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第三章 存亡を懸けて

血統スキル

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「任務は騎士学校の試験官だ……」
 思わず玲奈はあっと声を上げてしまう。まだ記憶に新しい。浅村ヒカリ大尉もまた試験官を引き受けていたのだ。概ね尉官の仕事であり、若かった彼には断れなかったはず。

「そこで俺は武士の試験官となった……」
 運命めいていたのだろうか。玲奈は小さく首を振った。なぜなら彼女は結果を知っているのだ。岸野魔道剣術道場の正門には今も受験結果が張り出されているのだから。

「まさか父上は川瀬少将に勝ったのか……?」
 独り言にも思える問いに頷きが返されていた。それは肯定を意味するものであり、受験結果に偽りがないことを証明している。

「後にも先にも武士に負けたのは、あの一戦だけだ。軽くあしらってやろうと考えていたのも事実だが、俺は強烈な一撃を浴びて膝をついた……」
 川瀬の強さは玲奈もよく知るところだ。祖父が健在であった頃は川瀬に稽古をつけてもらったこともある。また武士との乱取りを見ても、明らかに川瀬は強者であったのだから。

「そんな……?」
 現在ならまだしも、当時武士は十八歳。未熟な受験生が川瀬に勝てるはずもなかったのだ。
 しかしながら、理由は簡単なものであった。予想外ではあるけれど、武士が勝利するならそれしかないと思えること……。

「突如として発現した血統スキルを俺は躱せなかった……」

 どうにも信じられない。起死回生となる一撃が血統スキルの発現であるなど、考えられなかった。血統者であっても、弛まぬ努力の末に発現するものだと玲奈は知っていたから。

「スキルの名は雷霆斬《らいていざん》。俺は少しも目で追えなかった。咄嗟に防御魔法を展開したけれど、まともに受けた俺の腹は裂け、倒れ込むしかなかったんだ。更には武士も魔力切れで昏倒し、俺たちは二人して病院送りとなっている……」
 武士は勝利のコールを聞いたあと、地面に伏したのだという。川瀬に勝利した事実は評価を得たものの、魔力切れと筆記試験の結果が響いてしまい合格できなかったらしい。

「今思えば武士には悪かった。俺がもう少し上手く受けてさえおれば、推薦できたというのに……」
 どうやら共に病院送りとなったため、試験のあとにある推薦審査会に出席できなかった模様だ。筆記試験が絶望的であった武士は推薦なしではどうにもならない。つまるところ町道場の師範をするしかなかったようだ。

「雷霆斬……」
 玲奈は全身に悪寒を感じていた。それはそのはず彼女は直ぐさま稲妻を連想してしまったのだ。

「川瀬少将、申し訳ないが、雷霆斬を私が習得するのは不可能です。ただの属性発現であっても、身体が強張る。まして血統スキルだなんて精神が持つかどうか分からない」
 玲奈は試すよりも前に諦めていた。雷霆とは激しい稲妻。名前を聞くだけで悪寒を覚えてしまう。

「まだ雷を怖がっているのか? まったく紫電の名を受け継ぐのはお前しかいないというのに……」
 紫電とは先代の師範である岸野武蔵の二つ名であった。数多の大会を無敗で制した彼はいつしか紫電の武蔵と呼ばれるようになったという。

「父上では駄目なのですか? その技を授かったのは父上でしょう?」
「それはそうなんだが、どうにも俺は武士がやんちゃしていた頃のイメージが抜けなくてな。幼いながらも熱心に稽古をしていた玲奈の方を買っている」
 今も川瀬は岸野魔道剣術道場を気にしていた。それは全て武士に不安を感じていたからだ。もしも岸野流がこの先に更なる称賛を得られるのなら、それは玲奈の手であって欲しいとも考えている。

「とにかく玲奈は雷霆斬を習得しろ。今の魔力はどれくらいだ?」
 半ば強制的に話が進む。玲奈としてはまだ了承したわけではないというのに。

「今は720です。伸びしろを含めると980になりますが……」
「十分だ。よく努力したな。何しろ雷霆斬は一度に600も消費してしまう。当時武士はちょうど600しか魔力がなく、天恵技が発現したものの。、丸二日入院することになったのだ」
 比較は全て武士である。発現させた当人は昏倒したらしいが、改めて玲奈になら扱えると川瀬は考えているようだ。

「いやしかし、本当に駄目なんです! 私は雷が恐ろしくて、そのようなスキルを実行できるとは思えません……」
 玲奈は再び首を振った。どう考えても自分には無理だと。一八と属性発現の特訓をしたときも、イメージすることすらできなかったのだ。

「玲奈、お前には戦う力がある。だから無理だとかいうな。玲奈が斬るたびに誰かが失われずに済む。仮に強大な魔物であれば、大勢が命を失わずに済むのだ。恐ろしい? 笑わせるな。騎士とは守るものだ。現状のお前は騎士になっただけで、本当の意味で騎士にはなっていない」
 ゴクリと唾を飲み込む玲奈。分かっていたことであるが、指摘されるとその通りだと思う。自身が放つ雷撃が恐ろしいだなんて、情けないにも程がある。

「私は……」
「死ぬ覚悟があるのだろう? ならば死んで見せろ。刀士の真髄は決して折れぬ魂にあるのだ。どのような強敵であっても背を向けてはならない。前に踏み出すため、我ら刀士は日々精進し、敵を屠る力を得ようとする……」
 説教にも似た話に、はぁっと溜め息を吐く玲奈。しかしながら、次の瞬間には表情を引き締めた。これより身を置く場所は学校のクラブ活動ではない。人族の存亡を賭けた戦いが始まるのだ。玲奈が怖がるせいで、大勢がそれ以上の恐怖を覚える場面もきっとある。

「川瀬少将、雷霆斬についてお聞かせ願おう……」
 ようやくと決意が固まる。玲奈は習得方法について質問を始めた。
 対する川瀬は笑みを浮かべている。玲奈の腕前は誰よりも評価しているつもり。その彼女が刀士としての高みを目指そうというのだ。知りうることは余すことなく伝えようと思う。

「俺は見たままを伝えるだけ。武士に聞いたわけではないからな……」
 そう断ってから川瀬が語り出す。自身が受けた血統スキル。武士が放った天恵技について。

「あれは左切り上げ。いや、逆風《さかかぜ》に近い太刀筋だった……」
 左切り上げとは相手の左下から右肩へと斬り上げるものであり、逆風は下から上へと斬るものであった。

「踏み込みの瞬間、確かに武士は左切り上げの構えだった。もの凄い魔力を纏っていたんだ。ただし、稲妻は視認できなかった……」
 玲奈にとって朗報である。血統スキルであるから、間違いなく強大な稲妻を発するものだと考えていた。だから川瀬の話には少しばかり安堵している。

「俺は魔力量からとんでもない属性攻撃があると予想した。よって俺は左切り上げの構えに合わせつつも、防御魔法をステージ3まで展開したんだ……」
 やはり川瀬は達人級であるようだ。構えと魔力量だけで適切な判断を瞬時に行ったのだから。

「だが、防御に意味はなかった。踏み込みと同時に武士の刀は切っ先を変えていたんだ。加えて俺は何が起きたのかも分からぬまま、圧縮された魔力を土手っ腹に感じていた……」
 川瀬の話に玲奈は眉間しわを寄せている。聞いたままであるのなら川瀬は何も見ていない。構えと結果しか分かっていない感じだ。

「川瀬少将、それでは少しも理解できません。父上は確かに刀を振ったのですよね?」
「無論。振ったからこそ発現した。確かに俺は何も見ていないが、その身に受けたのだ。どういう技であったのかは誰よりも理解している」
 腹を切り裂かれたくらいしか分からなかったはず。だが、川瀬は誰よりも理解したのだという。

「武士は振り上げただけだ。踏み込みよりも速く……」
 意外な話であった。かといって納得もしている。川瀬は武士の構えに対処していたのだ。その刀をすり抜けていくなどあり得るはずがない。

「振り上げただけですか?」
「うむ、間違いない。まあつまりは俺に向かって……」
 結果から導いた過程。川瀬は自信満々に告げている。

「超圧縮魔力波を撃ち込んだ――――」

 唖然と顔を振るしかない。玲奈自身も稲妻を放ったことがある。けれど、ステージ3の防御魔法を突き抜くほどの威力があるはずもなかった。

「本当……ですか?」
「嘘を言ってどうする? 俺は実際に腹を切り裂かれたんだ。傷口は稲妻による火傷を起こしていた。それこそがただの魔力圧縮ではなく、属性発現を伴っていたという理由であり、視認できないほど極細の稲妻によって斬り裂かれたという根拠だ……」
 一応は雷属性であるらしい。腹を切り裂いただけでなく、火傷を負っていたのはそのためだという。

「少将、私は属性発現を飛ばした経験があります。比較的容易に習得可能でしょうか?」
「玲奈、恐らくまるで性質が異なる。その記憶は一旦忘れた方がいい。なぜなら、俺が受けた稲妻は一つではない。幾重にも重なる濃密な雷。一瞬のうちに連撃を受けたのだろうと医者に言われたのだ。斬り裂くだけでなく、追撃ともいえる稲妻によって傷口が焼かれたらしい」
 一瞬の出来事であるはずだが、武士の剣技は幾度となく川瀬を斬り付けた。歴戦の騎士であった川瀬が入院するくらいなのだ。技の威力は容易に推し量れている。

「連撃ですか……」
「いやまあ、そこは天恵技に任せておけばいい。発現さえすれば同じような結果が得られるだろう。ポイントは踏み込みと切り上げ。ひょっとすると左切り上げ限定かもしれない。連撃故に多量の魔力を消費してしまうが、ヒカリの雪花斬と比較して勝るとも劣らない威力だ。練度を上げていけば、きっと玲奈の身を救う。必ず習得しておけ……」
 玲奈も見たヒカリの雪花斬。彼女は折れた剣であったというのに、一八の腹を横一文字に切り裂いていた。

 玲奈は頷いている。やれることは全てやろうと天界で誓ったまま。トラウマであったとしても取り組むべきことだと思う。

「行軍が始まるまでにでしょうか?」
 問題は時間がないことであった。これから一行はオオツ砦へと向かうことになっているのだ。特訓している暇はない。

「発現者が父親であったとして、それは流石に無理だ。俺が話しているのは、この戦いのあと……」
 絶句する玲奈。これより命を懸けた戦闘が始まろうというのに、どうしてかその先を見る川瀬が信じられないでいる。

「いや、これから大軍勢と戦うのですよ!?」
 流石に声を荒らげるしかない。生きて帰ることができるかどうかという段階にあるのだ。その先を見越した特訓だなんて馬鹿げているとしか思えない。

「玲奈……」
 川瀬はそれでも先を見ている。なぜなら、彼には確固たる信念があったからだ。

「仲間を信じろ――――」
 それはどこまでも強い意志である。信じるにしても程度があるはずで、これより向かうのは明確に死地であったというのに。

「俺たちは雑魚のオークを狩るだけだ。ヒカリたちがオークキングを必ず殲滅してくれる。我らは残党を始末するという簡単な任務。玲奈はオーク如きに弱音を吐くのか?」
 そういえばオークキングを討伐する奇襲班の存在があった。彼らは自分たち以上に厳しいミッションを抱えており、それこそ死をも覚悟しているはず。

「分かりました。オーク共は皆殺しにします……」
 どうにも一八が言いそうな台詞。言ったそばから玲奈は一八の顔を思い浮かべてしまう。騎士を目指し始めた頃から、彼はいつだって人族の未来を自ら切り開こうとしていたのだから。

「それでいい。魔力回復薬は多めに与えられるはずだ。玲奈、お前には期待している。闇夜に爆ぜる雷は確実にオーク共の動揺を誘うはずだ。魔力切れを気にすることなく属性発現を使っていけ……」
 川瀬はそんな風に続けている。使える駒が限られている現状であるというのに、やはり何の不安も覚えていないようだ。

 さりとて、玲奈もやる気に満ちている。一八たちがオークキングを殲滅するというのなら、ただのオーク如きに負けるわけにはならないのだと。
 決意を言葉に。玲奈は意気込みの全てを川瀬へと返していた。

 日の出までには殲滅しましょう――――と。
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