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第6章 月夜の君

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それからというものの、コラリー様の夜のお世話が終わって、部屋に戻ると、急にホットミルクを飲みたくなった。

「今日も、ホットミルク、飲みに来るかしら。」

寝つきが悪い夜は、ホットミルクを飲みに来ると言うオラース様。

あれからパジャマ姿のオラース様を見たくて、時々キッチンに向かってしまう。


何でだろう。

オラース様に会いたくなる。

昼間、コラリー様のダンスの練習で、いつも会っているというのに。

今だって、会いたくなっている。

「うー。」

私は枕を抱きかかえて、ベッドに転がった。

「会いたい、オラース様。」

起き上がって枕を置き、私は自分の部屋を出た。


階段を降り、キッチンへと向かった。

料理人の人も帰ったみたいで、キッチンには誰1人いない。

小さい鍋にミルクを入れ、オラース様に教えて貰った通りに、ホットミルクを作った。

「出来上がった。」

時計をちらっと見るけれど、まだオラース様が眠りにつくには、早かったみたい。

「今日も、オラース様には会えないか。」

ふぅーっと、息を吐いた。

ホットミルクを飲んでほっとしたのか、それともオラース様に会えないため息か。

どちらとも言えないため息。


ふと、外が気になって、目をやった。

庭に誰かが立っていた。

「こんな時間に誰だろう。」

キッチンの外への出入り口から、庭を覗いた。

「オラース様……」

その正体は、オラース様だった。


「どうしよう、声駆けてもいいかな。」

改めてオラース様を見ると、彼は星を見ているみたい。

「……お邪魔かな。」

星を見ているオラース様、なんだか”放っておいてくれ”と、言っているみたい。


ねえ、オラース様。

こんなキッチンの片隅で、あなたを見ている女もいるんですよ。

私は、カァーッと頬を赤くした。

「ダメ。オラース様を好きになったって、貧乏公爵家の娘と結婚なんて、できないんだから。」

自分の気持ちに、待ったをかけながら、私はオラース様を見つめ続けた。


翌日の午前中。

私は、新作の紅茶を、コラリー様に飲んでもらおうと、彼女のダンスレッスンの間、抜け出した。

コラリー様の結婚は近い。

それまでの間に、オリジナルブレンドを完成させなきゃ。

私はコラリー様のお部屋を借りて、いろんな紅茶を完成させた。

「うーん。問題は、これをどうやって、飲んでいくかよね。」

でも、ぼやぼやしていると、紅茶が冷めてしまう。

手っ取り早く、一口ずつ飲んでいくか。

私がティーカップに、手を伸ばした時だ。


「勉強熱心だね。」

振り向くと、そこにはオラース様の姿があった。

「オラース様!」

「いろんな紅茶を淹れたんだね。僕に味見させてよ。」

そう言うとオラース様は、椅子に座って、右から順番に一口ずつ飲んでいった。

「うん。どれも美味しい。」

オラース様の笑顔が、眩しい。

どうしよう、私、オラース様の事が……

「アンジェ?どうした?」

私の顔を覗くオラース様に、ドキンと胸が鳴る。

「いえ、何でもないです。」

「でも、顔が赤いよ。風邪でもひいた?」

するとオラース様が、自分のおでこを私の額にくっつけた。

「うん。熱はないみたいだね。」


うわわわ!

顔が近い!


「あれ?また赤くなってる。」

「いえ、これはその……」

まさか、照れているからだなんて言ったら、オラース様、どう思うかしら。

「紅茶を飲み過ぎて、身体が熱いからですっ!」

一口も飲んでいない紅茶のせいにした。

「ははは。僕も紅茶の飲み過ぎかな。身体がポカポカしてきた。」

手の平で顔に風を送るオラース様。

その姿も素敵。

「そうだ。今度庭でお茶を飲もう。」

ドキンとした。

オラース様に、お茶会へ誘われた気分だ。


「この屋敷の庭は、鼻がたくさん咲いて、とても綺麗なんだよ。」

「そうなんですね。」

きっと、オラース様に誘われる女達は、皆、こんな気持ちになるのね。

胸が温かくなって、幸せな気持ちだわ。


「そうだ。今日の午後は?」

「今日ですか!?」

今日の今日、オラース様とお茶会!?

「姉さんも、その方が喜ぶよ。」

膝がガクッとなった。


そうよね。

コラリー様も一緒よね。

オラース様と私が、二人きりになる事なんて、ないものね。

コラリー様、ごめんなさい。

私は胸の中で、コラリー様に謝った。


オラース様の言う通り、ダンスのレッスンで疲れたコラリー様は、お庭でお茶会ができるとあって、すごく喜んでいた。

「お菓子もいっぱい飾ってね。紅茶は、アンジェお願いよ。」

「任せて下さい。」

最近コラリー様のお茶の趣味も分かってきて、紅茶を淹れるのも楽になってきている。

そして今日は、オラース様も来るから、その分のお茶も用意しておこう。

後は、誰が来るかも分からないから、その分も……


「随分、いろいろ茶葉を用意しているのね。」

悩んでいる私の顔を覗き込んだのは、コラリー様だ。

「来るのは、オラースとエリクだけよ。」

「えっ、エリクも?」

増々、茶葉を用意しておかないと、小言を言われちゃう。

「ふふふ。エリクは紅茶に厳しいけれど、お菓子に甘いから、大丈夫よ。」

「あははは……」

お菓子に弱いエリク、見て見たい気はする。


そして、午後のお茶会が、庭で開催された。

「今日は、アンジェリク嬢がいるから、私も座ってお茶を楽しめます。」

エリクは、オラース様の付き人なのに、ちゃっかりその隣に座っている。

まるで、コラリー様やオラース様の兄弟みたいだ。


「では、紅茶を淹れます。皆さん、何になさいますか?」

「私は、アールグレイで。オラースは?」

「僕も。エリクもアールグレイでいいよね。」

「私は、ジャワでお願い致します。」

1人違う茶葉を指名したエリクは、すごく誇らしそう。

そしてこれは、ジャワという茶葉を、美味しく淹れられるかの、私への挑戦なのだ。

と言っても、紅茶は淹れ方は全部一緒なんだけね。


私は、エリクに教わった通りに紅茶を淹れていく。

「お砂糖とミルク、レモンはこちらです。」

せっかくだから、器もティーカップと同じ柄にした。

「まあ、お洒落。」

コラリー様は、すごく喜んでくれている。

オラース様は……

私はちらっと、オラース様を見た。

「うーん。アンジェはまた、紅茶の淹れ方が上手くなったね。」

やった!

心の中で、手を合わせた。

「そうだ、アンジェもお菓子食べなよ。」

「はい。」

オラース様に勧められて、お菓子に手を伸ばした瞬間だ。


「これ!」

エリクに手の甲を叩かれた。

「痛いです!」

「アンジェリク嬢は、最後にお食べなさい。」

そういう自分は、バリバリお菓子を食べている。

「いいじゃない。エリクも一緒に食べているんだから。」

「でもアンジェリク嬢は、今日は紅茶を淹れる係ですからね。」

エリクは、今日は紅茶を淹れる係じゃない事を、嬉しがっているみたい。

一方のオラース様は、一人で優雅に紅茶を飲んでいる。

「うん。美味しいよ、アンジェ。」

胸が温かくなる。

何よりもオラース様に、美味しいって言って貰えたことが、一番嬉しかった。


そして、その日の夜。

私は、オラース様に会いたくて、夜の庭を散歩した。

もし、今日オラース様が庭に来たら、会えるかもしれない。

そんな、つかの間の喜びを感じたくて、月夜に繰り出した。

でも、いくら待っても、オラース様はやって来なくて。

諦めて、帰ろうとした時だ。


「これはこれは、月夜の精のお出ましかな。」

振り返ると、バルコニーから、オラース様が私を見降ろしていた。

「オラース様。」

「待ってて。今、そっちに行くから。」

オラース様は、バルコニーの端にある階段を降りて、庭にやって来てくれた。


「ごめん、待たせて。今日はどうして庭に?」

「あっ、その……」

まさかオラース様に会いたくてなんて、言えない。

「……月夜が綺麗だったので。」

「本当だ。今日は、月夜が綺麗だ。」

2人で見上げる月夜は、特別な感じがして、うっとりする。


その時だった。

オラース様は、私の手を握った。

「さっき、アンジェを見かけた時、月夜の妖精かと思うくらい、綺麗だった。」

「えっ……」

そんなどうしよう。照れる。

「そして思ったんだ。今、アンジェに僕の気持ちを伝えようって。」

「オラース様?」

呼びかけると、オラース様は私をそっと見つめている。

深く深く。

まるで、私の気持ちを覗いているかのように。


「アンジェリク嬢。」

ドキンとした。

「僕はどうやら、君の事が好きみたいだ。」

身体の奥が、鼓動したみたいだった。

「オラース様が?私を?」

「ああ。」

あまりにも唐突で、私は手を放そうとしたけれど、オラース様が放してくれなかった。

「少し前に話したよね。結婚するなら、恋愛した人としたいって。」

「ええ。」

「その相手を、アンジェだと思っていいかな。」


嬉しくて、涙が出て来た。

まさか、オラース様から、そんな事を言って貰えるなんて。

「きっと両親からは、反対されるかもしれないけれど……」

その瞬間、私の心は現実に戻った。

そうだ。

オラース様のご両親は、私みたいな貧乏令嬢なんて、息子の相手にしたくないだろう。

「でも、僕達なら反対を押し切って……」

「ダメです。」

「アンジェ?」

「この話は、無かった事にして下さい。」

私はそっとオラース様から手を離すと、走って屋敷に戻った。
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