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7 駆け出し勇者と深き森
第1話 空いた瓶の活かし方
しおりを挟む「お願い! それ、それ捕まえてっ!」
振り返ると、空き瓶が飛んで来た。ジャムか何かの大きめの瓶のふたを片手に握りしめて叫んだ女性が投げたものを受け止める。
左手と胸とで受け取った空き瓶を即座に、地面にひっくり返ってうごめく、生き物へとかぶせた。小さな足がガラスを蹴って引っかき、かつかつと音を立てる。
生き物、だよな。青々としてるし。これより変なもの見たけど、こっちは確かに生き物っぽい。葉っぱついてるから植物なんだろうとは思うんだけど。
動き回ってるんだが、根っことか葉っぱとか。それ使って起き上がったんだが、小さい草が。
「魔物ですか、これ?」
広口の瓶を逆さに地面へと向けて閉じ込めた奇妙なものを見ながら、走って来る人たちにたずねる。
「まさか、化け大樹ですか、これ?」
「違う違う、植物食植物なのよ、それ」
なにそれ?
思いっ切りしかめた顔は長ったらしい前髪で見えてはいないはずだ。それでも、さっきの質問で声が不審げだったのは暮れかけた中でも分かるおかげか、女性より先に側に来た亜人の男性が説明してくれた。
「希少な植物なんだ。動物でいう上位種、魔獣と同じ、魔草ってやつだ」
植物図鑑も買わないといけないんだろうな、やっぱり。
「魔草。魔法を使えるようになったから、動き回れるようになったってことですか?」
洋弓銃を片手に下げた男の人に続き、魔銃を手にした短髪の女性が歩んで来る。脱げた制帽を拾い上げて側に立つと、こちらの手元をのぞき込みながら首を振った。
「ちょっと違うらしいんだけど、なんていうか、森の生き物だから、謎が多いみたいなのよね」
そう語る女性と一緒に首を振った男の人は、ため息を吐いた。
「はあ、本当に良かった。こんなものここで逃がしたら、とんでもないことになってたところだ。助かったよ」
「危なかった。あなたが先に追ってくれてなきゃ、今頃、そいつと犯人を取り逃すところだった」
魔銃を腰に収め、女性は瓶のふたを差し出しながら屈む。
「あ、やります」
受け取ったふたの内側を上にして容器と地面の隙間に差し込み、その動きで驚いた魔草が跳ねたところを、瓶ごと移動させる。ふたにのせた瓶を回して閉めたら、そっとひっくり返した。
ガラスの中で、小さな草のひと株が葉っぱを揺らして立ち上がる。
そう、立ち上がってる。すっと伸びた長めの葉を底に付けて支えにし、細い根っこを踏ん張って立ち上がった。どう見ても、草にしか見えないものが。
「深き森の生き物って、みんなこんな感じなんですか?」
瓶を手に立ち上がる。神剣を体の背後で、二人からは見えないように鞘に収めて、両手の中のものを差し出す。
「いいえ、森の中心部に行くほど上位種が、うようよしてるとは聞いたけど。他は普通の、木と草なんじゃないかしら。めずらしい草花が多いって、植木が趣味だったおじいちゃんは言ってたけどね」
街の警護兵であることを示す腕章を揃って付けた亜人と人間の二人も、瓶の中で歩き回る草をながめるだけで、受け取ろうとはしなかった。
そうそう見ることがないものを、道端に倒れた奴らが違法に売り払おうとしていたというのは間違いない。
そいつらへと目をやる。胴に腕のそれぞれへ拘束具が巻き付いた旅姿の男が二人、無駄なあがきと身をよじっていた。
違法な武器や、承諾されていない魔道具の売り買い。希少な生き物や危険物の、無許可の取り扱いに運搬。
警ら兵隊に保安兵、市民や神殿が私設した警護兵が街道を行き交う人たちに目を光らせているとはいえ、密売や密輸はまだまだ多い。
誰かさんのせいで観光客が増えたので、それにまじって荷運びをという、ひと儲けを狙う輩も大勢いるのだろう。
そりゃ、手伝うよ。こっちが職務質問受けそうになってるのを見て、静かに雑木林の中へと身を隠そうとしている奴らがいたら。
走って追いかけるよ。逃げられないように、行く手の地面を神風で斬って、はがして、足を引っかけるくらいはするって。
だめだったのは、そこまでの途中だ。
警護兵には、こっちを追いかけてもらいつつ、あいつらに追い付いつこうとした。外套をつかんで片方の男を止めようとしたら、鞄の中の証拠の品をもう一人が林へと放り投げて、不法投棄をさせてしまった。
固い厚紙の箱に入っていたそれは、木に当たってふたが開いた拍子に、中に詰めてあった湿った綿と共に、道に落ちた。
ほんとに良かった。
どうやら魔草も驚くことがあるようで、放り出された動揺から草むらに身を隠すのでなく、土の道を駆けてくれたのだ。
草が草の中に入ってたら、間違いなく見失っていたところだった。
地面の切れ目に足を取られてよろめいた二人を道端へと神剣で殴って飛ばし、何もないところで転んだ小さくうごめく何かを追って前へ出たら、後ろから空き瓶が飛んで来たというわけだ。
「こんな瓶、よく持ってたな」
「何言ってんの。あなたがお昼に食べた瓶入りサラダの空容器、忘れて置きっぱなしにしてたから、私が洗って、そのままこっちの鞄に入れてたんじゃない」
すまないと素直に謝る同僚に呆れた視線を向けていた女性警護兵は、こちらの手の上の瓶へと、顔を戻した。
「嫌になるわね。植物園って、違法に集めたやつで出来てるわけじゃないのに」
ああ、そういえば、この先の海辺の街には有名な植物園があるっていうのを聞いたな。
通りがかりの会話を耳に入れていると、色んな事情が分かって面白い。この辺りを領地にしている貴族の先祖が収集したものと、彼を慕って集まって来た愛好家たちが育てた植物が園の元になっているそうだ。
「魔草は研究こそやってるが、園でも扱ってないものだからな。個人的に入手したいって思うような者がいるんだろうが……いや、疑ってすまなかった」
不審者扱いの大元は、頭を下げた彼を長年悩ませてきた問題にあったようだ。
亜人の警護兵はこれまでに何度も、こういった希少な植物の密売に出くわして来たらしく、心の底からため息を吐きつつも、何も知らないで巻き込まれたやつへ丁寧に説明してくれた。
植物園で、希少な植物でもある魔草を扱わない理由は、他の植物を守るためだという。
深き森から長く離れると魔草は枯れるか、何かの変調をきたし、森以外で根付いた場合、周囲の植生にも異変を起こすと考えられているそうだ。
そうなる前に故郷へ戻すか、素材として処理されるかの二択を迫られる。素材になった魔草は、薬や研究材料などにされているということだ。
瓶の中で草が暴れる。細い根っこの中には丈夫で固いものがあるらしく、それで瓶の底を叩くように引っかいて、音を鳴らした。
みなを注目させるようにと暴れ回る草を、三人でしげしげとながめてしまう。
この小さな草でも、この暴れようだ。生物と魔物の違いがあるうえに、あの大きさ。枯れた大木が化け大樹にならなくて本当に良かったと思う。
「変ねえ。この雑草、こんなにはしゃいだ植物だったかしら」
植物を食べる植物の時点で、はしゃいだどころではないと思うのだが、何か様子がおかしいらしい。
小さいうちは何の植物の上位種なのか見分けがつかないので、魔草であっても雑草扱いされてしまうのだと、亜人の警護兵はまた説明してくれた。
「とにかく、これは早急に、森に輸送する手続きをした方がいいな」
長髪を後ろで縛った背の高い警護兵は、少し尖った鼻先を小さく動かして話した。眉間にしわが寄り、この魔草について、良くないものを嗅ぎ取っているのが伝わる。
「あいつらの事情聴取して、手続きもやって、森の方面に向かう人の手配と。それだけで何日くらいかかりそう?」
「早いと二日か。問題は森へ行く人で、都合が良い者が見つかるかだが。いない場合は逆に、返すまで世話が出来る専門家を呼ぶか、園の研究施設に引き取ってもらうかしなきゃならないな」
警護兵二人は魔草を故郷へ送り届ける手配についてを話しながら、こちらへ背を向けて、密輸犯たちへと歩み出した。
いや、これはこのまま、こっちが預かることになるのですか?
瓶の中で、よろめきながらも歩き回る小さな魔草を見る。はしゃいだり、ふらついたりと、草の動きは安定しない。
深き森から離れて、しばらく経っているのだろう。葉っぱもしおれかけて見える。このままでは枯れるか素材になるかだが、この草は、生まれ故郷に返せばいいだけだ。
ここに、未だ宿敵の情報も得られず、目的が定まらない勇者もいるし。
「早めに森へと返してやった方がいいってことですよね? 身元がしっかりした、暇なやつがいるってことですか?」
背に向かってたずねると、二人は足を止め、振り返った。無言で、こちらを見る。
お仕事で忙しいのだ。警護兵仲間にも手が空いた者はいないのだろう。
この二人だけなく、どの地域でも警護兵や保安兵たちは街からいくらか離れた街道まで見回って、怪しい者はいないか魔物の気配はないかと目を配っている。
お持ち帰りが出来る軽食を、ちょっとした休憩に取るくらいで歩き詰め。そんな二人に不審者扱いされかかったのも何かの縁だ。
「質問の続きですけど、身元が分るもの、でしたね」
片手に魔草が入った瓶、もう一方で鞄を探り、いつもの手紙を出す。
「ここから深き森まで、どのくらい時間がかかるかだけ教えてもらえますか? それと、神殿の視察官ということ以外は、秘密にしていて欲しいんですけど」
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