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第一章 転生者二人の高校生活

朧気な一八の目標

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 翌朝は生憎の雨だった。しかし、一八の日課である朝稽古は天候に左右されない。筋トレから本格的な乱取りまで行い、朝食が用意される頃にはヘトヘトになっていた。
「腹減ったぁ……」
「一八、さっさと座って食べなさい。生徒会長が遅刻とか格好つかないでしょ?」
 奥田家の日常である。天候に左右されないのは食卓でも同じだった。

「分かってるって。けど本当に面倒なんだ。来年から学校が合併するとかで余計な仕事まで押し付けられたし……」
「ふん一八よ。文句も言わず雑務を人知れず片付けること。それすなわち騎士道とみたり。儂だって自主的な清掃や校内の風紀を正したりと推薦してもらうのに苦労した。生徒会長を全うすることは騎士学校への推薦に近づくのではないか?」
 どうしてかまたも騎士学校の話となる。一八としては耳の痛い話であったというのに。

「騎士学校に落ちた親父に言われてもな……」
「貴様こそ剣術の稽古をしていないだろう? 儂は武士に襲いかかって稽古をつけたのだぞ? 更にはその成果として試験官をのしてやった! 儂が落ちたのは家系の呪い。馬鹿であったことだけだ!」
「そんな自慢げに言われても……」
 騎士学校は学校の推薦がないと受験できない。学校での生活態度だけでなく、道徳や倫理観についても問われるからだ。推薦は学校側が受験者の人間性に責任を持つということであり、それがなければ受験する資格すらなかった。

「まあ別に合格しろとは言っていない。相手となる試験官は現役の士官だ。つまりは試験官に勝ったというだけで箔が付く。結果通知書には細かな採点結果が記されているからな。実技試験に勝利した実績さえあれば将来は約束されるだろう」
 不合格者には採点結果が送られることになっている。受験資格が二十二歳まであるためであり、対策を立てられるようにとの配慮であった。

「合格しなくていいって、何のためだってんだ?」
「お前は本当に馬鹿だな? 奥田魔道柔術道場が繁盛しているのも箔が付いたおかげ。門のところに受験結果を飾っておるだろう? 勝利したという事実は強者の証しなのだ。強くなりたい者は入門したくなるというもの……」
 そういえば看板の隣に飾ってある。またそれは岸野魔道剣術道場も同じであった。

「俺には馬鹿を露呈しているようにしか思えんがな。筆記試験の結果まで載ってるのはマイナスじゃねぇか?」
「武道家に賢さなど無用! それにうちは学習塾ではない! 分かりやすくて良いだろうが!」
 まあ確かにと一八。実際に門下生には困ったことなどない。強さを求める道場生にインテリ感は皆無であった。

「言っておくが、一般兵になることだけは許さんぞ? 騎士ならばともかく、倅が雑兵になるだなんて恥だ。一八は試験官を叩きのめすだけでいい」
 ここで釘を刺されてしまう。一八としては別に一般兵でも問題なかったのだが、武士はそれを良しとしないようだ。

「あんたたち馬鹿言ってないで早く食べる! 武道学館からは一人も合格者が出ていないのよ? 希望したとして、推薦すらもらえないかもしれないのだからね?」
 清美が現実を伝える。学力が適切であり家が近いこと。更には武道系である高校を選んだだけの一八は騎士学校の受験など考えていなかった。武道学館は長い歴史において一人も騎士を輩出していない学校であって、受験者が過去にいたのかも不明である。

「玲奈ちゃんのカラスマ女子学園ならともかく、名前を書けたら合格する高校ってことを考えなさいよね。現実的に柔術で大学に行くか卒業と同時に道場で働きなさい」
 清美は受験賛成派ではないようだ。息子が勉強している姿なんて見たこともない彼女には受験するだけ無駄と思えているらしい。

「しかし母さん、武道学館とカラスマ女子は合併するのだろう? 一八は生徒会長であるし、推薦くらいはしてもらえるはずだぞ?」
 玲奈の通うカラスマ女子は毎年十人近くの合格者を出していた。受験者はその倍以上いるはずで、一八もそのうちの一人に滑り込める可能性はある。ただし、彼女たちは基本的に魔道科か支援科の受験生であり、剣術科を受験する者は一人もいない。

「俺は受験したいと思ってる。俺より強え柔術家がいるわけでもねぇし。玲奈のやつに馬鹿にされんのも癪だ……」
「馬鹿いわないの。合格できないのなら無駄よ。剣術の稽古をしながら勉強なんてできるの? できたのなら武道学館なんかに入学していないでしょ?」
 一八の意思表明に清美が水を差す。勉強する機会は今までにもあったはず。ここまでしてこなかった息子が急に頑張れるとは思えなかった。

 言われっぱなしの一八だが、やはり内心は腹を立てている。必ずしも明確ではない意志に反して言葉を返してしまう。
「今回ばかりは頑張るつもりだ。今まで強くなる以外に目標なんてなかったんだ。それこそ俺は人生について考えたこともなかった。親父たちに色々言われたからじゃねぇ。俺だってできんだ。俺はそれを証明してやる……」
 前世から考えても初めての思考であった。清美に反発しただけであったものの、言葉にするたび何だかやる気が沸いてくる。成し遂げてみたいという想いが強くなっていた。

 前世から続く長い人生の中で明確な目標は初めてだ。不思議と身体に力が溢れてくる感覚。一八はこの感情のまま突き進みたいと思う。
 まだ遅くはない。苦手だと考えていた勉強だってやるつもりだ。母がいうように合格できなければ無駄である。けれど、合格するにはその過程を避けて通れない。

 目指すべき生き方を見つけただけ。しかし、その思考は力強く一八の背中を押す。重すぎた一歩を彼はようやく踏み出せていた……。
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