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第二章 騎士となるために

ステータスチェック

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 大演習場と呼ばれる巨大な建物の中。学科を問わず全校生徒が集結していた。
 壇上には九頭葉《くずは》校長の姿がある。これから始まる生活について述べたあと、彼は世界情勢について語った。

「半年前のオークの大軍勢は天軍によって引き起こされた。オークエンペラーの亡骸を調査した結果、使役術式が施されていたことが判明している」
 一八が世間的に大注目を浴びる切っ掛けとなったオークの大軍勢。九頭葉校長曰く、それは天軍による災害であったという。
 共和国守護兵団ではオークエンペラーを解剖し、使役術式が施されていたことを解明している。既に術式自体は消え去っていたものの、不自然な魔力残滓から特定していた。

「考えられる未来。オークの軍勢など序章にすぎないだろう。天軍は恐らく準備が整っている。オークエンペラーをも操れるようになった天軍が、これまでのように大人しくしているはずがない。定期的に魔物を送り込んでは我らを疲弊させていくだろう。今はなきトウカイ王国もまたそうやって滅びの道を歩まされたのだ……」
 最後に校長は過酷な訓練が待ち受けていると口にした。それは間違いなく上層部の指示。前線を預かる士官の実力不足を懸念しているからであろう。

 このあとは学科ごとに分かれ、再び担当教官からの話を聞くことになった。内容は校長と変わらない。やはり近年配備される戦闘系士官の能力低下を懸念していた。
「まずは身体測定から始める。身体面だけでなくステータスチェックまで。そのあとは実技テストを行いクラス分けとなる」
 剣術科は総勢六十人。どうやらまだクラスは決まっていないらしい。実技テストの結果によってAクラスとBクラスに分けられるという。

「玲奈ちん、身体測定に行こう」
「ああ、女子は先にステータスチェックらしいな」
 落第組の莉子を加えても女子は全体で六人しかいない。ステータスチェックは時間がかかるらしく人数の少ない女子から行うようだ。
 学舎の一階にある魔道科学実験室。玲奈たちは長い廊下の突き当たりにある部屋へと来ていた。

 白衣を着た三井という女医が名前を呼び、楕円形をしたカプセルに入るようにと指示を出す。
「まずは浅村アカリ。力まなくてもいい。全身の力を抜きなさい」
 まず先に名前を呼ばれたのは浅村アカリであった。少し緊張しながら魔道計測機へと入っていく。
 ステータスはハンディデバイスでも測定可能であったけれど、この魔道計測機は将来的な伸びしろまで分かるようだ。

 最大魔力容量は身体の成長と同期しており、既に高校を卒業した候補生たちは今以上の容量拡大が見込めない。魔力を増やすトレーニングをしたところで、最大魔力量と現状の魔力量が同じであれば意味などなかった。また測定結果次第では魔道剣術士の素質を問われることになる。

 約十分。物音すらしない機器であったが、唐突にアラーム的な音が鳴り響く。ようやくとアカリの測定が終わったらしい。
 得られたデータを即座に確認する三井。少しばかり息を吐いた理由は測定結果が予想と違っていたからだろう。

「浅村アカリ、残念だが君は姉である浅村大尉とは似ても似つかない。最大魔力の伸びしろはなく、現状は最大値の九割もある。つまりは伸びたとしてあと一割。前線を預かる者としては物足りんな……」
 三井は言葉を濁すことなく率直な見解を述べた。
 これにより部屋には嫌な雰囲気が充満している。言葉もなく頷くことすらしないアカリに言葉がなかったからだ。

 新入生である四人は浅村アカリを全員が知っている。剣術科であるのだから、玲奈を除く全員が同じ試合に出場していたのだ。よって彼女が魔力不足という判定には言葉がない。純粋な剣術ならトップクラスであることを誰もが理解していたのだから。

「あまりに惨い話をするのですね……?」
 アカリが口を開く。どうにも落胆が隠せない。高校の剣術大会では魔力の使用が禁じられていたのだ。だからこそトップになれたと聞かされているような気になった。
「惨い? ありのままを伝えただけだ。君が目指すべきは斥候か輸送護衛士。残念だが前衛士には推薦できない」
 最後まで三井は期待を持たせる話をしなかった。彼女も仕事なのだ。適性を調べるための測定である。結果を歪曲して伝えることなどできるはずもない。

「次は岸野玲奈。カプセルに入って……」
 淡々と進んでいく。始めから雑談などなかったけれど、部屋は張り詰めた空気に満ちていた。それは全てアカリが作り出しているものである。大エースの妹でありながら失格とされてしまった彼女が笑顔など作れるはずもない。

 玲奈の測定も十分程度。アラームが鳴るやカプセルが開かれていた。
 データを睨むように見つめる三井。だが、その表情は先ほどとまるで異なる。
「ふはは、これは久しく見ていない良いデータだ。岸野玲奈、君は超一線級前衛士を目指せる」
 笑顔の三井は失意に暮れるアカリに構うことなく饒舌に語った。
「岸野玲奈、高校は魔道科に通っていたそうだが意図でもあったのか?」
 ここで質問が加えられる。アカリに対しては何も聞かなかったというのに。
「最初から魔道剣士を目指していましたから。総魔力量は成人するまでが勝負。高校では存分に鍛錬できました」
「なるほど、それは良い心がけだ。正直に魔道科でもトップを狙える。それだけ潜在能力が高い。現時点の魔力でも一流の数値であるが、まだ最大値の半分ほどしかない。伸びしろは十分だよ。魔力容量の拡大はどうしても疎かにされがちなんだ。適切なトレーニングを地道に続けるしかないし、最大値を測る魔道具は一般に出回っていない。ストイックな努力を君が続けてきたことはデータが物語っている」
 手放しで褒めた理由を三井が述べた。玲奈の能力値が他に類を見ないものであると。剣術以外の部分で秀でていることを。

「今後は剣術よりも魔道訓練に重点を置きなさい。魔力切れしない衛士は貴重だ。成長次第でいきなりエース部隊に配備されてもおかしくはないぞ?」
 了解しましたと玲奈。伸びしろがあるとの話は嬉しく感じたものの、アカリのこともあり玲奈は笑顔すら作らない。

「では金剛莉子、カプセルに入りなさい」
 続いて莉子の番となった。どうやら順番はあいうえお順であるようだ。
 今度もまた十分ばかり。アラームがなると直ぐさまカプセルが開かれる。
「ふむ、身体能力こそ若干向上しているが、魔力は去年と変わりないな。いい加減に身の丈にあった剣に変えたらどうだ? 意地を張ったとして配備されなければ意味などないのだぞ?」
 険しい表情ではなかったが、またも三井は苦言を呈する。けれど、そんな話に莉子は大きく首を振った。

「三井ちゃん、あたしは別に意地を張ってるんじゃないよ?」
「三井ちゃんは止めろ。せめて一等医療兵長と呼べ」
 莉子は誰に対しても同じスタンスらしい。候補生たちは基本的に三井よりも表向きの階級が高い。かといって配備されるまでは仮の階級でしかないし、年上には敬意を表するものである。

「あたしのは信念だし――――」
 思いのほか力強いメッセージ。莉子は不利を理解していながら、奈落太刀を選んでいるらしい。
「三井ちゃん、刀は刀士の心だよ。簡単に変えられるものじゃない」
「しかしな、お前は二十三歳になるんだぞ? 騎士になりたくないのなら無理は言わん。けれど、よく考えることだ。医師でしかない私にまで諭すようにと命じられるのは、お前が期待されているからだ。魔力切れさえしなければ金剛莉子という剣士は無双できるはず」
 玲奈は絶句している。年齢も驚いたが、期待されるほどの剣士だという話。莉子から感じる雰囲気は彼女が持つ剣士としての本質とは異なるらしい。

「では次、東山希美……」
 三井は早々に説得を止めた。元より彼女は医療兵。命令されたからこそ話しただけであり、彼女の任務に奈落太刀を諦めさせることなど含まれていない。
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