続ける。異論などなかった彼女は莉子に対して要望だけを告げた。
「お前は死んでも奥田を守れ――――」
作戦が完遂されるのであれば、奥田一八の存在が必須。木の幹を守るために、枝葉となるように言った。
ヒカリの話は納得できるものであった。自身が生き残ったとして変えられる未来などない。けれど、彼女のパートナーには間違いなくその力がある。
「当然っしょ? 刀士を舐めないで欲しいなぁ。あたしは既に死んだ身なの。カズやん君に何度も救われている。ヒカリにあたしの生き様を見せてあげるよ。腕が千切れようとも、あたしは最後まで刀を振り、そして彼の道を切り開く……」
力強い返答にヒカリは笑みを浮かべた。期待したままである。しばらく名を聞かなかった無名の刀士が錆び付いていないのだと知れた。
「なら奥田はどうだ? パートナーを信頼できるか?」
ここで会話は一八が対象となっている。作戦を決行するのは四人。自身と優子はともかく、加わった二名とは十分な話し合いが必要だろうと。
「馬鹿にすんな? 俺は共和国のために剣を取った。このときのために振り続けたんだ。同じ志の刀士がいるのなら、俺は共に戦うだけ……」
一八もまた強気に返していた。理由は良いように変えられていたけれど、確かに一八は誓ったのだ。ヒカリに腹を裂かれ入院した折。玲奈に対して言い放っている。
「天軍を全滅させっぞ……」
一八はあのときと同じ台詞を口にした。明らかに奇襲作戦の先を見たもの。語られる内容はこの場面に似つかわしくない。
「ふはは! 良い度胸だ。ならば聞くが、この奇襲が成功する確率はどれくらいだと思う?」
話のついでとばかりにヒカリが聞いた。今から決行となる奇襲作戦の成功確率について。
「なぜ俺に聞く? 立案したのはてめぇだろうが?」
「まあそうなんだがな。一応は私も算出した末に上申している。新人がどのように考えるのか聞いてみたいだけだ」
試されているのかもしれないと一八は思った。かといって、ここで100%と答えられるほど楽観的には考えていない。
「五分五分ってとこか?」
勝算があっての進軍であろう。よって一八はそのような結論に至っている。
「楽観主義者か? どうやれば何万という大軍に四人で勝利できる?」
「てめぇが聞くから答えただけだろ? 俺だって奇襲の目的くらい分かってる。オークキングの殲滅。それを成す確率は半々ってとこじゃないか?」
一八は問いに答えただけ。実際に承認された作戦なのだ。議会が何も考えていないはずはなかった。
「そうか、五分もあるのか! それはいい! 楽な戦いになりそうだ!」
「ちょっと、少佐! あまり一八君を虐めないでくださいって!」
大笑いするヒカリに、それを制するような優子。何だか一八は明確に間違えたような気がしてしまう。
「あん? どういうことだ?」
「いや、すまん……。我々が立てた計画とまるで違っていたのでな。つい面白がってしまった……」
言ってヒカリは語り出す。彼女たちが立案したとんでもない作戦の全貌を。
「まず任務完遂確率は5%未満……」
まるで予想外の話に一八は絶句している。どうすればそのような作戦が許可されるのか、少しも理解できない。
「それもオークキングが五体として考えた場合だ。それ以上にいたのなら、更に確率は下がるだろう」
「いや待て! 議会はとち狂ってんのか!? ほぼ失敗が確定しているだろ!?」
一八が話す通りだった。議会が承認した作戦であり、兵団が先走ったわけではない。決して大規模とは言えない行軍であったけれど、無駄死にとなるような作戦などあり得なかった。
「奥田、それは候補生と騎士の違いだ。我々とて死に急ぐつもりなどない。しかし、現状を把握しているからこそ、勝負に出るときが今なのだと分かる。今しかないのだと……」
ヒカリが続ける。候補生であった一八は戦況を見極められていないのだと。5%しかないと考えてしまうことこそが間違いであることを。
「今なら5%程度は期待できる。しかし、傷ついたオーク共が回復するにつれ、それは極端に下がっていくだろう。そもそも我ら共和国は防衛の要であるマイバラ基地を失ったのだぞ? もう既に死に体なのだ。従って5%は光明といえる。我々はそれに懸けるしかなかった……」
「いやでも、それならもっと大編隊を組織しろよ!? 本隊が三千だなんて頭おかしいだろ!?」
流石に看過できなかった。今しかないというのなら、それに見合った部隊を編成すべきであると。騎士学校で学んだ戦術論ではそう習っていたのだ。
「奇襲だといったはず。何万の軍勢が見つからずに行軍できるはずもないだろう? あくまで秘密裏に。我らは闇をつく以外に勝機を見出せん」
言わんとすることは一八にも分かる。しかし、幾ら何でも三千は少なすぎるように思った。
「まあ言い方が悪かったな。三千だからこそ承認を得られたんだ……」
ヒカリはこの作戦が問題なく承認されたわけを語る。死に急ぐような作戦が認められた理由について。
「全滅したとして痛くないだろう?――――」
言葉がない。一八は顔を何度も振るだけだ。
その理由は受け入れ難いもの。だが、議会が承認したわけは明確になってもいた。
「期待されて……ないのか?」
そう尋ねるしかなかった。まさかとは思うが、捨て駒になった可能性を否定できない。一八は議会が承認した理由を他に思いつかないでいる。
「期待されていたとすれば、兵を掻き集めただろう。ナガハマに残る兵力や義勇兵を投入したはずだ。けれど、今しかないと訴えるのは無駄だった。だからこそ最低限の人数を再提示し、承認を取ったのだ……」
どうやら、この出撃は兵団の主張にすぎず、共和国議会は少しも期待していないと思われる。追加的に兵を増員することすらしない議会は敗北すると決めつけているようだ。
「いや、お前それ!?」
一八はそれ以上の言葉を紡ぐことができなかった。確率はともかくとして、議会の承認を得たとはいえない。仕方なく承認したとしか思えないものだ。
「全ては最初から想定内のことだ。編成の規模や人選に至るまで。提案者である川瀬少将と私以外は新人から選ぶしかないのは分かりきっていた……」
言ってヒカリは大笑いする。如何にも馬鹿げていると。奇襲しか手がなかった状況を笑い飛ばしていた。
「ちょっとヒカリ! あたしは期待されて選ばれたんじゃないの!?」
ここで莉子が口を挟んだ。どうしても納得できない。飛竜の翼を叩き斬ったこと。少なからず飛竜の討伐がこの人選に繋がったと考えていたというのに。
「いや期待しているぞ。何しろ議会は今年度における候補生のレベルを理解していないのだ。だからこそ出し惜しみすることなく認めてしまった。従って勝算はある。たとえ5%であろうとも……」
どうにも納得できない一八だが、ヒカリがごり押ししたわけも理解している。現場と議会は違うのだと。数字でしか議会が見ていないことを。
「なら、てめぇはどう勝利に結びつける? 確率じゃなく明確な基準が聞きたい……」
一八が問い質すようにいう。このまま作戦開始となるよりも、疑問を解消しておこうと。
ヒカリは間違いなく上官であったけれど、同じ戦場に立つ兵士として聞いた。
「五体いるオークキング。我らが勝利する必須条件はその内の二体を奥田一八が斬ることだ……」
ヒカリの返答に一八はオッと声を上げる。
間違いなく困難な任務だが、それでも光明を見出せる条件ではあった。しかし、直ぐさま気付く。五体いるはずのオークキングのうち、一八が二体斬るだけでいいなんて話は流石に聞き流せない。
「どういうことだ?」
ここは問うしかない。どうにも一八は見くびられているように感じている。
「そのままだが? 間違いなく私が三体以上狩るからだ……」
やはり予想通りであった。ヒカリは期待しているようで期待していない。一八が二体を斬るだけで勝利に近付くと考えているのだ。
「ふざけんなよ? てめぇが三体狩るなら、俺は四体斬ってやる! みじん切りにしてやんよ!」
「ちょ、カズやん君!?」
堪らず莉子が口を挟むも、一八は顔を振るだけだ。売り言葉に買い言葉。彼はこの局面にあってもヒカリに対抗心を燃やしている。
「ほう、それなら一割程度にまで上がるかもしれん。男に二言はないな?」
「当然だろ? 俺は浅村ヒカリには負けたくねぇ。もう二度とな!」
ヒカリは笑みを浮かべている。どうやら彼女の思惑通りになったらしい。焚き付けることで必ず奮起するはずと疑っていない感じだ。
日が落ちてしばらく経つ。徐々にマイバラ基地が近付いていた。たった四人の行軍。それでも彼らは前へと進み続ける……。
奇襲班は一八と莉子、キョウトで合流した優子に班長であるヒカリの四人。奇襲班である四人は夕暮前にオオツを出立している。どうも彼らは事前の偵察も兼ねているようだ。
「こんなに魔力回復薬もらっていいのかよ?」
一八が聞いた。魔力回復薬は大量の魔石から抽出される貴重品だ。二十本も手渡された一八は流石に驚いている。
「問題ない。我らの戦果が作戦を左右するのだ。温存などで失敗してはならない。よって最初から全力で行け」
全員が二十本という過剰にも思える回復薬が与えられていた。それはやはり奇襲が成功するかどうかで戦局が大きく変わってしまうからだ。
「んでよ、ババァは何頭狩る? 確か五体は確認されているのだったな?」
一八が問いを重ねた。情報としてあるのは五体のオークキング。それが敵方の主力であるとのことだ。
「お姉さんと呼べと言っただろう?」
「少佐、その指摘は間違っているかと……」
騎士となった一八は今も階級でヒカリを呼んでいない。かといって奇襲班で礼儀をわきまえているのは優子だけである。
「ヒカリ、あんた偉くなったね?」
莉子もまた敬語すら使っていない。ずっと話しかけなかった彼女だが、奇襲班の四人に選ばれた今、初めてヒカリに声をかけている。
「ふむ、やはり莉子だったのだな。同姓同名かと思ったぞ……」
ヒカリも気にしていない。フクチヤマという地域の同級生である二人はやはり顔見知りであった。
「落第したしね……。まさかヒカリの隊に入るとは考えてなかったよ」
「実は迷った。昨年まで部下であった鷹山伸吾と……」
「ああ、やっぱ伸吾っちはヒカリの部下だったんだ?」
既に聞いていた話であるけれど、ヒカリから真相が伝えられている。さりとて疑問が生じていた。どうして実力を知る部下を選ばなかったのかと。
「なんで伸吾っちにしなかったの?」
「まあ理由は二つある。まず一つは莉子が奥田一八とペアになっていたこと。その次は単に莉子の実力を買っただけだ。飛竜を叩き落としたのだろう?」
どうやらヒカリは莉子についても調べていたようだ。彼女が一八のパートナーをしていたこと。更には飛竜の翼を無効化したことについても。
「やっぱカズやん君を買ってるんだ?」
「当たり前だろう? ピクニックならば、むさ苦しい大男など選ばん。更には無謀な作戦に少将を連れていけるはずもない。この作戦において選ぶべきはこの大男だ。逆に莉子は奥田一八を認めていないのか?」
「んなわけないっしょ? あたしは間近に見てる。一言でカズやん君は……」
一八が隣にいたというのに、ヒカリたちは一八の話を始めている。
「最強の刀士だ――――」
ヒカリだけでなく一八もまた莉子の方を向いた。以前は素直になれなかった彼女だが、今は否定することなく本心を口にしている。
「最強? それは私と比べてのことか?」
「あんたは曲刀使いじゃないっしょ? あたしたちは刀士。伝統を受け継ぐ者。カズやん君はその中でも一番の才能がある。体格的なことから、身体に宿る精神さえも……」
どうやらヒカリは比較対象とならなかったらしい。刀士という括りにおいて一八が最強だと莉子は話している。
一方でヒカリも一番の才能であることに疑いはない。体格に優れているだけでなく、背中を見せることのない戦闘スタイルは特に評価していた。
「まあそれな。最後は精神力がものを言う。奥田一八を選んだ理由の一つだ。きっとお前のパートナーは死の直前まで剣を振るだろう。だから莉子……」
ヒカリが続ける。異論などなかった彼女は莉子に対して要望だけを告げた。
「お前は死んでも奥田を守れ――――」
作戦が完遂されるのであれば、奥田一八の存在が必須。木の幹を守るために、枝葉となるように言った。
ヒカリの話は納得できるものであった。自身が生き残ったとして変えられる未来などない。けれど、彼女のパートナーには間違いなくその力がある。
「当然っしょ? 刀士を舐めないで欲しいなぁ。あたしは既に死んだ身なの。カズやん君に何度も救われている。ヒカリにあたしの生き様を見せてあげるよ。腕が千切れようとも、あたしは最後まで刀を振り、そして彼の道を切り開く……」
力強い返答にヒカリは笑みを浮かべた。期待したままである。しばらく名を聞かなかった無名の刀士が錆び付いていないのだと知れた。
「なら奥田はどうだ? パートナーを信頼できるか?」
ここで会話は一八が対象となっている。作戦を決行するのは四人。自身と優子はともかく、加わった二名とは十分な話し合いが必要だろうと。
「馬鹿にすんな? 俺は共和国のために剣を取った。このときのために振り続けたんだ。同じ志の刀士がいるのなら、俺は共に戦うだけ……」
一八もまた強気に返していた。理由は良いように変えられていたけれど、確かに一八は誓ったのだ。ヒカリに腹を裂かれ入院した折。玲奈に対して言い放っている。
「天軍を全滅させっぞ……」
一八はあのときと同じ台詞を口にした。明らかに奇襲作戦の先を見たもの。語られる内容はこの場面に似つかわしくない。
「ふはは! 良い度胸だ。ならば聞くが、この奇襲が成功する確率はどれくらいだと思う?」
話のついでとばかりにヒカリが聞いた。今から決行となる奇襲作戦の成功確率について。
「なぜ俺に聞く? 立案したのはてめぇだろうが?」
「まあそうなんだがな。一応は私も算出した末に上申している。新人がどのように考えるのか聞いてみたいだけだ」
試されているのかもしれないと一八は思った。かといって、ここで100%と答えられるほど楽観的には考えていない。
「五分五分ってとこか?」
勝算があっての進軍であろう。よって一八はそのような結論に至っている。
「楽観主義者か? どうやれば何万という大軍に四人で勝利できる?」
「てめぇが聞くから答えただけだろ? 俺だって奇襲の目的くらい分かってる。オークキングの殲滅。それを成す確率は半々ってとこじゃないか?」
一八は問いに答えただけ。実際に承認された作戦なのだ。議会が何も考えていないはずはなかった。
「そうか、五分もあるのか! それはいい! 楽な戦いになりそうだ!」
「ちょっと、少佐! あまり一八君を虐めないでくださいって!」
大笑いするヒカリに、それを制するような優子。何だか一八は明確に間違えたような気がしてしまう。
「あん? どういうことだ?」
「いや、すまん……。我々が立てた計画とまるで違っていたのでな。つい面白がってしまった……」
言ってヒカリは語り出す。彼女たちが立案したとんでもない作戦の全貌を。
「まず任務完遂確率は5%未満……」
まるで予想外の話に一八は絶句している。どうすればそのような作戦が許可されるのか、少しも理解できない。
「それもオークキングが五体として考えた場合だ。それ以上にいたのなら、更に確率は下がるだろう」
「いや待て! 議会はとち狂ってんのか!? ほぼ失敗が確定しているだろ!?」
一八が話す通りだった。議会が承認した作戦であり、兵団が先走ったわけではない。決して大規模とは言えない行軍であったけれど、無駄死にとなるような作戦などあり得なかった。
「奥田、それは候補生と騎士の違いだ。我々とて死に急ぐつもりなどない。しかし、現状を把握しているからこそ、勝負に出るときが今なのだと分かる。今しかないのだと……」
ヒカリが続ける。候補生であった一八は戦況を見極められていないのだと。5%しかないと考えてしまうことこそが間違いであることを。
「今なら5%程度は期待できる。しかし、傷ついたオーク共が回復するにつれ、それは極端に下がっていくだろう。そもそも我ら共和国は防衛の要であるマイバラ基地を失ったのだぞ? もう既に死に体なのだ。従って5%は光明といえる。我々はそれに懸けるしかなかった……」
「いやでも、それならもっと大編隊を組織しろよ!? 本隊が三千だなんて頭おかしいだろ!?」
流石に看過できなかった。今しかないというのなら、それに見合った部隊を編成すべきであると。騎士学校で学んだ戦術論ではそう習っていたのだ。
「奇襲だといったはず。何万の軍勢が見つからずに行軍できるはずもないだろう? あくまで秘密裏に。我らは闇をつく以外に勝機を見出せん」
言わんとすることは一八にも分かる。しかし、幾ら何でも三千は少なすぎるように思った。
「まあ言い方が悪かったな。三千だからこそ承認を得られたんだ……」
ヒカリはこの作戦が問題なく承認されたわけを語る。死に急ぐような作戦が認められた理由について。
「全滅したとして痛くないだろう?――――」
言葉がない。一八は顔を何度も振るだけだ。
その理由は受け入れ難いもの。だが、議会が承認したわけは明確になってもいた。
「期待されて……ないのか?」
そう尋ねるしかなかった。まさかとは思うが、捨て駒になった可能性を否定できない。一八は議会が承認した理由を他に思いつかないでいる。
「期待されていたとすれば、兵を掻き集めただろう。ナガハマに残る兵力や義勇兵を投入したはずだ。けれど、今しかないと訴えるのは無駄だった。だからこそ最低限の人数を再提示し、承認を取ったのだ……」
どうやら、この出撃は兵団の主張にすぎず、共和国議会は少しも期待していないと思われる。追加的に兵を増員することすらしない議会は敗北すると決めつけているようだ。
「いや、お前それ!?」
一八はそれ以上の言葉を紡ぐことができなかった。確率はともかくとして、議会の承認を得たとはいえない。仕方なく承認したとしか思えないものだ。
「全ては最初から想定内のことだ。編成の規模や人選に至るまで。提案者である川瀬少将と私以外は新人から選ぶしかないのは分かりきっていた……」
言ってヒカリは大笑いする。如何にも馬鹿げていると。奇襲しか手がなかった状況を笑い飛ばしていた。
「ちょっとヒカリ! あたしは期待されて選ばれたんじゃないの!?」
ここで莉子が口を挟んだ。どうしても納得できない。飛竜の翼を叩き斬ったこと。少なからず飛竜の討伐がこの人選に繋がったと考えていたというのに。
「いや期待しているぞ。何しろ議会は今年度における候補生のレベルを理解していないのだ。だからこそ出し惜しみすることなく認めてしまった。従って勝算はある。たとえ5%であろうとも……」
どうにも納得できない一八だが、ヒカリがごり押ししたわけも理解している。現場と議会は違うのだと。数字でしか議会が見ていないことを。
「なら、てめぇはどう勝利に結びつける? 確率じゃなく明確な基準が聞きたい……」
一八が問い質すようにいう。このまま作戦開始となるよりも、疑問を解消しておこうと。
ヒカリは間違いなく上官であったけれど、同じ戦場に立つ兵士として聞いた。
「五体いるオークキング。我らが勝利する必須条件はその内の二体を奥田一八が斬ることだ……」
ヒカリの返答に一八はオッと声を上げる。
間違いなく困難な任務だが、それでも光明を見出せる条件ではあった。しかし、直ぐさま気付く。五体いるはずのオークキングのうち、一八が二体斬るだけでいいなんて話は流石に聞き流せない。
「どういうことだ?」
ここは問うしかない。どうにも一八は見くびられているように感じている。
「そのままだが? 間違いなく私が三体以上狩るからだ……」
やはり予想通りであった。ヒカリは期待しているようで期待していない。一八が二体を斬るだけで勝利に近付くと考えているのだ。
「ふざけんなよ? てめぇが三体狩るなら、俺は四体斬ってやる! みじん切りにしてやんよ!」
「ちょ、カズやん君!?」
堪らず莉子が口を挟むも、一八は顔を振るだけだ。売り言葉に買い言葉。彼はこの局面にあってもヒカリに対抗心を燃やしている。
「ほう、それなら一割程度にまで上がるかもしれん。男に二言はないな?」
「当然だろ? 俺は浅村ヒカリには負けたくねぇ。もう二度とな!」
ヒカリは笑みを浮かべている。どうやら彼女の思惑通りになったらしい。焚き付けることで必ず奮起するはずと疑っていない感じだ。
日が落ちてしばらく経つ。徐々にマイバラ基地が近付いていた。たった四人の行軍。それでも彼らは前へと進み続ける……。
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2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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