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第二章 騎士となるために

大穴のわけ

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 翌朝、魔道科Aクラスは魔道棟にある演習場へと来ていた。通常であれば個人個人がデバイスの手入れをして静かなことこの上ないのだが、今日は珍しく騒々しい。

「恵美里ちゃん、あそこどうして穴が開いてるの?」
 舞子が聞く。彼女はまだ自分に合ったマジックデバイスを決めかねていて、それどころではなかったというのに、壁に開いた巨大な穴が気になってしまう。

「分かりません。昨日はありませんでしたが……」
 恵美里が知るはずもない。何しろそれは放課後に開いたものだ。まだ応急処置すらされていない。原因を知るには教官に聞くしかないようである。

「どう見ても中から破壊されてますね? 魔法陣が機能しなかったのでしょうか?」
 小乃美も小首を傾げている。彼女のマジックデバイスはライフル型だ。射撃が得意であった彼女はスナイパーを目指しているらしい。

 三人が疑問に感じていると菜畑教官が演習場に現れた。即座に全員が整列し、指示などなくとも点呼が始まる。最後の一人が点呼完了との声を上げるや、菜畑がコホンと咳払いをした。

「あー、まずはおはよう。早速と授業を始める」
 何事もなかったかのように菜畑が言った。これには流石に全員が困惑しており、ざわついてしまう。中型の魔物でも出入りできるほどの大穴が開いている説明を全員が知りたがっているようだ。

「あの……菜畑教官、ご説明いただけませんか? わたくしたちは全員が気になって仕方がないのです」
 堪らず代表して恵美里が聞いた。彼女はこのままでは全員が集中できないだろうと察していたから。

「七条、何のことだ? 授業に関することか?」
「いや違います。壁にある大きな穴がどうしてできたのか知りたく存じます。昨日にはなかったものですから……」
 はぐらかそうとした菜畑だが、小さく息をついてから頷きを返す。

 教官の命令は絶対であり、無視しておけばしつこく聞かれることはないと考えていた。何しろ説明したとして何の意味もない。授業に費やす時間が減るだけなのだ。

「あれは奥田一八がレイストームを撃ち放って開けたものだ。魔法陣は正常に動作しているから貴様たちが気にする必要はない」
 手短に済ますつもりだが、疑問が返ってくることを菜畑は分かっている。一から十までおかしなことになっているのだ。剣術科である奥田一八から始まり、魔法陣が正常だといういことまで。

「レイストームは欠陥品ではなかったのでしょうか?」
「それなんだが、奥田は試しに触っただけで欠陥部分を突き止めた。どうも奴が持つ加護が作用したらしい。元々奥田の魔力は圧縮系であるのでな。魔法陣が減衰できる力ではなかったのだ……」
 こうなると全てを話した方が早い。だからこそ菜畑は何も隠さずに伝えている。

「どれだけの威力なのでしょう? 上級魔法でも吸収される魔法陣ですけれど?」
「うむ。レイストームは恐らくSランク以上の力がある。1050という魔力を一瞬にして消費してしまうのだ。七条であっても撃ち放つことはできん」
 全員が騒ぎ出してしまう。流石に聞き流せなかったようだ。魔力量が千を超える魔道士は過去にも数人しかいない。剣士がそれに到達してしまったのだから驚愕するしかなかった。

「1050ですか……?」
「二回計測したから間違いはない。ただそれだけの魔力があったとして、一発撃ち放っただけで魔力切れを起こした。未だかつて、それだけの魔法は存在しない。開発をした研究所に問い合わせたけれど、彼らが言うには試作品であって中級魔法をイメージしていたとのこと。従ってレイストームは奥田が作り上げた術式といえる」
 完全に別物となったようだと菜畑。ここにいる全員が術式論を受講していたけれど、入学間もないこの時期に中級魔法をSランク以上に引き上げられるだなんて現実のこととは思えない。

「一八さんは術式に精通しておられたのですか?」
「いやだから、それは女神の加護による恩恵のようだ。それ以外に説明はできん。主神による神命が下ったのだと思われる」
 瞬時にオオッと歓声にも似た声が巻き起こる。彼らも一八の神がかり的強さを知っているのだ。その彼に神命が下ったとしても不思議ではなかった。

「神は我々を見捨てたりしない。だが、たった一人で戦うのは不可能だ。従って君たち魔道士のタマゴはいち早く孵化したまえ。神の使徒と並び立てるように……」
 さあ授業を始めると菜畑が大きな声を張る。
 困惑していた魔道科の候補生たちだが、理由を知った今は全員が歯切れの良い返事をした。候補生たちは天軍の侵攻に不安を覚えていたけれど、神の使徒という強力な仲間がいる事実によって、勇気とやる気が充填されている。

 魔道科Aクラスはいつも以上に力の入った訓練を始めていた……。
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