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第二章 騎士となるために

仲間

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 火炎袋へと斜陽を突きつけた一八。荒い息を吐きながら、満足そうに彼は笑みを浮かべている。
「ざまぁみろ……」
 言って一八は柄から手を離し、崩れ落ちるようにゆっくりと地面に横たわった。

 唖然としていた莉子だが、この危機には奮い立つしかない。勇気と体力を総動員すべきときであって、後先を考える余裕はなかった。
 重い身体を無理矢理に動かし、莉子は一八の元へと走る。悶絶する飛竜に一八が踏み潰されないように。全力で彼の腕を引っ張っていた。

「重すぎぃ!」
 か細い魔力にて身体強化をし、ようやく引き摺ることができた。しかし、その速度は遅く、とても避難させられたとは言い難い。距離にして数メートル離れただけである。

 不意に飛竜が長い尾を振り回した。のたうち回る飛竜の行動。決して狙ったものではないはずだが、範囲内にいた二人には明確な攻撃となる。
「キャァァッッ!!」
 左腕を負傷し、右手一本で一八を引っ張る莉子には零月にて防御などできない。加えて一八を置き去りとするつもりもなかった。仮に飛竜の尾が襲い来るのなら、莉子はそれを全身で受け止める羽目になる。

 ところが、痛みを感じない。激痛どころか何かが触れた感覚すらなかった。
 少しの痛みも感じることなく失われたかと思うも、意識ははっきりとしている。思わず目を瞑っていたけれど、莉子はまだ自分が生きているのだと分かった。
 恐る恐る目を開くと、莉子は現実を目の当たりにする。

「よくやった、莉子!」
 なぜか眼前には長い黒髪のルームメイトがいた。更には班のリーダーを買って出たような男の子もいる。どうしてか二人して飛竜の尾を食い止めていた。

「玲奈ちん!」
「金剛さん、少しは手伝って欲しいな。かなりキツい……」
「いやでも、あたし左腕に力が入らない……」
 助けてもらうだけでは忍びない。けれども、莉子は片手で零月を振れなかった。よって現状の彼女には何もできない。

 すると玲奈が近寄れと指を動かす。何だかよく分からなかったものの、莉子は彼女に歩み寄る。
「キュア!」
 玲奈がそういうと痛みが取れてしまう。それどころか間違いなく腕に力が入っている。
「回復魔法!?」
「莉子、さっさと零月を寄越せ。貴様は私の刀を使え!」
 莉子は驚くしかなかった。玲奈が回復魔法を習得していることに加え、彼女は自身の愛刀を貸せと口にするのだ。また莉子には四尺の刀を使用しろという。

「早くしろ! 意地を張って全滅したいのか!?」
 玲奈の言葉は身に染みた。かといって零月は莉子の刀士たる証し。簡単に手放すものではない。だが、三ヶ月前もこの今も惨状の原因となっている。魔力なしで零月が振れない自身のせいで高原は失われ、今も班員が苦境にあった。

 小さく息を吐いては頷く。莉子はようやく気付いた。刀士としての矜持の意味を。仲間を守るためにある刀は足枷となってはいけないのだと。

「玲奈ちん、零月をよろしく……」
 遂に零月が莉子の手を離れた。玲奈はそれを受け取ると片手で鞘を抜き、一歩下がっては全力で飛竜の尾を斬り付ける。
 周囲に満ちたのは稲妻と呼ぶべき電撃であった。玲奈が発現させた属性攻撃は飛竜に明確なダメージを与えている。

 斬り裂くことは叶わなかったけれど、その攻撃は確実に効果があった。元より火属性である飛竜に雷撃は効果が高い。

「伸吾に莉子、反撃するぞっ!」
「待てよ、玲奈……」
 玲奈の号令に二人が飛竜へ襲いかかるも、玲奈を呼び止める声がした。

「一八、貴様まだ動けるのか!?」
「俺にもキュアをかけろ。おいしいとこだけ持ってくんじゃねぇよ……」
 何と一八は上体を起こしている。立ち上がることもままならないというのに、彼はまだ戦うつもりらしい。

「ふん、寝そべっておれば良いものを。言っておくがキュアはそこまで回復せんぞ? 戦えんようなら蹴り飛ばすからな」
「いいから、早くしろ!!」
 一八に眠る不屈の闘志を玲奈は感じていた。加えて彼ならば、まだ戦えるとも。
 オークキングであった頃から一八は負けを殆ど経験していない。だからこそ負けたくなかった。意識があるうちは立ち上がり、彼は剣を振るのだろう。

「キュア!」
 玲奈は言われるがままキュアを施す。彼女としては魔力を温存したかったというのに。
「岸野さん! 早く!」
 今は何とか伸吾が飛竜を抑え込んでいる。飛竜は悶絶し暴れているだけなのだが、存在自体が災害であるそれは自我を持たぬ方が危険かもしれない。

「一八、貴様の奈落太刀は胸に刺さったやつか?」
「ああ、あれを引っこ抜けば、またも飛竜は悶え苦しむだろう。だから隙を作ってくれ。引き抜いたあと、クソみてぇな尾は俺が切断してやるから……」
「ならば必ず一度目に引っこ抜け。属性攻撃は強力だが、正直に私の精神にもダメージがある。静電気だと言いきかせているだけだからな?」
「ふはは、そういや雷は苦手だったな。別に一度で構わない。必ず成功させてやんよ……」
 作戦が決定する。玲奈が飛竜の気を引き、一八は斜陽を引っこ抜く。胸元からは間違いなく血が噴き出すはずで、飛竜は再び藻掻き苦しむはずだ。

「いくぞ、一八ッ!」
「任せろ!」
 玲奈が持つ零月が激しく迸っている。込められた魔力が爆ぜるかのよう。玲奈は稲妻を身に纏いながら飛竜へと斬り掛かっていった。
 一八が斜陽を回収できるようにと、左翼が生えた腕を狙う。伸吾と莉子が上手く誘導してくれたおかげで、難なく玲奈は取り付いている。

「砕けちれぇぇぇっ!!」
 強大な一撃が左翼へと入った。やはり大太刀の威力は凄まじい。
 今までにない手応え。完全に斬り落とすことにはならなかったけれど、魔力の乗りも切れ味も考えていたよりずっと良い。

「莉子は退け! 刀を引っこ抜くぞ!」
 一八も取り付いた。胸元へと潜り込んでは柄に手をやる。身体強化を施し、一気に飛竜から大太刀を引き抜いて見せた。

「うおおおっ!?」
 勢いで後方まで転がった一八だが、直ぐさま立ち上がって斜陽に魔力を込めた。
 悲鳴のような咆吼を上げたあと、飛竜は予想通りに苦しみながら暴れ出す。大量の血が噴き出し、今にも絶命しそうだ。

「玲奈!」
「ああ、トドメを刺すぞ!」
 二人は手を休めようとしない。動かなくなるまで攻撃を続けるつもりだ。
 強い日差しに二人の長刀が煌めいている。その光景に伸吾は息を呑んでいた。
 一方は火炎を放ち、もう一方は稲妻を纏う。その影はまるで長い角を持つ鬼神のようだ。二人から距離を取った伸吾にはそう見えていた……。

「飛竜が……討伐される……」
 一般兵の経験がある伸吾にはあり得ない光景であった。それこそ大軍を率いて挑むような相手。なのにその魔物はひと班にも満たない剣士によって屠られようとしている。若い個体であったことを加味したとしても信じられなかった。

「いくぞォォッ!」
 一八の号令で二人が飛び出していく。全魔力を消費するかのような強大な魔力を刀へと注ぎながら……。

 稲妻を纏った玲奈の太刀筋は飛竜の左腕を再度捕らえ、轟々と燃え盛る一八の一撃は飛竜の尾を捕らえた。
 今まさに飛竜が討伐されようとしている。全市民が避難を命じられるような魔物が少しの被害も出すことなく、息絶えようとしていた……。

 玲奈の零月は左翼にある腕を完全に切断。一八もまた宣言通りに長い尾を根元から叩き斬っていた。
 決定的であったのは属性攻撃である。切断された尾には炎が燃え移り、左半身には強大な電撃が迸っていた。

 血しぶきを上げながら、飛竜は最後に細く咆吼する。まるで事切れる瞬間を通知するかのように。
 飛竜は長い首をもたげたあと、ゆっくりと地面へ伏す。暴れ回っていたのが嘘のように全ての動きを止めていた。
 荒い息を吐く四人。緊張はまだ続いていたけれど、ピクリともしなくなった飛竜が生きているとは思えない。ようやく息絶えたのだと四人は確信している。

「手こずらせやがって……」
 一八が言った。正直に立っているのも辛かったけれど、此度は意識を保とうと決めている。
 エンペラーの討伐は最後まで参加できなかったのだ。それにはずっと悔いがあった。だからこそ勝利の瞬間を彼は全員で味わいたいと思う。

「奥田君、大丈夫? 君はどうして無茶ばっかり……」
「そうだぞ、一八。教官から聞いたとき、気が触れたのかと思ったじゃないか?」
 教官から連絡を受けて駆けつけた二人だが、討伐なんて依頼されていない。二人は一八たちの救出を願われただけである。

「しゃーねぇだろ? どうあっても逃げられなかった。どちらかが死ぬなんて絶対に嫌だったし、戦うことが最善だったんだよ……」
「しかしな、相手を考えろ?」
「玲奈ちん、カズやん君を責めるのはそこまでにして! 全部あたしが悪いの。バジリスクとの戦いも飛竜との交戦も……」
 眉を顰める玲奈に莉子は全てを伝えた。魔力を温存するために一八が戦ったこと。因縁のあるバジリスクが現れ、逃げられなくなったこと。バジリスクの死体に飛竜が興奮したことまで。

「なるほどな。確かに逃げていたら、どちらかが失われていたかもしれない。賢明な判断であったとは言えんが、結果からするとベストであったわけか……」
「でもさ、飛竜だよ? まず逃げることから考えない?」
 玲奈は納得したようだが、伸吾はどうにも不満げであった。戦場を知る彼ならではであろう。遂行すべき事柄を見誤ってはいけないのだと。

「伸吾っち、君はあの状況を知らないからそんなことが言えるんだよ。バジリスクも飛竜も絶対に逃げられなかった。どちらかが犠牲になるしか……」
 普通であれば選択は二つしかなかったのだ。無理を承知で逃げ出すか、一人が囮となり一人だけが生き延びるかの二つ。一八はそこに逃げる以外の選択肢を加えただけだ。戦いを挑み、二人して生き残るという選択を……。

「どうせ小言は教官から聞く羽目になる。だから伸吾、今は勘弁してくれ。俺はもう疲れた……」
 一八が溜め息混じりに言った。立て続けに強い魔力を込めた彼は正直に疲れ果てている。玲奈によるキュアも痛みを軽減しただけであるし、ちゃんとした治療を早く受けたいところだった。

「まあそうだろうね。命があるだけでも奇跡だよ。まして疲れたというだけだなんて、君が魔物だと言われたら信じるしかない。それで岸野さんは金剛さんを頼める?」
「ああ、任せろ。一八は自力で戻れるのか?」
「俺を担げる者がいるなら、そうして欲しいね……」
 ここで四人は笑い合う。こうして笑顔でいられるのは偏に一八が選択肢を加えたから。他を選んでいたとすれば、こんな今はなかったことだろう。

 西大寺教官による説教は億劫であったけれど、一八は後悔などしていない。寧ろこの今こそが正解であると思う。仮にこの選択が原因となり落第したとしても構わない。一八は自身の選択に自信を持っていた……。
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