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第二章 騎士となるために

レイストーム

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 もう直ぐ夕食だというのに、一八と伸吾は魔道科の教員室へと来ていた。
 流石に教員の姿は少ない。けれど、机に向かって作業する女性を見つけている。
「菜畑先生!」
 一八が大きな声を出して彼女を呼ぶ。菜畑は履修していた基礎魔道と応用魔道を担当する教官であった。

 思わぬ来訪者に眉根を寄せる菜畑だが、一八は知らない顔ではない。何の用だと彼女は一八に返している。
「実はデバイスを撃たせて欲しいんす。フレイムアローが構築されたやつを!」
「フレイムアロー? 何のためだ? 貴様は将来有望な剣士だろう?」
 流石に理由を問い質されてしまう。しかし、別に遊びというわけではない。一八はここに来た理由を最初から彼女に伝えている。

 しばし考え込む菜畑であったが、何も言わず彼女はスッと立ち上がった。
「先生、お願いします! 俺はどうしても魔法を使いたい!」
 席を立つ菜畑に一八は声を大きくした。剣術科の生徒は管轄外だと言いたげな表情。だからこそ訴えるだけである。
 しかし、杞憂であった。彼女の表情は別に不快感を示したものではなく、素の表情であっただけだ。

「ついてこい。撃たせてやる……」
 難航するかと思われたが、意外にもあっさりと許可がでた。また彼女は伸吾がいることについて何も問わずにいる。
 教員室を出て数分。三人は魔道棟と呼ばれる実習施設へと到着していた。

「でけぇ施設だなぁ……」
「うむ。ここは魔道科全員が一度に演習を行えるのだ。強大な魔法陣が設置された上にある。その魔法陣はSランク魔法であろうが、多人数同時発動であろうが即座に吸収してしまう優れものだ……」
 聞けば魔道塔という名に不似合いな性質があるようだ。数年前に開発された魔力無効化の術式が施してあり、どのような魔法も発動と同時に吸収されてしまうという。

「じゃあ、どうしてその魔法陣を前線基地に設置しないんすか?」
 素朴な疑問を一八が返した。確かに無効化できるのなら、前線基地にないのはおかしい。元が魔族という天主は魔法を得意としているのだから。

「あらゆる魔力を吸い上げるのだぞ? 照明が建物外にある理由は、あらゆる魔力を吸収してしまうからだ。基地全体に施してしまえば、回復魔法だけでなく、あらゆる魔道具が使用できない。前線基地の外壁沿いに小型の魔法陣が並べられているくらいだ。不意打ちを避けるためにもな……」
 基地全体に施せない理由は強力すぎるからだという。攻撃だけを防ぐのであれば問題なかろうが、生憎とこの魔法陣は無差別に魔力を吸収してしまうようだ。

「これがアローの短銃だ。属性制限はないので奥田でも問題はない」
 手渡されたのはトリガー式のハンドガンである。初級呪文らしく、どのような属性だろうと撃つことができるようだ。

「撃ってみろ。トリガーを引くだけだ……」
 的はなかったけれど、一八は誰もいない空間に向けてトリガーを引く。言われた通りに魔力を込めることもイメージすらしないままに……。

 刹那に炎の矢が飛び出していた。しかし、聞いていたのと少し違う。即座に吸収されるとされていた魔法は十メートルほども飛び出していたのだ。
「おい奥田、待て! 無駄に魔力を込めるんじゃない!」
「いや、込めてねぇっす! トリガーを引いただけっすよ!?」
 一八にもわけが分からなかった。言われた通りにトリガーを引いただけなのだ。なのに魔法陣が機能しなかったかのように撃ち出されてしまった。

「むぅ、貴様にはひょっとして魔道のセンスがあるやもしれん……」
「マジっすか!?」
 菜畑は持参した測定器に目をやり、そんな結論を口にする。
「今のは明らかに圧縮魔法。無意識だったのだろうが、教えられても習得できる魔道士は少ない。奥田、真剣に魔道をやってみないか?」
 どうやら一八は無意識のうちに魔力を圧縮していたようだ。それ故に瞬時には吸収されず、ある程度の距離を飛んだという。

「やります。履修していないっすけど、いいんすかね?」
「構わん。私のような熱心な教官がいて良かったな? 貴様の報告は既に受けている。魔力使用率が200%に達するなど、並大抵のことではない。恐らくは普段から貴様の魔力は圧縮されているはず。だから常に100%を超えてしまうのだ。魔道教官の殆どが鷹山を推したとしても、私は奥田一八こそが魔道士に相応しいと思う」
 持ち上げられすぎのような気もするけれど、素直に嬉しかった。魔道の心得なしとされるよりも、ずっと未来が輝いていたからだ。

「悪いんすけど、俺は剣士です。ただ天主を撃ち落とす手段が欲しいだけ。莉子のように空を飛ぶような真似はできないんで……」
 莉子は風属性の使い手であり、実際に彼女はエアパレットにて飛竜の羽を切り裂いている。あのような攻撃手段が一八は欲しかった。

「貴様のような思考をする剣士は少ない。ゴミのような矜持が捨てられず、魔道士を格下と決めつける者が殆どだ。しかし、貴様は魔道を知ろうとしている。余計な魔力を使用してまで敵を屠ろうとしているのだ。奥田の姿勢には尊敬すら覚えるよ」
 菜畑は尚も一八を褒め称えた。基礎魔道を受講しに来るところから、現状まで全て。魔道の重要性を理解したような一八を彼女は評価している。

「奥田、これを持て。もう一度計測する」
 言って菜畑は短銃とは異なる魔道具を一八に手渡す。今度はズシリと重たい。片手で扱えないこともなかったが、持ち手を見る限りは両手持ちのような気がする。
「それは魔道ライフル。中級魔法が施されている。ランクでいうとCかDに相当する術式が組み込まれているのだ……」
 魔道ライフルは魔道科の必須装備だ。短銃も持ち歩くけれど、基本的に魔道ライフルを携帯する。威力と魔力消費のバランスが取れた装備なのだという。

 またも一八は誰もいない空間に向かってライフルのトリガーを引く。狙いも何もなく、ただ撃っただけだ。
 やはり発射された火炎弾は十メートル以上も飛んでいた。まるで魔法陣が機能していないかのようにハッキリと視認できるほどに。

「うーむ、中級魔法でも圧縮されてしまうのか。まだ気分は悪くないか?」
 菜畑の問いには首を振る。まだ、たった二発を撃っただけだ。これくらいであれば身体強化よりも消費していないと思う。

「まだ余裕です。次は何を撃てばいいんすか?」
「調子に乗るな。魔道の道は険しい。中級までならともかく、上級以上となればトリガーを引くだけでは操れん。上級魔法は複合術式だからだ。術式を正確に理解していないことには魔力を流す順番を誤ってしまう」
 どうやら一八が考えるほど簡単なものでもないようだ。魔道科の真髄は中級以上の魔法にあると言いたげであった。

「あそこにある大砲みたいなやつは駄目なんすか? 撃ってみたいんですけど……」
「残念だが、それは欠陥品だ。剣術科も似たようなものだが、どうも本部は騎士学校をモニターの場と考えている。新開発した魔道具を送りつけては使用感を問うてくるのだ」
 このところは特に多いと菜畑。天軍の動きを察知した本部は新たな武器を次々と開発している。さりとて、いきなり最前線へ配備するわけにもならず、そのせいで比較的弱い魔物しか相手にしない候補生たちがモニターをさせられていた。

「欠陥品? どんな魔法が発動する予定だったんすか?」
「何でも疑似光属性を生み出す術式らしい。魔法名はレイストーム。光属性に極めて近いビーム砲を撃ち出す術式だ。理論上は可能だったらしいが、魔道科最大の魔力を持つ七条でさえも発動させられなかった……」
 隅に転がる砲身のようなもの。どうやら首席である恵美里でさえも撃てなかったらしい。
 机上の空論とはいうけれど、まさにそれは頭の中だけで成立した術式のようだ。

 一八は興味津々に砲身を拾い上げ、肩に乗せては構えてみる。ズシリと重さを感じるけれど、途轍もない武器を手にしたようで一八は高揚していた。
 照準に目をやり、一八はトリガーを引いてみる。
「――――!?」
 刹那にレイストームが輝きを放つ。同時に脳裏へと展開されていく幾つもの魔法陣。複雑な術式がどうしてか思い浮かび、一つずつが順番に重なり合っていく。
 それは記憶というより記録だった。情報を植え付けられているような感覚。なぜだか分からないが、一八はレイストームの術式がどのように作用し合っているのかを理解できている。
 次の瞬間、砲身からは目も眩むほどの輝きが撃ち出されていた。魔力無効化の魔法陣などなかったかのように……。

 その光の槍は撃ち出されるや、巨大な演習場の端まで減衰することなく届いた。挙げ句の果てには壁を撃ち破ってしまう……。

 一八は目の前で起きた事象に声を失っている。加えて身体中に覚える倦怠感が彼を襲った。それは恐らく魔力切れの兆候である。立っていられないほどの目眩に揺らいでいく視界。ここで一八は意図せず意識を失う……。

 砲身を担いだまま一八の身体は前のめりに倒れ込んでいく。
 唖然とするだけの菜畑と伸吾に構うことなく、大きな音を立てて彼はうつ伏せに倒れてしまった……。
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