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4 情けは勇者のためならず
第10話 旅の仲間
しおりを挟む白い祈願所の天井は、通信機の円環に似ていた。天窓からは背後のざわめきを和らげるように、陽の光が静かに注いでいる。
戦の女神と二頭の神獣の像を、仰ぎ見た。
そうか、戦車だ。台車の前方を巨大な盾のような板で囲った特徴的な形をした二輪の戦車は、古代エジプトやローマでも使われていたのとよく似たものだ。
これも勇者がもたらしたものなのかな。それか、世界を渡り歩き、生命の創造を繰り返してきたっていう神々から来てるのか。
今は馬や旅人たちの加護を祈られているだけあって、旗を掲げ持った戦いの女神は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「あ、もう用事は終わりました?」
また背後から声をかけられる。祈願所では一番の顔なじみになった折れ耳うさぎ青年が、振り返るとそこに居た。
「この後、予定とかあります? ないんだったら、おれとちょっと、お茶でもしません?」
何故に?
人嫌いが、ほぼ見知らぬ者の午後のお茶の誘いを受けると思うか。
だが、今回は受けることにした。
まさかとは思うが、このうさ耳青年も亜人なわけだし。なにより、彼が誘い文句の後に言ったことが少々気になったからだ。
「会ってもらいたい人がいるんですよ。旅の仲間にって誘われて、旅立ちを待っている人たちがいて。彼らの話、あなたに聞いてもらいたいんですよね」
ここには、この世界のありとあらゆる種族の者が性別と歳の上下も関係なく集められている。
上品な内装でしつらえられた部屋の奥に控えている彼彼女らを次から次へと指し示し、男は熱心に商品の紹介を続けた。
「あちらの令嬢は古都の文法学院を主席で修めた才女で、神々を崇める詩を歌うように朗読し、支援魔法を施すことが得意です。そちらの剣士は辺境区域の出で傭兵でもあり、夜目の利く獣人だけに夜間の護衛としても充分に働けると保証します。こちらの少女は狩人としてはまだ新米ではありますが、森に住う者として薬草学にも秀でており、私どもはその才覚を高く買っております。その奥の娘は舞踏の名門一家の者でして、双剣を舞うように扱えます」
自身もかつては、あちら側にいたんだそうだ。経験が買われてか売り込む側になった男は、伸びすぎた前髪に隠れた客の眉間に寄ったしわに気付くことなく、とうとうと話し続ける。
「ここに居る者たちは貴方様にお仕えすることを心より望んでおります。旅の仲間としてお客様のお役に立てるよう、どの者も日々の精進を欠かしません。どのようなお望みにも応えられる優秀な人材でございますから、是非とも貴方様のお側へ」
「……てるのか?」
話すことに夢中で、こちらの声が聞こえていなかったのだろう。男はようやく口をつぐみ、頭巾の奥に引きこもった客の顔を見る。上級と見なされた客人には失礼にあたるとされて普段なら滅多にしてはこない、質問に質問を聞き返した。
「……はい? なんと申されましたか?」
仕方がない。二度三度と言葉にしたくはない内容ではあるのだが、もう一度伝えるしかない。
「馬鹿にしてるのか?」
しんとした豪奢な部屋に、自分の声で辛らつな発言が響いた。男と、その奥の者たち全員がぽかんとして、発言の意味を反すうしている様がありありと見える。
「いつ、仲間が要ると言った? 人買いについての情報が欲しいと頼んだはずなんだが?」
ひと呼吸分、考える猶予を与えたが、答えが返ってくることはなかった。なんにも聞こえていなかったくらいに反応がない。こちらの顔を呆然と見つめているだけだ。
国から承認を得た職業あっせん所であるここで、人買いだのと物騒な言葉が出れば、なにがしかの反応があってもいいはずだ。
相手が勇者と崇められるものならば奴隷と同じ待遇であることに甘んじても良いと国民が了承していたとしても、人さらいはもちろん、人買いは違法中の違法だと聞いている。
優秀な旅の仲間だというなら、さっきの発言に何か反応しろよ。
こんな状況になったことへのいら立ちから発した言葉には、さらなる棘が追加されていた。
「答えがないのは、ここにいる者たちこそが人身売買の証拠ということで良いからですか?」
「いえ! そんな、そんなことは決して!」
慌てふためく紹介人の男を、片手で制す。
店内やその辺りにいる者に片手を挙げて見せるのは呼び止める行為だが、話し相手にやる場合は「黙れ」の意味になるそうだ。礼儀の本を流し読みして仕入れた特権階級に許された仕草を初めて使ったせいで、自分にも嫌気がさす。
ため息が出た。やっぱり誘いに乗るんじゃなかったと、早とちりした己も責める。
とにかく今は、こちらの話を聞かせるのが先だ。質問をするのが失礼に当たるなら最初からしっかり話を聞いておいてくれ。
胸の内で毒づきつつ、何用でここをたずねたのかを改めて言って聞かせた。
「旅の仲間を探してるんじゃない。こういう仕事をしているなら、どこかでなにか、不法に人を集めているような話は聞いていないかと、たずねに来たんだ。旅の仲間なんか探してない、要らない!」
紹介人は、さっきまで戸口に立っていた者を探して、こちらの背後へ目を向けた。
もういないよ。「いつ仲間が要ると言った?」の時点で、うさぎさんらしく跳ねて逃げたもん。
「そ、そうでございましたか! 誠に申し訳ございません! こちらには護衛や冒険の共となる者を探しておられる方々がおいでになるばかりでしたので。勘違いしておりました」
ここは職業あっせん所の中でも、隊商や旅人の護衛、傭兵や冒険者を専門に扱っている所だという。その中でも身元や能力がしっかりした人材を揃えることで高い評価を受けているらしい。
契約すれば、この世にひとつしかない己の命を任せることになるのだ。そりゃ当然、信頼がおける者に頼みたい。
「わたくし共では当人からの売り込みの他、信用のおける方々からの推薦等を元に、信頼のおける者を信頼する方へと、ご紹介する仕組みをとっております。能力の誇張がないよう、独自の能力試験を課すことも忘れません。もちろん、それは大事な人材を預かる以上、ご依頼のあった方々の身元も調べさせていただく場合もございます」
それでなんで、この見るからに金もなさそうなやつに、大事な人材を紹介することになったんだよ。
「お客様は降臨神殿の関係であると聞きましたので、その身に万が一のことがあってはと急ぎ取り揃えた者たちの中でも優秀な人材をご紹介いたしたのですが、わたくし共の方に誤解があったようで、誠に誠に申し訳ございませんでした」
あの、うさ耳か。受付まで案内するふりして、聞き耳立ててたな。
話をぼやかしすぎたのかも。旅の仲間にと言って誘い出すような、人さらいの情報が欲しいって言っておいたはずなのに、全然伝わってない。
客引きの仲介手数料でももらってるんだな。旅の安全を祈る人たちが多く集まる街だ。何割かの成功でも結構な稼ぎになるってわけか。
お詫びに喫茶室でお茶をと、紹介人は頭を下げた。お茶の誘いは、こりごりだ。
「もう、それはいいです。こちらのことをきちんと聞きもしないでやって来て誤解を生むような状況になったってことは、説明が足りなかったこっちも悪いですから。それで、情報の方は? なにもないなら帰りますが」
「……あの」
至極小さな消え入りそうな声で、部屋の奥から呼び止められた。紹介人共々そちらへ目を向けると、声の主が発言の許可を求めるように片手を頭の辺りへ上げた。
ちなみに、頭のすぐ側へ片手を挙げるのは、人が大勢いる場所で発言したいと意思表示する際の礼儀だそうだ。手を上げる高さには気を付けないとならないな。
「どうぞ」
許可を出すと学院主席の支援魔術師が、今度は、はきはきとした声音で答弁する。
「人買いかどうかは分かりませんが、最近こちらへ登録した方で、気になることをお話になっている女性がいらっしゃったんです。今ここにはおられませんが、半島の礼拝堂の神官見習いか何かをされていたそうなのですけれど」
「ああ、その子か。しかし、あの者は……」
口ごもった紹介人が、こちらへ微かに目を向けた。そこで気付いたのか、勇気ある支援魔術師以外の者たちも、こちらを注目する。
礼拝堂に神官見習い。なんか嫌な予感はしてますよ。
「一応、その方と会わせてもらえますか? それ以外にも、紹介人じゃない者から仕事があるって声かけられたとか、そういうことを言われた人を知ってるとか、不審に思えなくても些細な情報でいいので、気になったことがあったら教えてもらいたいんですが」
声かけの事例は主席神官長の元へ情報が来ていないだけあって、誰にも心当たりはなかった。
この旅仲間紹介所に登録できているということは、それだけ有能な人材で目を付けられているかもと思ったのだが、逆にここまでしっかり運営されていると手出しがしにくいのかもしれない。
ここにいる者の中では、盛り場や郊外を一人でうろつくことも多いのだろう。傭兵の剣士が、たずねたこととは少し違うかもと前置きをしてから話し出す。
「馬を買おうと、あちこちに声をかけて回ってる奴がいるという話は耳にしました。引っ越しがしたいとかで、引退したのでも良いからと。荷物が多いから助かると、要らない荷馬車があったら合わせて買い取るとも話していたそうですが」
うさ耳ほどではないが聞こえが良さそうな猫耳、いや虎耳か。立派な獣耳をこちらへ向けながら傭兵が聞かせてくれた情報が、今までの中では一番、気がかりではある。
助かったと礼を言って、旅仲間の紹介所を出た。
神官見習いの女性とやらはその日仕事がなく宿に帰ってしまったようで、教えてもらった仮住まいに、こちらから出向くことにした。
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