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第二章 騎士となるために

クラス分け

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 様々な計測を終えた士官候補生たち。剣術科はグランドに集められ瓦ヶ浜《かわらがはま》科長によるクラス分けの発表となっていた。
「近年にはない優秀な候補生が集まったとの報告を受けた。よってBクラスとなった者も落ち込む必要はない。またAクラスに入ったとして安心はするな。入れ替えは随時行うので精進するように」
 まずは全体的な印象を語ったあと、瓦ヶ浜が名前を読み上げていく。

「まずは岸野玲奈、Aクラス」
 候補生たちがざわつく。なぜなら名を呼ばれる順番は順位であって、玲奈が候補生全体の一番であることが判明したからだ。また剣術科において女性がトップであるのは非常に稀なことであり、驚愕せずにはいられなかったらしい。

「無駄口を叩くな! 次は奥田一八。Aクラス……」
 瓦ヶ浜の注意があったにもかかわらず、全員が思わず声を上げてしまった。岸野玲奈に続いて名を呼ばれたのはまたも有名人。しかも彼は測定器を一刀両断にしてしまったのだから全員が納得できる順位でもあった。
 一八は小さく頷いている。このクラス分けは基本的に剣術面においてのみ。入れ替え時には筆記成績も加味されるだろうし、ここでBクラスであれば、一八が一年で配備される可能性は低くなってしまうはずだ。

「次、金剛莉子、Aクラス」
 ここで莉子の名が呼ばれた。彼女は落第生であるはず。なのにどうしてかAクラスであるだけでなく、三番手で名を呼ばれている。
「四番目は鷹山伸吾、Aクラス」
 意外な名前が続く。一八は横目で伸吾を見ている。測定器を破壊してしまったから、一八は彼の剣術計測を見ていない。見た感じの威圧感はなかったけれど、それなりの剣士であるのは明らかだ。

 粛々と名前が読み上げられていく。既に二十人の名が読み上げられていたけれど、まだアカリは名を呼ばれていない。三井医師に酷評されたように、どうやら彼女は評価されていない感じだ。
「浅村アカリ、Bクラス」
 一番手ではあったものの、アカリはBクラスであった。恐らく剣技的にはAクラスであっただろうが、魔力量的な評価がマイナスとなったはず。

 アカリは嘆息している。自信満々であった彼女はもうそこにいなかった。残酷にも思えるけれど、アマチュアの剣術士と軍隊では評価がまるで異なっている。
 このあとは解散となった。ただし、候補生たちは本日中に履修科目の提出が求められている。必修以外の選択科目を決めなければならない。

 一八と伸吾は自室に戻っていた。二人して机に向かって履修科目をどうするのか悩んでいる。
「奥田君は座学ばかりだね?」
 一八の履修表を覗き見た伸吾が言った。一八が履修しているのはどうしてか座学ばかりであり、得意分野である剣術はほぼ必修のみという偏りようだ。

「駄目なのかよ? たぶん合格者の中で筆記試験は最下位だったはず。俺は一年しか勉強していなかったからな。剣術もまだまだだが卒業するには座学を何とかしなきゃなんねぇ」
「へぇ、意外と考えてるんだ?」
「意外は余計だ。俺がクソみてぇな落第生になると、来年の新入生がビビッちまうだろうがよ?」
 ちょっとした冗談を伸吾は笑っている。もう既に奥田一八という人柄は知れた。見た目が巨漢であったから怖がられるだろうが、威張り散らすこともなければ、会話は割と気を遣ってくれる。伸吾にとって一八はとても良いルームメイトであった。

「まあ奥田君が二年生を締めてくれたのは有り難いよ。毎年のことらしいんだけど、最初はいびりが凄いみたいだからね」
「格下に舐められてたまるか。喧嘩するつもりはねぇけど売られたなら買うだけだ」
 ヒューっと口を鳴らす伸吾。基本的に候補生たちは問題を起こさぬように行動する。よって理不尽な要求であってもある程度は受け入れてしまう。特に入学早々の序列がハッキリとしない期間においては……。

「まあこれでいいか。座学は全部受けたいところなんだがな……」
「頑張るねぇ。確か補講もあるよ。ほら欄外に書いてある……」
 二人は協力し合い履修表を書き上げていく。剣術中心の伸吾に比べ一八はほぼ座学で埋められている。

「ところで奥田君の属性検査はどうだった?」
 ここで話題が転換する。一八の測定結果は候補生の誰も見ていないのだ。初っぱなの計測器を破壊した以外は謎であった。
「ああ、それな。適性属性は火だった。うちの家系かもしらねぇ。血統スキルも火属性だったし」
「それは奥田君ぽいね? もしも浅村ヒカリ大尉と同じ班になろうものなら、火と氷で隙がなくなるなぁ」
「やめろ。あんのババァとだけは組みたくねぇ。やっつけるリストの最上位なんだ」
 一八の話に伸吾は目を白黒とさせる。何から何まで納得できないといった風に。

「そういや大尉が試験官だったね。今もスキルを使われたことを根に持ってるの?」
「違ぇよ。あれは完全に俺のミスだし、素人だから腹を裂かれても仕方がねぇ。でも最初に出会ったときの屈辱だけは忘れようがない……」
 益々意味が分からなくなる。一般的に知られている二人の出会いはオークエンペラーのは討伐時であった。従ってインタビューで褒め倒していたヒカリが一八に屈辱を与えただなんて想像もできない。

「エンペラーとの一戦で何があったのさ?」
「エンペラーじゃねぇよ。俺が稽古をつけられたのはキョウト市にガーゴイルが飛来したときだ……」
 キョウト市への魔物襲来は特別珍しいわけでもなく、あまり大きなニュースになっていない。被害がなかったものだから、どちらかというと優子たちが対処したワーウルフ被害の扱いが大きかった。

「俺と玲奈でガーゴイルをやっつけた。したらそこにババァがやって来てよ。お礼にと柔術の稽古をつけてくれたんだ。それで俺は何度も投げられて弱者と罵られた……」
 思い出すだけでも腹が立つ。口にするたび頭に血が上った。
 あの怒りがあったからこそ一八はここにいる。そう思うと感謝の心も芽生えたりするのだが、やはり幼い頃から続けていた柔術にてやり込められたことは納得がいかない。

「ああ、それで大尉は奥田君の試験を担当したかったんだね? ようやく理解できたよ。君は相当に興味をもたれているね。しかし、ババァはないんじゃない? 確かまだ二十三歳。もしも彼女が大学に進学していたとしたら、騎士としては一年先輩なだけだし。見た目だって美人だしさ」
 ヒカリの肩を持つような伸吾に一八は薄い目を向ける。まあしかし、一般的なヒカリの評価が否定的でないことくらい一八も分かっている。

「美人とか関係ねぇんだよ。俺は倒すべき相手を褒めたくないだけだ……」
 この返答には、なるほどと伸吾。一八が口にした理由は理解できるものであった。倒すべき相手とは目標だろうと思う。負けていないと考えなければ気後れしてしまうのだろうと。

「今もあのババァの手の平で踊ってるのは癪だが、実をいうと感謝もしてる。どうしようもなかった俺に道を示してくれた。あのババァがいたからこそ俺は合格できたんだ」
 一八が分かっているようなら、伸吾はこれ以上口を挟むべきじゃない。憎まれ口は全て尊敬の裏返し。心の持ちようとして虚勢を張るのは悪くないように思う。

「それで伸吾はどうなんだよ? 適性属性とやらは……」
 ここで一八が質問を返す。聞くだけで自分の話をしない伸吾に。全体四番手につけている彼の実力は不明なままだ。
「ああ、僕? 僕の適性は光属性だよ……」
 軽く返されたものの、一八は絶句する。それはそのはず受験勉強で学んだところ、光属性は適性者が殆ど存在しないという。魔族に有効である稀有な属性は守護兵団にも一人しかいなかった。

「それで四番手に入ったのか?」
「どうだろうね? 僕は全ての計測を割と上手くこなしたと思ってるけど」
 一八の問いは受け流すように、はぐらかされてしまう。クラス分けに学科テストが含まれていないのだから、伸吾の剣術が評価に値するのは明らか。属性だけで四番手になることなどないはずだ。

「まあいいけどよ。その内に分かるだろうし」
「あはは、楽しみだね?」
 どうにも掴み所がない伸吾であるけれど、付き合いにくいこともなければ、寧ろ人畜無害である。性格も真面目そうだし一八としては悪くない同居人であった。

「さて提出をしてから飯を食うか!」
 言って一八が立ち上がった。明日からは授業が始まる。しっかり食べて十分な休息を取り、万全の体調で明日を迎えるだけ。

 不安よりも期待だけを一八は抱いていた……。
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