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第二章 騎士となるために

実習のあと

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 一八と伸吾は夕食後、部屋で勉強していた。本日は日課のロードワークも中止となり、大人しく明日の予習をすることに。

「頭、さっぱりしたね?」
 机に向かう一八に伸吾が言った。それはそのはず一八は丸刈りだったのだ。
 防御魔法を展開していたけれど、飛竜の火球をその身に受けている。エクスキュアにて火傷は完治していたけれど、髪の毛まではどうしようもなかった。

「うるせぇ。てめぇも丸刈りにしてやろうか?」
 一八の話に伸吾は笑っていた。本来ならこのような冗談を口にできるはずもないと。
 飛竜との戦いによる代償が髪の毛だけだなんて安すぎる。命が幾つあっても足りないような魔物と戦い、罰則のような丸刈りだけで済むなんて考えられなかった。

「それで奥田君は本当に座学ばかりだね?」
「んん? しょうがねぇだろ。俺は馬鹿なんだし……」
「そんなことはないと思うけど、実技点は大丈夫なの?」
 卒業できる履修得点数に達していても、実技点が一定数以上に達していなければならない。座学ばかりで得点しても卒業はできなかった。

「ちょうど60点になる予定だ。何の問題もない」
「いや、それって一つも落とせないじゃないか!?」
 伸吾は驚いている。それはそのはず基本的に得点は余裕を見るものであり、剣術科であれば実技を中心にして履修するものだ。

「仕方ねぇだろ? 半期ごとに筆記試験もあるんだぞ? それで落ちたら目も当てられん」
「それはそうだけど、試験は基礎的なことばかりって聞いたよ!?」
 半期ごとにある筆記試験は騎士としての常識を問うものであった。学科の全範囲から出題されるものであって、何を履修していようと同じ試験を受けなければならない。

「その基礎が駄目なんだ。俺はちゃんと学びてぇんだよ……」
「意外と真面目なんだよねぇ?」
「意外は余計だ。それに俺は勉強が割と好きになったからな。やった分だけ返ってくるんだ。成長って意味なら筋トレとかより、よっぽどはっきりしてるし」
 喋りながらもペンを走らせる一八を伸吾はジッと見ていた。荒っぽいだけの男かと思えば、内面は真面目で真っ直ぐな性格。腕自慢によくある増長したところが少しもない。オークエンペラーと一騎討ちをしてしまう無鉄砲さも、今となっては理由があったとしか思えなかった。

「オークエンペラーと戦ったのはどうして? 君は一人きりだったんでしょ?」
 伸吾の質問が続く。一騎討ちを挑んだという一八の側に玲奈がいなかったのは明らかだ。また守るべき者がいない場所で逃げ出さなかったのはやはり不可解である。

「逃げようと思えば逃げられたかもしれん。まあでも逃げるつもりはなかった……」
 勝算があったようには思えなかったけれど、一八は一騎討ちを選択している。彼の返答に、ますます伸吾は眉間にしわを寄せていた。しかし、続けられた話は伸吾の思考を止めてしまう。

「俺は囮だったから――――」

 その理由には言葉がなかった。囮と言えど、あらゆる場面を想定したものではない。完全なイレギュラーであるエンペラーの登場はその限りではなかったはずだ。

「でもエンペラーが現れたら逃げるだろ!?」
「俺が言い出しっぺなんだ。逃げられるかよ。玲奈が無事に回復薬を届けるまで、俺はあの場所を動けなかった。それにビビって逃げ出したりしたら、あのババァが何を言うか分かったもんじゃねぇしな……」
 一八が語る理由は二つあった。一つは玲奈との約束。一八がオークを引き付けている内に玲奈が回復薬を届けるというものだ。もう一つはそれを依頼した者が浅村ヒカリであったからだという。

「大尉なら引けというだろうけどね? あの人は部下を大切にする人だよ……」
「俺にはクソみたいな女だけどな?」
 二人して笑う。印象はかなり違っていたけれど、一八への対応は確かに度が過ぎているようにも感じる。

「普段は冷静な人なんだけどな。奥田君の試験に乱入するなんて考えられないよ」
「ん? やけに詳しいんだな。知り合いか?」
 躊躇っていた話であったけれど、伸吾は一八にも話すことにした。いずれはバレる話であるし、一八なら気にしないと思えたから。

「僕は中卒でね。一般兵だったんだ。五年間ずっと戦っていた。大尉が赴任してからは、ずっと彼女の指示を受けている。騎士学校を薦めてくれたのも大尉なんだ……」
「マジかよ。面倒見がいいとこもあんのな?」
「いや、君が特別変な対応されてるだけだからね? ババァとか呼んでるからじゃないの?」
 やはり一八は気にしなかった。騎士学校には中卒なんて一人もいない。だというのに事情を尋ねることもしないし、気にする様子すらなかった。躊躇っていた自分自身が馬鹿らしく思えるほどに。

「試験に乱入しやがったときには絶対落とされると思ったぜ……」
「逆だよ逆。恐らく大尉は君を推薦しただろうし……」
「病院送りにされたんだぞ? 悪口の仕返しに決まってるだろ?」
 入院なんて初めての経験であった。それこそ腹を斬り裂かれるなんて経験をした人間は候補生にいないはず。まして、それをしたのが試験官だなんて普通ではなかった。

「それは違うよ。大尉は絶対に君を合格させたかったはず。だからこそ無理矢理に乱入したんだ……」
 一八にはまるで理解できない。伸吾の話は正直に眉根を寄せるものであった。どうして合格させたいのに乱入し、病院送りにするのかと。

「試験官は担当した受験生の中からしか推薦できないからね。だからこそ難癖つけてまで乱入したんだ。学科試験で奥田一八が落ちるかもしれないと知っていたんじゃないかな?」
 続けられた話にようやく一八は意味合いを理解していた。ヒカリが乱入した理由。記憶を辿れば、彼女が無茶をした原因は自分自身にあるのだと。

『稽古? 俺にとっての問題は学力なんだよ!――――』

 確かにそんな話をしていた。ガーゴイルを倒した褒美としてヒカリが望みを聞いてきたときだ。一八は彼女に騎士学校へと入れてくれと頼み、合格には学力が問題となっていることを伝えたはず。

「あの話のせいか……」
 もしもヒカリがあの遣り取りを覚えていたとしたら、試験時の奇行にも納得がいく。乱入したとしてヒカリにはメリットがないのだ。成長を見極めるにしても、わざわざ自分が胸を貸す必要はないし、何より玲奈の試験には乱入していない。

 ようやくと一八はヒカリの行動理由を理解していた。彼女が一芝居打っていたことを間接的に知らされている。
「それにしても大尉のスキルは凄かったね。僕は初めて見たよ。直に【雪花斬】を経験できるなんて奥田君が羨ましい。まあ胴体が真っ二つになるのは御免だけど……」
 言って笑う伸吾に一八は薄い目を向けている。完全に他人事のよう。一八自身は臨死体験であったというのに。

「とにかく僕は来週の広域実習が楽しみになって来た。今は本当に騎士学校へ入学して良かったと思ってる。待遇が良くなるだけじゃなく、良い仲間ができるなんてね」
「ま、それは俺もだ。仲間ってのは悪くない。同じ目標を持って同じ使命を負う。同期だから気も遣わねぇしな?」
「これから一年、改めてよろしく。僕は本当に幸運だ……」
 スッと差し出された手。伸吾の表情を見る限りは本心に違いない。冗談で受け流すなんてできないし、一八は素早くその手を取るだけだ。

 ガッチリと握手が交わされている。この先にある喜びも苦しみも共有していく。この握手には全ての想いが込められていた。
 一八は笑みを浮かべて言う。照れくさい感じはしたけれど、伸吾の本心に応えるつもりで。

 どんなときも俺たちは仲間だ――――と。
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