転生勇者は連まない。

sorasoudou

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7 駆け出し勇者と深き森

第6話 自然に魔法の講義

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「そうだ。魔法のことについては、ご存知ですか?」と、植物の専門家であるシュリッキ隊長にたずねられた。
 世界を満たす魔力を吸い上げ、上位種へと変貌する特殊な魔植物たちの専門家は、魔法にも詳しいようだ。

 この世界での魔法については荒れ地の道連れになった時に、魔鳥まちょうで賢者のトリサンにも教えてもらった。
 肩や頭に乗っかって、立ち枯れした木と枯草の景色を右に左にとながめつつ、トリサンは答えてくれた。

「お前さまって鳥相手だと、ちゃんと付き合えるのだのう」

 なんて、呆れられたりもしたが。



 火、水、風、木、土。
 この五つの属性が主に知られていて、魔法もそれに合わせて使い分けされている。

 火と水、木と土は、それぞれが相反する作用を持つ。火は水によって消されるが、水を蒸発させ、力を奪うことも出来る。木は土の力を吸って成長し、土は木を朽ちさせて己のものとすることが出来る。
 もちろん、火と水は木と土にも作用し、その逆もまた同じだ。

 一方がもう一方を絶つことも出来れば、力を与え、威力を増すものになることもある。属性というものはただ単に、やるかやられるかではなく、魔力が行ったり来たりして複雑な流れを作っているのだとか。
 そう、相反する属性だからといって同時に扱えないわけではなく、工夫次第では互いの作用を高めることも出来るものなのだ。

 ちなみに風は他の四つすべてに関るもので、魔法の素質があれば誰にでも、まず使える属性なのだと聞いた。
 それで神風じんぷうが、すぐに使えるようになったのかと思ったのだが、そういうわけでもないらしい。


「魔法そのものをお前様が使えるかは、ちょっと分らぬなあ。勇者も人それぞれだったと聞くし」


 ということで、勇者の魔法の使い方についてまでは、魔力を視ることの出来る鳥の賢者様からは教わっていない。



 勇者に限らず、魔法の属性とは不思議なもののようで、その人ごとに何が得意かはやってみなくては分からないそうだ。
 ひとつの属性に特化する傾向が強く、向き不向きがあるので、相反するものを同時に扱える者は、どうしても少なくなるという。属性だけでなく、攻撃か防御のどちらが得意かでも分かれるらしい。

 攻防、治癒、生活にまつわる便利なものまで、様々な場面と場所に合わせて工夫された魔法や、それを基礎にした魔石と魔陶石まとうせきを用いた道具などが国中に行き渡っている、そんな世界。
 魔術師たちが当たり前にいるこの異世界での魔法とは、この世にあふれる魔力を具現化する方法であるとされている。


 魔法とは、想像したものに魔力によって形を与え、具体的に、目に見え、触れられるものに変える技術というか技、能力のこと。


 だから、魔術で放たれた風は目に見えるようになる。それが魔法だ。


「って、ことなんだと思いますけど。ちょっと使ったことないので、詳しくは……」


 首をかしげて後を付いて行く生徒に、植物の専門家はさらに、魔法を使う上で気に留めておくべきことを教えてくれた。




 魔法を扱うためには想像力が必要です。具体的にとは、どういったものなのか。ちゃんと思い浮かべられることが重要と言われています。

 それから自然やそこで起こる現象を、その目やその耳、肌で感じることも大事ですね。それらについての理解も大切です。

 火の魔法が得意な者には、料理や鍛冶の経験があることも多いですよ。水は水辺に暮らす者であったり、風は高所や平原を行く者。土は広大な砂漠で生まれ育つとか、単純に農業や土木作業などで大地と触れ合う者が多かったりします。

 もちろん、それらの現象は日常でも、そう常に、すぐそこにあるものです。
 実際に作業や仕事、暮らしとして体験していなくても、日々の光景や感覚から魔法の発現を成し得る者もたくさんいますよ。
 絵を見たり、本を読んだりして思い浮かべたことから突然に、魔法を扱えるようになる方も増えているそうですね。

 この世界にあふれる恵みである魔力を、自然の形を借りて、目に見え、さわれるものへと変える力。それが魔法です。

 勇者さまの思うものと同じですね。




「って、僕は魔法、使えないんですけどね」


 そこまで詳しい説明が出来ていて魔法が扱えないとは、どういうことなんだろうか?
 ますます首をかしげたこちらの様子を横目に、シュリッキ隊長は微笑んで続けた。


「魔力が身体強化や生命維持とか、そういった能力に全部変換されているみたいなんですよ。だから魔法として扱う分が外へと出なくなってるみたいですね。おかげで、ずっと、頼りない見た目のまんまですし」


 森の民にはまれに、一定の歳から見た目があまり変わらない者が生まれることがあるんだそうだ。
 森の過酷な環境になじんだことや薬効のある植物を常食していることも重なって、寿命が人間よりも長い人も多いらしい。それで、勇者が持ち込んだエルフという空想世界の種族と混同されてしまうのだという。


「何百年も生きたりはしませんよ、さすがに。この見た目で特殊だと思われますけど、亜人と人間が複数雑じっただけの結果ですからね、これ」


 自身の尖った耳をつついた手で、すぐ側の、手のような形をした小さな葉っぱを一枚取ると、植物好きはそれを口に入れた。もぐもぐと噛んで、味の感想を語る。


「苦い。これは結構な濃さですね。苦味が増した分、毒性が高まっているとすると、僕の推測は外れているのかな?」


 特殊だと思われがちなのは、見た目でない何かのせいだと思うのだが。


 そんなシュリッキ隊長を育んだ深き森には、危険な場所とされているのにも関わらず、意外にも多くの人が暮らしている。
 森のふちの大木が林立する中にいくつもの集落があるし、周辺の町や村に暮らす民も大勢いて、森の恵みを糧にしている。特別な植物たちを守る役目も担う彼らの仕事場は当然、深き森の中だ。

 危険な植物が見知らぬ者の侵入を阻む深き森には、王国の内外から争いなどを逃れ、多様な人種が隠れ住んできた歴史がある。
 多種多様な人たちを先祖に持つ森の民は一応、亜人ということになっているそうだ。

 血統により分けられ、見た目に現れた特徴などで能力を区別したり、強さで上下関係を決定する者も多い獣人やその他の亜人たちからすると、親子で耳の形などが違ったり、角の有る無しとかが起こったりする森の民は、少々劣っているとされてきたらしい。
 森の民には見た目はまったくの人間で、身体強化など亜人特有の能力を持っている者も多いそうだが、それはすべて生まれた時からの個性による違いくらいで、何がどう作用して、どんな能力が得られるのかは運任せだという。


「僕は幸運だったなって思いますね。この身体能力のおかげで、森の中でいくらでも緑を愛でることが出来ますし。魔法は人なら大抵の方が扱える素質を持ってますから。僕に無くたって困りませんもの」


 まるで魔法のようにも見える、植物の上位種を簡単にやり過ごせる能力は、そうそう身に付かないもののはずだ。
 それを自分のものにするには相当の熱意を持っていなくてはならないと思う。この人はそれを平然と、ただただ緑を求めて歩き回っているうちに我が物にしたんだろうな。

 シュリッキ隊長が立ち止まる。側の丸い葉に触れ、その感触を指先を合わせて確かめると、ひどく首を傾けた。


「おかしいですね。この辺りの子たちは通常種がほとんどで、魔力を上位種から吸われるなんてこと、滅多にないはずなんですが」


 森の民が優しく触った葉の、指先でなでた部分が、白く色を変えた。


「この深き森で、この辺りだけはなぜか、通常種しか育たないんですよ。それが僕は前から不思議で。ここに寝泊まりして色々調査もしたんですが、結局……」


 歩みながら話していたシュリッキ隊長は、口をつぐんだ。暗い森から明るい場所へと駆け出る。


「ここに……ここに謎があったんですね! あったんだ……」


 切り開かれた丘に、大きく開いた穴。倒された木々と無造作に積まれた枝葉。掘り返された土砂が無残に横たわる木々を汚し、地面は荒れ果て、でこぼこになっていた。

 森の端から出て、丘のなれの果ての頂上にシュリッキ隊長と並んで立つ。大きくえぐられた地面を、巨大な穴をのぞき込む。赤茶けた大地が、残った緑の中で目立っていた。


 突然に吹き上がった風に煽られ、脱げかけた外套の頭巾フードを深くかぶり直す。邪魔な長い前髪が光景をかすめて揺れた。

 吹き渡って行った風の音と、木々のざわめき以外に言葉はない。
 なんと言っていいのか。だが聞かねばならない。


「ここも、ここも森だったんですよね? 何か他にあったってことですか?」


 黙って地面の穴を見つめていたシュリッキ隊長は、そちらへ目を向けたまま大きくうなずいた。


「石積みがあったんです。こけむした石が、ごろごろと森の中に。やっぱり遺跡だ。何かの遺跡があった、ここに……」


 遺跡か。心当たりはあるな。盗掘者には他の遺跡でも会っている。


 それにしても、だ。ここまでやる必要はあるか? ここには通常種の、動かない植物しかいなかったんだぞ。

 緑を愛でて育った森の民は身じろぎもせず、変わり果てた場所を見つめていた。すらりとした若い魔木まぼくを思わせる、その背にたずねる。


「ここにあった何かを狙い、誰かが森を掘り起こした。それが植物たちに異変をもたらしている。魔草まそうたちが森のふちへと逃げ出す何か。魔物、でしょうか?」


「魔物……魔物です! そう、魔物! 魔物と魔植物との違いは、ご存知ですよねっ!」


 勢い込んで振り向かれ、肩をつかんで揺さぶられる。雑に切られた小麦色の髪が振り乱され、尖った耳が赤く染まる。

 なに、何がありましたか? 魔物に心当たりがあるのは分かったけど。

 愛読書の図鑑で知ったこと、魔物と魔獣に遭遇して分かったことを、ひょこひょこ動く尖った耳を見ながら答える。


「魔物は、生物でなく創造物ですよね。魔力で動く物。魔植物や魔獣は生き物で、命があるものです。どちらも魔力を己の力に変えて、姿を変えたり、魔法などを使います」


「そう! そうなんですよ、そうだったんです! だから、ここでは上位種が育たなかったんですっ! こんな単純なことに気付かなかったなんてーーーー!」


 叫びながら、その場で回り始めたシュリッキ隊長は、突然跳び上がった。握りしめた両の拳を天へと突き上げ、どこか遠くを見ながら独り言を始める。


「魔力の影響が凶暴性を、魔力不足が薬の効果を薄れさせる。魔力の欠乏と過剰供給。相反することが同時に森の広範囲で起こっている。それが、あれが原因だとしたなら……いけません。急ぎましょう!」


 振り下ろされた両手でいきなり右腕をつかまれ、そのまま引っ張られた。体が回って、掘り返された土で足がすべり、危うく転びかける。
 背後は大穴だ。カエルのようにいつくばって、その場にとどまる。


「あ! それはめずらしいっ! シロハナツブリンゴですよ!」


 這いつくばったこちらの目線にまで屈んだシュリッキ隊長は、小さな白いリンゴを、つまんで拾い上げた。


「このちっちゃい子が、あのリンゴモドキに変容したようなんです。ここから旅立って、あそこに根付いたのでしょうね。この子を育ててみると、なぜか赤くなった、あの子についての謎が解けるかも!」


 傾いてきた日差しに白くて小粒な、サクランボくらいの大きさのリンゴをかざし、森の民は、うっとりとしていた。立ち上がろうと土にひざを付いたこちらへと、不意に顔を向ける。
 輝きを取り戻した緑の瞳に、こちらの金の目が映らないようにと、そっぽを向いた。


「何してるんですか、勇者さま! さあ、急ぎますよ! しっかり付いて来て下さいねーーーー」


 ベストの胸ポケットに小さなリンゴをハンカチに包んで大事に仕舞い、シュリッキ隊長は駆け出した。見失わないように急いで立ち上がり、後を追う。

 付いていけないのは、彼の無邪気さだけに留めておきたい。ここで迷子になったら専門家でないこちらには、お手上げだ。
 背が高い分、長い足をした隊長の、大きく軽やかな歩幅に負けないように走る。
 いつの間にか歩いたり走り回ったりするのが好きだということになっているだけに、見るからに部屋にこもりきりの研究者にしては足が速いシュリッキ室長にも、遅れは取らなかった。


 まあ、どうせ、この勇者の器からだが。神々の創造物が、魔力を使って脚力を強化してくれてるだけなんだろうけど。






 
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