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第一章 転生者二人の高校生活

死闘

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 沸き返る観客の中に恵美里と舞子はいた。二人は祈るように手を合わせている。
「ねぇ、舞子さん、この勝負はどうなるのでしょう?」
「武道の試合なんて全く分からないよ。玲奈ちゃんは自信ありそうだったけど……」
 不意に足下からクゥンと可愛い鳴き声がした。舞子が視線を向けると、そこには黒い子犬が擦り寄っている。

「あ、ケルちゃん!」
「あらケルベロスさんじゃありませんか? 貴方まで試合を見に来てくれたの?」
 舞子がケルベロスを抱きかかえた。モフモフの身体を抱きしめると少しだけ落ち着けた気がする。とはいえ校庭には張り詰めた空気が満ちていた。睨み合う二人を見ているだけで否が応でも緊張が高まっていく。

「試合始めっ!」
 滝井の掛け声と共に大歓声が木霊する。因縁を持つ二人の戦いが始まったのだ。
 思えば十七年前のこと。二人が一戦を交えたのは、あの日以来である。二人の脳裏には意図せず当時の情景が思い浮かんでいた。

「懐かしい感じだ。一八の威圧感……。やはり雑兵とは違う……」
 改めて玲奈は思う。現世でも一八が只者ではないということを。

「落ち着きが段違いだ。玲奈は既に前世より強い。構えに隙がねぇ……」
 対する一八もまた感じていた。記憶と異なる玲奈の構えに。彼女がどれだけ努力してきたのかを推し量っている。

 膠着状態かと思いきや、ジリジリと間合いが詰められていく。異種格闘戦であったけれど、二人は過去に戦っているのだ。互いの間合いは心得ていた。
「父上によると柔術との格闘戦は間合いが大事。一八は必ず懐に潜り込んでくる。そして奴は私を投げ飛ばそうとするはず……」
 玲奈は背筋に何やら悪寒を覚えている。
 明確に思い出してしまったのだ。袈裟懸けに抱えられ、地面へ叩き付けられたことを。肩口が完全に破壊され、激しい痛みを全身に覚えたあの攻撃について。

「玲奈、ビビってんじゃねぇぞ!」
 無意識に後退りしていた玲奈へ一八が言った。
 刹那に玲奈は目を見開く。恐怖していたのでは勝利などあり得ない。無防備に突っ込むのは間違っているけれど、間合いを取る以外に下がっていては玲奈に勝機などなかった。

「黙れ外道が! 貴様こそ臆しているのだろう? 以前の貴様ならばイノシシの如く突進してきたではないか!?」
 腹の底から声を出し、玲奈は余計な思考を振り払った。今一度、集中をし剣を握る手に力を込める。
「俺は冷静なんだよ! 羽虫がたかったようなお前の剣など全然怖くねぇよ!」
 煽るようにいった一八であったものの、正直にいって攻めあぐねていた。
 過去に対戦した玲奈とは構えも雰囲気も異なる。実際に彼女は見た目も別人であったけれど、身体に宿る魂は同一。目の前で鉄刀を構える玲奈には絶対的な成長が感じ取れた。

「恐らく玲奈は俺の突進に合わせてくる。投げ技を警戒する故に、まずは腕を破壊しにくるだろう……」
 玲奈の攻め手は理解していた。柔術において腕は攻守の要。一撃必殺で急所を狙うよりも、相手の動きに合わせる方が確実なのだ。
「間合いに入ったら俺は耐えるだけだな。隙を見つけたら迷わず下腹部への頭突きだ。あとはスキルを使うだけ……」
 一八は血統スキル月下立杭を習得していた。三六相手に使った感じは奥義と呼ぶに相応しい。三六を気絶させられるなんてことは今までに一度もなかったのだ。

「制服のままとか予定外だが、俺は勝つだけだ。玲奈も一応は女だし、頭から投げ落とすのだけは勘弁してやるか……」
 一八は勝利を疑わなかった。恐らく玲奈は手数勝負。幾ら成長したとして彼女は女性である。魔力強化がない攻撃であれば最後まで耐えきれると思った。

「行くぞ、玲奈!」
「かかってこい、一八!」
 遂に一八が動き出す。玲奈の戦法を知った上での突進。前回の勝者ともいえる彼はハンディとばかりに突き進んでいく。不敵な笑みを零す玲奈に構わず間合いを詰めていった。
「その腕を待っていたぞ! 食らえぇぇ!」
 掴みに行く一八の腕。待っていた玲奈は躊躇いなく一撃を叩き込む。だがしかし、一八は怯まない。尚も腕を伸ばし、玲奈の懐へと入り込もうとする。

「甘い! 私はもうあの頃の私ではないのだ!」
 一撃を入れるや否に玲奈はバックステップ。過去の戦闘経験をこの実戦に反映させていた。剣士にとっての間合いは必ずキープするのだと素早い動きを繰り出している。
「玲奈、蚊に刺されたのかと思ったぜ? そんな軽い剣などきかん。お前じゃ俺を絶対に止められねぇ!」
 それはオークキングであった頃も同じだった。多少の攻撃は気にも留めずに突っ込んでいくスタイル。一八には全てを受けきる強靭な身体がある。自分自身を信じて一八は攻め続けている。

「お望み通り骨が折れるまで入れてやる! 覚悟しろ、一八!」
「幾らでも打ってこい! 必ずこの手でお前を掴んでやる。今も昔も結果は変わらねぇんだ。最後に天を仰いでいるのはお前だからな!」
 二人の攻防が続く。的確な攻撃を仕掛ける玲奈に、一撃必殺を狙い続ける一八。だが、一方的な展開となることはなく双方共が疲弊していった。

「やるじゃねーか……」
「貴様もな……」
 荒い息を吐く二人。互いに体力を削り合っているだけのよう。玲奈に決め手はなく、まだ一撃も与えられていない一八には当然のこと勝機などなかった。
 常に打ち続けている玲奈はその表情にも疲労の色が見える。彼女は一八よりも明らかに疲弊していた。

「一八の奴は長期戦を覚悟していたのか? 私は攻撃を当て続けているけれど、それは決定打といえるものじゃない。一八の身体能力は私が考えるよりも強いのか?」
 少し間合いを取った玲奈。長引く戦いを彼女は憂えている。何度斬り付けようと手応えはなく、当の一八は顔を歪めることすらしないのだ。

「一八もまた成長しているのか……」
 戦いの最中に悟った。自分だけではない。手数は前回を軽く超えていたというのに、一八は怯まず前へと出てくる。現在の彼はオークキングなどではなく、ただの人族だ。身体的には間違いなく劣化しているというのに、一八は思っていた以上に打たれ強かった。

「鍛錬の賜物か……」
 同じ人族であればと玲奈は考えていた。しかしながら、戦況は前回と何も変わらない。剣に魔力が乗せられたのならその限りではないが、玲奈の攻撃は人族である一八にもまるで効いていないのだ。
「私は攻め続けるしかない。一八が隙を見せるまで斬り付けるだけ。天地雷鳴を使用するタイミングを待つだけだ……」
 こうなってくると習得したスキル頼みである。より威力のある攻撃にて試合を決めるしかなかった。

「元より過去以上の強者となったことを喜ぶべき。この一八を倒してこそ私は自身の成長を感じられるはず!」
 玲奈は剣を握り直した。インターハイ無敗は伊達ではないと一八を評価し、相対している現状に感謝さえしている。

 一方で一八もまた考えさせられていた。長期戦は想定通りだが、玲奈の攻撃が予想外に重かったからだ。
「まだ右手の感覚はある。でも楽観できるほどじゃねぇな。全くどれだけ鍛錬を積んでんだか……」
 嘆息するも一八は笑みを浮かべた。恐らく玲奈の成長には過去の自分が一枚噛んでいる。だからこそ一八は高い壁であり続けようと思う。
「玲奈の息は荒い。恐らく体力は限界に近いのだろう。だとしたら必ずや隙が生まれるはず」
 一八もまた勝敗の帰趨を予測していた。体力的に勝る自分が圧倒的に有利であると。数を打ち込まれているとはいえ、右手にはまだ充分に力が入る。よって月下立杭を使用するまで耐えられるはずだと。

「さっさと観念しろ、玲奈!」
「そのまま貴様に返す! くたばれ一八!」
 とても生身で受けたとは思えぬ打撃音。鈍く重い音が校庭に響き渡った。幾度も見た光景だが、ギャラリーの面々は何度も顔を振っている。鉄刀から繰り出される一撃を事もなげに腕で受けるだなんて信じられなかった。

「腕に盾でも仕込んでるのか!? 早く折れてしまえ!」
「同じ場所ばかり狙いやがって、そんなとこだけ女らしいな! 女々しくてよォォ!」
 校庭には何度も激しい打撃音が響いている。あまりに痛々しいその音に目を背けるものまで現れている。

 この状況を作り出しているのは明確に一八だ。彼が前へと進まなければ、カウンター狙いの玲奈は攻め手を失ってしまう。彼が突っ込んで行かない限り戦況は動かないはずだ。
「一八よ、その根性は褒めてやろう! かつて貴様は卑しい豚であったが、今は歴とした戦士だ! まさか貴様に尊敬の念を抱くとは思わなかったぞ!」
「そりゃあどうも。勝った気でいるようだが、俺はまだまだ戦えるぞ? 俺が力尽きるまでお前の体力が持つのかどうかは、玲奈自身がよく分かっているだろうよ!」
 双方とも口数が多くなっていた。互いに限界が近付いているのを感じている。だからそこ強がることで精神力を維持しているのだ。

 早く楽になれ――二人共が相手に対して願うように勧告していた。
 少しばかりの沈黙。二人は息を整えながら、この戦いの行方について考えていた。決着を見る気配がない戦いに疲れ始めていたからだろう。
「一八、そろそろ終わりにしようか! この不毛な戦いにけりをつけてやる! 全身全霊の秘技によって貴様を斬り倒す!」
「なら打って来いよ! 返り討ちにしてやる!」
 いよいよ玲奈は天地雷鳴を使おうと思う。自身の体力は限界であったし、一八の動きも落ちている。今ならば避けられる確率は高くないはずだと。

 受ける一八にも自信があった。日々の鍛錬が勝利に導くはず。どんなに重い一撃であっても耐えきれるだろう。柔術を極めようと努力した時間は嘘などつかないのだと……。
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