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第二章 騎士となるために

死力を尽くした一撃

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 火属性を発現した一八の一太刀。燃え盛る炎を纏った一撃であったけれど、飛竜を切り裂いたわけではない。一八の攻撃は飛竜の顎にある鱗を粉砕しただけであり、実質的なダメージはなかった。

 一瞬、怯んだ飛竜であったが、今度は大きく口を開けて火球を吐こうとしている。攻撃対象であった一八は目の前であり、遠距離攻撃など必要なかったというのに。
「カズやん君、逃げてっ!」
「るせぇ! 叩き斬ってやるっ!!」
 回避しようとせず、一八は再び斜陽を振り上げた。目一杯に練り上げた魔力を乗せ、鱗を破壊した部位を狙う。同じ場所を斬りつけることが出来たのなら、この戦いに終止符が打てると信じて。

 しかし、一八よりも早く飛竜が火球を放つ。けれど、一八は躊躇なく斜陽を振った。この機会を逃してなるものかと……。
「カズやん君!?」
 声を張る莉子であるが、もう無理だと思った。どう考えても同士討ちを狙った攻撃にしか見えない。昨年度の記憶が彷彿と蘇ってしまう。

「だぁああああぁぁああっ!!」
 火球ごと斬り裂く一八。下顎さえ切断してしまえば、飛竜最大の噛みつき攻撃を封じられるはずと。
 刹那に斜陽が放つ炎と火球とがぶつかり合う。それは一八を中心として激しく火花を飛散させている。傍目には爆発が起きたようにしか見えなかった……。

「カズやん……君……?」
 莉子は呆然としている。粉塵が巻き上がった中心にいるだろう一八を心配して。しかし、あの爆発では両者ともに無事ではないだろうと感じる。

 草原に一陣の風が吹き抜けていった。それは周囲に立ち籠めていた煙や焦げた匂いを一瞬にして取り払っている。
 莉子はただ息を呑む。一八がまだそこに立っていること。火球を相殺しただけでなく、一八の剣が飛竜まで届いていたことに。
 まるで信じられない。分断された飛竜の下顎が地面に転がっているだなんて……。

「嘘……でしょ……?」
 一瞬のあと飛竜が天に向かって大きく咆吼した。それは苦痛に喘ぐようであり、一方で怒り心頭といった様子。かつて、ここまで傷ついた経験はないだろう。王者としてのプライドが敗北など許さなかったはず。

 尚も斬り掛かる一八。だが、今度は前足の爪により阻まれている。怒り狂った飛竜は攻撃を受けただけでなく、突進するかのように左右の爪を交互に振り下ろしていた。
「ぐぁぁあああぁっ!」
 一八は飛竜の連続攻撃をいなしきれない。致命傷は避けられたけれど、右腕にその攻撃を受けてしまう。硬化ジャケットに覆われた範囲であったけれど、右腕の感覚は完全に失われていた。

「ちくしょう……」
「カズやん君、もう逃げよう!」
 莉子が撤退を提案するも、一八は尚も首を振った。既に左手しか使えないというのに、彼はまだ撤退よりも交戦を望む。

「駄目だ。まだ火炎袋を破壊してねぇ……」
 撤退の条件として考えていたこと。火球を吐く可能性があっては生き延びる確率が下がってしまう。最大魔力で相殺するか、ステージ4の防御魔法を展開せねばならないのだ。かといって、選択の一つである防御魔法を最大展開するにはエアパレットへの魔力供給を停止する必要がある。

「俺はまだ戦えんだよ……。火炎袋をぶっ壊すまで戦うんだ……」
 明確に定めた目標がある。一八は生き残る確率が高い方を取るだけだ。下顎が斬り落とされた飛竜であれば何とかなるはずと。

「いやでも、無理だって! その右腕折れてんじゃないの!?」
「るせぇんだよ……。まだ左腕があらぁ……」
「二人して別々に逃げたのなら、どちらかでも助かる!」
「黙ってろ! てめぇはそこで見てろってんだっ!」
 執拗に撤退を求める莉子に一八は声を荒らげる。戦う理由は一つ。彼はそれを口にしていた。

「二人して生き残らなきゃ意味ねぇんだよっ!」
 それは始めから一八が言っていたことだ。莉子は彼の理念を思い出していた。どちらかが生き残るなんて、一八は考えていないのだ。彼が考える未来には二人して生き残ることしかなく、たとえ全滅がその過程にあったとしても彼は絶対に撤退を選ばない。

「くたばれぇぇっ! トカゲ野郎ッ!!」
 満身創痍であったはずが、一八は全力で駆け出している。斜陽を左手に握り、真っ向から斬り掛かっていく。
 飛竜もまた疲弊していたけれど、若き竜種は戦いを止めない。まるで本能であるかのように、向かい来る者を蹂躙しようとするだけだ。

 再び甲高い金属音が草原に響く。流石に左腕一本では皮膚まで届かない。固い鱗を突破する威力などなかった。
「ちきしょう! 届けぇぇぇっっ!!」
 今度は力一杯に突き刺した。けれど、手応えはない。その一撃は両腕でもなければ、利き腕ですらなかった。本来の威力が出し切れていないのは明らかである。

 再び飛竜が大きく口を開く。それは間違いなく火球を吐くモーション。既に炎が漏れ出しているのは下顎を失ったからだろう。

 またも全力で打ち消すしか手がない。逃げようとしない一八は持てる魔力を刀に込めた。
「チンケな炎で誤魔化してんじゃねぇぞっ!」
 再び草原に爆発が起きた。明確に前回を上回る規模である。
 それは同質である二つの威力がぶつかりあった証し。思えば先ほどは一八の一撃が上回っていたのかもしれない。

 一瞬のあと、派手な爆発は周囲の空気を吸い込んで、巻き上がった粉塵を掻き消していく。
 先ほどと明らかに異なったのは、戦う二つの影が双方共に力尽きようとしていたことである。
 どうやら飛竜の口内で爆発した感じだ。飛竜は天を仰ぐように口を開いて煙を吐いている。また飛竜の足下には横たわる一八の姿があった……。

「カズやん君!?」
 一八の剣は爆発の威力を相殺できなかった。此度の一撃は双方の力が飛竜の口元でぶつかり合った結果である。それを間近に受けた一八が無傷なはずもない。

 溜まらず莉子は駆け出している。既に身体中が悲鳴を上げていたというのに。
 ところが、駆け出して直ぐに彼女は蹴躓く。もう足が動かなかったのだ。倒れ込む一八を引き摺ってでも逃がそうと考えいたけれど……。

 そんな莉子の視界の先。どうしてか一八は再び起き上がっていた。
 焼け爛れた皮膚は見るに堪えない。どう見ても奈落太刀を振れるような状態ではなかったはず。けれど、彼の手にはしっかりと斜陽が握られていた。
「だああああぁぁっっ!」
 草原に一八の絶叫が木霊する。折れたはずの右腕にて柄を握り、悶絶する飛竜に向かって彼は斜陽を突きつけていた……。

「なんで……?」
 莉子には意味が分からなかった。もう一八に飛竜の防御力を越える一撃は繰り出せなかったはず。けれども、眼前の光景はその予想を否定している。

 炎を纏った一八の刀は飛竜の首元へと深く突き刺さっていた――――。
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