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第3話

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そして正式に、王太子殿下から後宮に来るようにと、言われた。
「アリーヌ。懸命に、王太子殿下をお支えするんだぞ。」
「はい、お父様。」

するとお父様は、初めてと言うくらい、私に微笑んだ。
「おまえの”はい”も、これで見納めか。」
そんな事言われると、寂しくなってしまう。

私は、お父様をぎゅっと、抱きしめた。
「時々、帰って来ますから。」
お父様は、言葉なく私を抱きしめてくれた。

思えば、厳しいお父様に対して、少し距離を置いて、親子らしいこともあまりしてこなかった。
これが、最初で最後の親子らしい事なのかな。

そして、私の荷物を積んだ馬車は、長年住んだ家を離れていく。
「体に気を付けて!」
お父様の声が、馬車の中まで聞こえてきた。

しばらくして、お城が見えて来た。
「はぁー。今日からここに住むのね。」
不思議な感覚だ。
お城に着いて、迎えてくれたのは、王宮付きの女中達だ。

「本日から宜しくお願い致します。アリーヌ様。」
「こちらこそ。」

そんな挨拶をしている間に、他の女中達が、荷物をお城に運んでいる。
引っ越しをするって、こんなに大変なのね。

「さあ、アリーヌ様。王太子殿下がお待ちです。」
「殿下が?」

女中に付き添われ、私は王太子殿下の部屋にやってきた。
「アリーヌ。」
王太子殿下は、腕を広げている。
殿下、そんな人だったかしら。

「どうした?さあ、早く。」
そう言われると、私も我慢できなくなる。
吸い寄せられるように、殿下の腕の中へ入った。

「引っ越しは、無事済んだかな。」
「はい。今、荷物を運んでいます。」
殿下の声が、耳元で聞こえる。
胸がドキドキしている事、殿下に聞こえてしまうだろうか。

すると殿下から、クスッと言う笑い声が聞こえる。
殿下を見ると、微笑みながら私を見降ろしている。
「今日から、一緒だね。」
「殿下……」

もう一度殿下の胸の中に、顔を埋めた。
生まれ変わっても、恋したあなたに、愛される喜びを、私は感じていた。

「ところで、寝室なのだが。」
「はい。」
急に冷静な話になって、私は殿下から離れた。

「結婚するまでは、別々の方がいいと思うんだ。」
「えっ……」
私は考えた。

暗殺が行われたのは、早朝、もしくは夜中だ。
後宮に早く入るように言ったのも、夜中でも一緒にいる為だ。
こうなったら、色仕掛けだ!

「どうしても……ダメですか?」
上目遣いで、殿下を見つめてみた。
「うっ……」

ちょっと心が揺らいでいる。
もう一押しだ。

「私、いつでも殿下のお側にいたいんです。」
殿下の側に、すり寄ってみた。
「アリーヌ。」

ああ、早く言って!
同じ、寝室にするって!

すると殿下は、赤面しながら、私を丁寧に引き離した。
「気持ちは嬉しい。だが……一緒の寝室は、私が我慢できない。」
「えっ……」
「えっ?」

私は、ハッとした。
まさか、それは夜の相手の事っ!

「あわわ……失礼しました。」
「いや。」
それはそうよね。

王太子殿下も、健全な男性なんだから、そういう事考えてもおかしくはない。
でもそういう事は、結婚する前にするものではないと、言われた。
ああ、悩ましい。

「そんなに、難しい顔をしないでくれ。」
殿下の微笑みが、私の心の緊張をほぐしてくれる。
「部屋は、隣同士なんだ。いつでも会えるよ。」
「そうなんですね。」

そうか。部屋が隣同士なら、何かあっても、殿下の元へ駆けつけられるかも。
「分かりました。寝室は別にしましょう。」
「ああ。」

そして、また殿下が腕を広げた。
「その分、結婚式が待ち遠しくなったよ。」
「私も同じ考えです。殿下。」

殿下の胸の中に飛び込むと、首元から甘い匂いがしてきた。
ああ、この匂い。久しぶりに嗅ぐ。

その時だった。
殿下の部屋の隅に、一人の執事が立っていた。

確か、最初にお城に来た時に、広間まで案内してくれた人で、名前は……
ジュスタン!

「王太子殿下、ジュスタンが……」
「えっ?」

殿下は、部屋の隅にいるジュスタンに気づくと、顔を赤くしている。
「ジュスタン、いるなら声を掛けろ。」
「いやあ。あまりの仲の良さに、声を掛けるのを忘れてしまいました。」
私は気を利かせて、王太子殿下から離れた。

「何かあったか、ジュスタン。」
「はい。アリーヌ様に。」
「私に?」

するとジュスタンは、私の元へやってきた。
「お部屋への荷物運びが終わったので、これで良いか、見ていただきたいとの事です。」
「分かりました。」

私は殿下の方を見た。
「殿下も、ご一緒に。」
「分かった。付き添う。」

私達は、一つ上の階にある部屋へと向かった。
その間も王太子殿下は、階段でエスコートしてくれて、私は前世での幸せな記憶が甦ってきた。

「さあ、ここだ。」
「まあ!」
入った瞬間、あまりの豪華さに、声を上げてしまった。
「こんな調度品、見た事がないわ。」
「なに。未来の王妃の部屋になるのだ。これくらいではないと。」

王太子殿下が、気を利かせて用意してくださったのね。
豪華な部屋よりも、王太子殿下のお気持ちが嬉しい。
「どうでしょう、アリーヌ様。」
「ええ。満足だわ。」
ジュスタンに言うと、殿下と彼が一緒に微笑む。

「よかったですね、王太子殿下。」
「ああ。」
二人は、友達のように仲が良かった。

「殿下とジュスタンは、仲がいいのね。」
「ああ。ジュスタンとは、小さい頃からの旧知の仲だ。」
「まるで、お友達みたい。」
「そうかもな。」

王太子殿下が、こんなにも心を開いているなんて、余程信頼できる人なのね。
私は、じーっとジュスタンを見た。

すると、また前世での記憶が、スーッと入って来た。
『早く!医師を呼べ!』
血まみれの殿下の前で、そう叫んでいたのは、この人だった。
『殿下……お許し下さい……」

そう言って、泣いていた。
そして彼は、第一発見者として、取り調べを受けた。
そこで、記憶が曖昧になった。

「大丈夫か?アリーヌ?」
ハッと顔を上げると、殿下が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「大丈夫……です。」
私は頭がモヤモヤするのを手で押さえた。

怪しい。
よくよく考えれば、何故あの時に謝っていたのか。
執事は一番殿下に近い側近。

その上、心を許しているジュスタンであれば、隙をついて暗殺できるかもしれない。
ジュスタンを、何とかしなければ!

「そうだ、アリーヌ。まだお城の説明をしていなかったね。」
「はい、殿下。」
「今から案内しよう。」
「ありがとうございます!」

まずは、怪しい場所も知っておくべきね。
するとジュスタンも一緒に付いてきた。

「ジュスタンも来るの?」
「そうだよ。嫌かい?」
「嫌ではないけれど。」

私はチラッと、ジュスタンを見た。
腰には剣が飾られている。

何かあった時に、王太子殿下を守る為だろうけど、その剣で王太子殿下を暗殺するとも限らない。
そして私の視線に気づいたジュスタンは、私に向かってこう言った。

「アリーヌ様はまだ私の事を信頼されていないようですが、ここで王太子殿下から、離れる訳にはいきません。どうか同行をお許し下さい。」

職務に熱いのか。
彼の仕事への情熱が伝わってくる。

「ここではとは、どういう事ですか。」
するとジュスタンは、チラッと王太子殿下を見た。
「アリーヌ。」
「はい、殿下。」
「ここは城と言っても、沢山の人がいる。中には私の命を狙っている者もいるかもしれないと、ジュスタンは心配しているのだ。」
「えっ?」

私はもう一度ジュスタンを見た。
真剣な瞳。
やはり、王太子殿下に危険が迫っているのね。

「分かりました。同行を許しましょう。」
「ありがとうございます、アリーヌ様。」

味方なのか、敵なのか。
ジュスタンを探る必要がありそうだ。
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